赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~ 作:コントラス
「個人証明できるものはあるか?」
「あーっと、これでいいのか?」
「ふむ、冒険者か。そちらの娘は?」
「持ってない。どうすりゃいい?」
「銀貨5枚だ」
「はいよ」
「うむ、これは返すぞ。では改めて、ようこそジェネガン王国辺境都市・グスピカルへ!」
門番に返された木造りのプレート、冒険者カードをポーチに仕舞い、宏壱とメアは開け放たれた門を潜る。
◇
宏壱とメアは何事もなく旅路を進めた。
森を抜けた次の日、早朝から出発して20分ほどで街道に出て道なりに進み、二度の野宿を挟んでこの街に辿り着いていた。
辺境であるというのにここ、グスピカルは大いに賑わっていた。それは一重に複合都市・マグガレンにほどよく近い場所にあることが理由だ。
近いと言っても、徒歩で13日ほど、馬車で5日ほど掛かるのだが。
ただ、マグガレンは大陸の中心にあり、全ての国と隣接している。そのため、グスピカルはジェネガン王国への入り口となる。
ジェネガン王国の名産品はグスピカルで多く取り引きされ、自然と物が集まり人が集まって大きく発展した。これはこの大陸に国同士の諍いがないことが大きな理由である。
現に、宏壱の視線の先では、多種多様な種族が歩いている。観光か、仕事かは判別はできない。ただ、活気があるのだということだけは分かった。
「さて、まずは宿だな。ギルド加盟の宿を探さないと」
門から続く大通りを歩く。雑貨店や食材店が多いのか、店先で小物や食材を見ている人が多い。
宿屋はこの近くにはなさそうだ。
「悪い、ちょっといいか?」
「おう! なんだにいちゃん、買っていくのかい?」
威勢の良い屋台の中年男性店主に声を掛けた。金網の上でこんがりと焼き上がり、とろっとしたソースの掛かったトウモロコシに似た野菜の匂いが宏壱の鼻を突く。
「じゃあ、それ2本くれ」
「あいよ! 2本合わせて50銅貨だ!」
客寄せのためか、元々なのかは分からないが、声の大きな店主に宏壱は50銅貨を渡す。
銅貨を50枚渡すわけではない。1銅貨よりも一回り大きく部厚い物が1枚で10銅貨の価値があるのだ。
それは銀貨と金貨も同じように扱われている。商人同士では10銅貨を大銅貨と呼ぶ。他にも大銀貨、大金貨と独自の専門用語がある。
閑話休題。
50銅貨を渡すと、トウモロコシに似た野菜を2本受け取り、1本をメアに渡す。
「……?」
「こうやって食べるんだよ」
受け取ったものの、何を渡されたのか分からず小首を傾げるメアに手本を見せるように齧る。
芯に引っ付く粒達が宏壱の口の中にほろほろと転がり落ちていく。
咀嚼を繰り返す度に潰れる粒から芳醇な甘味とソースの旨味が絡み合った。
「……んっ……旨いな……これ」
飾り気のない言葉が自然と口を突いて出た。それ故か、屋台の店主はニカッと嬉しそうな笑顔を見せた。
「……ん……美味しい……コーイチ……4本……」
「はいはい、オヤジ、4本追加で」
「まいど! まだ2本焼き上がってないからちょっと待ってな!」
2本だけを先に受け取って4本分の金額、100銅貨、つまり1銀貨を支払う。
2本焼き上がるまでに宏壱はギルド加盟の宿屋の場所を店主に聞く。
それから残りの2本も焼き上がり、受け取った宏壱はメアを連れて聞いた宿屋の場所に向かって足を進めた。
「ここか……たしかにギルドの紋章があるな」
見上げた宏壱の視線の先には、ダイヤ型の盾の中に2本の両刃の剣が斜めに交差した紋章の看板がある。
その紋章のある建物の扉の上にはこの大陸の言葉で『宿屋』と書かれていた。宏壱の正面にある宿屋は外観では三階建てのように見える。
周囲を見渡せば似た風の建物が多く並んでいて、旅人風の者達が出入りしている。
宏壱の正面にある宿屋からも革鎧を身に付けた冒険者風の男達が3人出てきて、宿屋を見上げていた宏壱に驚いていた。
「あー、すまない。道を開ける」
それに気付いた宏壱はメアの手を引いて横に避ける。
冒険者達は会釈をすると、足早に去っていった。
「……なんだ? まぁ、いいか」
その態度に首を傾げるが、特に気にすることでもないと男達が出てきた宿屋に足を踏み入れた。
「部屋は空いているか?」
宿屋の奥、上階に繋がる階段の脇にある受付カウンターにいる丸っとふくよかな中年女性に声を掛ける。
「一部屋だけ空いてるよ。あんた冒険者かい?」
「ああ、これでいいか?」
女性に答えながら門番に見せたギルドカードをポーチから取り出して見せる。
「Eランク、ねぇ。冒険者らしくないね、あんた」
「そうか?」
返されたギルドカードを仕舞い、宏壱は自分の姿を見下ろす。
不思議そうに宏壱を見上げるメアの頭を撫でながら「たしかに」と呟く。
先程宿屋から出てきた冒険者達は簡素で動きやすい格好ではあったが、革鎧を身に付けていた。対して宏壱はシャツとスラックスだけである。旅人にすら見えないだろう。
一番らしいと言えば、背負ったグレートソードくらいなものである。
「まぁ、Eランクなら駆け出しも駆け出し、まともな装備なんて整えられるはずないさね」
バカにした風でもなく、女性は快活に笑った。
「それで? 何泊するんだい?」
「取り敢えず7日ほどだ」
「先払いだよ。途中で死なれちゃ困るからね。期日を過ぎても戻ってこなくて、あんたらの荷物が部屋にあった場合は売っ払うからね。しっかり計画して依頼を受けな。もし、時間が掛かりそうで期日以内に帰ってこれない場合は先に延長料を払うか、荷物は全部持っていくことだね」
「分かった」
「うちはギルド加盟の宿だからギルド加入の冒険者には割引制度がある。通常なら一泊3銀貨なんだけどね。1銀貨と50銅貨。7日で10銀貨と50銅貨だよ」
「高いな。それが相場か?」
「バカ言うでないよ。普通の宿屋なら70銅貨から90銅貨が相場さ。ギルド加盟の宿屋は優先して“魔石”が回される。そのお陰で毎日風呂が入れるんだ。安くなってもその分割高になっているんだよ。高いと言っても需要はある。嫌なら
「風呂が毎日、ね。それは良いな。……これで良いか?」
「あいよ。10銀貨と50銅貨きっかりだね。これが部屋のカギだよ」
女性がカウンターの上に201と書かれたプレートの付いたカギを置く。
「部屋は階段を上がって右の扉だよ。番号が書いてあるから分かるはずだ。飯はそこの食堂を使うもよし、外で食べるのもよしだ」
女性が指差す先には丸テーブルが複数とカウンター席、窓際にもテーブルが並んでいる。一階は食堂になっていた。
幾人かのウェイターが接客に勤しむ。泊まり客だろう。武骨な鎧を纏った冒険者の姿が多い。
「分かった、ありがとう。メア、いくぞ」
宏壱はメアを連れて階段を上る。二階に上がると、折り返しで上に続く階段と左右に広がる通路があった。
受付の女性に言われた通り右通路に進むと直ぐ、プレートと同じ番号が書かれている扉に行き当たった。
「ここだな」
番号を確認して引き戸になっている扉を開ける。
窓際に一台のベッド。右の壁際に箪笥。照明は“魔石”、色合いからして【ライト】の魔法が込められていることが分かる。
宏壱の視線は右から左に移る。部屋の中央に鎮座する足の長い丸テーブルと3脚の椅子。左の壁に設置された扉がひとつ。
部屋に足を踏み入れて開けると、浴槽とシャワーがあった。洗剤も幾つか備えられている。
「脱衣所はないのか。普通は一人部屋みたいだし、いらないのかもな」
5畳ほどの部屋だ。1人だと十分な広さだが、大人が2人となれば少し狭い。
「それに、ベッドが小さいな」
浴室を確認して改めて部屋を見渡した宏壱はグレートソードを下ろして壁に立て掛けると、ベッドを軋ませて座った。後ろを黙って付いて歩いていたメアは、即座に宏壱の膝を陣取る。
宏壱の言う通り、この部屋のベッドは小さい。宏壱の身長は180を超えるが、このベッドがそれだけの大きさがあるとは思えなかった。
「足を縮めれば十分か」
窮屈になりそうだ。そうぼやく。
「うーん、これからどうするかな」
考えるのは今後の予定だ。ギルドへ足を運ぶのは当然のこととして、それから先である。
「ランク上げ……かね」
ポーチから木造りのプレート、ギルドカードを取り出して眺める。Eとコウイチ・ヤマグチと掘られたプレート。ギルド所属の冒険者であることを示す証明だ。
宏壱のランクはE、冒険者内では最低ランクである。
EランクからDランクまでは木造りのプレートで、Cランクは銅、Bランクは銀、Aランクは金、AAランクは金に同色の星がひとつ加えられ、Sランクは白金で、SSランクにはAAランク同様星が加えられる。
ギルドで発注されている依頼は誰でも受けられる。それこそEランクがAランク相当の依頼を受けても構わない。
ただ、受ける者は限りなくゼロに等しい。誰でも自分の命は惜しいのだ。
依頼を受けて失敗しました。それではギルドの沽券、信用にも関わってくる問題であるため、推奨はされていない。
「たしかCランクより上にいくには試験を受けないとダメなんだっけ。……ランク上げにどれくらい時間が掛かるのか分からんね」
Bランク以上に上がるには様々な試験がある。それは模擬戦だったり、討伐だったり、採取だったり、護衛だったり、面接だったり。その時々で決められる。
誰でも受けられるならランクに意味はない。そう声を上げる上に上がれないCランクの冒険者もいなくはないが、国に対しての覚えが違うし、ギルドからの信頼度も違う。
何よりランク指定依頼と指名依頼が受けられるようになる。
魔神族のことが知りたいのであればランクを上げて国に、ギルドに自分の名前を覚えて貰う必要がある。そうすれば重要な書物ぼ閲覧や要人との接触が可能になり情報も集めやすいだろう。そう宏壱は考えた。
「よし! まずは……風呂だな」
メアをの腋に両手を差し込んで持ち上げた宏壱は勢いよく立ち上がった。
向かうは風呂場だ。下ろしたメアに服を脱ぐように伝えて自分もシャツに手を掛ける。
宏壱は長旅で汗臭くなった身体を清めたかった。
旅路では濡れタオルで身体を拭く程度のことしかしていなかった。少し臭いが気になるのは当然のことだった。
◇
「ふぅ~、スッキリした」
お風呂を上がり、村で貰った服に着替えた宏壱は湿った髪をタオルで拭きながらベッドに腰掛ける。
彼の視線の先ではメアが紺のハーフパンツに足を通していた。
「いろいろ服を貰ったみたいだな」
「……ん……貰った……」
メアの服は全てラハヤ村で住人に貰い受けた物ばかりである。
子供が多いとは言えないラハヤ村だ、貰い物は村の男の子のお下がりも含まれていた。紺のハーフパンツもその内の一着である。
「うーん、服もいるか? 食材と回復薬もいるだろうし、薪の調達もしないと……やることが一杯だな」
「……ん、しょ……」
服を着たメアが宏壱の膝の上に座る。風呂上がりの温かな体温がメアとの接触部分から感じられた。
(シャンプーと石鹸……同じの使ったのになんでこうも香りが違うのかね)
鼻腔を
「……ん……」
優しく拭かれるのが気持ち良いのか、メアは目を細めて宏壱の身体に
(やることは多い。でも、今日はのんびりして、明日動くか)
メアと過ごす和やかな時間を堪能しよう。そう決めた宏壱は、丁寧だった髪拭きを更に丁寧に緩めて、仕上がりまでの時間を延ばすのだった。