赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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第三十五鬼

 宏壱が気を失って仰向けに倒れた。虚空を眺めていたメアは、宏壱の倒れる音に気付き一瞬で宏壱の傍に移動した。

 

 

「……」

 

 

 宏壱の顔を覗き込む。土で汚れ、擦り傷がついている。

 ぼーっと考え事をしているうちに、全て終わっていた。そもそも、彼女に割って入る気などありはしなかったのだが。

 

 

「嬢ちゃん! 旦那の容態は!?」

 

 

 斜面を駆け上がってきたゴザムが問う。ゴザムの後ろにはライクと回復したセロルの姿がある。

 宏壱に対しての呼称がアンタから旦那に変わったのは、先の戦闘を見たからだ。

 

 

「……?」

 

 

 小首を傾げる。容態の意味を理解できなかった。いまだ彼女の知らないことは多い。それが悪いわけではないが、やはり日常会話さえもままならないのは、いささか不便だ。

 

 

「……と、見せてくれ」

 

 

 よく分かっていない、メアの反応からそう察したゴザムは、彼女と宏壱の間に割って入るように片膝を突く。

 メアは抵抗することもなく、すんなりと場所を明け渡した。

 

 

「内臓は……大丈夫だな。……肋骨が4本折れてる。あとは……右手の中指と肘に皹か……それと、腕に多数の内出血、か」

 

 

 僅かにゴザムの瞳が白み掛かっている。【スキャン】という光魔法だ。効果は傷の具合や病気を見たり、状態異常の判別をしたりできるようになるというものだ。

 ゴザムは光魔法【スキャン】で宏壱の身体を見る。ただHPを回復させるだけなら容態を見る必要はない。

 が、回復魔法は下級、中級、上級と段階分けされている。これは治療できる基準だ。ちょっとした擦り傷や切り傷、打撲といったものなら下級の【ヒール】で治せるし、時間は掛かるが、HPを全回復にすることも可能だ。

 しかし、それが内臓損傷や骨折、斬り傷であればそうはいかない。

【ヒール】の上位に位置する【ハイヒール】更に上の【オーラルヒール】であれば治療は可能だが、【ヒール】では一定以上のHP回復はできなくなるのだ。

 だからこそ、【スキャン】で容態を見る必要が出てくる。どれだけの負傷なのか確認できれば、適正な回復魔法で治療できるからだ。

 

 余談だが下級、中級、上級の回復魔法は光魔法のレベル1、レベル5、レベルMAX(レベル10)で会得できる。

 使える人間はそう多くはないが、レベルMAXともなれば、欠損した人体の一部さえくっ付けることが可能となる。

 

 

「肋骨は俺じゃあ治せないな。でも、他は【ヒール】でなんとかできる」

 

 

 宏壱の傷の状態を確認して、ゴザムは【ヒール】を掛ける。二度、三度と掛け続け、回数が五度目になった。

 

 

「おいおい、HP高くないか? 5回で半分しか回復できてないぞ……」

 

 

【ヒール】の回復量はレベル1だけあって少量だ。数字にすれば50から150と振り幅が大きい。

 INTの数値と魔法の威力は密接に関係していると言われている。

 

 要は剣士と魔法使いが同じ【ファイアーボール】を撃ったとしても、威力は断然魔法使いの方が強くなる。

 それは、INTの値の影響だとされている。剣士はSTRやDEFの伸びが良くなる分、INTやDEX値は伸びが悪くなる。

 逆に、魔法使いはSTRやDEFの伸びは悪いが、INTやDEXの伸びは良い。

 そこから、剣士と魔法使いの使う魔法の威力の差の原因が導き出された。

 

 ゴザムは魔法使いだ。光魔法の専門職である神官とは違い、下級である【ヒール】しか扱えないが、宏壱の傷であれば5回の【ヒール】で7割は回復できると予測していた。

 しかし、実際は5割である。

 何故5割と分かるのか? と聞かれれば、何となくと彼ら回復魔法を使うものは言うだろう。それは、感覚的なもので、「今、自分が魔法を掛けた者に、どれだけの効果があったのか」というのが分かるのだ。

 

 その感覚でゴザムは宏壱の回復量を把握していた。

 

 

「……んっ」

 

「お? 旦那、起きたか?」

 

 

 宏壱が身動ぎ、瞼を重たそうにゆっくりと開ける。

 

 

「……コーイチ、起きた……?」

 

「……ぁ? ……あぁ、メア、か。起きた……起きたぞ」

 

 

 虚空を彷徨っていた宏壱の眼がメアを捉えた。

 最初はか細い声だったが、徐々に張りが出てきて意識がはっきりする。

 

 

「メア、無事か?」

 

「……ん……」

 

 

 状態を起こして問う宏壱にこくんと首を縦に振って頷く。

 

 

「そうか……。お前らも無事なようで何よりだ」

 

「旦那のお陰でな」

 

「そうだね。正直、彼女が僕達の方に攻撃を仕掛けてきていたら危険だったよ」

 

「凄かったです! あんな動き、僕にはできません! 動きも速くて、判断も的確で!」

 

 

 宏壱が声を掛けるとゴザムとライクはにこやかに返事をしたが、セロルは興奮して宏壱に詰め寄った。

 

 

「落ち着けって、話は帰りの道中でも聞いてやるからさ」

 

 

 右腋近くを左手で押さえながら立ち上がる。ゴザムの【ヒール】では折れた骨は繋がらない。といっても、実は宏壱には自然に回復する称号がある。その称号のお陰で放っておけば勝手に治るのだが。

 

 が、今はまだ治っていないので、息をするだけでも少し痛む。それも宏壱が我慢できないほどのものではないのだが。

 

 

「さっさと帰ろう。ギルドに報告して宿に戻って……んで、寝る」

 

 

 酷く疲れた、そんな表情で背を丸めて言う。時刻は昼前ではあるが、想定外の戦闘で疲労困憊といった感じの宏壱はとにかく癒しを求めていた。

 

 

「“魔石”の分配は半々だったけど……コーイチさん達の方が討伐数が多かったし、ダークエルフと戦ったのも貴方だ。報酬は……」

 

「ここにある“魔石”は全部持ってけ」

 

 

 ライクの言葉を遮って宏壱はどうでもよさ気に告げる。

 

 

「え? いや、そういうわけにも」

 

「そうだぜ旦那。さっきライクも言ったが、ほとんど旦那と嬢ちゃんの手柄みたいなもんだろ。ここにあるやつ全部ってのは」

 

 

 ライクとゴザムは口を揃えて遠慮しようと声をあげる。しかし、宏壱は首を横に振った。

 

 

「お前らが貰ってくれ。昨日食べ過ぎた詫びみたいなもんだ」

 

 

 昨日、遠慮もなく、宏壱とメアはギルドの食堂で食べまくった。全てライクが料理代を払ったのだが、その金額は5金貨29銀貨76銅貨だった。2人分で、である。

 奢りということもあって、調子に乗って食べ過ぎたことを宏壱は反省していた。

 

 

「この話は終わりだ。とっとと帰ろう。ホントに疲れてんだ、俺は」

 

 

 そこで話は打ち切りとなり、一行は“魔石”を回収して早々にその場を離れることにした。

 

 一応もうひとつの小屋の中を確認したが、そこには四角い机があるだけで、倒壊した小屋のように異様な光景が広がっているわけではなかった。

 

 ◇

 

「ふぃ~」

 

 

 ボフッ、と宏壱は宿の部屋のベッドに俯せで倒れ込む。相当な疲労が溜まっていたのか、身体は緩慢な動きで、指先を動かすことすら面倒そうだ。

 

 グスピカルに帰還してギルド受付にて依頼達成の報告と報酬を受け取り、黒ローブの怪しいダークエルフと交戦したことを告げた宏壱とメアは、セロル達と別れて宿に戻り食堂で軽く昼食(と呼ぶには太陽が西に傾き過ぎていたが)を終えてシャワーを浴室で浴び、一応下着となるトランクスだけを穿いてベッドに倒れ込んでいた。

 

 宏壱はメアと一緒に浴室に入ったのだが、メアは浴槽に浸かっている。やはりと言うべきか、スタミナは宏壱以上で、疲労自体もさほど感じてはいなさそうだ。

 

 

「……コーイチ……」

 

「……んー?」

 

 

 だが、宏壱が浴室を出て5分も経たないうちにメアが身体も拭かぬまま姿を見せる。

 プラチナブロンドは水気を含むどころかポタポタと水滴を落とし、水も弾く肌はびしょ濡れで床を濡らしまくっている。

 

 

「……ん……」

 

「あー……はいはいー……」

 

 

 両手を宏壱に向けて広げて全裸を晒すメアに、意図を読み取った宏壱は非常に緩慢な動きで身体を起こし、放り出した服の上に置いてあったポーチを手繰り寄せてタオルを取り出す。

 

 

「……もっとていねいに……」

 

「疲れてんの、荒いのは少し我慢してくれ」

 

 

 瞼をほぼ閉じたままメアの髪をわしわしとタオルで拭き、そのままの流れで首、肩、腕、胸、腹と下りていく。当然その下までも……。

 メアの全身を拭き終わると、無造作にポーチにタオルを入れて再びベッドにダイブした。

 肉付きが薄いとはいえ、少女の全裸を間近で見ても宏壱は反応しなかった。

 見慣れたというのもあるが、やはり疲労で意識が半分飛んでいることが大きな原因だろう。

 

 

「……ん……」

 

 

 メアもそんな宏壱に何を言うでもなくポーチから着替えを取り出し、青と白のストライプのショーツを穿き、ノースリーブのオレンジのシャツを着、最後に膝丈の紺のハーフパンツを穿いた。

 

 

「……あ……」

 

 

 そこで何かを思い出したように声を上げると、トテトテと宏壱に駆け寄り、宏壱の背中を揺する。

 

 

「……んー? なんだ、メアー?」

 

 

 微睡みの中といった感じの緩く力のない声を発する。眼は開いているのかさえ怪しい細目だ。

 

 

「……コーイチの、えっちー……」

 

「……は?」

 

「……コーイチの、えっちー……」

 

 

 ハーフパンツの裾をスカートを押さえるようにして下に引っ張りながら二度繰り返した。

 

 

「……森でのことか……?」

 

 

 その仕草から何をしているのか大方の見当を付け、回らない頭で何となく意味を悟る。

 要は森で宏壱がメアのショーツを下から覗いた(一応不可抗力である)ことを言っているのだが、無表情の棒読みで言われたところで宏壱としても慌てようがないうえに、既に数時間前の話である。今更感が半端ではない。

 

 

「……また、村の誰かの入れ知恵か……?(意味なんて分かってなさそうなんだが……というか寝かせてくれ)」

 

「……どぎまぎした……?」

 

 

 小首を傾げるメアに「したした」と答え、瞼を閉じた。

 

 

「……ん……一歩前進……?」

 

 

 テキトウな返しだったがメアはそれで満足したらしく、頭の上に疑問符を浮かべながらも大仰に頷いて宏壱が眠るベッドに上がり横になる。

 

 

「……コーイチ頑張った……メアが誉める……」

 

 

 宏壱と向かい合ったメアは、宏壱の頭に小さな手を置いて右に左にと動かす。

 

 宏壱が戦っている最中、ダークエルフの女を見て何かを思っていたわけではない。見付けたのはメアだが直ぐに興味が失せていた。

 ただ、視線を固定したままぼーっと考え事をしていた。それは森の中でのことで、「何かしらのことがあって宏壱に下着を見られたらこう言うのよ」とラハヤ村の女性から教えを受けていたメアだったが、それを忘れていたことを思い出し、何を言うべきだったか、どんな仕草をするべきだったか思い出していた。

 その所為で動くのが遅くなったのだが、メア自身宏壱が敗北することが念頭にないのも大きな余裕に繋がっている。

 

 

「……コーイチは、負けない……メアに勝ったから……負けない……」

 

 

 静かに告げられる言葉は強い信頼と呼べるものだった。

 やがて響き始めた宏壱の寝息を立てる音と、メアが慣れない手付きで宏壱の頭を撫でる光景が小さな部屋にあった。

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