赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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第五十一鬼

 一体なんだと言うのだ!! 胸中でセターヤはそう叫ぶ。

 彼女の腕の中には、くたりと力なく眠るメアがいる。そして彼女の姿は神殿内にはなく、外壁の外にある一際太い幹を持つ木に背を預け、座り込んでいた。

 影の中を移動してここにきたのは2分ほど前だろうか、妙に時間感覚が引き延ばされているような気がしていて、正確な時間は分からない。

 ただ、日は既に沈みきり、森の中は闇が包んでいた。

 

 

「どうかしている。罪滅ぼしのつもりかっ!」

 

 

 己に悪態を吐いた。自己嫌悪だ。

 死を覚悟した自分が何故この少女を連れて逃げたのか、彼女にはその解を出すことはできなかった。

 

 神殿では激しく戦闘が行われている。

 自分と互角に戦った青年が、自分達が呼び出した救いの神と呼んでいた化け物と戦っているのだ。

 ただ、もう互角などではないだろう。恐らく、レベルが飛躍的な上昇をしているはずだ。

 彼には何か、自分の考えもつかない秘密があるのだろう。そう、セターヤはここまで響く戦闘音を聞きながら思った。

 

 

 セターヤが影に潜ったのを確認した宏壱は、魔神に向かう速度を上げる。

 迫る触手にポーチから取り出した5本のナイフを投げる。一瞬速度が落ちたが、ナイフは錆びて朽ち果て、触手は勢いを取り戻して宏壱に迫る。

 

 

──あの小娘はもう助からぬ。無駄な足掻きは止すのだな!

 

 

 それが誰のことを指しているのかは宏壱も理解していた。

 

 

「⋯⋯」

 

 

 答えることもなく、宏壱は駆ける。

 メアが危険な状態であろうことは分かっている。かといって、それは目の前の脅威を排除しない理由にはならない。

 倒せるかどうかではない。倒す、そんな気概をもって宏壱は跳んだ。

 

 頭上の宏壱に向けて触手が襲い掛かる。的を小さくするため、肘と膝を折り、腰も曲げて膝は胸の位置まで持ってくる。

 くるくると縦に回転を始めた宏壱に迫る触手の間をすり抜けて突破した。

 

 

「うらあっ!」

 

 

 魔神の頭上で身体を広げて左踵を落とす。

 ずむんとゴム玉のような弾力があり、反動が返ってきた。

 

 

「うおっ」

 

 

 バイィィンと弾かれるように足が跳ね上がり、宏壱の身体が空中に晒される。

 そこを逃さず、魔神は触手を伸ばす。

 

 

「ちっ、【鉄塊】! ぐぅっ!!」

 

 

 バク宙の途中のように魔神に晒していた背中を打たれて跳ね上げられた。

 そのまま弧を描いて吹き飛び、空中で体勢を整えて壁際で着地した。

 

 

「形質を変えられるのか。厄介だな」

 

 

 宏壱の炎を纏った拳打を嫌ったのか、魔神の球体の身体は硬かった表面を弾力のあるゴムのように変えてしまった。

 もうまともな打撃は意味をなさないだろう。

 

 

──⋯⋯何故だ、何故貫けん! 貴様、何者だ!

 

 

 触手が宏壱を打ち上げることに止まったことが不快だったのか、全身を波打たせるように震わせて魔神は疑問の声を上げる。

 宏壱は答えないまま魔神を見据え、腰を浅く落とす。

 

 

(⋯⋯女神の加護のお陰か)

 

 

 魔神の口振りからして、触手で貫けぬものはないのだろう。

 宏壱自身も嫌悪感を覚えて【鉄塊】を使ったのだし、それは間違いないと思えた。

 しかし、触手を阻んだのはスキルではなく、女神の加護が付与された制服であると、宏壱は感覚的に理解した。

 

 

──答えぬか! ならば、痛めつけて聞き出してやろう!

 

 

 四方から迫る触手を跳んで躱す。更に下から追いたてる触手と前方から迫る触手を【月歩】で空を蹴り、身を捻って躱した。

 

 

「【炎神槍】!」

 

 

 躱し様に炎の槍を投擲し、球体の魔神を穿つ。

 突き刺さった炎の槍が火を噴き、魔神を燃やす。

 

 

「⋯⋯っ!?」

 

 

 着地した宏壱が左に倒れるように身体を傾けて地に手を付けると、熱風が髪の毛を揺らした。

 横目に視線を向ければ、宏壱の心臓があった場所を、二本の触手が通過していた。触手は炎に包まれている。

 

 

(効果が薄いなっ。でも、突き刺さりはする!)

 

 

 宏壱はダメージがないことに内心で舌を打ちながらも、【炎神槍】がしっかり刺さったのを確認した。

 そのまま転がり、足を踏み出す。

 炎は既に鎮火している。闇色に戻った触手が再度宏壱に襲い掛かる。

 右、左。身体を揺らすだけで躱し、深く腰を落とす。

 頭上を触手が穿った。足は止めず、低姿勢のまま疾駆する。

 右手を背負うグレートソードの柄に掛けて握り込む。

 

 

「【雷神】」

 

 

 雷を纏う。

 放電が触手を焼き払った。尚も迫る触手の群れに宏壱は飛び込んだ。

 

 

──小賢しい人間がっ。このまま押し潰してくれるわ!

 

 

 憤怒に染まった声が宏壱の脳を刺激する。

 言葉だけで害になり得る存在だと改めて認識させられた。

 

 

「はあっ!」

 

 

 迫る触手を抜き放ったグレートソードで斬り伏せた。剣線は雷の尾を引き、斬られた触手は雷に焼かれて消滅する。

 

 

──小癪なっ!

 

 

 宏壱に殺到する触手の数は30を超える。

 

 

「おぉおおっ!」

 

 

 雷を纏うグレートソードが触手を斬り刻む。

 宏壱の前面に半球を描くように雷が走り回る。斬り離れた触手さえも細切れに切断され、焼かれる。

 

 

(狙うは早期決着! 一点突破だ!!)

 

 

 ユニーク魔法【雷神】は常にMPを消費するための持続時間は長くない。

 MPの急激な消費はステータスに悪影響を及ぼすことは、宏壱が身をもって知っている。

 長々と触手を相手に足踏みする時間はなかった。

 

 

「でぇやああぁぁっ!!」

 

 

 グレートソードを握る宏壱の右腕の筋肉が隆起した。いっそう強く、いっそう速く、上段から斬り下ろされる。

 ゴウッ! 宏壱の前方数m、地面に縦一文字の亀裂が走った。

 半球に走る雷の嵐が宏壱の手元を離れて飛んだ。宏壱の力任せの斬り下ろしによる風圧で、雷の嵐が押されたのだ。

 それは勢いを衰えさせることなく、触手を焼き斬りながら魔神に迫る。

 

 

(名付けるなら、半球嵐雷(らんらい)か)

 

 

 渾身の一太刀とも言える攻撃を見送る宏壱は、胸中で技名を考えながらポーチから紫色の液体が入った小瓶を取り出し、一気に飲み干す。

 毒々しい色の割りにさっぱりとした味わいのそれは、MP回復薬である。

 冒険者ギルドにある購買で買った良品質で、一ビン10銀貨と非常に高価なものだ。

 しかしながら効果は折り紙付きだ。MP上限の20%を回復する効能があり、市場には出回っていない。

 これで持続時間が少し延びた。だが、決着を急がなくてはならないのは変わりない。

 

 宏壱が次の手の準備をしているうちに到来した雷の嵐は、引っくり返るように半球の形を反転させて、魔神を包み込んだ。

 

 

──効かぬわ!

 

 

 チリチリと周囲を少し焼いて雷の嵐が霧散した。所々に焼け焦げた痕はあるものの、消耗はしていないように見える。

 すかさず、魔神は触手を伸ばす。

 

 

「芸がないぞ!」

 

 

 臆せず宏壱は触手の群れに突貫した。

 何度も見た攻撃だ。薙ぎ払いや急激な方向転換ができず、本体から切り離してしまえば消滅するだけ。

 恐らく、貫くことで致命的なダメージを与えられるのだろう。ならば、ただ突くことしかできない攻撃など、怖くはない。ましてや、それが宏壱に効かないのならばなおのことである。

 

 

「【突剣(とっけん)・雷】!」

 

 

 一足で距離を詰めんと、滑空するように跳んだ。

 全身を目一杯伸ばし、少しでも速く、鋭く突き刺されと突き出される雷を纏ったグレートソード。

 

 

──愚かなっ

 

 

 捨て身の一撃に、魔神は嘲笑い好機と見て宏壱を襲う。腕、足、胴に触手が打ち付けられる。頭を狙わないのは触手が効かない理由を聞き出すためだ。

 

 

(っ! 一足じゃ無理か!!)

 

 

 纏う雷で触手を焼き払うも討ち漏らしがあり、それらは宏壱の身体を打って速度の減退を招く。

 10mほどの距離を残して一度地面に右足をつける。

ミシッと足跡が残るほどに強く踏みしめ、もう一度滑空する。

 

 ドパッ!

 

 一歩目よりも更に強い加速で地面が砕けた。

 後方に飛び散る瓦礫を置き去りに、触手の群れに更に突っ込む。密度が増して抵抗感も増えた。

 魔神の姿は触手に埋もれて見えない。それでも感触からして近づいていることは分かる。

 

 明暗は既に分かれていた。

 宏壱を確実に殺せるのは頭を狙った瞬間だけだ。それをしなかった魔神に未来は訪れない。

 待っているのは不完全なままの死だ。

 

 

「捕らえたぞ!」

 

 

 触手の群れを抜けて眼前に魔神を捉えた。

 突き出したグレートソードは、球体の目の中心に突き刺さった。

 

 

──ッ!? アァァアアアアッ!!!

 

 

 制服で守られていても痛みはある。宏壱の感覚としては、穂先に硬いゴムが付いた棒で殴られ続けているような感じだろうか。

 痛みに慣れた彼がそれに耐えるのは容易だ。流石に貫かれでもすれば足を止めてしまうが、目の前の魔神に女神の加護を突破する力はなかった。

 

 ズゥゥンッと浮いていた球体が落ちる。どれ程の質量があるのか、地面に亀裂が走った。

 触手が力尽きたように垂れた。

 

 

「せあっ!」

 

 

 地に足をつけて踏み締め、左手を柄に添えて上へ跳ね上げる。上部を斬り裂いてグレートソードを抜いた。

 

プシィィッ

 

 斬り裂かれた部分から霧が噴出する。それを浴びた宏壱は不快げに眉をしかめた。

 まるで内側に眠る破壊衝動が、外に飛び出そうとしているようだった。

 これは瘴気なのだろう。その証拠と言わんばかりに、魔神の身体は空気の抜かれたボールのように萎んでいく。

 

 

──グゥゥゥッ! マダダッ! マダオワラヌッ!!

 

 

 力なくうねうねともがくミミズのように宏壱の足に触手を這わせる。

 バチッと雷に焼かれて消滅した。

 壊れたラジオのようにノイズが走り、声は不鮮明になっていく。

 

 

「⋯⋯抑える必要もないか」

 

 

 抑揚のない声とは裏腹に、宏壱の口角はにぃっと持ち上がった。

 眼がぎらつき、指先が僅かに震えている。中毒症状でも出たようだ。

 グレートソードを放り投げた。穴の空いた神殿から飛び出し、外の外壁に刺さった。

 今からすることを考えると、この場にあると壊れてしまう可能性があった。

 

 腕まで震え始めた宏壱は、気にせずポーチに右手を入れる。

 取り出したのは拳大の“魔石”。ダンジョンの入り口前で倒したミノタウロスの物だった。

 ポーチも腰からはずして投げると、上手く外壁に刺さったグレートソードの柄に引っ掛かった。

 

 

──ナニヲスルキダッ!?

 

 

 宏壱の纏う不穏な空気を察したか、魔神の声に怯えが混じる。

 

 

「目の前に壊していいモンがあるんだ。この衝動を抑える必要がない、そう思っただけだ」

 

──キサマッ! ヨセッ! クルナ! ヤメ──ッッ!!

 

 

 萎んだ球体に乗り、魔神の再生しかけの裂け目に宏壱の手が突っ込まれた。当然“魔石”を握り込んだままだ。

 

 

「上質で潤沢な魔力の塊だ。いくらお前でも、中で喰らえば消滅するだろ?」

 

──キザマモダダデバズマンゾ!

 

 

 宏壱が手を入れた影響か、濁音混じりで声が余計に聞き辛くなった。

 

 

「ははっ、何言ってるか分からねぇよ!」

 

 

 【雷神】に魔力が込められる。尽き掛けているMPを全て注ぐ、そう言わんばかりだ。

 “魔石”が熱を持ち始め、発光する。

 

 

──ヨゼッ! ヨゼッ! ヤメロォオオオ!!

 

「吹き飛べ」

 

 

 ぽつり、魔神の叫びが宏壱の頭にがんがん響き、自分の溢した言葉が聞き取れない中──辛うじて数本残っていた松明の火だけがボロボロの神殿内を照らすなか、“魔石”の発光が魔神の外に漏れだして神殿内を強く照らした。

 

 

「くるぞ? ほら、くるぞ!」

 

 

 ──狂っている──魔神の思考が宏壱にも伝わった。

 だが止められない。勇者の称号で抑えられていた衝動を自らの意思で解放してしまった。もうどうにもならない。事実、彼は狂ったのだ濃厚な瘴気を浴びて。

 後は発散するだけだ。その後はどうなるか分からないが⋯⋯。

 

 そこで宏壱は手に強烈な痛みと熱を感じ、光に飲まれて一瞬で意識を飛ばした。

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