赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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第四十一鬼

 薄く霧の掛かった森の中、ゆらゆらと揺らぐ焚き火と背中合わせに互いの得物を構える男女が一組、それと焚き火の前でちょこんと座り、焼き上がった魚を食べるプラチナブロンドショートボブヘアの少女の姿があった。

 

 

──グルルルルッ。

 

 

 そして、彼らの回りには確認できるだけで十数体の魔物が赤い血の混じった涎を垂らし、今にも飛び掛からんと隙を窺っている。

 

 

「囲まれたな」

 

 

 正面で唸る魔物、グールジャガーを前に宏壱は背後にいるサテナに声を掛ける。

 

 

「呑気に言ってる場合!? だからダンジョンで夜営なんて嫌だったのよ!!」

 

 

 満天の星と真ん丸の月が見守る中、ダンジョンに入ったその日、7層まで歩みを進めた宏壱達は夜営の準備を終え、食事をしていた。

 夜営と言っても薪を組んで火を起こす程度だ。

 

 火にくべて焼いたロドー産の魚を食べているところで魔物に囲まれてしまったのだ。

 

 腐臭を放つその魔物の姿は見るに堪えない。肉が腐り落ちた部分が多く、骨をさらけ出し、内臓を引き摺っている。

 

 

「まぁそう言うなよ。これも経験だろ?」

 

「このダンジョンは夜になると姿を変えるって聞いてたでしょ! 私達よりも先に来てた冒険者はとっくにダンジョンを出てるわよ! こんなバカなことをするなんて信じられないわ!」

 

 

 宏壱達はダンジョンに入る前に少しギルドで情報収集を行っていた。その中に、エレピカダンジョンは夜に出る魔物が変質するというものがあった。

 普通の獣系から、アンデッド系の魔物に変わるのだ。森には薄く霧が掛かり、その中を腐敗した身体を引き摺って生者を求めてさ迷い、生き血を吸い、脈動する肉を喰らうのだ。

 

 

「現実を見ろ。目を逸らすな。今起こっていることが真実だ」

 

「~~~っ!? そういうことを言ってるんじゃなくてっ!」

 

 

 まともに取り合わない宏壱にサテナは地団駄を踏みたくなる。

 宏壱としては一々外に出るのが面倒であり、煩わしかった。何より、昼間の魔物と比べ夜の魔物は15から20ほどレベルが上昇する。それに応じて得られる経験値も多い。

 ならば倒せればそこそこに儲かる。が、これは経験値の面だけである。アンデッド系の魔物中でグールと名の付く魔物はドロップするものがない。これは“魔石”も同じである。魔物の亡骸とも言える“魔石”は完全に腐り崩れてしまうのだ。

 つまり、グールは倒したところで旨味が少ないのである。

 

 因みに、宏壱達のいる7層目は40から60レベルの魔物が昼間に出現する。パセットダンジョンと比べても、20レベルほどエレピカダンジョンの方が上である。

 

 

「ふっ! 真面目な話をするなら経験値稼ぎ以外の何物でもない」

 

 

 飛び掛かってきたグールジャガーをグレートソードで逆袈裟斬りで斬り伏せ、気を抜かないまま少し声のトーンを落として答える。

 

 

「っ! ⋯⋯別に急がなくてもいいんだけど⋯⋯」

 

 

 一矢、サテナが放つと、矢は一直線に飛び、グールジャガーの眼を射抜く。更に追撃として二本同時に番えた。

 

 宏壱の言葉で大体の理由は掴めた。先日、サテナが言った「強くなりたい」に集約するのだろう。

 

 

「【ダブルショット】!」

 

 

 仄かに青白い光を纏った二本の矢がグールジャガーの頭部を貫く。

 

 

「ペース配分を考えろよ。初っ端からスキル使ってると直ぐにバテるぞ」

 

「分かってるわよ!」

 

 

 宏壱の忠告の言葉は今のサテナには煩わしいだけである。

 5層置きにある転移魔法陣を使ってダンジョンの外に出れば、彼らは襲ってこない。

 街に帰らないまでも、ダンジョンの入り口手前、孤島の岸でテントを張れば十分に夜営はできるはずである。事実、他の冒険者はそうしている。

 宏壱達のように、夜間もこのダンジョンに潜り続ける酔狂な冒険者はそう多くはいない。

 

 だからこそ、余計なこの労力は、サテナにとって無駄に疲労を重ねる行為でしかなかった。端的に言えば宏壱の考えが、真意が分からず苛立っているのである。

 

 

「経験値稼ぎ⋯⋯本当にそれ以外の何物でもないんだけどな⋯⋯」

 

 

 サテナの後ろで、踏み込むと同時に右から飛び掛かってくるグールジャガーを逆手に持ち替えたグレートソードの一突きで仕留め、左から飛び掛かってくるグールジャガーには横っ面に裏拳を喰らわせて吹き飛ばす攻撃の最中、ぽそりと呟く。

 

 サテナが思っているような本来の目的などというのは宏壱には存在しない。ただ経験値が欲しいだけである。

 と言うのも、以前グスピカルで受けた依頼、ゴブリンの討伐時に遭遇した黒ローブを纏ったダークエルフの女が気に掛かっていた。

 

 

(ゲートをしばらく預ける。そんなことを言ってやがったな)

 

 

 噛み付きを上体を反らして避け、通り過ぎていくグールジャガーの尻尾を掴み、左腕一本で振り回して襲い来るグールジャガー達にぶつける。

 

 

(ゲートはメアのことで間違いない。でもなぁ、その意味が分からん)

 

 

 振り回していたグールジャガーが粒子となって消滅した。その拍子にバランスを崩した宏壱にグールジャガーが背後から襲い掛かる。

 が、それは姿勢を整えると同時に放たれた宏壱の肘を顎下から受けて叶わず、かち上げたグールジャガーに水平に振り抜いた蹴りで吹き飛ばされ、HPを散らしたグールジャガーは粒子となって消滅する。

 

 グール系の防御力はDEF、MND共に低い値だ。これは彼らの肉体が腐敗している所為である。中には再生能力に長けていて、防御力の低さを補うグール系の魔物も存在するが、グールジャガーには再生能力がない。

 だからこそ、レベルが劣るサテナでも攻撃さえ当たれば、倒すことは可能なのだ。

 

 

(ゲートってのは門だろ? 門は扉、つまりどこかの出入り口、か。⋯⋯なんのだ?)

 

 

 袈裟斬りに一閃、返す刀で逆袈裟斬りに一閃。二体のグールジャガーを斬り伏せ、その場で跳んで身体を右側に捻って右回し蹴り。

 噛み付こうと正面から飛び掛かってきたグールジャガーの右目に宏壱の踵がめり込み、首をへし折って吹き飛ばす。

 着地と同時にしゃがみ、右から左へ頭上を通過する最中のグールジャガーの下からグレートソードで突きを放って串刺しにする。

 

 

(予想はできるが、確実か? と聞かれれば首を縦には振れないな)

 

 

 グレートソードの半ばで粒子となったグールジャガーを尻目に、上段からの振り下ろし、右方向に逆袈裟斬り、グレートソードを水平にして左足を軸に左に回転して飛び掛かってきたグールジャガーを躱しざまに斬り伏せ、二歩下がり左右から襲い掛かるグールジャガーを同士討ちさせ、縺れて倒れた二体のグールジャガーの首を斬り裂く。

 

 

(ただ、確実なのはまたダークエルフの女が襲いに来るってことだな。その時にソイツ1人だけとは限らない。ソイツらがどれだけの実力を持ち合わせているのかも判断のしようがない)

 

 

 四方から茂みを割って襲い来るグールジャガーを【回転斬り】で纏めて斬り伏せ、息を殺して近付く一体にグレートソードを投擲。

 グールジャガーの脳天に突き刺さったグレートソードをそのままに、木を蹴って三角飛びの要領で頭上から肉薄するグールジャガーの首に右手を添えて左側にいなし、通り抜けざまの横っ腹に強烈な左裏拳を当てて吹き飛んだグールジャガーに◀掌を向けて、【ファイヤーボール】と言い掛けたところでこの戦場が森の中であったことを思い出す。

 

 

「危ね。無意識だったぞ、今の」

 

 

 思考に耽っていた宏壱は、身体と思考を完全に切り離していた。

 

 謎だけを残したグスピカルでの件は、宏壱の頭を悩ませた。時折、宏壱は同じような問答をこうして繰り返すのだ。

 繰り返したところで、答えはでないのだが。

 

 意識を戦闘に向けた宏壱はぐっと拳を握りしめて構える。

 

 

「さて、こっからが本番だ」

 

 

 と、宏壱が周囲を見渡すと辺りはまさに血の海だった。粒子に変わったグールジャガーとボロっと崩れた“魔石”が数十個。

 あとは怯えたように腰が引けた数体のグールジャガーと、少し離れた位置にある焚き火と、その前にちょこんと座って魚を丸かじりするメア。それと両膝に手を付いて肩で息をするサテナを視界に収めた。

 サテナの周囲にも崩れた“魔石”とグールジャガーが残した血痕がある。数体は倒せたようである。

 

 

「⋯⋯ふぅ」

 

 

 宏壱が息を吐きながら構えを解く。すると⋯⋯。

 

 

──ガアァッ!

 

 

 数体残っていたうちの一体が宏壱に飛び掛かる。

 ⋯⋯油断。腰の引けた自分達に、目の前の人間は戦意を損失したと判断して戦闘態勢を解いた。

 そう思った。だから飛び掛かった。

 

 彼らの経験上、人間とは実に油断しやすい生物である。

 死んだかも確認せず、止めを刺さずに背を向ける者。勝利を目前にして功を急く者。見えている敵にしか注意しない者。

 それは様々だ。時に例外も存在するが、大抵の人間はそうであると彼らは認識している。が、彼らはその違いを見極める術は持ち合わせていなかった。

 

 

「フリとは恐れ入った」

 

 

 おどけて言いながら、宏壱は右側に身体を開くように半身になって躱す。

 宏壱の胸があった位置でグールジャガーは、ガチィッと歯を鳴らせて噛み付くが当然そこに宏壱の身体はなく、空気を噛み砕いただけで終わる。

 宏壱の前を通り過ぎる際にそれは起こった。慣性に従って落下を始めたグールジャガーは、首に回された硬く太い腕に宙吊りにされた。

 宏壱は、回した左腕でグールジャガーの下顎を掴み、もう片方の手で頭を押さえつけた。

 

 

「っ!」

 

 

 ゴキュリッ!

 

 左腕を上に、右手を下に動かしてグールジャガーの首を捻り折った。

 

 

「魔物が恐れを知らないってのは知ってるぞ。特にお前らみたいなアンデッド系は恐怖ってもんは持ち合わせていない、だろ?」

 

 

 宏壱の問い掛けに答えられるはずもない彼らは、宏壱に走り寄り噛み付こうとするも、宏壱の肘が、膝が、拳が、足が炸裂してグールジャガー達を沈める。

 全てのグールジャガーを殴り殺した宏壱は、グレートソードを回収して歩き始める。

 その方向はメアのいる焚き火の方向ではなく、茂みで覆い隠された森の奥だった。

 

 

「ちょっ、ちょっと! どこ行くのよ!?」

 

「水浴びしてくる。血塗れだからな」

 

 

 返り血を浴びた宏壱の全身は、腐りきって粘度を持ったグールジャガーの赤黒い血でドロドロだ。放つ臭気も、妙な熱気と鼻腔をきつく刺激する腐敗臭で鼻が曲がりそうで、宏壱は口呼吸で会話をする。

 口に侵入する空気でさえ臭さがあり、宏壱は顔をしかめていた。

 

 サテナに答えた宏壱はメアに「大人しくしてろよ」と告げて、茂みを割って入る。

 その先に小さく浅い川がある。そこで水浴びをする気なのだ。

 

 サラサラと穏やかに流れる川。宏壱は近くまで寄り両膝を突くと、両手で水を掬って顔を洗う。

 

 

「ぷふぅ⋯⋯ここは浅いな。確かこの奥ならちょっとした湖があったはずだ。そこにいってみるか」

 

 

 サテナが持っていたエレピカダンジョンの地図を思い出す。その地図には、宏壱が今いる川の下流に、それほど大きくはない湖があること思い出した。

 

 川沿いに歩いて暫くすると、開けた場所に出る。

 天に浮かぶ月を反射させた対岸まで500mほどある湖が姿を見せた。

 

 

「っ!?」

 

 

 宏壱は咄嗟に身を近くの木に隠して気配を自然に溶け込ませる。

 

 チャプ、チャプと湖の中を泳ぐ影。宏壱は視界にそれを捉えて身を潜めたのだ。

 

 

「あれは⋯⋯」

 

 

 よく眼を凝らす。丁度、雲が月を隠し、降り注いでいた月明かりを遮ってしまっていた。

 その所為でシルエットぐらいしか見えない。しかし、そのシルエットで大方の想像はできる。

 

 ほっそりとした腕や時折除く括れた腰、宏壱の位置からでも分かるほどにふるっと震えるふくよかな胸。シルエットで判断するならば、それは間違いようもなく女性だった。

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