赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~ 作:コントラス
宏壱達は手早く撤退を開始した。メアの殺気に怯えたミノタウロスは、彼らの視界に入らないように脇に逸れていく。
【見聞色の覇気】でそれを感知していた宏壱は、改めてメアの頼もしさに舌を巻いていた。
「さすがだな。メアがいるだけでミノタウロスが寄り付かないぞ」
「ホントね。こんなに小さいのに、どうやって鍛えたのよ?」
「⋯⋯えっへん⋯⋯」
メアを先頭に、二歩後ろを歩く宏壱とサテナが賛辞を送ると、彼女は抑揚のない声で威張りながら胸を張る。
そんなおふざけを交えながら進むと、人影が見えてきた。
「っ? お前らは⋯⋯」
「よう、ドーガ。ロドーに着いて以来だな」
凶悪な牙と鋭い爪を剥き出しにして臨戦態勢を取っていた二本足で立つ白狼、ドーガに気軽に声を掛ける。
「あれ? コーイチさんに、メアちゃん、サテナさんですっ」
「ティナは相変わらずデカイ木槌構えてんな」
目を丸くして固まるドーガの代わりに、自身よりも巨大な木槌を肩に担いで、振り下ろすような体勢だったティナが声を上げる。
「⋯⋯お前達の知り合いか?」
渋くしゃがれた声がドーガとティナに掛けられた。
白に染まった眉とハの字の髭、オールバックにした白髪が特徴的な赤目の老紳士風の男だ。シルクハットとシックなスーツは、猛獣が行き交う森奥では酷くミスマッチだ。
凡そ60前後といったところで、衰えを感じさせない妙な貫禄を醸し出し、杖のようにして地面を突いた細身の剣の柄に、両手を重ねて乗せている。彼の得物だろう。
「駐屯兵が言ってた帰っていない冒険者ってのはアンタ達だね?」
腰の曲がった老婆が、杖を突きながら一歩前に出て問い掛ける。
色素抜けた長い白髪を、背中半ばで赤い紐で一本に縛った村人風の服を着た老婆だ。耳が尖ったように長いことから、エルフであることが分かる。更に言うなら、老婆のような容姿から、1000年以上生きているであろうことが予想できる。
(あれは、魔法の杖だな。なんだこの老人ども、圧力が半端じゃないぞ)
老人一人ひとりに目を向け、宏壱は彼らの威圧感に背筋に一筋冷や汗が伝う。
取り分け、一番後ろで腕を組んでこちらを見据えるスキンヘッドの老人の放つ圧力は、ミノタウロスを上回っている。
服装はカンフー服のような装いで、少々袖が余っており、だぼっとしている。背は宏壱の頭ふたつ小さく、長い白の眉毛に隠された目は、彼の視線を隠す。肌は不健康に青白い。
「ええ、多分そうよ。ひょっとしてアンタ達が調査隊?」
「ああ。ギルド支部長直々の依頼だ。それを聞くってことは、事情は把握してんのか?」
サテナは老婆に頷くと、顔見知りであるドーガに聞く。彼はサテナに頷き、更に質問を返した。
「そうだけど⋯⋯支部長直々に? ⋯⋯アンタ、ランクは?」
「あぁ? 言ってなかったか? オレとティナはCランクだ。どうだ、驚いたかよ、Eランク冒険者のサテナちゃんよ」
「って、Cランクかよ。威張るほどか?」
老人達から視線を外し、胸を張るドーガに呆れる宏壱。思っていた反応が返ってこず、不満に思い不貞腐れて「ケッ」と悪態を吐き、張った胸をドーガは引っ込めた。
「坊や達には索敵をしてもらっててね。うちにも察知能力が高いのがいるんだが、昨日ぎっくり腰を起こして寝込んでるんだよ」
「その人の代わりって訳ね。でも、随分とお年寄りのパーティーね? その人も結構なお年寄りなんじゃない?」
老婆エルフの話を聞いたサテナは、ふむふむと頷くと、こてんと首を傾げて疑問をぶつける。
「これでも昔は名の通ったパーティーだったんだけどね。年の所為か、ランクもAAからBまで降格しちまって。⋯⋯年には勝てないねぇ」
「それでも意地汚く冒険者を続けている恥さらしの老いぼれ集団だ。私達は嘗ての冒険の日々を⋯⋯真新しい世界を忘れられずにいる」
感慨深く腰を叩く老婆エルフに呼応するように、深々と頷く老紳士。
「かーっ、また始めやがった。こうなるとなげぇぞ」
互いに感慨深く頷き、思いの丈を語り合う老婆と老紳士を見て、額に手を当てて嘆息する。道中、同じようなことが幾度かあったようだ。
ドーガが宏壱に視線を向けた。
「オレたちゃまだやることがある。お前らは帰れ」
「うむ、それが良かろう。貴殿らは相当な実力者であろうが、これほどのミノタウロスを相手にしてはいずれ力尽きよう」
一番後ろで控えていた老人がそう言う。彼は老紳士達に交ざらないようだ。
「ああ、そうさせてもらう。一体相手にしたが、疲れるなんてもんじゃなかった」
感傷に浸る老紳士や老婆、まだ彼らと同行しなければならないドーガとティナ、静かに見据える老人の横を通り抜け、宏壱達は10層の入り口にある転移魔法陣に向かった。
◇
転移魔法陣を使ってダンジョンを出た宏壱達は、自分達が乗ってきた小船に向かう。
岸には何人かの兵士風の者達が警戒に当たっていて、じっとダンジョンを見据えていた。彼らの手には装飾のない直剣が握られている。一様に同じものを持っていることから、領主からの支給品だろうことが分かる。
「止まれ! お前達は冒険者か!?」
小船へ近付く宏壱達に直剣の切っ先が向けられる。
(ピリピリしてるな。ミノタウロスの発生で相当緊張してるみたいだな)
彼らの張り詰めた雰囲気を宏壱は察する。
前例のない事態に、ギルドだけでなく、エレピカダンジョンを領内においている領主側も相当に気を張っているらしい。
「ああ。聞いているかもしれないが、昨日からエレピカダンジョンに入っていたんだ。中で夜を過ごしたから事態をうまく把握していなかった」
両手を肩より少し上まで上げてそう答える。
威圧的な態度を取る兵士達にご苦労様ですと、心の中で苦笑する。
瘴気の濃度が急激に高まった。そう予想されている事態で、理由を幾つか考えた者達がいる。
ロドーのギルド支部長、ミューもその一人で、見解として何者かの作為によるもの。という話が上がった。
それは兵士にも広く伝えられていて、不審者を発見すれば捕縛するように命令が下されていた。
何をもって不審者とするかは少し議論が必要ではあるが、宏壱達は特に顔を隠しているわけでもなく、身分証明となるギルドカードも持ち合わせていた。
それだけあれば十分で、すんなりと彼らは宏壱達に向けていた切っ先を下げる。
「失礼した。こちらも気が立っていてな。あらゆる可能性を考えて動いているのだ。ダンジョンから出てきた者は疑わなくてはならない」
兵士の代表者か、中年の男が軽く頭を下げながら一歩、宏壱に近付く。
「いや、気にしてない。仕事だってことも分かってる。緊急事態だってこともな」
「そう言ってもらえると助かる」
男は宏壱の言葉にほっと胸を撫で下ろす。気性の荒い冒険者も少なくはなく、こういった問題時に刃を向けられると、激昂して襲い掛かってくる例もある。
一ヶ所に留まり、採取や街中で仕事をこなすその日暮らしの冒険者相手ならば、彼らも容易く制圧できるが、ダンジョンに潜り、魔物と正面から戦う冒険者が相手だと、ある程度の被害を覚悟しなければならない。
「仕事の邪魔だろうから俺達は帰らせてもらうぞ?」
「ああ。できれば、中でおきたことをギルドに報告してくれると助かるのだが」
「分かった」
宏壱は男に頷く。
そこで話すこともなくなり、兵士達が道をあける。彼らが乗ってきた船は中型の帆船だ。収容人数は30人ほどだろうか。
それが割れた人垣の向こうに見え、大型の帆船の隣に宏壱達が乗ってきた小船があった。並んでいるのを見ると、7倍ほどの差がある。
先頭になって浜辺を進もうと、一歩踏み出した宏壱がふと振り返る。それは何気ない行動だ。予感めいたものも、何かを察知したわけでもない。
ただの偶然に過ぎない。が、宏壱は捉えた。ダンジョンの方から、木々を抜けて高速で迫る飛来物を。
「──っ!? サテナっ!?」
着弾先はサテナの後頭部。宏壱の鍛え上げられた反射神経が、考えるよりも先に身体を動かさせていた。
右手を背負うグレートソードに、左手は宏壱の上げた声に驚くサテナの右腕に。
「きゃっ!?」
ぐっと引っ張られたサテナは、砂浜に足を取られて倒れる。咄嗟に反応もできないまま、砂浜に顔を突っ込んだ。
サテナと入れ替わるように前に出た宏壱が、グレートソードを引き抜き飛来物に振り下ろす。
「はっ!」
カイィィンッ! と軽い音が響いた。
内包されていた物が破裂したように弾け、強風が吹き荒れて宏壱の髪を揺らす。
「づっ、これは【ウィンドボール】か!?」
舞う砂に顔をしかめて目を細める。
思考は途切れさせないまま、飛来物の正体を見極めた。
風魔法【ウィンドボール】は初級の魔法だ。ボールシリーズと呼称され、各魔法全ての入門攻撃魔法になる。本来、ボールシリーズの威力はさほど高くはない。
当然、燃やし、濡らし、切り刻む。と属性付きのボールシリーズは危険ではあるものの、目に見え、範囲も限定され、射程が短いなどの欠点がある。が、それは術者によって左右される。
ステータスの違いだ。【ウィンドボール】は本来、対象を吹き飛ばす程度の威力しかない。並みの者ならそれで十分だが、熟練の冒険者や騎士、高レベルの魔物には牽制にしかなり得ない。
だが、濃密にMPを注げば、初級の【ウィンドボール】も劇的な変化を見せる。それが濃密に圧縮された風の内包だ。
着弾した瞬間、内包された風が暴風となり周囲に被害をもたらす範囲攻撃となるのだ。
「⋯⋯ぁ⋯⋯」
か細い声だ。いつもの抑揚のないものとは違う戸惑った声。ヒュオオォォォ!! と唸る風鳴り音に聴覚を乱されながらも、宏壱の耳朶に届く。
細めて狭くなった視界の中で、メアがいるであろう場所に、メアとは違う影を捉えた。
「しっ!」
裂帛の気合と共に突きを放つ。十分に届く距離だが、グレートソードは空を斬った。
「⋯⋯お前は」
暴風が収まり、舞う砂が落ち着く。
宏壱の視線の先には10mほど離れた場所に、メアと黒のローブで全身を覆った者がいる。メアの首には黒い靄のような、不定形な首輪が嵌められていて、力なく膝を突いている。首輪から鎖が伸びている。それをローブの何者かが握っていた。
(メアが振りほどけない? あの首輪がメアの力を押さえてるのか)
ぎち。グレートソードの柄を握る宏壱の手に力が込められた。
「貴様は何者だ!?」
「答える義理はない」
宏壱と応対した男性が誰何するも、芳しい返事はない。が⋯⋯。
「その声⋯⋯ゴブリン討伐の依頼のときのダークエルフの女か」
「その呼び名で呼ぶなと言ったはずだ、人間」
ローブのフードは外さないが、答えは返ってきた。
「メアをどうするつもりだ?」
「受け取りにいく。そう言っただろう?」
ニヤリとフードから差した影の奥で、口角が上がった雰囲気を宏壱は感じた。
「知り合いか?」
ざっざっと砂を踏み締めながら宏壱に並んだ男性が問う。
「ちょっと依頼先でな。友好関係にはない、ってのは現状から分かるか?」
「ふむ、そうか。では、あれは敵だな?」
「ああ。でも、彼女、メアは傷付けてくれるなよ。俺の大事な⋯⋯妹だ」
妹、その言葉で力なく俯いていたメアは顔を上げた。その視線は焦点の定まらないまま宏壱の方を向いている。
その返答で満足した男性は、兵達に指示を出す。
「聞いたな! 少女は傷付けるな! 奴を討ち取れっ!」
わっと兵達が湧き、ダークエルフの女、セターヤに殺到する。が、その進行を阻む者が現れた。
「ミノタウロス⋯⋯だと!?」
セターヤの影から一体のミノタウロスが姿を見せたのだ。
「た、隊長っ! ミノタウロスのレベルは93! ステータスは読み取れません!」
眼鏡を掛けた年若い青年が、宏壱と並ぶ男性に報告する。どうやら、この兵士達の隊長は彼らしい。
駆ける足を止め、唖然とする兵士達を他所に、ミノタウロスは身体をメアとセターヤに向ける。
「む?」
「退けっ、セターヤ! ソレは制御できぬぞ!」
セターヤの後ろ、ダンジョンの入り口からローブを纏った男が現れ、そう叫ぶ。
──ブモオオォォォッ!!
響く雄叫び。片手で大斧を天に掲げ、セターヤに向かって振り下ろす。
ドオゥッ!
砂塵が舞う。剛力で振るわれた大斧は砂浜を穿ち、クレーターを作ったが、標的に当てることはできなかった。
「⋯⋯やはり、高レベルの魔物は従えさせられないか」
セターヤの姿は、ダンジョンの入り口近くにいるローブの男の傍にあった。メアは力が入らないのか、セターヤの隣で座り込んでいる。
「調整が必要だと言っただろ。隷属の首輪はレベルの低いモノにしか効果を発揮しないのだからな」
そう男はセターヤに呆れたような視線を送る。
その一連の出来事を黙って見ている宏壱ではない。
背を向けたミノタウロスの肩に足を掛け、跳び越え、セターヤに向けて突きを放った。
しかし、それはローブの男が握る黒刃のナイフに逸らされた。
ドッ、と地面をグレートソードが抉り、宏壱は着地する。
「行け、セターヤ。ゲートを神殿まで届け、儀式を始めておけ」
男に頷き、セターヤはメアと共にその身を影に沈めた。
「メアっ!」
叫び、宏壱は男の横をすり抜けようと身体をズらして足を踏み出し、手を伸ばす。が⋯⋯。
「【ウィンドボール】」
それを予見していたのか、男は宏壱の腹部に右手を添えると同時に詠唱を紡ぐ。
「ぐふぅっ⋯⋯!?」
密着した状態で放たれた【ウィンドボール】に、宏壱の身体は吹き飛ばされる。宏壱の手は、メアに届く寸前で引き離された。
ミノタウロスを越え、兵士達を越えた宏壱は、湖面に身体を叩き付けられ、着水した。
それを見届けると、男はダンジョンの中に入り、姿を消した。既にメアとセターヤの姿もない。
残されたのはミノタウロスと唖然とする兵士達とサテナ、そして水を滴らせながら立ち上がった宏壱である。