では最新話をどうぞ。
Fate/ZERO-NINE 4-0 抽出
冬木の町に、また今日も夜の帳がおりる。西へと吸い込まれるように太陽は沈んでいき、空は橙から紫に滲む様に変化していく。
しかし、そんな光景をゆっくり立ち止まって眺める余裕は今の冬木の住人たちの間にはなかった。ここ最近、平和であった治安が急速に悪くなっていたのだ。
始まりは連続猟奇殺人の発生だ。その家の家族が殺され、魔術陣のようなものが被害者の血で描かれる。いつの間にか隣人が犠牲者になっている恐怖は言うに及ばない。また海外でしかないような事件が自分の身近で起きることの恐怖は想像できない。
続くように港の倉庫街で爆発事故。高級ホテルの一つハイアットホテルの倒壊が発生し、追い打ちをかけるように児童の失踪事件が続いた。
それもここ最近は収まったのだが、今度は人の失踪事件が相次いでいた。昨日まで、いや直前まで一緒にいたはずの人間が消えてしまう。ある一家は夕食の準備が半分くらい終わったところで、まるで散歩にでも出かけたかのように失踪した。
警察も無能ではない。無差別な誘拐と判断し、鍵の管理や早めの帰宅を呼びかけ、さらに夕方のパトロールを急きょ実施した。テレビやラジオも注意を呼び掛け、結果として人の姿は午後六時を迎えるころにはほとんど消えてしまった。
誰もが不安を抱える中、ひそかに続く聖杯戦争は佳境へと走り出していた。
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冬木の町をこうして見下ろすのはいつ以来だろうと、間桐雁夜はぼんやりと考える。
魔術を嫌い、実家を飛び出してからはあちらこちらを歩いて回り、ほとんど冬木に帰ってくることはなかった。記憶にあるのも十年以上も前の風景で、今とはだいぶ違う印象だった。あんなところにビルはなかった気がするし、道路も昔よりも張り巡らされている気がする。
夕暮れがどんどん迫る。かつてはこの町に住んでいたのも、どこか嘘のように感じる。こんなにも知らない街はない。自分が生まれた町であるはずなのに。
……妙にセンチメンタルだな……
自嘲し、しかし改めて街を見下ろす。
あの時、表向きの父親の影におびえ、魔術を嫌っていたころとは、今は違うのだ。わずかだが自分にはできることがある。結果はどうなるかはわからないが、少なくともやらなくてはならない。
決意を新たにしているとき、ポケットの中で振動が起きる。通信用の端末のバイブレーション機能だ。端末を取り出して、通話機能をオンにする。
『準備はいいかい?』
「いつでもいい」
言葉も短く通信は終わり、雁夜は息を吐いた。体調を安定させる薬の入った小さな瓶を取り出すと一息で飲み干す。効果こそ長く持たないが、副作用などがほとんどない薬だ。雁夜に課せられた仕事は短いが、その分失敗は許されない。だからこその、ドーピングだった。
身震いをして、自分の背後へと雁夜は声をかける。
「行くぞ、バーサーカー」
漆黒の狂戦士が実体化する。刻印蟲をある程度抜かれたことで少なくなっている魔力が持っていかれるが、集中し、ドーピングを入れているおかげで何とか耐えきれそうだ。
「決着をつけるぞ」
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他方、ランサー陣営の拠点。
携行できる魔術用品などの準備を整え、外出するためにコートを羽織ったソラウと、二本の槍を手にしたランサーの姿はそこに在った。
「ごめんなさいね、ランサー。しばらくあなたの槍は私のために使ってもらうことになるわ」
「いえ、ソラウ様のお気遣い、感謝いたします」
ソラウの右手の甲には三画の令呪があった。ケイネスが使用した分はすでに補填され、そしてそれはケイネスからソラウへと渡っていた。
「仮とはいえ、私がマスターになるなんて……戦争が始まる前には考えもしなかったわ」
ステータス透視の能力がきちんと働いていることを確認するため、ソラウはランサーのステータスを確認する。
【ステータス】筋力B 耐久D 敏捷A 魔力D 幸運D 宝具B+
マスターであったケイネスが弱体化したことで、ランサーのステータスは引きずられるようにかなり低下していたが、ソラウがマスターとなることでかなり改善された。もっとも、元々から見れば低下は否めないのだがそれでもましだった。筋力と敏捷が低下したが、その分幸運が向上したので良しとしよう。ソラウはそう割り切るとランサーを引き連れて玄関を出る。
ぴゅっと吹き抜けた風は冷たく、コートに滲みるように冷たさが伝わって来る。イギリスのそれとは違うものを感じながらもソラウは空を見上げる。
「さて、ライダーたちはどうしているかしらね?」
「用意周到な彼らのことです、きちんとやってくれます」
「そうね、行きましょう」
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「手掛かりなしか……」
冬木の町を睥睨する高台に、一台の黒い車が闇に溶け込むように停車している。スモークのかけられた防弾ガラスの内側には、これもまた黒いコートを着込んだ男性の姿があった。セイバーのマスターであり、魔術師殺しと言われた衛宮切嗣である。
彼はポータブルビデオプレイヤーで映像を見ていた。すでに彼の横には見終わったテープがいくつも積まれている。いや、正確には見る価値がないと判断されたものだ。
「まさかこの監視カメラまで気が付いているとは……」
そしてまた、新しくテープが放り投げられて音を立てた。次のテープをとる手にはもはや作業を続ける惰性しか残っていなかった。
舞弥と協力してこの冬木の町のあちこちに仕掛けていた監視カメラだ。米軍などで使われるような一級品で、仕掛けた位置も少し調べた程度ではわからないように細工してあったのだが、ことごとくが一定のところから何の映像も残していないのだ。こうしてテープ自体が残っていることからすると、何らかの細工をこのカメラに仕掛けられたのだろう。
そしてもう一つ悩みの種があった。
「飛行住居とは……また厄介な」
空を飛ぶだけならば追跡できる可能性はあるが、例外が三つある。
一つは目で見えてもあまりにも速度が速い場合。二つ目は追跡できないほど高高度まで上昇する。三つ目は透明化するような場合だ。ライダーの場合は二つ目だ。かなりの高度まで上昇し、こちらの使い魔を振り切っている。せめてマスターの姿を確認したかったが何か概念武装で姿を隠していてどんな人間かもわからなかった。
また、アイリスフィールが言っていた金色のネズミについても、あまりヒントになっていないのが現状だ。ライダーの宝具なのかそれとも何なのかもわからない。一番恐れているのはライダーのマスターの持っている魔術礼装か使い魔ではないかというケースだ。これまでの調査では魔術師としての実力は、時計塔講師のケイネスや遠坂時臣が二大トップである。しかしそんな彼らでも作れないような、あるいは使役できないようなものを平然と使う魔術師など想像もしたくない。
だが、もしも本当にそうだったら自分の勝率はかなり落ちていく。もしもそのマスターが魔術師殺しと呼ばれる自分の聖杯戦争への参加を知って、あえて未来の英霊(仮)を召喚することで、身の安全を確保したとしたら?しかもその他の陣営とも戦うために、まずはランサー陣営を自分の攻撃を利用することで仲間へと引き込んだ。また、これまで何十回と繰り返している拠点調査すらもかいくぐっているのだから、どれほどの準備を重ねてきたのか。一体どれほど戦いに通じている人物なのか。
……考えるのは、やめよう。
背筋に冷たい液体が伝っていく。ここまで恐れの感情を抱いたのはいつ以来だろうか。少なくとも、“あの島”での”あの出来事”の時と同じくらいだと、無意識に体が警告する。
だが、今はあの時とは少しは違うのだという認識が、強張る切嗣の肉体をほぐす。意識を切り替えてほかの陣営に対して何ができるかを考える。
ランサー陣営はライダー陣営と同盟状態なので却下。
アーチャー陣営は引きこもっているのでどうやって連れ出すかが問題だ。あの遠坂の工房に攻め込むのは自殺以外の何物でもない。事実上却下。
バーサーカー陣営はそもそもマスターが何処にいるかわからないので却下。
アサシン陣営は、こちらから攻撃をかけるには危険すぎる、自分を分裂させる宝具の持ち主らしいので却下。アイリスフィールたちが危険だ。
……イリヤは元気かなぁ……
軽く現実逃避に走る。あの雪に閉ざされた城の中で愛する娘は如何しているかと、想像するくらいしか心が休まらない。このまま戦争を放り出して、イリヤとアイリを連れて暮らすのもいいなぁと半ば本気で考え始めていた。うるさいアハト翁も、アインツベルンが作ったあの”黒い銃身”もどきでも浴びせて倒してしまおうかとも考えていた。いかに長い年月生きたあのじじいでも無事ではすむまい。覚悟していろ。
ピピピ……!
そんな、頭の中がお花畑となり始めた切嗣を正気へと戻したのは、ポケットの中から鳴り響いた電子音だった。頭の中のお花畑は急速に銃火器や爆弾の山へと置き換えられえていく。
「僕だ」
『……り……ぐ……』
聞こえてきたのは、ひどくくぐもった声。まるで負傷して苦しんでいる中必死に絞り出しているような、よく知る人物の声だ。
「舞弥!?」
『マダム……が、ライダーに……さらわれました……』
ガチャンと何か金属製の何かが落ちる音がして、苦しげない息が聞こえてくる。自然と、切嗣も顔を険しくする。いったい何が起きているのか。アイリスフィールにいったい何が起こったのか。
『……はやく、して……く……』
そこで、形態のマイク部分が空を切るような音がした次の瞬間に通話は切れた。それが何を意味するのかは切嗣にとって想像するのは簡単なことだった。
一気に冷や汗が出て、頭の中がパニックになる。鼓動が急速に高まり、内側から体を叩く。アインツベルンに婿養子として入り、それ以降着実に弱っていった魔術師殺しには、あまりにも恐ろしい毒だった。その毒は秒単位で切嗣の体をむしばんで、しびれさせていく。
だが、それでも冷静な部分が今すべき行動を選択させて、そのように体を動かした。
「令呪を以て、我が傀儡たるサーヴァントへ命ずる!」
右手にある令呪の一つが、赤い輝きを放ちながら切嗣の意思に応える。魔法の領域に達するような奇跡すらも起こすことができるそれは、一つの命令をセイバーへと飛ばした。
「セイバー、土蔵へ戻れ。今すぐに!」
●
「切嗣!?」
街中をゆっくりと歩きながら警戒していたセイバーは、突如として聞こえてきたマスターの命令に戸惑いながらも、その身を移動させた。アーサー王の最期は、死ではなくアヴァロンと呼ばれる島へと傷をいやすために向かうというものが多い。ゆえに彼女は霊体化できないなどの制約があった。
その瞬間移動の間に、セイバーはなぜ切嗣が焦って命令してきたのか直感的に理解した。
……まさか、アイリスフィールが!?
ありえることだ。このあたりの地理を知ることと、他のサーヴァントを探すためにセイバーは大体今くらいの時間に探索を行っていた。しかし、今考えてみればその時間を毎日ずらしてやるべきだった。
もしも自分の行動パターンが読まれて、アイリスフィールに危険が迫ったのだとしたら。
……何たる失態か!
拠点を動かしたことで、自分が安心し過ぎていたのは事実だ。今はアサシンが生きていることが判明し、キャスターも討伐されたために停戦命令はないのだからそんなことはすぐに理解すべきだった。最近調子が悪くなっていたアイリスフィールにかまけてばかりだったのが仇となったか。
「アイリスフィール……どうか御無事で!」
武家屋敷の敷地内へと転移したセイバーは、鎧と剣を装備し、大急ぎで土蔵へと向かった。
ライダー陣営によってかき回される夜が始まったことを知るのは、当人たちとランサー陣営、そしてバーサーカー陣営ばかりだった。この聖杯戦争が急速に終結へと向かうことなど想像するのは難しかっただろう。
だが、そんなライダー陣営すらも予想外の出来事が起きていたことは、まだ知られていない。
かなりお待たせしましたが、新章突入です。
並行して進めていた改訂作業がかなりの苦痛で、さらにリアルも忙しくなり、とどめとばかりにオンラインゲームにはまってしまいました。つまり自業自得です。
更新を待ってくれていた皆さん、本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
例によって連続投稿をやっていきます。また第一章も改訂版を投稿していきますのでお楽しみに。