赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

61 / 66
第五十二鬼

 神殿がある場所から強烈な光が漏れる。日が落ちきり、漆黒が包む森の中を煌々と照らした。

 それから一瞬遅れて凄まじい爆音と震動、真っ昼間の砂漠のような熱量がセターヤを襲った。

 世界が震撼したのかと思えるほどの揺れだ。

 

 

(何が起こっている!?)

 

 

 セターヤは、無意識のうちにメアを守るように抱き抱えて背中を丸めた。

 露出した顔を焼くような熱に歯を食いしばって耐える。

 数秒か、数十秒か、数分か、それとも数十分も耐えたのか、彼女自身にも分からない。

 気が付けば辺りの木のほとんどがへし折れていて、森は再び漆黒の闇に包まれていた。幸いだったのは、彼女が凭れていた大木はさっきの爆風に耐えきれるだけの強さがあったことだ。

 

 キーンと耳の奥で鳴り響く耳鳴りに眉を寄せて、首を横に振る。

 暫くして耳鳴りが聞こえなくなると、今度はミシミシと軋む音がした。

 

 

「っ!?」

 

 

 慌ててセターヤはその場を離れた。

 木が倒れる。根っこが剥き出しになっていた。地面が抉れ、木を支える地盤が緩んでしまっていたらしい。

 

 

「危なかった。⋯⋯酷いな、これは」

 

 

 ほっと息を吐き、改めて周囲の惨状に目を向ける。

 50m先まで木が倒れ、地面が抉れている。炎は上がっていない。衝撃波だけが駆け抜けたらしい。

 粉塵が舞い、少し土埃臭さがあり、視界も濁っているようで良好とは言えない。

 

 メアを抱え直したセターヤは爆心地、神殿があった場所へと足を向けた。

 外壁も全て粉々になっていて、神殿もそれだと分かる姿ではない瓦礫の山となっている。

 

 

「これはあの男の⋯⋯」

 

 

 外壁のあった部分に突き刺さっている直剣を見付けた。魔族の女王に仕える騎士達に配給されているという騎士剣、グレートソードである。

 爆心地の近くにありながらも、損傷はないように見える。その柄にはアイテムポーチもぶら下がっていた。

 

 セターヤはグレートソードとアイテムポーチを回収して、瓦礫の山に近づく。

 

 

「おい、聞こえるか! 返事をしろ!」

 

 

 などと呼び掛けてみても答える声は当然ない。

 爆発の原因は確実にあの男だろうと予想していたセターヤ。無事であるはずもないので、返事がないことは予測していた。

 

 

「ちっ、何故私がこんなことをしなければならないんだ」

 

 

 悪態を吐きながら夜闇に影を浮き上がらせて瓦礫を退かしていく。

 彼が下敷きにならないように、剥き出しの地面に退かした瓦礫を置きながら影の感覚に意識を集中する。

 

 この影はセターヤの手足も同然だ。

 これは彼女の持つユニーク魔法【シャドウコントロール】というものだ。

 自身の影を操れるのは勿論、自身の影が触れている影も操れ、伸縮自在で思うがままに形を変えられる。

 触覚もあり、物に触れている感覚も得られる。

 闇魔法に分類される影を操る魔法は、彼女が行うほどの自由性はない。精々が拘束したり、薙ぎ払ったり、貫いてみせたり、防御に使う程度だ。

 追尾性などないし、伸ばした影の中途から別方向に影を伸ばすことなどできない。

 彼女の影魔法が特殊なのだ。

 

 閑話休題。

 

 瓦礫を退かす作業を続ける。大きさや形も区々(まちまち)で、下手に動かすと大きく崩れてしまうため慎重に動かす。

 

 

「む、これか⋯⋯?」

 

 

 瓦礫を退かすのとは別に、埋まっているものを探すために伸ばしていた影のひとつが何かに触れた。

 柔らかくて肉質で温かみがある。肌触りは毛のようなものではなく、少しサラっとした質の良さそうな衣服。

 自分以外の教団員は皆あの化け物に吸収されてしまったため、残っているのは彼だけだろう、そう当たりをつけた。

 

 

「少し、ここで我慢していてくれ」

 

 

 瓦礫のない比較的綺麗な場所にメアを寝かせると、セターヤは着ていたローブを脱いで丸めてメアの頭の下に入れた。

 黒のタンクトップとレザーのショートパンツというなんとも露出が多く、薄い格好だ。

 細い腕や腰、大きな胸や尻、そこから伸びる肉感的な太股は男の情欲をそそる。

 

 メアの傍に、グレートソードとアイテムポーチも置いて準備万端だ。

 

 

「よし」

 

 

 気合いを入れるように呟き、ぐっと身体に力を入れるだけで豊満な胸がふるんと上下に揺れた。

 ツインテールにしたブロンドを揺らして、浅黒い肌の美女が危なげなく瓦礫を登る。

 【シャドウコントロール】は宏壱の【炎神】や【雷神】のように、常時発動しているとMPを一定量消費し続ける。

 今は問題ないとしても、ここはダンジョンの中で魔物が生息している。しかも、最深部で夜だ。宏壱やサテナが戦ったレベル以上のグール系の魔物が出てくる。

 余力は残しておくべきだと彼女は考え、手で瓦礫を退かそうというのだ。

 

 

「ふむ、この辺か?」

 

 

 宏壱がいるであろう場所でセターヤは止まり、自身の顔ほどの大きさの瓦礫を持ち上げて放り投げた。

 メアとも関係のない場所だ。少しの間、瓦礫が崩れる喧しい音が響く。

 

 

「ぐ⋯⋯っ」

 

「見付けた!」

 

 

 暫くして、彼を見付けた。瓦礫の下敷きにはならず、上手く瓦礫が支えあってできた隙間に身体が入っていた。

 偶然なのか、咄嗟なのかセターヤには分からないが、息はあるらしいことは分かる。

 火傷で左頬が黒ずんでいるが、命に関わるものではなさそうだ。

 ほっと安堵の息が漏れた。

 

 

(いや、何故私は安心している。一度殺し合った相手だぞ、この男は)

 

 

 上半身は無事だが、右足が押し潰されている。

 

 

「ふ⋯⋯くっ」

 

 

 少々大きめのそれを退かすと宏壱が呻き声を上げた。

 

 

「足は⋯⋯無事だな。──っ!? これはっ」

 

 

 下敷きになっていた足に損傷は見られない。だが、セターヤは気付いた。

 宏壱の右手がなくなっている。出血は既に止まっているが、その痛ましさに彼女は眉根を寄せた。

 腕はある。ないのは手首から先だ。

 

 

「何をしたらこんな⋯⋯」

 

 

 唖然と言葉が漏れた。斬られたのでないことは断面を見れば分かる。

 引き千切ったように乱雑で乱暴な断面は、痛々しい恐怖映像をセターヤに想像させた。

 実際は爆発の原因である“魔石”を握り込んでいた結果、吹き飛んだのだが、それは彼女が知るよしもない。

 

 

「とにかく、ここから出さなければ」

 

 

 セターヤは宏壱の両腋に手を入れて持ち上げようとする。

 

 

「ぐ⋯⋯ぅ? だれ、だ?」

 

 

 ちょっとした振動で目を覚ました宏壱が声を上げた。

 目に異常があるのか、何度も瞬きを繰り返し、頭を左右に振った。

 

 

「動くな。お前の身体の損耗が酷い。手当てをしなければ」

 

 

 何故私がなどと言っていられない。救わねばならない、そう思った。

 無理に身体を起こそうとする宏壱を遮って抱き上げる。

 

 

「⋯⋯ああ、おまえ、か」

 

 

 宏壱は微睡みの中にいるようなふわふわとした口調で、焦点がまだ合っていない目をセターヤに向けた。

 自分がどういう状態かも分かっていないようだ。

 

 

「メアは無事か?」

 

 

 徐々に鮮明になる声と力を取り戻していく目に、セターヤは舌を巻く。

 

 

(なんという回復力だ。特殊なスキルか魔法でもあるのか? それとも称号か? これでは手当てなどいらないではないか)

 

 

 そう憶測と驚きに、内心舌を巻きながらも頷く。

 

 

「ああ、心配ない。まだ目を覚してはいないが、命に別状はない。ただ、放っておくと危険なのは変わらない。今すぐどうこうなるわけでもないが」

 

「助ける方法はあるのか? 光魔法でどうにか⋯⋯」

 

「無理だ。損傷を負ったわけでも、状態異常があるわけでもない。生命力が失われている。彼女の生命の源である瘴気を取り込む必要がある」

 

 

 メアの消耗は普通ではないとセターヤは言った。宏壱の考え、回復薬や回復魔法ではどうにもならないと。

 

 

「⋯⋯そうか」

 

 

 頷いたきり、宏壱は口を開かない。ゆっくりと右腕を上げて失った手を見ている。

 それを痛ましそうに見ながら、セターヤは瓦礫の山から下りてメアの傍までいく。

 メアの横に宏壱を下ろした。

 

 

「ふぅ⋯⋯悪いな。重かったろ?」

 

 

 足を伸ばしたまま座り込んだ宏壱は、一息吐いてからセターヤを見上げた。

 こうしてじっと見るのは初めてだ。メアのような無表情ではないにしても、相当顔の筋肉が凝り固まっているのか、表情が固い。

 

 

「いや、そうでもない。これでも私はSTRに自信があるからな」

 

 

 問題ないと、豊満な胸を持ち上げるように腕を組んで答える。

 宏壱はまた「そうか」と返してメアに視線を向けた。

 

 

「⋯⋯瘴気を取り込ませるにはどうすればいい?」

 

 

 宏壱は左手をメアの頭に添えて撫でる。労るように、慈しむように、そっと優しく。

 

 

「⋯⋯何故私に聞く? さっきもそうだ。何故私を頼った。私はお前を殺そうとした。私はその娘を浚った。何故だ、何故信用しようとする」

 

 

 何故と繰り返すセターヤを見上げ、宏壱は口を開いた。

 

 

「お前が悪人には見えなかったからな」

 

「な、何をバカなことを⋯⋯っ!? お前が私の何を知っているというのだ!」

 

「さぁな、精々俺を襲ったこととメアを攫ったこと⋯⋯」

 

「そうだ! 私はお前を殺そうとした! 娘を攫った! それだけではない! 何十人もの命を私は⋯⋯っ!」

 

 

 激昂するセターヤを宏壱は静かに見ていた。その目と視線が重なると、彼女は言葉を紡げなくなってしまった。

 

 

「それと⋯⋯メアを守ってくれた」

 

「っ⋯⋯そんな⋯⋯私は、ただ逃げただけだ」

 

 

 宏壱の言葉に、ぐっと喉を詰まらせて絞り出すように言う。

 端整な顔を下に向け、宏壱と目を合わせられなくなった。

 

 

「だからメアが今生きてる」

 

「私がお前達に関わらなければ、お前の手も、娘も無事だった」

 

「変わらないだろ? お前らの狙いはメアだった。じゃあさ、お前が来なくても、別の奴が来たかもしれない。⋯⋯それに、手ひとつであの化け物を殺せたのは運が良かった。“魔石”がなかったら倒す方法が思い浮かばなかったところだ」

 

「⋯⋯人が良いな、お前は」

 

 

 顔を上げたセターヤの目尻に、透明な水滴の溜まりを見たが、宏壱は何も言わずグレートソードを背負い、アイテムポーチを腰に付けると、メアの傍で膝を突き、首の下に右腕を差し込み、膝裏に左手を回して抱き上げた。

 手がなくて支えられないため、肘を曲げて前腕を高くし、メアの頭が自分の胸に寄り掛かるようにした。

 立ち上がると、ふらりと足から力が抜ける。気力を振り絞って耐えた。

 

 

「おっとと⋯⋯それで? どうすればいい。方法はあるんだろ?」

 

「⋯⋯」

 

 

 ふらつきながらメアを抱き上げた宏壱を物言いたげに見やったセターヤだが、浅く息を吐いて何事もなかったかのように掛けてきた質問に答えた。

 

 

「ダンジョンコアから生成される瘴気をその娘に流し込む。ただ、急激に入り込んだ瘴気はその娘に害を与えるだろう。だから、じっくりと時間を掛けて身体に馴染ませるように流すんだ。⋯⋯それなりの期間が必要になる」

 

「分かった。コアはどこにある? ここが最深部なんだろ? なら、ここにダンジョンコアがあるはずだ」

 

 

 宏壱の確信を持った問いに、セターヤは頷く。

 

 

「ついてこい、案内する。ただ、気を付けろ。この層の魔物はレベル150を超える。今のお前では逃げることも叶わない。なるべく見つからないように進むんだ」

 

「了解」

 

 

 メアの頭の下に敷いていたローブを羽織り直し、先導するセターヤに従い、宏壱はふらつく足で歩き出す。

 

 ◇

 

「ふたつ、言っておきたいことがある」

 

「⋯⋯なんだ?」

 

 

 神殿があった場所を後にして十数分。無言で森の中を歩き続けた二人に会話が生まれた。振ったのは宏壱だ。

 

 

「⋯⋯お前の罪ってのがどんなのか俺は知らない。俺が知ってるのは、襲ってきたこと、メアを攫ったことだけだ。そこはメアを守ってくれたことで許してる」

 

「⋯⋯」

 

「誰かがお前を恨んでるのかもしれない。誰かがお前に死を望んでるのかもしれない。でもな、俺は、メアを守ってくれたお前に恨みはないし、死んでほしくもない」

 

「⋯⋯何故、今そんなことを⋯⋯言うんだ?」

 

 

 立ち止まり、肩を震わせたセターヤの背中に、宏壱は優しい笑みを向けて同じように立ち止まり、メアを抱え直す。

 

 

「背中がさ、言ってるんだ。罪滅ぼしがしたいって。死んで償うんだって。そんな逃げ、許すわけないだろ? 生きて笑えよ。俺達と一緒に。過去のことなんて忘れろ⋯⋯とは言わないし言えない。でもさ、それを抱えて生きろよ。月並みな言葉だけどな」

 

「⋯⋯許すと言ったり、許さないと言ったり、どっちなんだ」

 

「俺は自分勝手なんだよ。他人なんて知るか。俺が楽しければ、周りが笑えていればそれでいいんだ」

 

「⋯⋯強欲な男だな、お前は」

 

「だろ? お人好しなんかじゃないぞ。強突く張りなんだ、俺は」

 

「⋯⋯っ。暫くは、一緒にいてやる」

 

「それはどうも」

 

 

 再び歩き出したセターヤの背中を見て、宏壱も続く。

 

 

(実際、行方不明者はいるんだろうが⋯⋯、被害者の遺族は誰が犯人かなんて分からないだろうな。精々が野盗か魔物、魔獣の仕業程度にしか思ってないだろ)

 

 

 黙ってればばれない。そんな非情な思考をしながら、宏壱は暗く丸められていたダークエルフの美女の背中が、さっきよりも幾分か背筋を伸ばしているように見え、満足そうに頷いた。

 

 

「そういえば⋯⋯」

 

「ん? なんだ」

 

 

 ふと、何かを思い出したようにセターヤが声を上げる。宏壱は首を傾げて続きを促した。

 

 

「もうひとつはなんだ?」

 

「あ?」

 

「ふたつ、お前はそう言っただろう?」

 

 

 ピンときていない宏壱に言葉を付け足す。

 

 

「あー、ああ、あれか? 話を始める前の」

 

「そうだ。前置きしておいて忘れたのか?」

 

「まぁ、話が長くなったしな。っと」

 

 

 ずれたメアの位置を戻し、宏壱は続けた。

 

 

「こっちはもっと重要だ」

 

 

 宏壱の真剣味を帯びた声に、なら忘れるなと思いながらも、ごくりと唾を飲み込むセターヤ。

 歩みを止めはしないが、意識の殆どが宏壱に集中していた。

 

 

「⋯⋯メアはな」

 

「⋯⋯っ」

 

「メアはな⋯⋯娘じゃなくて妹だ」

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯は?」

 

「いやな? さっきから娘、娘って言うからさ、俺はそんな年じゃねぇ! って思ってたんだよ。俺ってそんなに老けて見えるか? まだ16だぞ?」

 

「⋯⋯」

 

 

 ひくひくと頬肉が痙攣したのがセターヤ自身分かった。

 バカバカしい。最初のそれとは正反対で、何ら重要性のない話題だった。

 そもそも、娘とは、別に彼女が彼の娘だと思って言ったのではなく、あくまで彼女に対しての呼称で、娘だとか妹だとかは関係ない。

 

 そう捲し立ててやろうと振り返ると、彼はにまにまとにやついた口元を隠すこともせず、セターヤを見ていた。

 

 

「くっ⋯⋯知らん! さっさと進むぞ、コーイチ(・・・・)! メア(・・)もまだ予断を許さない状態だ。瘴気の供給は早い方がいい!」

 

 

 そう向き直って、肩を怒らせてずんずん進む。

 宏壱はそんな彼女に、ははっと笑いを浮かべてはたと気付く。

 

 

「何で俺の名前を知ってるんだ? っていうか、俺は名前聞いてないぞ」

 

 

 後を追い、追い付いた宏壱が問うと、「何度か聞いたことがあるのを覚えていた。それと、私はセターヤだ。部族名はあるが⋯⋯もう捨てることにする」という答えを貰い、「よろしくな、セターヤ」と返した。

 

 ◇

 

 そこは円形に開けた場所で周囲に木々はなく、中心に幹が10mほどの太さになるであろう大木が存在していた。

 高さは30mに迫るだろうか。伸ばした枝葉は開けた場所に山なりの屋根を作り、木漏れ日が地面を覆う3cmほどの高さしかない細い葉の草を柔らかく暖める。

 

 大木の一部が裂け、幹の中に入れるようになっている。

 空気が淀み、見るからに瘴気が充満しているのが分かった。

 宏壱とセターヤはその中にいた。

 常人であれば、ものの数秒で狂気に呑まれ、身が引き裂かれるように内から肉体を崩壊させて死に至るだろう。

 それが宏壱とセターヤ、そしてメアに起きないのは、それぞれに勇者の称号、魔神の眷属の子孫、元魔物という特性があるからだろう。

 ただ、無害とは言えず、二人は暑いわけでもないのに汗を滴らせていた。

 

 

「キツいな。防衛反応がないのはこれのためか⋯⋯」

 

「防衛反応?」

 

「ああ、大抵こういうのには防衛意識ってのがあってさ、自身の中核、まぁ、この場合ダンジョンコアだな。それを守るための守護者を生み出すと思うんだよ。人間だって不意に心臓とか頭とか狙われたら咄嗟に守りに入る。訓練さえ積めば、その反応をなくすことはできるんだが⋯⋯ダンジョンコアがそんな訓練をしてるわけないからな。危機ってのが今までになかったのか? 攻略されたダンジョンはある。となると、ダンジョン同士での繋がりってのが存在しない? そうすると、ダンジョンコアその物に意思は──「待て待て待て!」──⋯⋯ん? どうした?」

 

「今はメアのことが先だろう」

 

「ああ、そうだな。考えるのは後でもできるか」

 

 

 喋るうちに思考が深みに入ろうとする宏壱をセターヤは遮った。

 止めなければ長くなる予感しかしなかった。

 

 

(だんだん分かってきた。この男、知的好奇心が強く、戦闘に前向きで、強欲⋯⋯ロクでもないくせに重い言葉を吐く。厄介な男に私は捕まったらしい)

 

 

 セターヤがはぁと溜め息を溢す。それは瘴気による重圧を吐き出して緩和させるのもあるが、宏壱に対しての呆れや扱い辛さも含まれた不安のようなものでもあった。

 ただ、少し口角が上がっているのを思うと、そう悪く思ってもいなさそうだった。

 

 木の中は空洞になっていて、広さは円にして8mほどだ。天井までの高さは6mほどで、ドーム状に丸みを帯びている。

 その中心に滅紫に輝く双角錐の水晶が、1mほどの高さで浮いている。長さは50cm程度で、宏壱の手であれば指がくっつく程度の太さだろう。

 どうやら、瘴気を放っているのは水晶のようであった。

 

 明かりがなくとも、水晶の輝きで辺りはほんのりと明るくなっている。

 

 

「見るからにコアって感じだな」

 

「? 何を言っているか分からんが、早くこい。今から魔法陣を展開する」

 

「ああ」

 

 

 先にダンジョンコアの傍まで行っていたセターヤが宏壱を急かす。

 改めてメアを抱き直した宏壱は、瘴気の重圧に負けじと、しっかりと地面を踏み締めた。

 

 

「──────」

 

 

 何語か、女神に言語理解を施された宏壱の耳でも理解できない言葉がセターヤから発せられる。

 特殊なスキルらしく、セターヤの声が二重、三重と重なって聞こえた。

 

 

「【多重詠唱】⋯⋯高名な魔法使いでも修得に30年を費やしたって話だぞ。どれだけの修練を積んだんだ」

 

 

 驚きに眼を見開く宏壱に、自慢気に眼を細めて、活き猛々しく詠唱を続けた。

 

 数秒ほど経つと、水晶の真下の地面に、闇色の魔法陣が円形に浮かぶ。三重に折り重なった複雑な紋様と文字は解読不可能なほどに原型を崩していて、読み手に術式を解読させないようになっている。

 

 

「瘴気をメアに流すのと量の制限、それと器を満たすと勝手に止まる術式だ。魔法陣の中心にメアを寝かせてくれ。それが済んだら、魔法陣から出ろ。魔法を発動させる」

 

「分かった」

 

「後は私が魔力を注がなくても、空気中の魔力を吸収するようになっているから、途切れることはない」

 

 

 もう一度「分かった」と頷くと、宏壱は魔法陣の中心にメアをそっと寝かせた。

 

 

「これを使え」

 

「ん、サンキュ」

 

 

 セターヤがローブを脱いで放る。受け止めたそれを丸めてメアの頭の下に敷いた。

 

 

「では、始める」

 

「ああ、頼む」

 

 

 セターヤが魔法陣の傍で屈んで右掌を這わせる。そこから一気に魔力が魔法陣全体に流れ込んで、魔法を発動させた。

 間を空けず、見るからに瘴気がメアに流れ出すのが分かった。

 

 全身から瘴気を吸収している。ただ、セターヤが言った通り量を制限しているのか、大体はメアから逸れ、空気中に戻って漂っている。

 

 

「ふぅ⋯⋯」

 

 

 MPを相当消費したらしく、肩で息をするように浅く呼吸をして息を整えて立ち上がり、振り返る。

 

 

「どれだけ時間が掛かるか分からない。明日か、明後日か、一ヶ月後か、二ヶ月か、一年かもしれない。⋯⋯お前はその間どうする? その、手を治すか?」

 

 

 聞くのを躊躇いながらも口にした。

 

 

「そうだな。片手だと確かに不便だ。治せるなら治したい。部位欠損を治せるのは最高級の回復薬と高位の神官だったな。治療を行うのは癒しと豊穣の神、レザートを祀る教会、か。⋯⋯どっちも大金が必要だ。野良の神官はもっと金が掛かる」

 

 

 複合都市・マグガレンで得た知識である。

 

 

「安くしたいのなら、義手はどうだ?」

 

「義手? 確かドワーフの里、名前は⋯⋯リッズだったか?」

 

「そうだ。ドワーフの英雄・リッズの名前をとった里だ。ドワーフが奴隷とされていた時代、彼らを解放した者だ。あそこならば優秀な技師がいるだろう」

 

 

 セターヤの提案に宏壱は数秒悩む。結論はすぐに出た。

 

 

「金を貯めて自分の手を取り戻す。ただ、俺はこの場から離れられない。メアが目を覚ますのを待たないとな」

 

「⋯⋯そうか。お前が決めたのならそうするといい」

 

 

 治せる手段があるのだからそれを使うのは当然だ。宏壱はそう言って快活な笑みを浮かべたのだった。




切りどころが見つからなくて、色々詰め込んでしまいました。
分かり難かったらすみません。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。