赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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遅くなりました。


第四十四鬼

 空が暗い闇から瑠璃色に変わる時間。時刻で言えば5時半から6時の間。

 

 

「⋯⋯ふんぅ⋯⋯ん⋯⋯?」

 

 

 寝息を立てていたメアの鼻がひくひくと動く。

 鼻腔に朝を告げるように芳しい香りが入り込んだ。

 

 

「⋯⋯んー⋯⋯? ⋯⋯んみゅぅ⋯⋯ん⋯⋯? ⋯⋯コーイチ⋯⋯?」

 

 

 のそっとタオルケットをずれさせて上体を起こしたメアは暫く眼を擦っていたが、正面に映る光景を見て眼を丸くさせ、ぱちくりと瞬きを繰り返す。

 

 

「おう、メア。よく眠れたか?」

 

「⋯⋯料理⋯⋯」

 

「ああ。まぁ、簡単なスープだ」

 

 

 ポーチに入れていたのか、焚き火をしていた場所を手頃な石で囲い土台を作って浅い鍋をかき混ぜている宏壱の姿があった。

 

 

「⋯⋯できた⋯⋯?」

 

「ん? いや、もう少し煮詰まって火を通さないと魚が生のままになるからな」

 

 

 宏壱がお玉でかき混ぜている鍋の中身は、白身魚の切り身に山菜の葉。

 そこにポーチから取り出した塩を軽く指で摘まんで、ぱっぱっと振り掛けて味を整える。

 そんな宏壱を見ていたメアがもう一度口を開いた。

 

 

「⋯⋯料理、できた⋯⋯?」

 

「んー? まだだな。ちょっと塩が足りない」

 

 

 ずずっ、とお玉から器にスープだけを移して啜るが、宏壱は味に納得していないらしい。

 脇に置いてある茶色の紙袋に手を入れて塩をスプーンで鍋の中に入れる。

 

 

「⋯⋯違う⋯⋯」

 

「違う? ⋯⋯ああ、俺が料理できたのか? ってことか?」

 

 

 ふるふると首を振って宏壱の言葉を否定する。宏壱が思考の末行き立ったことを聞くと、こくこくとメアが頷いた。

 料理はもうできるのか? ではなく、宏壱は料理ができたのか! という驚きの言葉だったようだ。

 宏壱は苦笑で答えた。

 実際、宏壱がしてきたのは串に刺した肉や魚に塩をまぶして焼くぐらいなもので、料理と言うには少々(はばか)られる代物ばかりだった。

 

 

「まぁ、できなくはないって感じだ。多分、ラハヤ村でご婦人方に料理を習ったメアの方が上手いと思うぞ」

 

 

 続けて「味見してみるか?」と器にスープを注いでメアに向けて差し出す宏壱に、こくりとひとつ頷いたメアは、のそのそとタオルケットから出ると、定位置となった宏壱が組んだ胡座の中に収まり、宏壱から器を受け取る。

 

 

「熱いから気を付けろよ」

 

「⋯⋯ん⋯⋯」

 

 

 宏壱の忠告を受けたメアはふー、ふーと器に息を送る。

 少し白く濁ったスープがメアの吹いた息に煽られて波打つ。

 両手で持ちった器を傾けて音も立てずにメアはスープを啜る。

 

 

「⋯⋯出汁⋯⋯?」

 

「いや、まぁ、スープだけだしな。具なんて入ってないからな。でももっとあるだろ? 山菜とか、塩加減とか」

 

 

 率直な言葉に宏壱はガックリと肩を落とす。

 メアとしては他に言うことはない。世辞を知らない彼女の言葉は率直で的確。そして、嘘偽りのない言葉だ。

 仕上がっているのは魚介系の出汁で、そのままでは物足りない。

 

 

「⋯⋯んんー? ふぁあ」

 

 

 もぞ、とタオルケットが動く。宏壱とメアの話し声でサテナが目を覚ましたらしい。

 

 

「あ、さ? ⋯⋯っ! 見張りはっ!?」

 

 

 暫くぼーっと空を眺めていたサテナだったが、次第に脳が覚醒して今の時間帯を把握すると、ガバッと起き上がってキョロキョロと辺りを見回す。

 

 

「おはよう、サテナ。よく眠れたか?」

 

「⋯⋯おはよう⋯⋯」

 

 

 そんなサテナに宏壱とメアは朝の挨拶をして、「飯を食ったら出発だ」と宏壱は続けた。

 

 

「あ、おはよう。⋯⋯じゃなくてっ! 見張りの交代は!?」

 

「よく寝てたからな。起こすのも悪いと思って」

 

 

 鍋から器にスープを移しながら答える宏壱にサテナは詰め寄った。

 

 

「何で起こさないのよ! アンタ寝てないってことでしょ!?」

 

「一晩くらい寝なくても支障はないぞ? 心配するな。戦闘だって上手くやれる」

 

「そうじゃないでしょ! 交代要員がいるんだから使いなさいよ!」

 

 

 顔を赤くして激昂するサテナに宏壱は頬をカリっと掻く。

 若干の困惑を声音に乗せて言葉を紡いだ。

 

 

「何をそんなに怒ってるんだ? 影響がないなら問題ないだろ?」

 

「~~っ!? アンタはっ!」

 

 

 行き場のない怒りに地団駄を踏むサテナに宏壱は困惑の色を強めた。

 

 

「⋯⋯コーイチ、めっ⋯⋯」

 

「メア?」

 

 

 腰を捻って宏壱を見上げたメアは、右手の人差し指を立てて、宏壱の鼻の頭をつんと押す。

 

 

「⋯⋯サテナは仲間⋯⋯。⋯⋯頼らないと⋯⋯」

 

 

 感情の浮かばない端整な顔のまま言う。

 

 

「⋯⋯あ、あー、そうか、そういうことか。すまん、サテナ。昨日のグールの苦戦っぷりで任せられないと思ったんだ。どうせなら俺が夜通し張ってた方が良いってな」

 

 

 メアの嗜める言葉に宏壱は理解を示す。言葉は辛辣だが、事実そうである以上、サテナは言い返せなかった。

 しかしこれは、効率の問題ではなく、心情の問題だ。

 サテナはある程度宏壱に頼られることで、このパーティーにいる意味を得たかった。ただレベリングをするだけでは彼女のプライドが許さないのだ。

 

 

「悔しいけど、アンタの言う通りよ。あんな数、あたし1人じゃ到底相手にできない。正面からくる奴らなら対処できるでしょうけど、囲まれたらもうダメ。一巻の終わりだわ。もしそうなったらアンタを起こすわよ。それが普通よ?」

 

「⋯⋯そうか。起こすって手があるんだな。その発想はなかった」

 

 

 サテナは溜め息を吐く。並みの冒険者は皆そうしている。

 自分の手に負えなければ他の者の手を借りる。それが常識だ。

 

 

「強すぎるのも考えものね。自分で何でもできるから他人に頼ることを知らないのよ」

 

「そうかもな。今度から気を付ける。さて、この話はもういいだろ? 飯を食おう。冷めちまう」

 

 

 宏壱はそう締め括り、スープを入れた器とスプーンをサテナに渡し、「いただきます」と手を合わせてから食事を始めた。

 

 ◇

 

 朝食を終えた宏壱達は歩みを進めていた。

 時刻は昼頃。太陽が頂点に差し掛かる少し前に宏壱達は10層に到達していた。

 

 余談だが、階段のようなものがあればそれを区切りとして1層、2層と分別できるのだが、エレピカダンジョンのように区切りのないダンジョンは層分けが難しい。

 判断基準は魔物の強さである。層区間で魔物のレベルは決まっている。

 

 11層まであと少しといったところで昼食にしようと開けた場所を探していた。

 その最中だ。多くの冒険者が行き交って踏み固められた林道、宏壱の脇の木々が激しく揺れ、魔物が飛び出してきた。

 

 

──ブモォォォオオオッ!!

 

「うおっ!?」

 

 

 (すん)でのところで宏壱は後方に跳ぶ。宏壱がいた場所の地面を錆び付いた斧が穿った。

 警戒を怠っていたわけではないが、【見聞色の覇気】に比べてしまうと、自前の気配察知では数段劣ってしまう。

 

 

「なっ!? 何でこいつがここに!?」

 

 

 木々の合間から姿を見せた襲撃者の正体を見て、サテナが驚愕の声を上げる。

 

 

「⋯⋯こいつは20層から奥にいるんじゃなかったのかよ。まだ10層も浅いぞ」

 

 

 3mを超える体躯に灰色の肌。頭部には曲線を描く二本の角。その面は牛そのもので、硬質でごわっとした毛が肩甲骨まで伸びている。

 筋肉で隆起した腕は宏壱の胴よりも太く、その巨体を支える足は丸太のようだ。

 手は人間のようだが、足の先は牛の足のような形をしている。

 ボロ雑巾のような局部を隠すように腰に煤汚れた布を巻いていた。

 

 

「いっちょまえに羞恥心でもあるのか? えぇ?」

 

「何でこの状況でアンタは笑ってんのよ!? 明らかに異常事態でしょ!? ミノタウロスがこんなところにいるなんてっ!?」

 

 

 宏壱が口角をニィっと上げたのを声の調子で理解したのか、後ろにいたサテナが震えた声で鼻息を荒く吐く牛面の魔物、ミノタウロスを指差して叫んだ。

 

 ◇

 

 水都市ロドーにある冒険者ギルド。そこは今普段とは違う喧騒に包まれていた。

 

 

「Bランク以上の冒険者に集合を掛け、第4エレピカダンジョンに向かわせて調査させろ!」

 

 

 ギルドの受け付けカウンター、その前で初老の大男が指示を飛ばすと、職員が慌ててギルドを飛び出していく。ロドーにいるBランク以上の冒険者を呼びにいったのだ。

 

 

「支部長」

 

「デットか。どうだ、負傷者の状態は」

 

 

 中年のギルド職員が初老の大男、ロドーの冒険者ギルド支部長であるミュー・クレクトに話し掛ける。

 ミューはデットと呼んだ職員に向き合って、負傷者として運び込まれた冒険者の様態を聞いた。

 

 2時間ほど前、宏壱達が9層目に入った頃に事件は起きた。

 エレピカダンジョンに入っていたひとつのCランクパーティー、その内の1人がギルド内に担ぎ込まれた。

 ロドーに詰めるジェネガン王国の兵士の肩を借りた30手前ほどの男性は、腹部から出血しながらも意識はあるようで、事情を息を切らせながら説明した。

 

 5人のパーティーだった彼らの構成はCランクの前衛後衛が1人ずつ。Dランクの前衛が1人に後衛が2人。

 彼らは10層に生息するドスボアと呼ばれる猪型の魔物の毛皮を得るために、ダンジョンに潜っていた。

 異変に気付いたのは後衛で索敵能力に長けた女性だった。濃厚な瘴気の塊を幾つも見付けた。

 そして、気付いたときには遅かった。

 依頼を放棄して撤退しようと決断を下したときには既に周囲を数体のミノタウロスに囲まれていて、前衛と後衛1人ずつが殿(しんがり)を志願して残り、3人を逃がした。

 が、撤退中、9層目手前で彼らは仲間の1人をミノタウロスの斧に叩き割られて失ってしまった。

 

 そう泣きながら語った彼も意識を手放した。

 今はもう1人の仲間と同じ神殿で治療を受けている。

 

 

「ミノタウロスの斧で深く脇腹を抉られていたようですが、命に別状はありません。ただ、後遺症として下半身を動かせなくなる可能性があるそうです。たとえ動けるように訓練しても、走れるようになるかどうか⋯⋯」

 

「⋯⋯そうか。分かった。そのときは次の仕事くらいは紹介してやろう」

 

 

 冒険者は死ぬ危険性もある。それを理解して冒険者になった彼らがギルドに文句を言い、賠償を求めることはできないし、求めてもギルド側が応えることはない。

 支部長によっては冒険者を続けられなくなった今後のフォローをしてくれる者もいるが、それは極少数だ。

 

 

「しかし、10層にミノタウロスか。⋯⋯瘴気の濃度が高まっているのか?」

 

「恐らくは⋯⋯。既にエレピカダンジョンに詰めている兵に連絡を出し、ダンジョンに入らないように冒険者に呼び掛けさせています」

 

 

 瘴気の濃度が高いほど強力な魔物が産まれる。それは一般常識として冒険者に浸透している。

 時折、浅い層で存在しない魔物が確認されることがある。多くの場合その階層の瘴気濃度が高くなっている。今度もそれと同じ例であることは間違いない。

 何故かダンジョン内の瘴気から産まれた魔物は、特定の層より外に出ることはない。

 その例に漏れず、9層に戻ったことでミノタウロスは彼らを追えなかった。

 でなければ、彼らは生還できるはずもない。

 

 

「⋯⋯あとは経過を聞くだけだな。ああ、それと──「エレピカダンジョン行きの依頼ははずしておけ。ですよね?」──⋯⋯理解しているなら構わん」

 

 

 言葉を遮られたミューは僅かに眉を歪めて、ぶすっと答えた。




人物紹介は書き上がり次第投稿します。
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