薄明の空の下、山の中に白い学生服を着た少年が立っていた。
身の丈は180cm程。雪のように白い肌と髪。碧色の瞳を宿す双眸は鋭く、幼さを残した顔立ちは芸術作品を思わせる程整っている。
長袖長ズボンの制服の上からでもわかるほどその身体付きは細く、一見すると華奢な美少年のようであるが、その手に持った物がそのイメージを一転させる。
それは一切の装飾の無い三メートル近い長さを持つ長槍。それも穂先が一メートルもある異様な物だが、槍を持つ様に不思議な事に不自然さは一切感じさせない。
少年が双眸を閉じて槍を構える。数秒の静寂の後、目を開いて動き出したその瞬間、大気を切り裂く轟音が周囲に響き渡った。
―――神業
一言で言い現わすならばこの言葉が相応しいだろう。
突き、切り上げ、薙ぎ払う。ただそれだけのシンプルな動きも少年の超人的な技量によって必殺の一撃に昇華され、槍の弱点である引き戻す動作も攻撃パターンに織り込んで一切の隙を排除している。
武の世界において、個の能力のみで常人の限界点を超えた強さを得た者を『壁を超えた者』と呼ぶが、少年の槍捌きは充分にその条件を満たすものだった。
「ふっ! はっ! せいっ!」
少年は短く息を吐きながらひたすら槍を振い続けていく。最初の一振りからすでに一時間が経過していたが、その動きが鈍る事は無かった。
それからさらに三十分が過ぎる頃、少年の動きに変化が訪れる。それまでの苛烈な攻撃が徐々に鳴りを潜め、反対に守りと回避の動作が増えていく。
そして二十分後には攻撃の動作は完全に消えて防戦一方の動きへと変わっていき、開始から二時間が経過した頃にはその動きが完全に停止した。
「ふむ……」
あれだけ激しい動きを繰り出し続けたのにも関わらず、汗一つ流していない少年が顔色一つ変えずにそう呟き、その手に持った長槍を手放すと鈍い音を立てて地面にめり込む。
それだけでこの長槍がどれだけの重量を持っているのか察するのは容易く、それをこの細腕で振り回していた少年の異常性も良くわかるだろう。
少年の名は川神 瑠那。
十年程前、とある事情からここ川神市にある武の総本山、川神院に養子として迎え入れられた過去を持つ高校二年生である。
若干十七歳であるが、川神院師範代であり、保護者を務めてもらっている祖父から、槍術に関しては教えれる事は無いと認められる程の実力を有している希代の天才。
「やはりダメか。まだまだ俺は未熟だな」
そんな見れば誰もが同世代どころか、世界中を見渡しても比肩する者はいないと認めるだろうその槍捌きに対し、瑠那が下した評価は彼にとって最低限のものであった。
そしてそのまま地面に寝転がり、頬をくすぐる春風を感じながら目を閉じ、訪れた浅い眠気に意識を委ねた―――
―――自我が芽生えてから最初に見た光景は最期の時だった
記憶の中に在るのは一騎当千の英雄が集う戦場でただ一人、満身創痍の身でその手に残った光の槍を振るい続ける男の姿。
敬愛する父から貰った鎧を失い、呪いによって力を封じられ、命運を託した者にも裏切られた。
それでも決して屈することなく、生涯の宿敵と定めた相手に立ち向かう。
だがそれも限界が訪れる。激戦の最中、乗っていた戦車の車輪が呪いによって動きを止め、生まれた僅かな瞬間に宿敵の放った矢が男の首を切り落とした。
こうして男は敗れ全てを失い、宿敵は勝利と栄光を手にした。
何かを乞われ、頼まれた時に断らぬ事を信条とし生きていた男は、あらゆる物を失い、磨いた力も呪いによって封じられ、最後には命すら奪われた。
誰もが男を見て無念と思うだろう。だが男だけは違った。彼は己の運命を呪わず、全てを受け入れて逝ったのだ。
母に捨てられ――――
師に呪われ―――――
仲間に裏切られ―――
それでも誰も恨まず、誇りを胸に戦い続ける姿に憧れ、彼のようになりたいと思った。何故なら俺は彼の――――
「ん……?」
遠くで大きな気配を感知し、まどろんでいた瑠那の意識が急速に覚醒する。
目を開ければ周囲は朝日に照らされ明るく、朝を迎えたのだと認識すると瑠那はゆっくりと立ち上がり、長槍を拾い上げて草むらへと歩み寄る。
そしてそのまま槍を手元で軽々と数回回転させ、その勢いのまま地面に向けて突き立てた。
「行くか」
穂先が全て地面に埋まった事を確認すると、傍らに置いてあった鞄を持ち、その場から背を向ける。
次の瞬間、風を切る音が周囲に響き、瑠那の姿はその場から消え去っていた。
鉄血のストラトスとの同時進行で書いてます。
セイバーディルが出たらもう一個のSSも進めると思うんでさらに遅くなるかなと思います