赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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遅くなりまして申し訳ないです。


第四十二鬼

 雲が晴れる。気の陰に隠れる宏壱の眼前では、雲間から漏れ始めた月光に照らされた女の姿があった。

 

 

「あれは⋯⋯」

 

 

 普段は両測頭部で二つに結われた髪はストレートに下ろされ、金色を月光を反射してキラキラと輝かせ、浅黒い肌は人族のものではなく、薄暗い闇の中でも尚赤く煌めく瞳を宏壱は忘れていない。

 

 

「あのときのダークエルフか⋯⋯」

 

 

 グスピカルで受けたゴブリン討伐の依頼。グスピカルで出会い、即興で組んだパーティ(と言ってもパーティ登録はしていなかったが)で挑んだ依頼の終盤で、宏壱達は黒ローブを纏ったダークエルフに襲撃された。

 その戦闘は宏壱にとって幾つかの疑問を残し、長引けば命を奪われていた可能性のあるものだった。

 とは言え、宏壱自身はほとんど手の内を見せていない戦いで、【六式】や【覇気】を十全に使えば勝てるものでもあった。

 

 

「⋯⋯」

 

 

 恐らく、今不意を打つように仕掛ければ宏壱の勝利は間違いないものだろう。だが⋯⋯。

 

 

「⋯⋯」

 

 

 宏壱は息を吐きながら、気配を自然に溶け込ませ続ける。リズムを刻む心音を草木の擦れる音に紛れさせ、微かに揺れる身体を水面のざわめきに溶け込ませる。

 チャンスは直ぐそこにあるが、宏壱は動かなかった。

 

 余談だが、宏壱には気配は殺すものではなく、溶け込ませるものだという持論がある。

 気配を殺せば、そこにぽっかりと穴が開いたように空洞ができて不自然になるため、周囲に気配を同化させてカモフラージュすることで空洞を作らないようにするのがプロの仕事だ。

 幼い頃に道場でそう語られたなずなと美咲は意味を理解できないながらも「なんのプロ?」と口を揃えて言った。

 

 

「⋯⋯ふぅ。気配察知は得意じゃなさそうだな」

 

 

 ダークエルフが去ったのを確認して宏壱は湖に足を踏み入れ、服を着たまま肩まで浸かる。

 

 

「流石に冷たいな。温められればいいんだが」

 

 

 水を両手で掬い、ばしゃっと顔に掛けて擦り、そのまま頭まで潜る。

 水中で頭を、顔を、肩、腕、手、胸、腹、足と力を入れて擦る。

 

 

(なんでここにあの女がいたんだ? このダンジョンに何かあるのか?)

 

 

 全身を荒く擦った宏壱は湖の沖まで進む。足が徐々につかなくなり、100mほど進んだ頃には水深3mほどある場所まできていた。

 

 

(⋯⋯十分な警戒が必要か。はぁ、女ってのがやり難いけどな)

 

 

 水中でぶくぶくと泡を吐きながら嘆息する。

 山口宏壱という男は、極力異性には手を掛けないように心掛けている。それは彼の中では絶対的に近いポリシーとなっている。

 絶対的に近いと表現したのは、例外があるからである。宏壱自身や身近な人間が命の危険に晒された場合には、そのポリシーを曲げることも辞さない。

 

 

(向こうはこっちに気付いてる感じじゃなかったな。俺達、メアとは関係なさそうだった。別に目的があるんだろうな)

 

 

 宏壱は息が続かなくなるまで水中で腕を組んで思考に耽っていた。

 

 ◇

 

 宏壱が湖に向かった頃、戦闘した場所から少し距離を取ったサテナとメアは新しく焚き火を点し、串に刺さったロドー産の魚に塩をまぶして焼いていた。

 

 

「ホント勝手な奴ね」

 

 

 眉間に皺を寄せたサテナは、宏壱の自由奔放な振る舞いに口を尖らせる。

 

 

「冒険者には協調性ってもんが大事なのよ。そうでしょ?」

 

「⋯⋯? ⋯⋯ん⋯⋯」

 

「ありがとっ」

 

 

 憤るサテナに水を向けられたメアは小首を傾げて、焼き上がった魚を渡す。少々乱暴に魚を受け取ったサテナは、豪快に魚の腹に食らいつき、食い千切った。

 

 

「ホントむかつくわっ。もっと考えて行動しなさいよねっ」

 

 

 彼女の愚痴は止まらない。行動の勝手さや説明不足な部分も多く、意味を察せてもそれが正しいのかどうかは宏壱にしか分からないのだ。

 

 

「⋯⋯コーイチは強い⋯⋯」

 

「え?」

 

 

 もきゅもきゅと魚を食べていたメアがポツリと溢す。メアにとってはそれで十分なのか、それ以外に言葉を続ける様子はなく、疑問符を浮かべたサテナに構わず、魚を骨ごと噛み砕き食べ終えると、宏壱が置いていったポーチから新たに串を通された魚を取り出して、火に当たるように地面に串を突き刺す。

 

 

「ちょっと、どういう意味よっ」

 

 

 宏壱であればメアの言葉足らずな説明不足は推測で補填できるが、付き合いの浅いサテナには意味不明な言葉だ。

 

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯どんな魔物が来ても大丈夫⋯⋯コーイチが倒す⋯⋯」

 

 

 長い沈黙を経て、メアは必要であろう語を紡ぐ。ただ、やはりと言うべきか、その言葉でさえも言葉足らずで、サテナには上手く伝わるものではなかった。

 

 

理由(わけ)分かんないわよ。アンタ達と一緒に来たの失敗だったかしら⋯⋯?」

 

 

 頭を抱えて悩むサテナにメアは一言⋯⋯。

 

 

「⋯⋯大丈夫⋯⋯」

 

 

 と伝えるだけだった。

 

 ◇

 

 ここは第4エレピカダンジョンの深部。外観よりも遥かに深い森の奥地。未だ冒険者が辿り着いていない場所に彼女はいた。

 宏壱が一度戦闘を行い、湖で一方的に遭遇したダークエルフである。

 

 セターヤ・シュエル。ダークエルフと呼ばれる種族に存在するシュエルという一族だ。

 ダークエルフにはそれぞれ民族別に名前が付いている。彼女はその中でも、自尊心が高く、自分達こそが魔神族の眷属であると信じて疑わない。

 事実、彼らは魔神族に連なる者で間違いはない。長寿で見識の深いエルフでさえも殆んど所持していない魔神族の伝承を、彼らが多く所持しているのもそれが理由の一部で間違いはなかった。

 

 彼女の正面は木々が大きく切り払われていて開けている。その開けた場所に、外壁が建ち、中に黒曜石のような光沢を放つ神殿が建てられていた。

 

 

「開けてくれ」

 

 

 荘厳な黒の神殿、神秘さよりも禍々しさが先立ち、見る者を圧倒させるそれはセターヤに対して口を開ける。

 

 両扉が内側から開け放たれると、屋内は柱に設置された蝋燭が屋内を仄かに照らしていて、両脇にずらりと並んだ横長の椅子が眼に映る。そこにはセターヤ同様黒のローブを身に纏った集団が幾数十人座っている。

 彼ら彼女らは皆等しく浅黒い肌を持ち、種族名にダークと名付けられる魔神族に連なる者達だ。

 

 

「⋯⋯遅かったな」

 

「身を清めていた。我が主に祈りを捧げるのに血濡れでは良くないだろう?」

 

 

 セターヤが椅子列の最後尾の空いた場所に足を進めて腰掛けると、隣の美麗なダークエルフの男が声を掛ける。

 フードは取り払われていて、その端整な顔立ちが蝋燭の火に照らされている。

 

 

「ふむ、私は実戦は苦手だ、どうこう言う筋合いは私にはないか⋯⋯」

 

「ああ。動くこと自体が嫌いな貴様には縁のない話だろう」

 

「いや、そうでもない」

 

 

 美麗なダークエルフの男、セドム・シュエルが陰湿な笑みを浮かべる。

 

 

「異教徒の肉を裂くときは相当血を浴びるからな。身を清めねば、私自身が穢れてしまう」

 

 

 身内では拷問官と呼ばれ、身内にでさえ恐れられているセドムは、異教徒と呼ばれる魔神を信仰していない者を苦しめて無惨に殺すのが趣味だ。実際には、拷問官という役職についているわけではない。

 彼が寝泊まりする部屋は地下にあり、数多の拷問器具が存在し、多くの人間の内容物が床にばらまかれている。部屋に充満する異様な臭気を嗅いで興奮する狂人だ。

 

 

「貴様と一緒にされたくはないな」

 

 

 嫌悪感を隠しもせずにセターヤはセドムを一瞥し、視線を正面に向ける。そこでは、白髪の老紳士が弁を振るっていた。

 

 

「我々は偉大なる神の眷属だ。選ばれた我らを異端の者とし、排斥した異教徒共は実に愚かであると言わざるを得ない。いずれ顕現なさる神に滅ぼされるのは彼奴(きゃつ)等の方である! 我らが神は富を、名声を、栄誉を我らに授けてくださるだろう!」

 

 

 老紳士が拳を握って弁舌を振るうと、わっと場が沸く。

 彼らの目的は魔神族の顕現だ。彼らが周囲に、魔神族を深く知らない者に虐げられてきたわけではない。

 遠い昔、数千年前ではそういった迫害もあったが、今では魔神族そのものがお伽噺の存在に近く、詳細な記録も残されてはいない。

 知らなければ迫害のしようもなく、信奉することも難しくなる。だから、魔神族に関する記録は意図的に消されたのだ。

 

 

「しかし、まだピースは揃わず。ゲートを開くための鍵はあるが、肝心なゲートが存在しない。いや、存在しなかった!」

 

 

 過去形に言い直した老紳士に場がざわつく。魔神の信奉者達が、彼の言いたいことを察し始めたのだ。

 

 

「そう! 先日、実動隊のセターヤ・シュエルが濃密な瘴気を持つ個体を発見した!」

 

『おおぉっ!』

 

 

 老紳士と共に皆の興奮度合いが増す。それは歓喜にも似た声だった。

 

 

「お手柄だな」

 

 

 歓喜の声に紛れさせるようにセドムはセターヤを誉める。ピクリとも動かない表情からは、誉めているようには見えないが。

 

 

「偶然だ。実験場を潰しにいった際にいたのだ。私が集めたゴブリンを討ちにきた冒険者に同行してな⋯⋯」

 

 

 その時のことを思い出しているのか、セターヤは高い天井を見上げる。

 

 

(あの男、嫌に強かったな。何者だ?)

 

 

 実験場となっていた小屋を破壊した際に一緒に潰したはずの人族の男。

 妙なスキルを使い、魔法弾に部類される【グラヴィティボール】や【ダークボール】を素手で破壊せしめた。300年弱生きた彼女でも、嘗てない経験であった。

 

 勝てなかったとは言わない。それでも苦戦は必至だった。事実、彼女が最も得意とする影を使った移動も攻撃も通じなかった。

 独特な動きで繰り出される拳や蹴りは避けるのが精一杯で、隙を突いての隠し玉、無詠唱での【ダークボール】の直撃を決められたものの、それ以降は決定打を当てることは叶わず、影での移動も超人的な察知能力で躱される。

 攻めあぐねた結果、彼女は問題の先送りを選択した。

 

 

「次は必ず⋯⋯」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

 

 老紳士の高説が続く中、ぽそりと溢した決意の言葉に反応したセドムにセターヤは、「⋯⋯いや」とかぶりを振って答えず、正面を見据える。

 ルビーのようなその赤い瞳には、暗い炎と呼ぶには純粋すぎる闘志が揺らめいていた。




最近暑くて脳が回らないんですよね。考えてたやつもいざ書こうってときになると融解してドロドロに⋯⋯。大まかな部分を繋ぎ会わせて細々とした部分を繋ぎ会わせる。
そんな作業の繰り返しです。

汗かきで暑いのが苦手な自分には辛い夏です。
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