赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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第五十鬼

 それは10年も前だった。自分の家族が人間に殺されたのは。

 邪教徒。彼らは自分の母と父をそう称した。世界を破滅に導かんとする恐ろしい存在だと、彼らは言った。

 だから、事前に防ぐのだと、そう正義面をして自分から家族を奪ったのだ。

 

 セターヤ・シュエルの古い記憶だ。幸せを壊した人間達と、助けてなどくれない神にすがる母と父。そしてまだ10にもならない大切な弟。

 ただ、自分は弟を返してほしかっただけだ。

 何人もの人間や魔物、魔獣を生け贄に、実験場と呼ばれる人の寄り付かぬ場所で、召喚の義を行った。

 人間達が魔神と呼ぶ存在が、母と父が生涯信仰した神が蘇りの術を使えると、母と父の知り合いだと言うローブを纏った怪しげな者にそう教えられた。

 信じたわけではない。ただ、幸せだった頃を取り戻したかった。その可能性があるなら、少しでも叶うのならと、厳しい訓練に耐えた。

 復讐を考えなかったわけではない。憎しみがなかったわけではない。ただ、そんなものよりも、最愛の弟をもう一度抱き締めたいと思っただけである。

 

 が、やはり無駄だったか。と、セターヤは眼前の光景に達観したように息を吐く。

 母と父は何故あんな存在を救済の主として信仰していたのか、彼女には理解できなかった。

 今、神殿内で逃げ惑うことしかできない同じ穴の狢達もそうだ。何を根拠に救いを与えてくれると信じたのか。

 自分もその内の一人であると思うと、バカらしく思えてくる。そうセターヤは自嘲気味に笑った。

 これが結末だ。嘗ての幸せを望んで、化け物に生気を吸われて枯れる、犠牲にした者達を考えると、自分にお似合いな最期だと思えた。

 

 迫る触手を見据える。隣で朽ち果てたドワーフのように、自分も干からびて死ぬのだ。それは決定事項だろう。

 未練などない。ただ、弟と同じところに逝けそうもないのが心残りといえば心残りか。

 セターヤは目を閉じた。

 

 バヅンッ!!

 

 それは雷鳴のようだった。閉じた瞼の裏から分かるほどに閃光が明滅する。

 その後にズガァアアンッと岩でも砕くような(けたた)ましい音と、暴風が神殿内部を襲った。

 

 

「なに、が?」

 

 

 覚悟を決めた痛みはない。目を開ければ、沈みかけの夕日がオレンジの光を神殿内部に注ぎ込ませていた。

 一部の壁が崩壊している。そこから延びる影は人のようだ。

 逆光に照らされ、容姿の判別はできない。

 分かるのは、その者が圧倒的な暴力の塊であるということだ。

 セターヤに迫っていた触手は動きを止めている。その出元である球体は時折、バチバチと放電して、動かない。

 眼を凝らせば、球体の下部に穴が開いているのが見えた。

 

 その者は異様な光景に臆することなく足を踏み入れきた。

 

 ◇

 

 男を尋問して情報を聞き出した黒髪の青年こと宏壱は、男の息の根を止めて、木々の合間を枝から枝へ跳び移りながら先を急いでいた。

 鳥系の魔物の存在しないエレピカダンジョンでは、上を駆けた方が魔物と遭遇しにくい。余計な手間を掛けずに目的地へと邁進できるのだ。

 

 

「【見聞色の覇気】」

 

 

 効果の切れた【見聞色の覇気】を再度掛け直す。

 広範囲の生物の気配の情報が宏壱に入ってくる。こうすることで、万が一にもメアの居所を逃すまいとしているのだ。

 

 

「⋯⋯まただ」

 

 

 木の合間から見えたミノタウロスが粒子になる姿に、宏壱は眉を潜める。

 その光景を見るのは既に十数度目に達していた。

 視覚で捉えたものだけでなく、遠く離れた後方でも魔物の気配が消えた。先程のミノタウロスと同じように粒子化したのだろう。

 通常、魔物が粒子化すると空気に溶けてなくなるのだが、宏壱が見たそれは風にさらわれるように視認できたまま飛んでいく。

 行き先は宏壱と同じだろうか、前方に見えてきた粒子の中を掻き分けて進む。

 その際、ゾワリと肌が粟立って背筋に悪寒が走る。宏壱は身震いした。

 身体に良いものではないらしい。

 

 

(救いの神を呼び出すのには、メアが内包する濃密な瘴気が必要だって言ってたな)

 

 

 思い出すのは男の言葉だ。

 彼らが救いの神と呼ぶ魔神を呼び出すには、膨大で質の良い瘴気が必要で、それはゴブリンを何百、何千、生け贄にしようとも補えない。

 だからこそ、上質で膨大な瘴気を持つメアを拐った。

 

 ダンジョンコアと呼ばれる物がある。それはダンジョンを構成する中核のようなものだ。

 自ら瘴気を生成してテリトリーを作り、魔物を産み出す。

 その魔物が絶命するときに発生する粒子は瘴気だ。瘴気はダンジョンに還り、暫くすればまた新たな魔物を産み出す根源になる。

 急激に魔物が減少すると、ダンジョンコアは己に危機が迫っていることを感じ取る。そうすると、危機を排除するために瘴気を多く生成し、強力な魔物を産み出そうとする。

 それが氾濫や低層での強力な魔物の発生に繋がってしまうのである。

 

 

(そう考えると、異常なミノタウロスの発生はアイツらの儀式の所為か。傍迷惑なことをしてくれる)

 

 

 メアを拐ったこととは別に、怒りを覚えた宏壱だった。

 

 

「ん? あれは⋯⋯」

 

 

 暫く進むと、正面から三本の触手が見えた。うねうねと複雑に折り合い、蛇行しながら進んできている。

 纏う靄は黒く、周囲の木々を腐蝕させている。急激に養分を吸われ、葉を散らして枯れていく。倒れるのではなく、朽ちていくように萎んで滅びた。

 それが真っ直ぐ宏壱に迫っていた。方向転換をする気はなかった。少しの時間も惜しいのだ。

 

 

「ふっ⋯⋯」

 

 

 故に、宏壱が選択したのは更に上をいくということだった。

 短い呼気と共に膝を折り身体を深く沈ませた。ミシミシと枝が軋んでしなる。

 バキィッ。枝が折れる一瞬前、宏壱は木々よりも高く跳んでいた。

 折れた枝を触手が喰らい、塵と成した。

 

 

「⋯⋯」

 

 

 高く跳んだ宏壱は捉えた。正面、触手がきた方角の元となる場所に、開けた広場がある。

 そこには夕日に照らされた黒塗りの外壁に囲われた荘厳な神殿のような建築物があり、そこから触手が這い出ている。

 もしあれが魔神によるものだとすれば、既に儀式は終わったのか? そんな考えが過る。

 

 

(⋯⋯いや、それなら触手を伸ばす意味はない。メアを使って尚、瘴気が足りなかったんだ)

 

 

 希望が見えたわけではない。メアの気配は神殿から確かに感じる。しかし、非常に弱くなっていて、危険な状態であろうことが予測できた。

 

 目的地は分かった。

 だが遠い。目測で200mはあるだろうか、今の一足では届かない。

 

 

「【月歩】」

 

 

 ドム、と力強く空気砲を打ち出すような音と同時に、落下を待つだけだった宏壱の身体は、浮き上がって前進した。

 それを二度、三度と数度繰り返し、神殿より手前、10m付近で落下を開始した。

 空中歩行を繰り返した宏壱の身体は、上空20mほどの高さにあった。

 風を切って神殿から迫る触手を、身を捻って躱す。

 生命に反応して襲い掛かるらしい。

 

 外壁を越えて着地する寸前、頭を下げて身体を回し、背中から落ちて転がって前転を決めて立ち上がる。

 上空から襲撃を掛けてきた触手を前に五歩進んで躱す。

 ただ躱すのではなく、右腕を横に広げて魔力を集める。

 バチりと広げた掌が放電する。

 

 

「【雷神槍】!」

 

 

 雷の槍を生み出し、腕を振り抜く。

 狙いは正面の神殿だ。扉はなく、格子窓が等間隔に三枚設置されている。

 暗幕で閉められ、中を確認することはできないが、宏壱は【見聞色の覇気】の恩恵でメアの位置を把握できている。彼女に当てることはない。

 

 その真ん中の窓ガラスを砕き、雷の槍は神殿内で雷鳴を轟かせた。

 触手が消滅した。中で触手の元を射抜いたらしい。

 すかさず宏壱は地を蹴り、神殿に接近する。右腕を引き絞って、放った。

 

 ズン!

 

 神殿を揺らした拳の接着面が円形に窪み、亀裂が走った。残り二枚のガラスが砕け、間を置かずに内側に吹き飛ぶようにして壁が崩壊した。

 

 瓦礫の上に足を乗せて躊躇なく進む宏壱の視線は、俯せに倒れ伏すクマミミのプラチナブロンドの少女、メアだけを捉えていた。

 メアの上には浮遊するドス黒い靄の球体が存在していた。ソイツには眼があり、その下に拳大の穴が開いていて、時折バチバチと放電する。

 穴はすぐに塞がった。

 

 

──貴様か? 我の食事の邪魔をしたのは。

 

 

 耳朶を通さず、直接脳に語り掛けるように声が宏壱の頭の中で響く。

 宏壱は答えないまま、歩を進める。

 

 

──無礼者め! 貴様も喰ろうてくれるわっ!

 

 

 球体は無言の侵入者を吸収せんと無数の触手を伸ばす。それには行動を止められた苛立ちもあるのだと、宏壱は感じていた。

 右肩を開くように半身になって躱し、首を傾げて躱し、上体を揺らして躱し、右へ左へとステップを踏んで躱す。

 足を止めないまま、触手の雨の中を進む。

 

 

──図に乗るな、人間っ!

 

 

 点だった攻撃が面に変わる。触手同士が複雑に絡み合い、集合して宏壱に襲い掛かった。

 最小限の動きで躱せるものではない。

 

 

「ふぅ⋯⋯っ!」

 

 

 ゆったり歩くのを止めた。

 地を這うような低姿勢で加速して、触手と床の隙間に潜り込む。

 頭上すれすれを触手が通過していく。気味の悪い感覚を味わい、宏壱はきゅっと口を結ぶ。

 

 

(正気ではいられなくなる、か。確かにこれは常人じゃ耐えられないな)

 

 

 以前誰かから聞いた言葉だ。各国の王か女王か。彼の指導役であったリーナか。

 覚えてはいないが、この世界の人間には瘴気を祓う力はないと聞いたことがあった。

 常人では、怒りや憎しみ、妬み嫉み。負の感情の攻撃的なものと言えば良いのか、そういった暴力を振るいたくなる衝動に駆られる。

 魔物を産み出す“瘴気溜まり”に近付くと、この世界の人間は正気でいられなくなると言う。

 それは心の奥底に抑え込んだ負の感情を、無理矢理引き出そうとするからなのかもしれない。

 そうならないのは、自分が特別なわけではなく、勇者の称号が瘴気に耐えうるバリアを心に張っているからだと、宏壱はそう考えた。

 

 触手の天井の下から左に抜け出す。

 球体は宏壱の姿を捉えたが、一歩だけ宏壱の方が速かった。

 

 

「【炎神】!」

 

 

 宏壱が引き絞った左腕を炎が覆う。

 繰り出される拳は球体を捕らえ、火柱吹いて吹き飛ばした。

 

 

「【ファイアボール】!」

 

 

 壁に激突した球体に追撃を掛ける。

 宏壱が突き出した右手から放たれた火炎球が着弾して爆発した。

 【炎神】を解除した宏壱は、メアに駆け寄って抱き起こす。

 

 

「メア起きろ、迎えに来たぞ。⋯⋯メア?」

 

 

 右腕を頭の下から肩に回し、左手でぺちぺちと頬を叩いてみたり、軽く揺すったり、声を掛けたりと、意識を呼び起こそうと試みたが、か細い吐息が返ってくるだけで一向に眼を覚ます気配はない。

 

 

「瘴気の抜かれ過ぎ、か?」

 

──図に乗るなっ、人間風情がっ!!

 

 

 宏壱の思案など知ったことではないと言うように、瓦礫から球状の身体を浮かせた球体が叫ぶ。

 球体から瘴気が漏れだし、目の前で集束する。

 それは一条の闇の光となって放たれた。

 

 

「っ!」

 

 

 メアを抱き抱えて跳び退く。

 床を抉り、宏壱の後ろにあった扉を破壊し、先の外壁にも穴を開けてようやく収まった。

 

 

(アイツを何とかしないと、メアを起こすのもままならないな)

 

 

 宏壱は辺りを見回す。そして目が合った。メアを拐ったダークエルフの女、セターヤだ。

 周囲に散乱する衣服から考えると、神殿には数十人の人間がいたことは間違いない。

 

 大きく跳躍して天井高くから襲い掛かる触手を躱す。

 着地した場所は壁に持たれて座り込むセターヤの傍だ。

 

 

「⋯⋯貴様、何故こっちに来た。私を餌にする気か?」

 

「動けるんだろ? 見たところ、大した怪我はなさそうだしな」

 

 

 問いには答えず、問い返す宏壱にセターヤは眉根を寄せる。

 

 

「まさか、共闘でもしようと言うのか? 生憎、私に貴様を助ける理由はない。死にたくなければとっとと逃げ出せ」

 

「⋯⋯そうもいかないんだよ。あれを倒さないと還れないからな」

 

「還る? 何を言っている貴様」

 

「個人的な話だ。それより、頼みたいことがある」

 

「頼み、だと? 言ったはずだ。私は──「メアを頼む」──⋯⋯は?」

 

 

 セターヤの言葉を遮り、宏壱はメアを押し付けた。

 

 

「ここから離れててくれ」

 

「貴様っ、何を──っ!」

 

 

 セターヤの言葉を最後まで聞かず、宏壱は球体、魔神であろうそれに向かって駆け出した。

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