赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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鬼の居ぬ間―その3

「そしてなにも進展がないままわたし達は高校生になった。謝ることなんてできてないし、みぃちゃんにどう話していいかも分からなくて、連絡を取らなくなった」

 

『…………』

 

 

 ふぅ、となずなが短く息を吐く。

 クイーンアント討伐隊がマグガレンに帰還した日の翌日の朝、宏壱を除く全勇者とリカルド、リーナ、カエデ、パレリアの指導役4人は、マグガレン王城敷地内にある勇者が生活する寮の食堂に集まっていた。

 因みに、部屋に引き籠もろうとした勇気は、敦に無理矢理引っ張られてきていた。

 

 既に朝食を済ませた彼らは、なずなが語る昔話に聞き入っていた。

 自分の宏壱に対しての想いを省きながらではあるものの、遭遇した犯罪や災害の話はクラスメイトと担任の度肝を抜いた。

 それは一年半ほどの付き合いがある勇気や敦、秋穂も聞いたことがなかった。

 

 

「……でもさ、山口がお咎めなしだったっていうのは分かるけど、朱津嶺さんを襲おうとした連中が特に処罰受けてないっていうのはどうなんだ?」

 

「だって実行してないんだよ? どうにもできないよ。ただ妄想してただけって言われたらそれまでだし」

 

 

 敦が聞くと、なずなはなんてこともないように答えた。

 事実、彼らは計画を実行する前に潰された。そうである以上宏壱の行動だけが目立ち、彼らが集まった理由や宏壱が何故そんな暴力を振るったのか? というのは気にされることはなかった。

 

 

「……誰も咎めないから宏壱君への苛めに繋がったのね。教師を除いた学校全体が……」

 

「……うん」

 

 

 なずなの左隣に座る美咲が確認する。頷いたなずなは沈痛な面持ちではなく、苦笑していた。

 

 

「苛め? なずなの話を聞けば、苛められるような性格には思えないのだけど……?」

 

 

 なずなと美咲の遣り取りに疑問をぶつける秋穂。

 美咲が言ったように、宏壱はなずなを除く生徒達から疎まれて嫌がらせをされていた。なずなが昔語りをする中でその話題を出さなかったのは、宏壱の弱みに思えるような部分を話したくなかったからだ。

 しかしそれは、美咲に露呈されることで無駄になってしまったが。

 

 

「わたし……ずっと見てた。遠くから、宏壱くんが上履きを盗られたこと。見付かった上履きが燃やされていたこと。宏壱くんの机と椅子が廊下に出されていたこと。体操服をズタズタに切り裂かれていたこと。上の階からバケツ一杯の水を掛けられたこと……直接暴力を振るわれているのは見たことないけど、事故に見せ掛けて野球ボールをぶつけられてるのも見た。それは中学卒業まで続いた」

 

「……なずなはそれを黙って見ていたのか?」

 

 

 そう聞いたのは勇気だ。その表情はどことなく期待を込めたものだった。それは決して良い感情ではない。

 なずなは自分に矛先が向くのが怖くて宏壱の無実を訴えられなかった。そう思いたい反面、なずなはそんな弱い女の子じゃない。と、自分が好きになった女の子に強さを求めた。

 そんな勇気の矛盾な思いを込めた視線に、なずなは苦笑を返す。

 

 

「言っても誰も聞いてくれなかったんだよ。『朱津嶺さんは優しいから、あんな犯罪者も庇うんだ』って。それに、止めるどころか、逆に過激になっていくんだもん。直ぐに諦めたよ。……宏壱くんが傷付いてないって分かってたし」

 

 

 なずなが言うように、中学時代の苛めで宏壱は傷心することはなかった。寧ろ、次は何をしてくるのか? どんな趣向を凝らしてくるのか? そんなことばかりを気にしていた。泣く素振りも見せてはいたが、嘘泣きだと直ぐに気が付いたなずなは、その面で後ろめたく思うことは少なかった。

 

 

「なっちゃんが気にしているのは苛めじゃなくて、宏壱君が去り際に見せた表情ね?」

 

 

 なずなは美咲の確認に「うん」と頷いて話す。

 

 

「すごく寂しそうな顔だったから……それに、あれが切っ掛けでわたしは宏壱くんと会えなくなったし。ちょっと避けられてたし。……きっと臆病なわたしに呆れたんだよ」

 

 

 言いながらなずなの表情は暗くなり、声のトーンが落ちる。背中に哀愁を背負った彼女に周囲はなにも言えない。

 

 

「……なっちゃん、最近犯罪に巻き込まれたことはある?」

 

「え? えーっと、ない、けど?」

 

「私もよ。中学から今までずっと」

 

 

 2人の間に妙な沈黙が降りる。達した結論は同じだろう。

 なずなは中学に上がって暫くしてから犯罪や騒動に巻き込まれなくなった。片や美咲は引っ越してから……。

 2人の共通点はただひとつ。宏壱の傍から離れたことだ。

 

 

「多分宏壱君がなっちゃんから、私達から距離を取った理由はなっちゃんが声を掛けなかったからじゃないわ。いえ、理由のひとつではあるのかもしれないけれど、大部分は……」

 

「……宏壱くん自身が厄介事を引き付ける体質だったから?」

 

「多分」

 

 

 お互いの結論を摺り合わせた2人は溜め息を溢す。それは深い、とても深いものだった。

 

 

「なんだか悩んで損した気分だよ」

 

「同感ね。答えを得たわけでもないけど、的外れでもないと思う。今度会ったら一杯文句を言わなきゃ気がすまないわ」

 

 

 顔を見合わせて2人は微笑み会う。数年間まともな会話もなかったが、そんなことは関係ないと、些細な問題だと言わんばかりに2人の溝が急速に埋まっていく。

 

 

「少しいい?」

 

 

 2人の空間が出来上がりつつあったところにパレリアが右手を胸の前まで上げて割り込む。

 

 

「なんですか?」

 

「彼が使っていたスキルのことを聞きたい」

 

「スキル……?」

 

「みぃちゃん、多分【六式】のことじゃないかな」

 

 

 なずなの指摘に美咲は「……あぁ」と頷いて納得する。完璧に話に置いていかれているクラスメイトや陵子は首を傾げているが、リカルド、リーナ、カエデは少し前のめりになって一言一句漏らさないように、聞くことに徹する。

 正直、彼ら指導役は宏壱と2人の関係には余り興味がなかった。聞いてみれば興味深いものではあったし、妙に場慣れしている3人に納得もした。が、やはり一番聞きたいのはスキルの方である。

 宏壱が見せたスキルは、資料にも載っていない稀少なものに違いないのだ。

 

 

「えっと……話してしまっていいのかしら?」

 

「多分大丈夫だよ。苦笑して『仕方ないな』って言うだけだと思う」

 

 

 なずなの言い分にこそ美咲は苦笑するが、そうかも、とも思った。

 宏壱と距離があった割に、彼の性格を深く理解しているなずなに「宏壱君のマネ、全然似てないわよ」とだけ返して、コホンと咳払いひとつ。

 

 

「【六式】というのは、宏壱君が扱う体技です」

 

「体技?」

 

「はい。私も詳しく知っているわけではありませんけど……習得自体は誰でもできるそうです」

 

「誰でも?」

 

 

 誰でも、と言われてしまえば自分も扱えるようになるかもしれない。そうクラスメイト、メガベアーと宏壱の戦闘を見た者達、勇気を始めとした勇者達は思う。だが、指導役の観点からすれば、強い疑問が残る。

 

 

「はぁ……大鷲君」

 

「……え?」

 

 

 美咲は続きを話す前に大きな溜め息をこれ見よがしに吐くと、勇気に声を掛けた。

 当然名指しされる覚えのない勇気は疑問符を頭の上に浮かべる。

 

 

「残念だけれど、【六式】はあなたには扱えないわ」

 

「なっ!? 何でそんなことが言えるんだ! 山口ができたなら俺だって……!」

 

 

 美咲の辛辣な言葉に勇気は激昂して立ち上がる。

 

 

「宏壱君ができたなら自分もできる。その考えが間違いなのよ。私はあなたの人を見下した態度が気に食わないわ」

 

「っ! お前が俺の何を知ってるんだ!」

 

「何も知らないわ。興味もないから知ろうとは思わないけど」

 

「人を見下しているのはお前の方だろ! ちょっと武道の嗜みがあるからって!」

 

「武道と武術を一緒にしないでほしいわね。武術は戦う術を。武道は精神を鍛えるのよ」

 

「そういうことを言ってるんじゃない!」

 

 

 売り言葉に買い言葉。と言うには、美咲は冷静ではあるが、言葉の端々どころか、声音にさえ侮蔑の色を乗せて勇気にぶつける。

 対して勇気は興奮が収まらない。感情的な面がある勇気は、直情的に動くことが多い。それは宏壱とメガベアーの戦闘に割り込んだこともその内である。

 

 

「ユウキ、止めろ。勇者スガノも煽るな、話が進まん」

 

 

 リカルドの放つ圧力に勇気は押し黙り、美咲は「すみません」と謝罪した。

 謝りはしたが、美咲に悪びれた様子はない。

 

 

「まぁ、大鷲君に限ったことではないんです。陳腐な言い方ですけど、血反吐を吐くような修練をしないと会得は不可能なんです。生半可な努力では身体を壊して終わりです」

 

「そんなものを勇者コーイチはどうやって?」

 

「既に他界した宏壱君のお父さんから学んだ。そう聞きました」

 

「え、他界?」

 

 

 何気なく質問したリーナだが、思わぬ返答に眼を丸くする。それは他の指導役、なずな、龍治を除くクラスメイトも同様だ。

 

 

「そのことは置いておきましょう。今は【六式】の話です」

 

「……そう、ですね」

 

 

 気にはなったが、今優先すべきは宏壱の家族関係ではない。そう割り切ったリーナは頷くと、美咲に話の続きを促した。

 

 

「【六式】のコンセプトは、常人を超越することだそうです」

 

「常人を超越?」

 

「はい。6つの基礎の技から始まる【六式】は、そのどれかひとつでも会得すると、超人の域に至れます」

 

 

 ゴクッ、と誰かの喉がなる。妙な緊張感孕んだ空気が食堂内を包んだ。

 

 

「ひとつ、強靭な脚力で空を蹴ることで空中歩行を可能にした【月歩】。ふたつ、地面を瞬間的に十数回蹴ることによって生まれた瞬発力で移動する高速歩行術【剃】。みっつ、肉体の硬度を高めて攻撃を受ける防御術【鉄塊】。よっつ、相手の攻撃によって生まれる風圧に身を任せて、宙に浮く紙のようにヒラヒラと攻撃を躱す回避術【紙絵】。いつつ、硬化させた指を弾丸のような速さで相手に打ち込む攻撃【指銃】。むっつ、強靭な脚力で発生させた鎌鼬を相手に飛ばしてぶつける技【嵐脚】」

 

 

 美咲は一度言葉を切ると、すぅ、と息を吸う。

 

 

「その6つの技を極めると会得できる【 六式奥義・六王銃】。途轍もない衝撃を両拳を接触させた相手に打ち込んで、内部から破壊する一撃必殺に近い大技、だそうです。他にも基礎から発展させた技があるみたいですけど、私達の世界では【剃】と【鉄塊】さえあれば生きていけるので、見たことはありませんけど」

 

『……』

 

 

 美咲は自分が知っているのはこれで全部だと言うように口を閉じる。なずなが何も言わないところを見ると、彼女が知っているのも大差ないらしい。

 

 どれひとつ取っても並みではない。特にクラスメイトと陵子からすれば、空中歩行とか人体の硬質化など物語の中の話だ。

 宏壱はそれを元の世界でできていたと言う。到底信じられるものではなかった。

 

 

「それが【六式】……」

 

「空を駆けるスキルなら【天駆(てんく)】がありますが、たしか跳べる回数に限りがあったように思います。その上位互換、そう考えても宜しいかと」

 

 

 パレリアの呟きにカエデは覚えのあるスキルと比較して、自分なりに分かりやすく解釈する。

 

 

「スキルのことは分かった。それが誰でも習得できるが、半端じゃない鍛練が必要だってこともな。だが、アイツが見せたあれはなんだ? アイツの腕が燃えた……いや、炎を纏ったあれは」

 

「「……」」

 

 

 リカルドの問いになずなと美咲は答えない。正確には答えられないのだ。

 

 

「分かりません」

 

「えっと、ごめんなさい、知らないです」

 

 

 2人は知らないのだ。宏壱が使った【炎神】を。だから答えたくても答えられない。

 

 

「……そうか。分かった。……それで、勇者ヤマグチの捜索隊の編成だが……」

 

「待ってください」

 

「む? なんだ、勇者スガノ。なにか問題でもあるのか?」

 

 

 宏壱を捜索するための部隊を選抜しようとしたところで、美咲から待ったの声が上がる。

 

 

「昨日、なっちゃんと少し話し合ったんです。宏壱君は探さないって」

 

「なっ!? 何故だ! アイツも貴重な勇者だ! しかも、現段階で一番強いのはアイツだぞ! それに、話を聞くかぎり、お前達もアイツと会って話し合うのを望んでいるはずだ! ……まさかっ、お前達は――「宏壱君の生存を疑っているわけではありません」――……ならば、何故だ?」

 

 

 美咲の予想外の言葉に驚愕して強く問いただす。しかし、それも冷静に発せられた言葉で落ち着き、なずなと美咲の顔を交互に見て真意を問う。

 

 

「強くなります。私達は今の状態では彼には会えないと思っています」

 

「宏壱くんに並べるくらい。ううん、宏壱くんの前に立って守れるくらいに」

 

「「そのために、時間を使います」」

 

「……なるほど。生きているなら自分で戻ってくる、か」

 

 

 2人の強い眼差しに感嘆の息を漏らすと、リカルドは腕を組んで思考する。

 宏壱を連れ戻し、【六式】の片鱗でも学ぼうと考えていた彼は悩む。

 

 

「それに、宏壱くんは多分旅に出ます」

 

「……は?」

 

 

 思考に耽っていたリカルドは、なずなの思わぬ言葉に間の抜けた声を漏らす。

 

 

「見てて思ったんです。あ、ちょっと飽きてきてるなぁ、って」

 

「飽きるって。おい、まさか退屈だからとか言わないだろうな?」

 

 

 なずなと美咲は顔を見合わせて、その場の誰もが見惚れるような笑顔を浮かべると、全員に口を揃えて言う。……「「言いますよ」」と。

 

 ◇

 

「ところで、左枝島くんはどうして宏壱くんのことを知っていたの?」

 

「それは私も気になるわ」

 

 

 話し合いも終わり解散した彼らだが、なずなは去ろうとした龍治を呼び止めて問い掛けた。

 なずなと美咲は龍治と宏壱の関係を知らない。宏壱を守る側と苛める側で対立のような構図を作っていた美咲と龍治だが、美咲はなんとなく龍治達が本気で宏壱に当たっていないことを分かっていた。

 

 

「あー、別に特別なことがあった訳じゃねぇよ。アイツが締めた不良の中に俺の兄貴がいたんだ。学区は違ったしよ、お前らと会う機会なんてなかったけどさ。大切な女がいるってのは聞いてたぜ」

 

 

 大切な女、その言葉に2人ははにかむ。龍治の口から出た言葉だが、誰がそう伝えたかということが2人には重要だった。

 

 

「中学の頃から一緒に遊ぶようになって、高校でアイツの現状を知って、今に至るってな。詳しく話す気はねぇ。言い触らすようなもんでもねぇし」

 

 

 と言うと、龍治は「俺も訓練してくっかな」と誰に言うでもなく呟き、食堂を出ていった。

 

 

「……知っているようで、知らないね」

 

「……そうね。さっき答えられなかった炎を纏う力、それも知らなかったし」

 

 

 落胆の色が見える2人の静かな言葉は、誰の耳にも届かなかった。

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