赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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第四十三鬼

「アンタ、遅いわよっ! 汚れ落とすのにどれだけ時間掛かってんのよ!」

 

「悪い、近場の川じゃ落としきれなくてな。下流にある湖で全身洗ってきた」

 

 

 草木を掻き分けてメア達が待つ場所に戻ってきたずぶ濡れの宏壱を出迎えたのは、憤るサテナだった。

 宏壱はサテナに苦笑を向けて宥めるように話す。

 

 

「よっと」

 

「ちょっ!? 何で急に脱いでんのよ!? 露出癖でもあんの!?」

 

 

 脈絡もなくティーシャツを脱ぎ、スラックスのベルトをカチャカチャと外した宏壱に人差し指を向け、真っ赤な顔で言う。

 

 

「何って、濡れたから乾かすんだよ。ほら、びちょびちょだ」

 

 

 脱いだシャツを絞れば、ボタボタボタと水滴が地面を濡らす。

 それは下も同様で、宏壱としては全裸になりたい気分だった。

 メアだけであればなっていたかもしれないが、サテナの存在が宏壱の自制心を働かせていた。

 

 トランクス一枚になった宏壱は、服を焚き火の近くに木の枝を組んで干し、乾かす。

 

 

「⋯⋯ん⋯⋯」

 

「おう、サンキュ」

 

「⋯⋯んー⋯⋯」

 

 

 胡座を掻いて地面に座った宏壱の足の上に収まったメアが上手く焼けた魚を渡す。

 下着も濡れているのだが、メアに気にする素振りはない。

 

 右手で受け取った宏壱は、空いてる手でメアの髪を撫で、魚の腹にかじりつく。

 

 

「んぐ⋯⋯でだな、お前らに話がある」

 

 

 咀嚼して飲み込んだ宏壱はサテナとメアを交互に見て言う。

 

 

「何よ、そんなに改まって。気味悪いわね」

 

「酷い言われようだ。まぁ、それは良いとして、本題なんだけどな? ⋯⋯明日、10層までいったら転移魔法陣で引き返そうと思ってるんだ」

 

「⋯⋯はぁ? いや、ちょっと待ちなさいよ。引き返す? 意味が分からないんだけど? ミノタウロスはもっと奥よ? 理由はあるんでしょうね? ちゃんとした理由は」

 

 

 宏壱の唐突な申し出にサテナの顔が歪む。眉間にキュッと寄せられた皺は、彼女が爆発する前の兆候だ。

 当然だ。彼らが目標としているミノタウロスは、20層目以降に生息していることが確認されている。

 当初と大きく目的と外れてしまう。

 

 

理由(わけ)は話せない。言えるのは、俺達にとってこの先は少し都合が悪いってことだ」

 

 

 メアの頭に左手を乗せて、後ろめたさからか宏壱はそっとサテナから視線をはずす。

 

 

「アンタ嘗めてんの? 頭沸いてんの? ふざけないで。理由も話さないのに納得できるわけないでしょ!」

 

 

 怒髪天を突く、そんな勢いで激昂したサテナを見て、宏壱は右手でかり、と後頭部を掻く。

 

 

「あー、だよなー。んー、話しても良いんだけどな? ただ、俺自身が把握しきれてないというか、よく分かってないんだよ」

 

 

 宏壱の考えとしては不確定要素であるダークエルフの女、セターヤの姿を見た時点で引き返すことは選択のひとつに加わっていた。

 

 メアを危険に晒す可能性。サテナを危険に晒す可能性。そのどちらもがあり、宏壱の負ける可能性すらも見据えていた。

 セターヤレベルの魔法使いが襲ってきた場合、一人なら対処は可能だ。だが、それが複数人にもなると困難になる。

 メアと二人ならば逃走も可能だと考えている。しかし、そこにサテナが加われば途端に難易度が跳ね上がってしまう。

 

 

「⋯⋯」

 

「いや、無言で睨むなよ。さっきまで騒いでたやつが急に黙るとなんか怖いぞ」

 

 

 怒りを抑えるように一文字に口を閉ざしたサテナに、宏壱は若干上体を反らす。

 宏壱としては話しても構わないのだが、どこまで話せば良いのかという面と、宏壱自身が相手側の事情を理解していないという面があり、何を話して良いのかも分かっていなかった。

 話したことで、サテナに相手の目が向く可能性もある。もし命を狙われれば、サテナでは到底太刀打ちできないことも分かりきっていた。

 

 

「はぁ、分かった。さっきも言ったけど、俺も全容を把握してるわけじゃない。知ってることしか話せないぞ?」

 

 

 しかし、話さなければサテナも納得しない。それを理解した宏壱は、観念した。

 

 

「最初から素直に話なさいよね。変に隠すからややこしくなるのよ」

 

「へいへい」

 

 

 慎ましい胸を張ってふんぞり返るサテナに宏壱は肩を竦めた。

 

 

「端的に言えば、俺達、正確にはメアは命、或いは身柄を狙われている⋯⋯と思う」

 

「はぁ? 思うって何よ。確定情報じゃないわけ?」

 

「言ったろ? 俺も全容を把握してるわけじゃないって。一度、依頼の最中、ダークエルフの女に襲撃された。そんときにそれっぽいことを話してた。それ以外の情報はない」

 

「⋯⋯ん⋯⋯」

 

「何それ。そんなんでビビってたの? グールジャガーに囲まれても平然としてたアンタが?」

 

「⋯⋯ん⋯⋯」

 

「グールジャガーとあの女とじゃあレベルが違う。一人ならともかく、二人、三人でこられると逃げの一手を打つしかない」

 

「⋯⋯ん⋯⋯」

 

「⋯⋯アンタがそこまで言うの? そのダークエルフの女どんだけよ」

 

「⋯⋯ん⋯⋯」

 

「正直、ヤバイとしか言いようがないな。国の騎士、しかも副隊長レベルだ。数人でこられたら俺でも死ねるぞ? で、どうしたんだメア?」

 

 

 そのつもりはないけどな、と心中でつけ足し、サテナと会話を始めて少し、つん、つんとメアが顔を見上げながら宏壱の太股をつつく。

 サテナとの会話に集中していた宏壱はメアに気付いて見下ろす。

 

 

「⋯⋯半裸の男がメアみたいな可愛い女の子を足の上に乗せてるってヤバイ絵面よね」

 

 

 副隊長レベルっていうダークエルフよりヤバイんじゃない? とジト眼を向けるサテナには気付かない振りをして、宏壱はメアと視線を合わせる。

 メアの頭に乗せたままだった手を動かし、クマミミの裏を掻くように撫でると、気持ち良さそうに眼を細めた。

 

 

「⋯⋯大丈夫⋯⋯」

 

「ん?」

 

「⋯⋯コーイチは強い⋯⋯今度は、負けない⋯⋯」

 

「⋯⋯」

 

 

 絶対的な信頼の眼差し。

 無表情な顔でありながらメアの瞳は宏壱を射抜き、心の奥底に芽生え始めていた若干の不安を砕いた。

 

 

「そう、だな。ああ、メアの言う通りだ。次は負けない。⋯⋯まぁ、前も負けたわけじゃないけどな」

 

 

 話は纏まった。

 宏壱の憂いはメアが与える絶対的な信頼で打ち砕かれてしまった。ならば、ただ前へ進めば良い。

 

 

「で? 結局どうするのよ」

 

 

 さっきの激昂もとうに萎ませたサテナが首を傾げた。彼女のショートにした少し硬質な髪が流れる。

 

 

「予定通り進む。明後日にはミノタウロスがいる層までいって、更に奥まで進むんだ」

 

 

 宏壱が答えるとサテナは、「そう。なら早く寝ましょ。明日は早いうちから動くんでしょ?」と返した。

 

 

「ああ。無駄な気苦労を掛けて悪かった。決着が付かなかったから気弱になっていたらしい」

 

「アンタにも弱いところってあるのね。意外だわ」

 

「良いから寝ろ。見張りは俺がしてる。まだ飯も食いきってないしな」

 

 

 視線を合わせない宏壱にサテナはくすくすと笑いを溢しながら身体に掛けるだけのタオルと、地面の固さを緩和させる柔らかな敷布団を、宏壱のポーチから取り出して地面にセットする。

 

 

「今日は意外な面のアンタが見れたわ。それだけでさっきの話は無駄じゃなかったかもね」

 

「良いから寝てろ!」

 

 

 焚き火の灯りではない別の理由で頬を染めた宏壱にサテナはまた笑いを溢す。

 

 

「メア、一緒に寝ましょ? そこにいるとコーイチの邪魔になるわ」

 

「⋯⋯」

 

 

 見上げるメアに、宏壱は再度ぽんと頭に手を乗せて優しく撫でる。

 

 

「寝てると良い。森の移動は体力を使うからな。いくらお前でも疲れは出てるはずだ」

 

「⋯⋯ん⋯⋯」

 

 

 宏壱の足から立ち上がったメアはサテナの傍まで寄り、一緒に掛け布団の中に入った。

 

 一方的なサテナの声掛けにメアが頷くだけという会話と呼べるのかは微妙な会話を二人は続け、暫くすると寝息が聞こえてきた。

 

 

「メアもだいぶサテナに懐いたな。昨日風呂に一緒に入ったのが良かったのか?」

 

 

 黙って二人を見ていた宏壱が薪を足しながら柔らかく微笑んだ。

 ラハヤ村でメアは多くの村人と交流を持ったが、寝泊まりはせず、常に宏壱と同じ寝具の中で寝ていた。その寝顔は安心しきっていて、宏壱に身を委ねているようでもあった。

 それは旅に出てからも変わらなかったのだが、ここに来て安心できる居場所を宏壱以外でも見付けられたらしい。

 

 メアとサテナが寝息を立て始めてから30分ほど。薄く霧が立ち込めてくる。

 

 

「さて、と」

 

 

 立ち上がった宏壱は乾いたスラックスに足を通して履くと、グレートソードを右手に持ち、視線を発生した薄い霧に向ける。

 視界不良とまで言うほどでもないことから、襲撃者の数がさほど多くないことが分かる。

 

 

「お姫様達のおねんねの時間だ。邪魔するなら容赦しねぇぞ、っと」

 

 

 霧を抜けてきた全身から腐臭を放つ肉がどろりと腐り落ち、肋骨を露出した体長1m弱の四足の魔物、グールボアの眉間にグレートソードを突き刺す。

 自ら突っ込んだ勢いのまま腐った頭蓋を容易く砕き、脳を貫いた。グレートソードの中頃で停止する。

 グールボアが崩れ落ちる振動を立てないように引き抜かず、グレートソードをそのままにしておく。数秒もしないうちにグールボアは粒子となって消失した。

 グールジャガー同様“魔石”はボロボロに崩れ、ドロップするものはない。

 

 

「さぁ、掛かってきな。お前ら纏めて静かに殺してやるぞ」

 

 

 サテナが見れば悪人面だと罵るような獰猛な笑みを浮かべ、宏壱は音を立てないように襲い掛かってくる獣系のグール達を蹂躙した。

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