Fate/ZERO-NINE【休載中】   作:縞瑪瑙

23 / 23
 えー、ただいま僕はガンオン断ちをしてます。
 前話で述べたとおり洒落にならないレポート量なので、時間を喰いすぎるのは却下としてます。そう言えば連邦アカウント全く触れてないなぁとか思いながらジオンアカウントをやってましたが、モチベーションの問題から二日ほどやってません。
 レポートひと段落したら……! ってなるとやる気が起きますね。しかも睡眠時間が確保できて日々快適且つ健康に。おや、不健康の原因はガンオンだったのか……?
 そんな感じで、第四章も佳境です。どうぞ。


Fate/ZERO-NINE 4-3

 アーチャーが自身の宝具である“王の財宝”から取り出したのは、ヴィマーナだった。インドに伝わる二大叙事詩「ラーマーヤナ」と「マハーバーラタ」に登場する、いわゆる飛行機だ。黄金とエメラルドによって構築された船体は、非常にアーチャー自身の趣味とも合い、またその性能も高い。思考と同じ速度で飛行すると称されるように、その速度はライダーのハンプティ=ダンプティ以上である。もちろん、彼の宝物庫にはハンプティ=ダンプティの原典も当然のごとく収まっているが、しかしそれは彼の今の要望には応えていない。

 

「何とも無駄なものが多いな…この世は」

 

 高度百数十メートル。下界を睥睨する、まさに王の位置にいるアーチャーは冬木の町の夜景を見下ろして言葉を漏らした。はるか下に広がるのは眠ることを忘れてしまったような冬木の町。そこには幾多の人々と、その人々を引きつけて夢の国(ワンダーランド)へと引っ張っていく店が多く並んでいる。千年単位の時間を超えて進化してきた商業システムは、古代メソポタミア文明から発展を遂げている。だが、彼の目から見れば、余計なものを付け加えながら発展してきた、まるで太りきった醜い獣を見ているような感覚を抱くシステムだった。

 ただし、これは素人の意見ではなく、超一級の意見である。アーチャーは決して無能で態度が大きいだけの王ではない。むしろ有能である。強大な国を統治するだけの政治的手腕を持ち、あらゆる分野に、それこそ政治・経済・法律・戦争・文化・教養・宗教、およそ存在するすべての面でトップを誇る。一流にして最大の消費者であり、あらゆる流行を生み出す文化の中心でもあり、流通などの面でも業界を牛耳る存在。それがアーチャーのかつての姿であった。

 

「時間がいくら経とうとも、やはり人の世は人の世…どのような支配者があろうとも変わらぬ。何も変わってはいないようであるな、時臣」

「はっ…」

 

 しかしながら、英雄王の意見を聞いて、若干冷や汗を流しているのは今回アーチャーを召喚した遠坂時臣だった。彼は、この時代でも比較的上位の魔術師であり、この冬木の地にある魔術の類を管理するセカンドオーナーであり、当主でもある。だが、良い言い方をすれば俗世間とは一定の距離を置いている、悪く言えば現代文明の利器・技術・事情に疎い彼には、あまりイメージができる事柄ではなかった。だが、うかつな発言は自分の命で済むものではない。

 そんなふうに会話を進める主従は、ヴィマーナに乗って移動を続けていた。流石に本来の速度でぶっ飛ばしはしないアーチャーであったが、向かうのは港や市街地などではなかった。金色のヴィマーナが向かうのは山の方だった。

 徐々に高度を下げつつも速度を上げながら、英雄王とマスターの二人は次第に山岳部へと入っていく。

 どこか楽しげなアーチャーとは違い、時臣は不信感を抱いていた。普段から町を出歩いていたために行動が読めず、しかもアサシンの脱落偽装のあとから制御がうまくいかなくなっていた。今回の行動もまた、まったく理解が追い付かない。散策するならば自分は関係ないはずだ。

 良くも悪くも、時臣はアーチャーを手段として考えている。悪く言えば聖杯戦争を勝ち抜くための道具(ツール)でしかない。敬意を払うのも、偉人の肖像画や像に対する態度であった。

 もしこの時臣の考えをウェイバーが理解すれば大いに激怒したであろうことは想像に難くない。最初こそ、ライダーの力に疑いを感じていたウェイバーは、戦いを減る中でライダーがいかに優れており、そして“人”として生きていたことを実感していた。肉体はエーテルで構築され、いわゆるオリジナルの部分は『座』にあるといえど、紛れも無い本物であるととらえているからだ。その最大の要因を挙げれば、ウェイバー自身がウフコックを手に取ったことだ。かつて、魂をすり減らした“錆びついた銃(ラスティ・ポンプ)”も、何事にも感情が動かなかった言峰綺礼も、そして信じていた男に殺されたことで心身ともに傷を負っていたライダーも救った温かみを、ウェイバーは余すことなく感じた。

 両者の違いはそこに尽きるだろう。些細だが、決定的な違いはここまで来たことで大きくなっていた。

 

 

 

 

 

    ●

 

 

 

 

 混乱する時臣をよそに、アーチャーは機嫌よくヴィマーナの舵を操っていた。もちろん機嫌がいいのは自分を召喚した魔術師のおかげではない。

 あのライダーと、その宝具であり相棒であるネズミ ウフコックによるところだ。

 綺礼にライダーたちの姿を見せて以後も、アーチャーは独自にライダーの動きを追いかけ続けていた。そして、アーチャーの追跡にライダーが気が付くのも非常に速かった。

 接触したのは二日前のこと。昼間、必要なものをそろえるために街に出ていたライダーは、アーチャーがつけていることを見破り、直接顔を合わせた。

 

「アーチャー、いや英雄王ギルガメッシュ、我々に何か用かな?」

 

 現代風のライダースーツに身を包んだアーチャーは、手袋姿のウフコックに咎めるように言葉を投げかけられたが、悪びれずに笑った。

 

「何、お前たちがこの我の興味を引いたから調べているだけだ」

 

 ごく当たり前のようにウフコックがいることを察するあたり、かなりアーチャーはライダーを追いかけていたことがわかる。

 しかしそのことにライダーは表情を変えない。ストーカーされようが何をされようが、アーチャーと接触するチャンスは願ったりかなったりだった。

 

「では、どこか丁度良い場所を移そうか。我々にはそちらと話しておきたいことがある。こちらの動向を知っているなら大体予想はつくだろう」

「フ、おもしろいな。では丁度良いところへ案内せよ。聞いてやらんでもない」

 

 手袋姿のウフコックに応答を任せていたライダーは、少し心配になってウフコックに尋ねる。

 

―――大丈夫なの?

『こうして話を聞くことを了承しているなら、このアーチャーはそれを反故はしないだろう。ウェイバーによればアーチャーの属性は“混沌・善”、本人の性格からしても好き勝手やるがルールは守るタイプだ。交渉するには問題ない相手だ』

 

 ライダーはそっとアーチャーの様子を窺った。確かに、唯我独尊といった言動や表情ではあるが、こちらに不意打ちを仕掛けたり罠を仕掛けるようには感じられない。ライダーにとってはウフコックが断定しているのだから信じたいと思った。

 五分ほど歩くと、大通りに面したところに喫茶店の看板があった。洒落た文字で『Ahnenerbe』と書かれている。

 

「あそこでどうだろうか? 出来れば他人には聞かれたくはない」

「よいだろう」

 

 手袋姿のウフコックの言葉にあっさりと肯定すると、アーチャーはドアを開いて堂々と入っていく。

 ライダーからすれば拍子抜けするほど緊張感がないため、なんだか調子が狂いそうだった。一応は敵同士であるのだから、もっと駆け引きのようなものがあると思っていた。しかし、そんなことを今考えても仕方がない。ライダーもアーチャーに続いて店に入ることにした。

 店内には幸いなことに人はいなかった。正午を少し回ったころで、まだ午後の休憩で訪れる人がいないためだろう。ウェイターの人数を確認して問題ないと判断したライダーは、ボックス席へと腰を下ろしていたアーチャーの向かいに腰かけた。

 

「で、貴様らの話とは何だ?」

 

 メニュー表にあったオレンジとひまわりのミックスパイを頼んだアーチャーは、先に運ばれてきたコーヒーへと砂糖を入れながら尋ねた。ココアの入ったカップを傾けるライダーはウェイターが席を離れるのを確認してから言う。

 

―――聖杯のことについて。

「ほほう……この戦争の勝者へ与えられるアレについてか?」

 

 頷いたライダーの手にはまっていた手袋からウフコックが飛び出てくると、机の上に立ってその続きを言った。

 

「今回の聖杯、おそらく何らかのトラブルが起きている。その解決のために協力を仰ぎたい」

 

 ウフコックは回りくどい言い方をせずに、直球でアーチャーへと臆することなく言った。

 聖杯のトラブル。聖杯が目当ての英霊にとっては衝撃的な言葉を含んでいる言葉だ。実際アーチャーも聖杯を得ることが目的である以上看過することはないようなセリフのはずだった。だったのだが、アーチャーは表情一つ変えることはなかった。

 

「面白そうな話ではないか、詳しく話せ。我が許す」

 

 喰い付いた、と思わず身が緊張に襲われたライダーだが、ウフコックが目で制してくれたおかげで表情までは変えることはなかった。そしてアーチャーの方を見れば、眼だけが一切の油断を排した状態でこちらを見ている。その奥にあるのはぞっとするほど冷徹な思考だった。

 思い出せば、ライダーは生前このように高い地位にいる人間と対峙したことはあまりなかった。オクトーバー社の法務部門のトップとは会ったこともあるが、どちらかといえばあれは交渉をするというよりは相手がこちらの身柄を抑えようとして用意した罠に近いものだった。また“楽園”では最高責任者とも話をしたがあれはこちらに興味を抱き、害を加えないとわかっていた上での会話だった。

 だとするなら、これはある意味アシュレイ・ハーベストとの対決に近いとライダーは感じ取った。生前会った中でも最高のディーラーにして業界最強ともいわれた、あの口髭の男性を思い出させた。

 

『落ち着いていこうか、ライダー。これまでとは違う対応が求められる』

―――わかった。

『注文したものが来たようだ。それを食べてリラックスするといい』

 

 丁度良く、ウェイターがライダーとアーチャーが注文したパイを運んできて、それをテーブルに置いて下がっていく。ウェイターの目から逃れるためにいったんテーブルの下に隠れていたウフコックはすぐに戻ってきた。そして、ウフコックは順を追ってアーチャーへと情報を伝えていく。地脈を調べて得た情報やアインツベルンが用意した小聖杯・大聖杯の異常のことまで。ただし、アイリスフィールについては調査しなければわからないと、ウフコックはぼかした。

 ぼかしたことを疑われないかともライダーは内心ひやりとしていた。そして、アーチャーもそのことに感づいていたようだと、ライダーは直感的に理解した。話を聞きながらもアーチャーもまたフォークとナイフを手に取ると手慣れたしぐさで切り分ける。その動きはざっくばらんなようでいて一切のブレがない。それを感じ取りながらも、ライダーはウフコックの厚意に甘えてパイを堪能することにした。ライダーが注文したのはブルーベリーパイで、甘酸っぱい香りが鼻孔を柔らかく刺激して、食欲を誘ってきた。口に入れれば香りとパイのサクサクした感触が混じり合い、何とも言えない感動を生み出す。思わず、ライダーの口からは感嘆のため息が漏れる。

 

「ふ、そのようにしていれば年相応の娘だなライダーよ」

―――貴方はいつもそんな調子ね。

「ほめるな。我は我のやりたいようにやる、それだけだ」

 

 そうライダーと言い合うアーチャーは無造作にパイを口に入れた。しばらくかみしめながら味を吟味していたが、わずかに微笑を浮かべた。

 

「ほぉ、素材は凡百だが調理の仕方でかなり味を昇華させているな……もっと良い素材を使えばより映えるかもしれん」

 

 世界最古の王が、現代の喫茶店でパイを食べる。絵としてはすごいものだが、ライダーはアーチャーの対応について気になっていた。果たして、こちらの要請をどう受け取ってくれるのかどうか。

 

「だがな、ライダー。お前もわかっているだろう? 我とて気に行っているお前の言葉をそのまま鵜呑みにするわけにはいかん」

『やはりだな』

 

 一旦フォークを置いたアーチャーはナプキンで口の端についた細かい小麦粉の塊をとって言う。そのアーチャーの声を聞いたウフコックはライダーにしか聞こえないように呟く。

 

『傲慢だが堅実な王だ。表に出しているのはある意味では本音だが、実際は自分をカモフラージュし相手を見極めることに向いている態度だ』

 

 なるほど、とライダーは納得がいった。馬鹿にしたような態度はある意味演技で、ある意味本音を曝している。その態度に相手が反発するなら応対するのも適当でもいいが、それでも自分と話をする気がある人間ならば気にすることはない。王とは万民の声を聞くものだが、アーチャーの場合は愚者の声を真に受けるようなことはしないようにしているのだった。

 紅い目でこちらを見るアーチャーは、パイをせっせと食べながらも言う。

 

「聞いた限りでは直接の証拠はお前たちにしかわからんことだ。だが、我の宝物庫に納まるべきものがそのようなものであるなら看過はできんな」

「では後日改めて連絡をつけよう。我々としては、独自の力だけでは難しいかもしれないがやり遂げる気がある。少なくともそれだけは理解してほしい。これを預けておこう」

 

 ウフコックは自分の体の内側から携帯電話を取り出すと、小さい手で押しやってアーチャーの方に見せた。それを受け取ると、アーチャーは例の黄金の空間へとそれを落として片づけた。

 

「いいだろう、少しはこの我を楽しませるといいぞライダー。では我はもう行く……ああ、お前の分も払っておくから安心しておくといい」

 

 見るとアーチャーの前にあった皿は綺麗に平らげられていた。細かなパイくずもほとんど皿の上に残っていないことからすると、相当食べるのがうまいようだ。

 席を立ち立ち去ろうとするアーチャーに、思わずライダーは尋ねてしまった。

 

―――待って。

「? 何だライダー?」

―――聞きたいことがあるの。

 

 少し迷って、ウフコックがこちらに視線を向けてくることを感じながらもライダーは続けた。

 

―――貴方は私に興味を持ったと言った。それは、どうして?

 

 それに、アーチャーはライダーへと背を向けたまま淡々と答える。

 

「ただ興味を持ったから……それだけでは足りんのか?」

―――いいえ。答えてくれて、ありがとう。

「つくづくお前は分からんな。だがそこは評価してやろうか」

 

 一度こちらに含みのある笑みを浮かべたアーチャーは、今度は振り返ることもなく会計を済ませて立ち去った。カランカランと、ドアについていた鐘の音が自分たち以外いない喫茶店の中に走った。

 アーチャーを見送ったウフコックはテーブルの上で鼻を鳴らした。少し考え込みながらも、ウフコックはテーブルに戻ってきたライダーに言った。

 

『確約とまではいかないが行動を起こしてくれるのは確かだ』

―――大丈夫なの?

『少なくとも、反故にはしない。交渉としてはうまく行っただろう。俺たちもこのことをウェイバーとドクターに伝えようか』

―――うん。

 

 ウフコックの言葉に頷きながらも、ライダーは考えていた。自分が思わず問いかけたあの言葉に、アーチャーが何を思ったのかを。

 英雄王ギルガメッシュ。その唯一の友であったエンキドゥは神が泥をこねて作り上げた、いわゆる被創造物。そして自分やウフコックもまた被創造物だ。また伝承によれば、エンキドゥは神から呪いを受けて短い生涯を終えてしまう。そしてそれによって死を恐れたギルガメッシュは永遠の命を求めて旅をすることになるのだ。

 もしもアーチャーがこちらの動きを追いかけていたなら、ウフコックのことも理解したはずだ。あまりにも自分たちはアーチャーにとって感情を殺し得ない存在なのかもしれないと、ライダーは考えていた。相手の弱みにつけ込んでいくのは、好きではなかった。

 その感情についてしばらく悩んだライダーは、残ったパイを食べて席を立った。なんだか、すっきりはしないままだった。

 

 

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 

 

 そして、昨日の夜のことだった。

 ライダーに渡された携帯に連絡が入り、指定された場所まで時臣とともに来てほしいと言ってきた。アーチャーとしては時臣は面倒な相手ではあるが、ライダーとの約束がある以上無碍にするのもためらわれた。

 いや、それ以上にライダーがずっと温めていた何かがいよいよ暴露されるのだから、それを見たときの時臣の表情を楽しみたくもあった。普段は自分に臣下の礼をとり、畏まっているように見えるこの男が、一体どうなるのか。

 

「くくっ……」

 

 腹黒い笑み。その場に他の人間がいたならばためらいなくそう表現できそうな、そんな表情を浮かべるアーチャーは、高速で移動する物体を見つけた。手元に呼び出した黄金の空間から望遠鏡にもよく似た宝具を取り出すと目に当てる。その宝具から見えたのはバイクのような乗り物に乗るライダーと、それを追いかけるセイバーの姿だった。

 

「あのセイバーまでも引き込んだか、流石はライダー。我の目にかなうだけはあるな」

 

 口元を隠すように組んだ手の下で、アーチャーはいよいよ黒い笑みを浮かべた。ライダーから受けた連絡ではここで待っていろとのこと。

 

「はて……どうなるかな?」

 

 他方の時臣は、アーチャーの行動が理解できないままに混乱は最高潮に至ろうとしていた。

 

 ……一体いつからだ?

 

 何もかもがおかしく、不可解だった。

 アサシンの脱落偽装はうまく行ったかに思われたが、いきなり看破されて警告を受けた。しかも、アーチャーはこちらの指示に従う様子もなく、自由に町を散策し始め、その動向は追いかけきれなかった。キャスター討伐に関しても、当初の目論見はすべてはずれ、令呪はライダー、セイバー、ランサー陣営が持って行ってしまった。挙句に、自分のサーヴァントはわけのわからない行動に出ている。

 もともと、時臣は魔術師であり魔道の研究者だ。理論的な考えが得意な一方で、理論から外れている物について考えるのは不得意であった。「こうすればいい」と判断はできても、理論的でない場合その判断を自分で却下してしまう。

 だから、認めたくはなかった。アーチャーが自分の意思に反して行動していることを。

 時臣の失態は、「それでも何とかできる」と考えていたことだ。自分は万全を期している、だから失敗などないし、起こっても問題ない。そう考えていた。自信や余裕があるとも言えるが、少なくともアーチャーは気に食わなかった。

 

「……ふ、来たな」

「!?」

 

 セイバーたちの姿が山の奥へと道路を走り抜けてからしばらくして、不意にアーチャーが声を漏らした。その声に目を上げた時臣が見たのは、木々の間から放たれる眩い光だった。

 同時に、山奥の開けたところへと何か巨大なものが構築されていくのが遠目に見える。

 

「い、一体何を……これでは神秘の隠匿に関わる!?」

「落ち着け、時臣。その隠匿とやらのために、わざわざ山奥にまであれを展開したのであろうよ……」

 

 構築されるのは、明るい金属とガラスでできた建造物だ。どこまでも続くかのような白いそれは、どういった構造なのかさっぱり理解できないほど巨大だ。

 もちろん街中で展開すれば明らかに目立つだろうが、ここが山奥で人が多い町の中心街からはこの建造物は見えないだろうし、そもそも人の姿は夜になれば最近は少なくなっていた。精々建物の光が雲に反射して明るく見える程度だろう。

 

「行くぞ時臣」

「はっ……!?」

「アレの中へ、だ」

 

 混乱し、騒ぐ声をしつこいと感じながらも、アーチャーの興味はこの状況を演出したライダーへと移っていた。

 

 

 

 

 

 

      ●

 

 

 

 

 

 

 ライダーとセイバーのカーチェイスが始まる少し前、冬木の一角にある間桐邸には人影があった。

 フードをかぶった間桐雁夜の姿だった。その姿は迷いなく鉄の門をくぐり、古びた間桐の邸宅の扉を潜り抜けていった。

 

「……」

 

 無言のまま、雁夜の足は奥へ奥へと進んでいく。不思議なことに今の雁夜には以前のような焦りや劇場がかけらほども感じられなかった。ひどく冷静で、それでいて意欲に満ちている。

 また、暴走気味で魔力を搾り取り、雁夜を苦しめていたバーサーカーが異様なほどに大人しい。ドーピングをしているとはいえ雁夜の体調は良すぎるほどであった。

 やがて、その足はとある扉の前で止まる。

 見た目はただの古びた扉。しかし魔術師が見れば、いや、一般人でも嫌悪感を覚えそうな『なにか』を扉の向こうから漏らしている。一瞬それにひるんだように見えたが、雁夜は意を決して扉を押し開けた。すると、耳にカチカチ、ガサガサという気味の悪い音が届いてきた。加えて聞こえるのは水滴の下たる音。むっとするような湿気が廊下へと侵入してきた。

 眼下、真っ暗な空間があり、そこから先には石段が地下へと延びている。コケやカビが所々に生えているそれを一つ一つ踏みしめながら雁夜は地下へと下っていく。

 

「相変わらずか、この場所は……」

 

 言うまでもないが、ここは蟲蔵。間桐の魔術において重要なファクターを担うのが蟲で、それを飼育し、増やし、時には交配させる実験場がこの場所であった。また雁夜が魔術を学び蟲の使役を学んだのもこの場所だった。

 間桐、即ちマキリの魔術は『吸収』をもち、使い魔の使役に造詣が深い。この聖杯戦争のシステムにおいてはサーヴァントの召喚の仕組みと令呪をマキリ・ゾォルケンは作り上げた。これにアインツベルンが聖杯そのものを作り上げ、遠坂が土地を提供してゼルレッチ翁の協力を取り付けることで聖杯戦争は始まった。

 雁夜はライダー達から得た情報を反芻しながらも、それが正しいことだと今になって理解していた。大量の蟲を使役し、あまつさえ自分の肉体の代替品としているのは並大抵の技術ではないのだ。

 

「だが……」

 

 自分はそれに挑む、そう雁夜は心の中でつぶやいた。一回きり、成功するかしないかの二者択一。負けぬための手段はあるが、それらを合わせても勝てるかは不明なところだ。

 

「生きておったか、雁夜よ」

 

 そして、暗闇の向こうに紅く光る一対の目がある。

 自分の形式上の父親であり、この間桐の家を実質的に支配する『妖怪』間桐臓硯だ。

 

「今更戻ってきおったか」

 

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 

 

 雁夜は階段の下、平たくスペースとなっている場所に臓硯の姿を見つけた。薄く笑いを浮かべ、杖を突いて多数の蟲の中に立つ姿は自分ですら嫌悪感を抱きそうな代物だ。

 

「どうした雁夜、貴様があの日から姿を消したかと思えば、不意に戻って来るとは」

 

 カツリカツリと杖が石畳を叩く音が湿った蟲蔵に響いた。雁夜からある程度離れたところに立つと、臓硯は下から覗き込むように雁夜を見上げる。それを真っ向から睨みながらも雁夜は言った。

 

「単刀直入に言おうか、臓硯。いや、マキリ・ゾォルケン」

 

 たじろいだ臓硯に雁夜は口を挟ませずに一気に言い切った。

 

「間桐桜の解放をここに要求する。また、お前には魔術協会と聖堂教会の双方から人食いの嫌疑がかかっている。大人しくするなら、手荒な手段は使わない」

 

 しばらく、蟲蔵は沈黙の帳が落ちた。蟲ですら主である臓硯の驚きに影響されて動きを止めた。

 だが、それをかき消すような声が臓硯の口から漏れ出た。それは嘲笑だった。

 

「クカカカカカカ……ははは、ははははは!」

 

 しばらく、妖怪の口からは長い長い嘲笑が続いていた。それを黙ったまま雁夜は見ていた。拳を握りしめこそするが、不思議なほど怒りを表に出していない。

 やがて、笑いを納めた臓硯は息も絶え絶えにのけぞっていた姿勢を元に戻した。

 

「ついに狂ったか? 貴様、まさか自分が言ったことを忘れたわけではあるまい」

 

 臓硯と雁夜の間にはとある取引が存在した。今回の聖杯戦争に雁夜がマスターとして参加し、聖杯を手に入れた場合には、遠坂の家から養子に来た間桐桜を、魔術修行という名の苦界から解放するというものだ。そのために雁夜は一年とはいえ魔術を習得するために身を削り、臓硯はその手助けをすることを互いに約束した。

 その契約はまだ有効である限り、もし雁夜が臓硯に敵対するというのは契約を反故にしたこととなり、永遠に間桐桜は解放されないであることが予想された。

 

「もちろん、それくらいは覚えている」

 

 そして、間桐の当主に逆らい、なおかつ実力に劣り素養もない雁夜がどんな目に合うかも、おのずとわかってくるものだ。

 だが、と雁夜は切り出した。

 

「だが、お前の方こそ契約を反故にしている状態だったと言わせてもらおうか」

「何じゃと?」

 

 雁夜は小脇に抱えていた物を放り投げて、石畳の上に落とした。それは紙の束だった。

 

「とある魔術師達、はっきり言えばこの聖杯戦争に参加している魔術師と、封印指定を受けている人形遣いに依頼した調査の報告書だ。

 この俺の肉体は……明らかに手が抜かれた状態で、俺は自衛やサーヴァント使役以外の魔術行使が極めて困難な状況だった。俺の素質云々以前の問題で、この聖杯戦争を勝ち抜くには不向きだ」

「それをいまさら掘り返してどうしようというのじゃ? 貴様の体はサーヴァント使役のために改造しつくしておるし、今更回復させたところで余命は幾ばくもあるまいに」

 

 カカカ、と笑う臓硯の指示を受けてか、蟲の一匹がそれをかっさらってどこかへと持っていく。しばらくして紙を切り裂く音がしたが、雁夜はそれに動じる気配もない。

 

「良いのか、臓硯? 俺にはサーヴァントがいる。人外のお前でも勝てないぞ」

「ほう」

 

 すぐさま蟲蔵中にカチカチと蟲が蠢く音が満ち、臓硯の周りにも鋭い牙や爪を持つ蟲が集まった。

 

「そうすると桜はこのまま苦界に落ちることになるぞ? 貴様はあの娘を救いたいのではなかったのか?」

 

 実際、その通りだった。雁夜が無理を押して聖杯戦争に挑んだのもそういう背景があってのことだ。もしも、雁夜がここでそれを撤回するということは彼女を救うチャンスを自ら捨てるも同義だ。

 

「それにわかっておるまいが、あの娘の魔術的な属性や素質は他の魔術師どもからすれば喉から手が出るほどの代物じゃぞ? それを何の魔術の家の庇護もなしに放っておくなら話は別じゃがな」

 

 臓硯は魂が腐りきろうとも魔術師としての能力は高い。桜の属性は「虚数」という稀有なもので、遠坂と禅城の血を継ぎ、さらには幼いながらも魔術回路なども備える存在。まさしく金の卵だろう。その一方で、それだけ魔術的な力を持つと、無意識に同じようなものを引きつけてしまうという面も持っていた。力と力は惹かれあう。その中で幼い桜が自分で身を守るなど不可能であるし、ましてや封印指定級の素質の持ち主である桜が何者かに狙われる危険があった。

 その点でいうなら、長い歴史を持ち、財を築いている間桐の家は庇護者としては上位に位置する魔術の家であった。

 雁夜は、無意識に唾を飲み込んだ。これから自分が言わんとすることへの、一種の覚悟が必要だった。自分の精神の血を流し、それでも求めなければならない“天国への階段(マルドゥック)”を自分の足で踏みしめるために、身を虚空へと飛ばした。

 

「確かに、俺は庇護者にも成れない」

 

 自分の身にナイフを刺すような言葉。それを雁夜は口から吐き出す。

 

「俺に魔術の素養もないし、ましてや魔術を教えるなんてのはできないさ」

 

 ドクターと話して指摘されたこと。それは自分の無力さだった。蟲を体に埋め込み、サーヴァントを使役し、急造とはいえ魔術を行使できる魔術師となっても、雁夜はまだ弱かった。

 

「だが……それでも、俺にも出来ることはあるさ」

 

 いよいよ蟲蔵に集まっていた凶暴な虫達が自分の身の周りに迫ってきたときに、雁夜は言い放った。

 必死に考え、ドクターやライダー達とも話し合い、ほかの魔術師とも意見を交わした中で、ようやくたどり着いた雁夜の答え。

 

「お前は、その貴重な属性と素質を持つ間桐桜を、単なる母体としか見ていない。魔術の発展のためならば必要かもしれないが、お前一人がこの間桐の家で魔術を受け継がせずに独占するのは不要なことだ」

「ヌ……」

「だから、間桐桜を母体として使う、というお前の主張の矛盾を突く、俺の主張を言う」

 

 それは、と雁夜は息を吸った。身を飛ばす、どのようになるかはわからない。次の階段を踏むか、それともまっさかさまに地上へと堕ちていくかの、二者択一の場へと。

 

「遠坂・間桐の両家の魔術を兼ね備える間桐桜を、自分の特性や属性を生かせる魔術師として教育すること。母体として改造するのではなく、魔術師として大成できるように。後の世代に間桐の魔術を残すことを目的とした教育を提案する」

 

 雁夜は言い切った。その言葉を言い切った直後に、身を切るような痛みを感じた。それは、自分の無力と向き合い、その上でより良い方向へ行く道を選択したことで生まれた痛みだ。生みの苦しみ。新しい道を生み出したことへの、祝福の痛みだ。

 

「な、き、貴様……!」

 

 言葉に迷った臓硯は明らかな動揺を浮かべた。だが、何とか声を絞り出した。

 

「自分が何を言っているか……わかっておるのか!?」

「ああ、もちろん」

 

 臓硯の使役する蟲が、主人の困惑を表すかのように統率がとれなくなり始めた。ギチギチガチガチと牙を鳴らして興奮する蟲や、その場で動きを止めてしまう蟲など様々に分かれた。

 だがそれも、臓硯の様子から見れば小さなものだ。視線が宙をさまよい、身が震えた。

 臓硯からして見れば、完璧に予想を裏切られた形となったのだ。臓硯が雁夜との契約を了承したのは、雁夜が桜を救うために自分との契約を裏切ることはできないという確証があったためだ。自分は気まぐれで破ることができたとしても、雁夜は惚れていた相手の娘を守るために必死にならざるを得ない。そして、その根底には間桐桜を魔道から遠ざけたいという願いがあったはずだ。

 だが、雁夜は自らそれを捨てた。臓硯が持っていた予想を、見事に裏切ったのだった。

 

「魔術が廃れた間桐の技術を、遠坂の血を引く間桐桜が引き継いで研究し、後世へと伝える。お前にはできないが、広く魔術の世界では行われていることだ」

 

 そして、雁夜が述べたのは魔術の世界で一般常識である事柄だった。魔術師はいつか根源へとたどり着くことができる子孫のために全力を尽くす。その手段は様々あるが、一般的に代を重ねることで技術を高めていく。一方で、自分の代で魔術師としての限界へとぶつかってしまった臓硯にはその考えがいつしか理解できないものとなっていた。実際、間桐の魔術は半ば臓硯を生かすためだけに使われており、発展する余地がなかった。

 だが、そこに桜という新しい風を吹き込むことでより発展を目指す。それが、雁夜の考えであり、答であった。

 

「俺はそのために手伝いくらいならできる。間桐の魔術をお前だけで完結したものとはせずに、より進化させる。古いものでも良いところがあるならばそれを生かし、余計なものを排除して、魔術を時代に合わせていく。ほとんど他人の受け売りだが、俺は間桐の魔術のためにそれを選びたい」

 

 そして、雁夜がこの考えに至る過程で参考になったのは、ウェイバーが書いていたレポートだった。ケイネスへと提出したものは屈辱的な方法で破かれてしまったが、それを完成させるまでに書いた草案は多くあった。後は、ウェイバーがそれを思い出しながら口述し、それをウフコックやドクターが紙面へと落とすだけの作業だ。普通の魔術師であれば鼻で笑うようなレポートであるが、雁夜のような魔術師にとってはまさに闇の中で見つけた光であったことは想像に難くない。

 

「き、貴様ぁ……!」

「それにな、妖怪。お前が以前から繰り返していた人食いについてもしかるべき組織に通報してある。魔術協会と聖堂教会……俺がこの家から抜けている間に、また老け込んだんじゃないか?」

 

 実際、その通りだった。肉体を蟲へと置換することは簡単でも、それを維持していくのは簡単ではない。特に、マキリ・ゾォルケンのようにほぼ全てを置き換えている場合、単純に肉体を構成する蟲を交換するだけでは済まない。十数年前にはまだ生き血を集めていれば済んでいた肉体の維持も、徐々にそれだけでは困難になっていた。そうなったとき、もう手段は残されていなかった。ひそかに、事故や犯罪、病気で家族が死亡した人物をその巻き添えで死んだかのようにして拉致したり、死んだばかりの遺体などをかすめ取るようにして手に入れていった。無論、証拠などは隠滅していった。だが、どうやっても不自然なところは残ってしまう。PCなどを通じた情報管理が始まっていた警察のデータベースを探ることなど、ライダーにとっては赤子の手をひねるより楽だった。

 

「連中からすれば、桜よりもお前がこの家に残している魔術的な遺産の方が目当てだし、欲しがるだろうな。何しろ聖杯という地脈を丸ごと利用した魔術礼装構築の研究内容だ……俺はそれを対価とすると交渉を終えている」

「貴様、何処まで知っておる……!?」

「ほぼすべて。俺が聞かされているのはその一部だが、六十年前の聖杯戦争でのアインツベルンの違反が元凶の一部であることは間違いない。

 俺はその前段階として、虐待同然の目に遭い、しかも人質となりそうな間桐桜を解放するために来た」

「儂を裏切ったのか……!?」

 

 声を荒げる臓硯だが、雁夜が言うことは自分の論を凌駕していると理解していた。認めたくはないことだったが、実際のところ自分の選択よりも良いことは明白だった。

 

「裏切ったのはそちらが先だ。桜の調教は俺が許したとはいえ、まさか俺が勝てないようにしていたとは恐れ入る」

 

 先程雁夜が言ったように、臓硯は雁夜への協力を惜しまないことが契約には含まれていた。だが、それは履行されていない時点で雁夜が臓硯に従う義務はほとんどなかったのだ。むしろ雁夜は、間桐桜のためにと戦っていたのであって、臓硯本人のためではない。そして、桜を救う手段が確立され、臓硯にあらがう方法が雁夜に手に入った時点でもはや聖杯戦争自体に雁夜の意味はなくなっていた。、

 もちろん、雁夜が勝てないようにしていた、とは解釈の仕方にもよるだろう。間桐臓硯のベストを尽くした上でそうなったならば雁夜に文句は言えない。だが、雁夜の体を調べたドクターによってベストは尽くしていないと判断されている。

 

「ぬぐぐぐぐ…………」

 

 だが、それでも湧き上がる感情を抑えることなどできるはずもない。臓硯のプライドが雁夜を許せなかった。

 

「そう簡単に、許すと思うでないぞぉ!」

 

 そして、臓硯の体が一気にはじけるようにして分裂した。臓硯の体を構築していた虫が離散し、蟲蔵中にいた凶暴な蟲に指示を飛ばす。

 滝をそのまま持ち込んだかのような、もはや土砂崩れのような音を立てて蟲は大挙して押し寄せてきた。

 だが、雁夜は動かない。笑みさえ浮かべて、その右手を挙げて合図した。

 

「バーサーカー!」

 

 押し寄せいた蟲が、雁夜から半径一メートルほどのところで、見えない壁に衝突したかのように動きを止めた。角や牙を持つ蟲が何度ぶつかっても破れる気配がなく、逆に不可視の壁と後続の蟲の間に挟まれて蟲が何十匹と潰れていく。

 

『ナニヲシタ!?』

 

 どこからともなく臓硯が叫ぶ声がする。魔力を持っていかれている雁夜は体が軋むような感覚を覚えながらも、不敵な笑みを浮かべて言った。

 

「忘れたのか? バーサーカーは手にした道具を自分の宝具にできるんだ。それがほかのサーヴァントの宝具であれ、そこらに落ちているポールであれ、何でもな」

 

 雁夜の背後に姿を現したバーサーカーは、倉庫街での戦闘の時と同じように黒い霧をまとった状態で控えていた。そして、その鎧の上から背中に背負っているのは、複雑怪奇な機械達だった。まるでバーサーカーが大量の荷物を背負っているようにも見える。もしも、その場にその機械に関する知識を持つ人間がいれば、“疑似重力(フロート)”の発生装置だとわかっただろう。そう、バーサーカーはライダーの宝具を自分の宝具として利用しているのだ。

 

「バーサーカー、桜は?」

「ここに」

 

 そして、バーサーカーはごく自然と雁夜と会話をしていた。見れば、バーサーカーは鎧に覆われた腕で毛布に包まれた桜を優しく抱えていた。バーサーカーらしからぬその行動に、臓硯はもはや驚きすぎて訳が分からなくなっていた。先程まで雁夜との会話に集中し、感情的になっていた隙を突けば桜の救出は楽なことだった。

 バーサーカーが理性を持っている理由は、雁夜の右腕の令呪にあった。今日まで使っていなかったはずの令呪は残り一角となっていた。つまり、雁夜は令呪によってバーサーカーを一時的に理性ある状態へと変えていたのだ。皮肉にも臓硯の提案し作り上げた令呪が、臓硯へと牙をむいた瞬間であった。

 だが、その程度で臓硯はくじけなかった。なんとしても桜は取り戻さなければならない。まだ自分の“本体”の植え付けは完了していないが、桜は長い時間をかけて作り上げた自分の“受け皿”でもあるのだ。持っていかれては自分が今後弱体化してしまう。

 

『サセヌゾカリヤァァッ!』

 

 おぞましい蟲を疑似重力で抑えてもらいながらも、雁夜は不敵に笑ったまま指示を出す。

 

「悪いな妖怪。お前に関わってる時間はないんだよ。バーサーカー、道を作れ!」

「御意!」

 

 そして、間桐の屋敷の地下で、魔術と科学の混じり合った力による蹂躙が始まった。

 

 

 

 

 

   ●

 

 

 

「そして、僕の留守を狙って暗殺者が送り込まれてきた。それを迎撃したのがルーン・バロットとウフコックだった」

 

 マッケンジー宅の二階で、ドクターの話は終盤へと至っていた。終盤にして、一番悪いところがごちゃまぜになったパンドラの箱のような部分を。

 

「あとから調べるとね、どうやら人体パーツをコレクションするような連中だったらしい。ダークタウンでも名の知られた連中でね。けど、ウフコックとバロットの相手にはならなかった。ならなかったことが、より悪い事態を招いた」

「え? 撃退出来たってことだろ? それで無事ならいいんじゃないか?」

「結果的には、良くなかった。いや、ウフコックに言わせれば良かった……らしい、うん」

 

 バロットはウフコックを操り戦っていく。その中で、徐々に彼女の中で何かが変化していった。

 

「あくまでも、僕は聞いただけだから注意してね? バロットに言わせれば、彼女が暴走したのが自分の責任だっていうだろうけどさ」

 

 暴走。その意味するところを察したウェイバーは、わずかに背筋が冷える思いがした。

 

「おい、それって……」

「“禁じられた科学技術”は、その危険性ゆえに禁じられた。それを社会的に使うことを許したのがマルドゥック・スクランブル09だった。けど、バロットはそれを忘れた」

 

 ウェイバー、とドクターはマスターを呼んだ。

 

「ウフコックは道具的存在だと自分を定義している。ウフコックは自分の意思で物体に変身もできるけど、基本的に使い手の意思に合わせて変身する……そしてバロットの体に移植された皮膚はウフコックを操作することもできた。ここまで言えば、わかるね?」

「……まさか!」

「ウフコックを無理矢理自分の意思に従わせて、虐殺まがいに相手を攻撃(・・)したんだよ」

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 

 顛末は、ひどく簡単なことだ。長い間様々な物から虐げられてきた少女が力を手にしたとき、その反動が起きてしまったというだけだ。一種の精神的な自己防衛ともいえる。

 その時ずっと沈黙を守ってきていたウフコックがついに口を開いた。

 

「ドクター」

「わかってるよ、ウフコック。お前があの時バロットを止めることができなかったんだって言いたいのはさ。けど、客観的には暴走に近いよ……バロットも言っていた、お前を焦げ付き(・・・・)の対象にしたってね」

 

 なだめるようにウフコックへとドクターは言う。その一方で、ウェイバーは鈍器で殴られたような衝撃を感じていた。

 

「……まさか、ライダーが……」

 

 辛い過去を持つとはいえ、戦闘時以外はおとなしく思えたあの少女が、虐殺まがいのことをした?

 

「やるとは思わなかった……それは僕だって同じさ。でも、そのあと僕たちの隠れ家から回収された暗殺者の遺体は、洒落になってなかった。

 さて、ウェイバー。僕が何を言いたいか、わかるね?」

 

 ここまでくれば、言わんとすることを理解できた。だが、それはウェイバーにとってすさまじいほどの痛みを伴うことだ。

 

「君はサーヴァントを召喚した。そして今、さらに巨大な力を得ようとしている」

「……ああ」

 

 ウェイバーは、いわゆる落ちこぼれだ。祖母が魔術師として最初に魔術師の一族としてのベルベット家を拓いた。しかし、歴史も浅く、その祖母や母はまともに魔術を学んでいたわけではない。魔術師としての力量はかなり低い。この聖杯戦争の参加者でいえば中の下だろうが、もともとサーヴァントを使役し自らも戦うような魔術師が参加するものと考えれば、低いレベルだった。

 そこに、ライダーをはじめとしたサーヴァントは危機感を覚えていた。また同じようになってしまうのではないかという、悪い予感を。

 

「君だけじゃなく、間桐雁夜もそうだ。しかも君たちの関わるのは僕たちの時とは比べ物にならないこと……僕たちだけじゃなくて、この冬木の住人たち全員に関わることだ」

「……」

 

 ごくり、とウェイバーは唾を飲み込んだ。恐怖だけでなく、緊張や興奮を含んでいた。

 

「間桐雁夜に関しては、何とかできる。けどね、君が暴走すると、本当に取り返しがつかないんだ。それだけは覚えておいてほしい」

「……わかった。話してくれたありがとう、ドクター」

 

 ウェイバーは思った。ライダーが暴走したことを、ドクターが一体どう思っているのかを。止められなかったことを悔いているのか、それともライダーの暴走が途中で止まったことを喜んだのか。

 ただ、わかることは、自分が同じ轍を踏まない様にしてくれていることだった。

 

「何だよ、僕だって、大丈夫なんだぞ……」

 

 そう言ったウェイバーはそのまま部屋から出ると階段を降りた。階下からはマッケンジー夫人が夜食ができたことをウェイバーに伝える声が聞こえてきた。

 

「いいのかな、これでさ」

「ライダーをはずしたのは正解だった。それに、ウェイバーはああいっているが、理解は得られたと思う」

「ご自慢の鼻にかかれば一発だね。ともあれ、僕たちも頑張らないと」

 

 霊体化したウフコックと話し終えたドクターはウェイバーに続いて階段を降りた。

 

「けどさ、こんなやりがいのある事件は久しぶりだよ」

 

 そうつぶやいたドクターは、三人分のカップを手に部屋を出た。正直じゃない依頼人(マスター)を追いかけて。

 

 

 

 

 




 バーサーカーによる蟲爺蹂躙、ついに来ました。思うに一番相手にしちゃいけない組み合わせですね。そして、疑似重力の強いこと強いこと、まったく蟲を寄せ付けてません。

 今回の話で一番苦労したのは、一体どうすれば雁夜が理論的な理由で桜を救出できるかを考えることです。大体のところは考えてありましたが、形にするとなかなかに難しい。原作でも抜けの無い臓硯と雁夜の契約でしたから、穴を探すのは大変でした。また、雁夜の論に補強するために臓硯が人くらいをしている設定を追加しました。ちょっと強引な感じもしましたが、そこはちょっと反省でしょうか。

 さらに、今回ようやくあの建物を出すことができました。原作を読んだ方はぴんときたかもしれませんが、あの建物です。ライダーがわざわざ令呪で呼び出せるとしたら、あれしかないですから。

 そしてちゃっかり英雄王がライダーとあの喫茶店へ。注文したものに関しては、空の境界を見に行った方には反応しやすいかと思います。やはりだすならアーネンエルベですね、型月世界をつなぐ奇妙な店ですし。

 というわけで、次回の更新はまた間隔を空けてとなります。なかなかに次の話も長くなりますし、間に置く話も書かなければなりませんし、守銭奴一夏の方も進めたいですからね。

 では次回もお楽しみに。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。