赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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第二十六鬼

「……知らな……いや、知ってる天井だ」

 

 

 宏壱は見覚えのある天井を見て呟く。

 

 

「俺は……またか」

 

 

 記憶を辿った宏壱の落胆は相当だ。

 三度目の失神。それは宏壱の心にかなりの影を落とす。

 

 

「……はぁ……強くなりたいね、ホント。……ぐっつぅ! メアめ、結構力入れやがったな」

 

 

 鈍く痛みを訴える腹部を押さえて身体を起こす。場所はやはり宏壱が寝かされていた小屋だった。

 

 

「……んみゅ……」

 

「うん?」

 

 

 可愛らしい声とごそと身動(みじろ)ぎする音が隣から聞こえて視線を向けると、プラチナブロンドの頭が見えた。

 

 

「メア、か?」

 

 

 顔を覗き込む。既に日は沈んでいるのか、小屋の中は暗く、窓から差し込む月明かりだけが頼りだった。

 その中で眼を凝らすと、幼いながらも整った顔立ちの少女の顔が闇に浮かんだ。

 

 

「ったく、暢気なもんだ」

 

 

 苦笑を浮かべて宏壱はメアの頭を撫でる。触り心地の良い髪が指の隙間を流れる。

 その際に丸い耳に触れてしまうと、くすぐったいのか「……ん」と身動ぎする。

 

 宏壱はサラが様子を見に来るまで、暫くメアの髪を堪能した。

 

 ◇

 

 夢を見ている。暗闇を漂うプラチナブロンドの少女はなんとなく、ぼんやりとそう思った。

 

 目の前の暗闇の中に靄のような映像が浮かんでいる。

 傾斜のある森を木々を薙ぎ倒しながら登っている。視線は高い。

 目的地があったわけではない。ただ、本能が囁くままにいく。嘗て、とある山で産まれたソレは、生を受けてからずっとそうしてきた。

 

 時折、襲ってくる存在がいる。そこそこに硬い物を身体に纏った者達だ。

 しかし、“彼女”にとっては紙切れ同然だった。容易く爪で引き裂き、強靭な牙と顎で噛み砕いた。

 感覚は寄ってくる虫を叩き潰す感じだろう。ただ、潰したソレを食すか否かの違いでしかない。

 

 “彼女”の映像は移る。

 そこはダンジョンの中だ。淡い光に照らされた土肌の通路を進む。

 出会う人間を向かってくる者だけを仕留めていく。

 その内、人間の姿は見なくなる。まるで王者になった気分で、映像の主は通路を進んでいく。

 

 やがて細い道のある広い空間に出た。向こう側とこちら側でそこそこの距離がある。

 左右の壁までの距離は遠く、足場がない。橋になっているのだ。

 “彼女”でも十分に渡れる幅があり、注意さえしていれば落ちることはない。

 

 また映像が移る。血の海だ。橋の半ばで“彼女”は人間を貪っていた。

 少女は当時のことをぼんやりと覚えている。

 橋を渡る最中、半ばで背後から攻撃を受けた。

 彼らは雄叫びを上げながら攻撃を仕掛けてきたが、“彼女”には効果がなかった。

 ただの腕の一振りが容易く命を奪っていった。

 そうして次に現れたのは妙に強い者達だった。と言っても“彼女”にとってそれは団栗の背比べだ。

 少し殺し辛い、その程度のことだった。そのはずだった。

 しかし“彼女”は結果的に全員を逃がすことになる。自分よりも小さい身体に、途轍もない存在を隠し持った強者によって。

 

 映像は三度移り、その存在と戦っている。

 脆く儚いはずの命を砕くことは叶わず、その人間は立ち向かってきた。

 幾度も剣をぶつけてくる。大したダメージはないものの、煩わしかった。

 振り払おうとするも、悉く躱す人間。“彼女”と対峙して1分以上生き残った初めての存在だった。

 当たった攻撃も、吹き飛ばせはしても致命傷には至らない。

 

 そこから戦闘の映像は続いていく。時折見せる高速移動。空中歩行。硬い身体。飛ぶ脚撃。

 剣を仕舞い、繰り出される拳や蹴りは、重く鋭い。

 “彼女”が動くよりも速く行動して攻撃を躱す様は不気味だ。

 心などというものが自分にあるのかは分からないが、まるで心の内を読まれているようでもあった。

 何より、その眼が理解できなかった。形勢は“彼女”が有利だったのは疑いようもない事実で、彼にとっては絶望的と言ってよかった。

 一撃、たった一撃をまともに喰らわせれば追い詰められる“彼女”と、どれだけ攻撃を当てても大したダメージを与えられない彼。彼が危機的状況に立っているのは火を見るよりも明らかだ。

 だというのに、諦めの色を見せないその眼は何処までも“彼女”を追い続ける。

 口角は上がり、犬歯を見せている。笑っているのだ。

 

 “彼女”は恐怖を覚えた。自分が対峙している得たいの知れない化け物に。

 直ぐに本能が理解した。眼前にいる存在は敵だと、()らなければ()られるのは自分だと。そう理解した。

 力量(ステータス)で言えば“彼女”が圧倒的に勝っていることは確かだろう。しかし、当時の“彼女”には彼を補食している未来が見えなかった。

 

 映像の中の戦闘は終局を迎える。それは唐突に訪れた。

 逃げたはずの人間が舞い戻っていた。その内の1人が“彼女”に攻撃を加える。

 だが、それは大したものではなかった。蚊ほどのダメージもない。が、思わぬ拾い物だった。

 反射的に前足を振るった。それは攻撃をしてきた人間ではなく、彼の背中に当たった。

 舞い散る赤い花弁。倒れる彼。遠く離れた人間と悲鳴を上げる傍観者達。そして……尚立ち上がる彼。

 

 眼差しはより強く。放たれる存在感は尚も増していく。

 そして彼は橋に両拳を当ててスキルを撃った。

 絶大な威力を発揮したスキルは容易く橋を破壊した。

 “彼女”と彼は橋の崩落に巻き込まれ、落ちる。

 もがく“彼女”は彼に組み付かれ共に落ち……今の彼女になっていた。

 

 

「……」

 

 

 その映像はさっきまでと違い視点が低くなっていた。近くには彼の姿がある。

 さっきまで抱いていた戦闘意欲や敵意………そして恐怖。それら全ての感情が消えていた。

 

 プラチナブロンドの少女、メアは映像を見ながら思う。自分はなんだろう? と。

 答えは出ないし、誰も教えてはくれない。ただ、それもいいか、と彼女は思う。

 敵だった彼と一緒に過ごして温もりを覚えた。今の自分とは違い大きくごつごつした身体の彼は逞しく見えた。勿論そう見えるだけだ。

 彼女からすれば、メガベアー時代よりも彼が弱く感じる。それは彼女が強くなったことが理由で、彼が弱くなったわけではないと分かっている。

 そして、その心持ちにも変化はない。強者との戦いを心から喜び、自分の食事よりもメアを優先した。

 敵意と恐怖の感情しか向けられたことのない彼女は、彼の優しさが深く身に染みた。

 感謝の念を抱いた。それを彼に伝えるべきものなのか、伝えるとすればどう伝えるのか……彼女はその術を知らない。

 

 出会って数時間。敵だった彼はよく分からない存在になっていた。

 

 

「……ちち……はは……あに……あね……おとうと……いもうと……むすこ……むすめ……ともだち……こいびと……」

 

 

 メアは片言で耳にした言葉を綴る。

 ラハヤ村で出会った人間は自分達の関係を言葉で言い表していた。

 学ぶことは多い。それは言葉であったり感情であったり様々だ。

 

 

「……メアは……なに……?」

 

 

 彼と自分の関係性は何か? 考えても分からなかった。

 

 ◇

 

「んみゅ……?」

 

「……お? 起きたか?」

 

 

 目を覚ますと声が掛けられる。見るとランプに火が点けられていて、宏壱がそこでご飯を食べていた。

 テーブルと椅子が用意されていて宏壱はそこに座っている。

 

 

「これ、食ったか? センチピードの肉だってさ。あいつ肉取れたんだな」

 

 

 フォークでステーキにされたセンチピードの肉を刺して口に運ぶ。

 

 

「結構旨いんだな、センチピード。歯応えはあるが、噛む度に肉汁が溢れ出てくる。旨味が強くて臭さなんてないし、癖になる味だ。なんでダンジョンで出なかったんだろうな? まぁ、出ても調理なんてできないけどな」

 

 

 そう言って笑う宏壱をメアは布団の中からじっと見る。

 

 

「この村って凄いんだぜ? 村人4人で川から出てきたセンチピードを倒せるんだ。あり得ない話じゃないんだよな。俺の予測だと、あの(トラップ)は万が一あの橋から冒険者が落ちた時のための非常脱出経路だろうと思う。多分、先駆者が設置したんだろうな。それでこの村に行き着くようにしてあった」

 

 

 宏壱の言葉の意味をメアは理解できない。ただ、楽しそうに推測を語る彼を見ていると、なんだか嬉しくなった。

 

 

「この村の人間は子供から老人まで、皆戦えるらしい。少なくとも複数で当たればセンチピードも倒せる実力がある。この村は冒険者の救助と、ダンジョンから同時に排出されるかもしれない魔物を駆除するために作られた村……なんて予測してみた。サラに聞いた話だと、実際年に何回か冒険者が上流から流されてくるらしいし、それと殆んど時間を空けずにセンチピード、アースワーム、ミリピードが現れるんだとさ。……お、食べるか? ほれ」

 

「……あむ」

 

 

 話の途中、無言で膝に乗ってきたメアに宏壱がセンチピードのステーキを差し出すと、彼女は無言のままに口を開けて銜える。

 

 

「この村の奴等のレベルは相当だろうな。昔から続けられた魔物駆除が村全体の平均レベルをAランク冒険者並みに引き上げてる。と、まぁ、そんな感じで予測を立ててみた。多分、そんなに大きく外れたものでもないと思うんだよ。分かったからって何かあるってことはないんだけどな」

 

 

 笑って「ただの暇潰しだ」と付け加えると、宏壱もセンチピードのステーキを齧る。

 

 

「……」

 

「……どうした?」

 

 

 じっ、と顔を見上げるメアに首を傾げる。その眼は物を問いた気だったが、メアは何も言わない。

 

 

「……なに……?」

 

「……何? ってお前、それは俺の……メア、喋れるのか?」

 

「……メアは……なに……?」

 

 

 拙い片言で言葉を発するメアに驚き、宏壱は眼を見開く。

 メアはそんな宏壱を気にも止めず、問う。

 

 

「……何? ってなんの話だ? メアが何者かって聞いてんのか?」

 

「……ちち……はは……あに……あね……おとうと……いもうと……むすこ……むすめ……ともだち……こいびと。……メアは……なに……?」

 

「そんな言葉、どこで……。まさか、村で聞いた言葉か?」

 

 

 メアは宏壱の疑問には答えないまま見上げている。至近距離で見詰め合う2人。

 甘い雰囲気はないが、妙な緊張感があった。

 

 

「……意味が分からないんだが……」

 

 

 多くを語らず答えを求めるメアに宏壱は悩む。

 言葉の意味を理解できなければ適切な答えは返せないし、答えがある問いなのかも分からない。

 

 

「う~ん、ちち? 乳? 父? ははって続くわけだから父なんだろうな。ってことは……兄、姉って続くのは当然か……それで最後は恋人、か。…………家族、交友…………人間関係? メアにとって? ……違うか。俺にとってメアがどういった存在か。それが知りたいんだな?」

 

 

 単語を羅列するメアの言葉を拾って推察する。

 導き出した答えにメアは反応しない。

 

 

「なんで、それを求めるんだ? というか、意味を理解しているのか?」

 

「???」

 

「……分かってなさそうだな」

 

 

 小首を傾げたメアに宏壱は溜め息をひとつ溢す。

 

 

「それは今決めることじゃない。メアがもっと俺を知って、俺がメアを知ることで自ずと見えてくる。俺がメアにとって何になるのか、メアが俺にとって何になるのか……いろんなことを知った上で、その答えを出しても遅くない……って分からないか」

 

「???」

 

 

 やはり小首を傾げるメアに宏壱は頭を掻く。数秒唸ったあと、フォークを手に取ると……。

 

 

「はぐ……うん、やっぱり旨いな」

 

 

 センチピードのステーキを食べ、感想を言うと、メアの前にもセンチピードのステーキを運ぶ。

 

 

「難しいことは後だ。今は腹拵えして、寝る。んで、明日は世話になった村の連中に恩返し。全部その後だ」

 

 

 要は先送りである。ただ、答えが出ないのも事実で、現段階では最良の選択である。宏壱は自分にそう言い聞かせた。

 

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