Fate/ZERO-NINE【休載中】   作:縞瑪瑙

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 かなり怖いですが第三章を更新です。
 注意しておきますが、この作品は二次創作です。作者である僕の解釈や勝手な設定変更が
ありますがそこは目をつむってください。
 繰り返し警告するのはこの話を読めばすぐにわかると思いますので、それではどうぞ…


Fate/ZERO-NINE 3-2

 冬木にあるとあるホテルに、一人の神父の姿があった。言峰綺礼だ。聖杯戦争において

中立地帯となる教会から追放されてから早半日。ひとまずの宿として、このホテルを選んだ。

 実のところ、こういったホテルに泊まることは半ば賭けでもあった。もし自分がここに

いることが衛宮切嗣の知るところとなれば、何らかの形で攻撃するのではと考えた。

短絡的だが、接触の機会が得られれば十分リスクに見合う。

 

 …さすがに初日からくると考えたのは虫が良すぎたか。

 

 だが、こうして一日が終わろうとしているが、周りに動きはない。十数人のアサシンに見張

らせているので近づくだけでたちどころにわかるようにしている。昨日、アインツベルンの

城へと侵入した時に芳しい結果を得られなかったことが、綺礼に焦りに似た感情を生んでいた。

 何しろ、今の自分は名実ともに脱落していない状態であり、いつ自分は攻撃されても

おかしくない状況だ。

 またほかの陣営も自分のことを探しているだろう。アサシンはマスターを殺すことに、それこそ

暗殺に特化している。気配遮断スキルも合わせれば真っ先に脱落させておきたいサーヴァント

である。

 何しろ、倉庫街での戦端が開かれたのもアサシンという縛りが消えたと考えた各陣営の

行動の結果だからだ。

 

 「…」

 

思考をフルに動かし、今後の動きを検討する。その時だ、金色の粒子が部屋に集まり始めたのは。

 

 「アーチャーか…」

 

 今日はさすがに黄金の鎧ではなく、現代風の格好だ。それでも装飾が派手であることは

否めない、ジーンズとワイシャツ、その上から長袖の上着を羽織った姿だ。金色の鎖を

飾りとして下げているのがなかなかに似合う。無遠慮にソファーへと腰かけ、またもや

酒を傾けている。しかもよく見ればそれは綺礼が代行者時代から収集してきた年代物の

ワインであった。

 

 「飲むか?相当にしけたようなら、気を紛らわせよ」

 「…仕方あるまい」

 

 ワイングラスを受け取り、そこへと年代物のワインが注がれていく。

 

 「どうだ、教会の外に出るというのは?」

 「暗殺や攻撃を警戒するばかりだ、どうしたもこうしたもない」

 「つまらんな…もう少しお前は自分の欲に任せて行動すると思っていたが…まあよい。

  お前は自分が何を求めるか、考えてみるといい」

 「…私は、何を求めているのか…」

 

 アーチャーは、この神父に何か言葉をかけて神父の本性をさらけ出すこともできたが、やめた。

苦悩の果てに自分で気が付くのかもしれないので放っておくことにしたのだ。

 

 …見込み違いだったか…

 

アーチャーとしては、この男がどのような末路をたどるのかに興味はあったが、今はそれ以上に

自分が気になることがある。この男も、興味を抱くであろうという確信もあった。

 

 「まあよい、自分で探すがよい」

 

 アーチャーはつまみである高級チーズを口へと運びつつ、手元に黄金の空間を呼び出して

何やら鏡に似たものを取り出す。複雑な模様が施されたそれは、軽い音を立てて床に

置かれる。けげんな表情をした綺礼にアーチャーは誇るまでもなくその宝具の正体を語る。

 

 「なに、アテネのパルテナの鏡の原典のようなものだ。持ち主が望んだものを見せる

  道具だ。お前に見せておきたいものがあってな」

 

テレビのような鏡面に光の筋が何本も走っていく。一本が二本に、二本が四本に増えていき、

やがては鏡面全体を覆い尽くす。

 

 「どれ…」

 

 構築されたのは、真っ暗な空間だった。しかしアーチャーは眉をひそめて、何やら鏡面の

下にある部分をいじる。

 

 「はっきり写さんか」

 

レバーらしきモノをいじり、やがて映像ははっきりと映った。そこには白の少女 ライダーの

姿があった。

 

 「アーチャー、まさかお前はこれを使って状況を追いかけていたのか?」

 「ああ。この世にあるものすべてが我のもの。ならばこうして愛でるのも我の自由だろう?」

 

あきれる綺礼だが、この英雄王に何を言っても無駄だろうと口を閉ざす。

 

 「しかもな…なかなか面白いぞ、このライダーは」

 「?」

 「昨日、お前は自分の興味対象である衛宮切嗣とやらを探しに行っただろう?」

 「ああ…見つからず、ホムンクルスにしか会わなかったがな。あとはライダーに邪魔をされた」

 

そして、綺礼が言った内容は今まさに映像として映っていた。黒鍵を投げた綺礼がそのまま撤退を

する様子が映し出されていた。

 やってきたライダーは、倒れている女とホムンクルスの手当てを一瞬で終える。そしてライダー

はホムンクルスのそばに近よると、

 

 「!?」

 

どこからともなく、金色のネズミがライダーの掌の上に現れ、そこからホムンクルスへと飛び

移った。

 

 「何やらしゃべっているようなのだが、あいにくと声までは拾えなんだ…しかし素晴らしいぞ、

  このネズミは」

 「………いきて、いるのか…!?」

 

 黄金の輝き。しかしそれはアーチャーのように冷たさや高貴さを放つものではなく、温かな

命の息吹を感じさせるものだった。

 殴られたような衝撃が、綺礼を襲った。思わず立ち上がり、その鏡面へと近寄って覗き込む。

映像には鼻をスンスンと鳴らしながら歩き回るネズミの姿がある。目が釘づけになることを

自覚する綺礼に、その様子に少々驚きを得つつもアーチャーは声をかけた。

 

 「ククク…驚いたか?我が友エンキドゥそのものといった存在だ。我はそこに不覚にも

  心を奪われたが…お前は違うようだな」

 「……ああ」

 

虚脱状態となった綺礼は、そのままソファーへと崩れ落ちた。

奇跡ともいえる、黄金のネズミからは、これまであまり感じたこともないものを感じた。

 

 「あんなにも、命とは美しいのか…!」

 

 頬に熱いものを感じる。それを涙だと認識するのは数秒たってからだ。いつ以来だろうか、

こうして涙を流すのは。妻を失った時にも流せなかった涙が、ここにきてあふれ出てきた。

 熱い、熱い、ひたすらに熱い。それは自分から発せられたものであり、この部屋に居座る

英雄王からも感じるものであり、同時にこの認識の中にあるすべてから感じるものだった。

それは生命の鼓動であり、命の輝きだ。

 “傷口を開く”。

 これは、言峰綺礼の起源であった。この起源ゆえに、彼は治癒魔術に特化している。本来で

あればこれは人をためらいなく傷つけ、苦しめることにも向くものだ。しかしそれとは

まったく別な方向に、今の綺礼は自覚した。

 

 「…く…ぅ……」

 

 傷口を開かれたとき、人間は痛みを覚える。しかしそれは自分自身が生きていることを実感

する痛みであり、傷が癒え新しく生まれ変わる生命への祝福だった。痛みなくては、人間は

生きているとは実感しない。五感はもとより人間の活動はすべてが“痛み”に支えられている

ところがある。

 綺礼は生きている実感がないからこそ、生きていると実感できる瞬間を愛おしく思う。死が

近づこうとも、抗い、生きようとするところを、綺礼は求めていたのだ。妻が病床に伏せたとき、

そして死が近づいた時の胸に生まれた感情は、愉悦というよりも、ようやく“妻”という命を

認識したために生じた喜びだった。

 そして今も、こうして感じているのも、痛みであり、喜びだ。

 しばらく綺礼は、自身の涙が流れるままに任せた。

 

 

 

   ●

 

 

 

 しばらくして、涙が収まった綺礼は深々とソファーへと身を沈ませていた。かつてないほど

ワインの味を舌の上でゆっくりと楽しみながら、心が落ち着くのを待った。

 

 「ふむ、お前は我の考えていたのとは違う人種だったのか…」

 「そうではない、アーチャー…私は求めるならば人を苦しめてでも求めるだろう。これは

  間違いないことだ」

 

だが、と息を入れた。

 

 「…私は、もっと上質なものを楽しみたい。何もない人間の、ありきたりな輝きなど

  あのネズミには劣るだろう…だがな、この聖杯戦争というのは好ましい場だ」

 

 雄弁になった姿を、綺礼の過去を知る者が見たら驚愕するだろう。だが、そんなことも気に

せず続けた。

 

 「奇跡の願望機である聖杯。これを求めて、マスターたちは命がけの闘争へと身を投じる!

  つまり、明日の日を目にすることも不確かなこの戦争では、マスターたちは生き残ろうと

  あがき、苦しみ、戦うのだ!私は知りたい、そしてこの目で見たいのだ!そこにある

  人間の姿を!」

 

 手段はある。自分が召喚しているアサシンは、ステータスがやや落ちるデメリットはあるが

分裂することができる。そして気配遮断スキルだ。これ以上にない好条件だ。

 

 「聖杯については、時臣氏が手に入れればいいだろう。それか、戦争を勝ち抜いた誰かに

  譲ってしまえばいいだろう」

 「そしてお前は人の在り方を楽しむのか?」

 「そのとおりだ…これが、私が求めていたものだ」

 

 思えば、衛宮切嗣を追いかけていたのは、その人物の経歴を見たときからだ。殺し合いへと

自ら飛び込んでいきながら、八年前にアインツベルンで何を見つけたのかを、自分は

知りたかった。その理由は今でははっきりわかる。命を懸けてでも求めた物を知れば、

その生きざまをより深く知ることができるからだ。

 

 「…さあ、楽しみだ」

 

 そうして、この聖杯戦争に挑む理由を得た言峰綺礼は、その日は深酒をした。

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 

 「はぁ…」

 

 深いため息が漏れたのは、冬木の住宅地の一角にある住宅の中だった。シャワーを

浴びて、寝間着へと着替えたソラウは、ランサーが入れた紅茶を楽しみつつもため息を

深々とついた。

 すでに日が暮れ始めており、聖杯戦争の闘争が始まる時間が迫りつつあった。だが、彼女が

できるのは周囲の警戒をランサーに頼み、自身は監視システムによってそれを補助することく

らいだ。ライダー陣営は今日は別行動となると聞いている。あの飛行住居は本当にありがたい

宝具だとソラウはしみじみと思う。よほどのサーヴァントでなければ、あの住居にこもるだけ

で手が出せなくなるのだから。

 ランサーは槍の投擲によって攻撃できるがあのライダーが探知できるはずで、セイバーは

上空への攻撃手段が今のところないので不可能。アーチャーはあの宝具を発射すればいいのかも

しれないが射程がどれ程かは不明だ。バーサーカーは論外だし、アサシンに至っては無力。

 

 「…なんて、現実逃避はやめましょ…」

 

ないものねだりだ、あれはあくまでもライダーの宝具であって、自分たちが自由に使えるもの

ではないし、いずれライダーとは決着をつけることになるだろう。

 今はドクターはケイネスの治癒を進めている。水銀汚染は抜けたが、まだまだ体組織の

修復が完了していないとかなんとか。少なくとも人間としては生きられるレベルまでは

普通の医術で可能らしい。自分も時折治癒魔術で手伝いをするが、ケイネスの容体が良いとは

言えないことがわかる。

 仮にも婚約者ではあるが、これでは完璧に世話焼き女房ではないか。いつから自分はこんな

にもケイネスに入れ込むようになったのだろうか?自分のことながらはなはだ疑問だ。

 

 …不思議な物ね…

 

この聖杯戦争には最初から乗り気ではなかったが、どうしてか自分の方がまともに行動して

いる気がしてならない。むしろ自爆するケイネスの世話ばかり。最初にランサーと会ったとき、

つまり、召喚の時からケイネスは自分がランサーの黒子に惑わされているのではないかと

疑ってかかっていた。

 実際は違う。仮にも魔術の名門出身の自分はあの程度の黒子の呪いなどはじくことができる。

 それに、ランサーへと抱く感情は愛情というより敬愛に変化したのだ。これまで接して

きた男性の多くは魔術師ばかりであり、性格はもちろん容姿や信念などが明らかにランサー

に劣るものだった。だからだ。砂漠に突如現れたオアシスに足が向いてしまうのと同じように、

ソラウもまたランサーへと惹きつけられた。

 そんな必然も、ケイネスは許せないのか。

 

 「はぁ…やっとひと段落だ」

 

その声が、不意に思考に陥っていたソラウの耳へと飛び込んできた。見れば、白衣を脱ぎながら

疲れ切った表情のドクターが歩いてこちらにやって来る。

 

 「お疲れさま、ドクター」

 「お、ありがとう。依頼人から報酬を得るなんて久しぶりだよ」

 

ソラウはあらかじめ用意していたコーヒーの入ったマグカップを差し出した。それを受け取った

ドクターは嬉しそうにそれを胃の中へと入れていく。

 

 「ケイネスは、ちょっと面倒だね。このまま治癒を続けても、マスターの能力低下でランサー

  のステータス低下が起こりそうだ」

 「え?でも、魔力供給は私がやっているのよ?」

 「あくまでも、契約を結んでいるのはケイネスなんだよ。君はあくまでも代理で魔力を注ぐ

  だけだから、もしケイネスが死ねばランサーはいやおうなく消滅することになるだろうね。

  だから昨日は…ていうか今日の未明かな、必死に手当てしたんだよ」

 

ふう、とカップをテーブルに置いたドクターは息を入れてソラウを見る。

 

 「最悪の場合、君にランサーのマスターを務めてもらいたい」

 

断言だった。ケイネスは、この戦争を勝ち抜くどころではないと。

 

 「そうなるのね…いくらかは、覚悟していたわ」

 「…残念だけど、魔術師としてはケイネスはいろいろ覚悟してもらわないとまずい。

  “緊急特例法案”を使えば、ケイネスの治癒はできるけど、そのデメリットはあまりにも

  大きいからね」

 「社会的に有用であると証明し続けることと、自分自身がその法案のルールに従うこと。

  そして、濫用をしないこと…だったかしら?」

 「…そうなんだよ。負傷させられたことに腹を立てて衛宮切嗣に復讐なんてしようものなら、

  僕たちは全力でケイネスを止める義務がある。例え、殺してでもね」

 

 それが緊急特例法案だ。メリットばかりではなく、むしろデメリットの方が大きいかも

しれない宝具。それを使って戦い、生きていくのは決して楽ではない。

 

 「でも、一番安全であるのはそれなんでしょ?私だって覚悟はあるわ」

 「殺し合いの場に、身を投じるのかい?」

 「ええ…聖杯に願うことなんて、正直言えばないわね。だから、目下の願いはケイネスの

  肉体の回復あたりかしら」

 「欲がないんだね」

 

力なく、ドクターの言葉にソラウは笑った。

 

 「私はね、別に願いなんてないのよ。ただ、これまでの見方が変わっただけでも十分。

  魔術だけじゃない、一般人の世界を知れたのは、私の一番の収穫よ」

 

 ソラウは、この住宅地に暮らし始めて初めて市井を見た。名門の魔術師の一族に生まれ

たことで、そんなものなど見たことも聞いたこともなく、想像すらあまりしたことはなかった。

だから、こうして生活するとかなりの驚きと楽しみが得られた。多分、自分がロンドンへと

戻れば二度と得られないであろう、心の充足感。

 

 「なんてことはないわ、ただ、当たり前の幸せがほしかったのよ」

 

ランサーとの出会いが契機となった。そして、ホテルが爆破されて、初めてこれまで下に

見ていた世界を知った。ドクターをはじめとした、価値観が異なる人たちとも出会った。

 

 「ふーん。ランサーのことは眼中になしなのか」

 「女としての好きというより、今は人間としての好きの気持ちを抱いているわよ。大体、誰も

  彼も女性がランサーに振り向くだろうなんて、もてない男の勝手な言い訳だわ。女を振り

  向かせたいならもっと自分を磨けばいいじゃない」

 

つまり、ソラウは恋愛感情を自分自身で昇華させたのだ。

 

 「こりゃ、うまく反撃されたね」

 「ソフィアリ家の生まれだってことなめないでちょうだい」

 

ソラウに言い負かされたドクターは苦笑しながら立ち上がった。肩をゴリゴリと動かして、

カップの残りを飲み乾した。

 

 「じゃ、僕はもう休むよ。患者を二人も抱えてると休憩を入れないと死んじゃうからね…

  といっても、一度死んでいる身だけどね」

 「うまいこと言ったつもり?おやすみなさい」

 

手を振ってドクターは霊体化した。残ったソラウは笑みのままカップの片づけを始める。

 

 「こんなのも、知らなかったのに慣れっこになっちゃったわ」

 

出来れば、ケイネスに自分の手で全部の工程をやったコーヒーを入れてあげようかとソラウは

考えながら、備え付けの流し台へと向かった。

 

 

 

   ●

 

 

 ランサーは、住宅の屋根の上にいた。霊体化しているので槍を持った男性がいようとも

気づく人間はいない。

 

 「ご苦労さん、ランサー」

 「ドクター、手を」

 

そこに、ベランダから伸びている梯子を伝ってドクターが昇ってきた。体が細いドクターを

ランサーは実体化して引っ張り上げた。

 

 「いやありがと。僕も結構年なんだね…最盛期の状態で呼ばれるサーヴァントといえど、

  僕みたいな英霊は年寄りの状態で呼ばれるんだよね」

 

 戦士や英傑、武人などならば比較的若い年齢で召喚されるが、文化人や医者、音楽家、

劇作家、作詞家、法師、魔術師などは年を取るにつれて円熟する傾向にある。そしてドクター

もライダーとコンビを組んでいたころの姿で呼ばれていた。

 腰のあたりをさすりながら、ドクターは屋根の上へと腰を下ろした。遠くには沈み始めた

夕日が見え、冬木の地を赤く染めていく。

 

 「主の治療を行っている主治医のためなら何のことはない」

 「…いいのかい?君の主人を助けているとはいいがたいんだけど」

 

ドクターは医者だ。助けられる命や治せる怪我や傷は治してやりたい気持ちはある。

 だが、時として技術や道具が追い付かないことがある。そんなドクターの自嘲に

ランサーは首を振る。

 

 「いかに医者でも…たとえ英霊であっても無力なものは多い。俺は、槍兵であるがドクターの

  ように主を治癒はできない。ただ、楯となり槍となり、その身を守るだけだ」

 「かっこいいね。僕はライダーやウフコックに助けられてばかりだから、うらやましいよ」

 

 しばらく沈黙が下りた。しばらくして、ドクターはランサーの名を呼んだ。

 

 「聞いているよね?この聖杯戦争が、何らかのトラブルを抱えているって」

 「あの悪霊に近いキャスターが召喚され、さらにはアインツベルンが用意した聖杯が汚染され

  ている…そんなところだろう?」

 「うん。もしかしたら、大変なことになりそうなんだ。その時は協力を頼むよ」

 「主の命をつなぎとめているライダー陣営の頼みならば、断る理由はないな」

 

そうか、とドクターはうなずいた。

 

 「で、僕とソラウ嬢の会話、聞かせてあげたけど…どう思った?」

 

ランサーの耳には、小型の通信機があった。先ほどまでドクターが持っていた小型マイクからの

音声はランサーの耳へと届けられていた。

 

 「俺は…とんでもない考え違いをしていたのか…」

 

 一言一言、かみしめるようにランサーは言う。やや顔をうつむかせ、黒子を手で覆った。

 

 「妖精からこれをつけられて、自分の運命は決まってしまったと覚悟していたが…」

 「女ってのは強いね」

 「あのアーチャーにも妖精の遊び道具といわれたのはショックが大きかったな」

 

 おそらく、自身に黒子をつけた妖精は悪戯半分だったのだろう。悪意も善意もないそれに、

見事に自分は振り回されていた。

 そんなふうに認識したのは、ソラウの言葉とライダーの黒子への対応だ。

 

 「俺は生前、グラニア姫とともに一時期騎士団を離れた。主君のフィン・マックールの

  婚約者を奪ってしまったという負い目はあったがな。聖杯戦争に呼ばれてもまた同じ過ちを

  繰り返すと考えていたが…」

 「あくまでもその黒子は“魅了する”であって、恋愛感情そのものを抱かせるものじゃない

  んだよね。フェニル・エチル・アミンっていう、いわゆる脳内麻薬であるホルモンの代謝を

  促す呪いだ。そして魅了されるとそれは恋愛感情へとなだれ込む。結果として

  女性は君にひかれてしまうんだ」

 「生前、そんな助言をしてくれる相手がいればよかったがな…あるいはそういう知識があれば」

 「だから、こうして君はここにいるんだ…英霊だなんてもてはやされても、結局僕らは

  過去のことを悔やんでるそこら辺にいる人間と変わらない…」

 

一息入れて、ドクターは言う。

 

 「過去を清算したいって気持ちがあるからこうしているんだ。なら、いくらでも清算して

  気を楽にしたいよね」

 

医者がその場で霊体化して去ると、槍兵もまたしばらくそこに身動きせずにいたがやがて

霊体化した。瞳にあふれるものを、見せたくはなかったためだ。

 夜が更けていく中、夕焼けの空には魔術とは縁がない世界からの音が響いた。

 

 

 

 

 

 




 前書きでの注意はこういうことです。
 綺礼の別方向への覚醒とソラウさんの状況変化が変更点ですので、今後読み進める際は
気を付けてください。
 ウフコックは影響力あり過ぎだろ、とか思うかもしれませんが魂が摩耗していたボイルド
すらも感化したので、あの神父もこういう方向へねじ曲がりました。
 お気づきかもしれませんが、この第三章は、物語のベクトルが独自方向へと曲がる章です。
ほぼすべてのキャラを書き切るのは大変ですね…明日も更新します、お楽しみに。

五月十六日、誤字修正しました。Dummy Ratさんありがとうございます。
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