麻雀少女は愛が欲しい   作:小早川 桂

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10万UA記念の番外編。
※注意※
この話は本編とは全く関係ありませんので、ご注意を。
プロットの都合上、本編で出番が少ない子や出番が残念ながらない子たちを選出させております。

前回に一度投稿しています。挿入がわからなかったので、もう一度削除してから投稿しています。




Ex Story
Ex1.『新子憧の場合』


 須賀京太郎という人物と出会ったのは高校一年の夏、全国大会でのことだった。

 

 旧友である和との再会を祝って開かれた交流会。

 

 和とひとしきり思い出に浸って、輪から外れて休んでいたところに話しかけてきた。

 

 どうやら私が気疲れしたと思ったらしく心配してくれたみたいだ。

 

 正直言って、見た目はチャラくて、第一印象は嫌な男を飼っているなぁとか思っていたけど、予想より出来る男だった。

 

 聞き上手だし、会話を途切れさせないし、飲み物は取ってきてくれるし。

 

 何より適度な距離を取ってくれるのが助かった。

 

 中には初対面でも無遠慮にスキンシップをする奴もいるし、馴れ馴れしい人もいる。

 

 私は男が苦手なので、こういう気遣いはとても好感が高い。

 

 和もいつも雑事を自分から買って出てサポートしてくれる大切な仲間だと後に語っている。彼女も彼の一年を犠牲にしたことを気にしていたらしく、これからは私たちが後援していくつもりのようだ。

 

 和の信頼を得ているなら問題ないだろう。まぁ、たまにえっちなのが玉に瑕だけどとも付け加えていた。

 

 ……和のおっぱいは仕方ないとも思うけどね。あれは兵器だ。

 

 それからたびたび清澄との練習試合や全国大会での場で交流することになり、彼とは親密になっていった……と思う。

 

 時は流れて偶然が重なり、京太郎とは同じ大学に通うことになった。

 

 プロになるつもりはなかった私は麻雀は趣味程度に、と考えていた。だから、ここを選んだのだけど京太郎はどうして? と尋ねるとあいつは笑って答えた。

 

『無名校が全国大会へ出て優勝したらすごいと思わないか?』

 

 要は彼は高校時代の思い出に惹かれていたのだ。自分が一人、共感できなかった一年目の全国優勝を。

 

 ……で、普通なら鼻で笑うところなんだけど、彼はちゃんと努力を積んでいた。なにより化け物女子にもまれた実力と知識は本物で、一年生ながらエースとして君臨。

 

 次々と地方の強豪を打ち破り、代表として大会への切符を掴んでみせたのだ。

 

 そして、私が……悔しいけどこいつに惚れてしまったのもこの時である。

 

 夢をいつでも真剣に語って叶えるために努力する姿に興味を持って、トロフィーを手に仲間と涙流す姿に心奪われた。

 

 いつでも全力で何事にもチャレンジしようとする彼に惚れてしまったのだ。

 

 ……自覚した時は一週間くらい目が合わせられなくて、情けなかった……。

 

 彼は男子プロにも注目される人物になり、間違いなく将来のプロに入るだろう。過去の経歴も含めて、筆頭株だ。それに合わせるようにしてぼんやりとしていた私の未来も決まる。

 

 アナウンサーだ。

 

 元々、どんな職業につけるように勉強はしていたし、麻雀に関われるのは嬉しい。なにより……その……京太郎と大人になっても一緒にいたいというのが本音だったりする。

 

 ライバルはたくさんいるのだ。

 

 幼馴染の宮永さんに気が合ったらしいシズ。大学で甘えまくりの園城寺先輩に、彼に憧れて後をついてきたマホちゃん。

 

 人に好かれる性格をした彼はやはりたくさんの人を魅了している。

 

 だけど、諦めない。

 

 絶対に京太郎は私がいただく。

 

 そのためにも必死に努力をしなければ……とコツコツ勉強したら、時は流れてもう大学四年である。

 

 京太郎はその間も挫折もあったがしっかりと向き合い乗り越えた。一皮も二皮も剥けた彼はすでにプロにドラフト一位で指名された。

 

 横浜ロードスターズ。女子の部門では宮永さんや玄さんがいる攻撃力を全面に押し出したチーム。

 

 彼は変幻自在なスタイルだが、平均素点は今年の大学リーグでNo.1。

 

 振り込みも少ないのが評価されたようだ。

 

 対して私はというと……。

 

「あーもう! また落ちたー……」

 

 借りているマンションの一室で届いた通知に項垂れる。

 

 就職先がなかなか決まらないでいた。

 

 やはり花形。倍率はとてつもなく、狭き門。

 

「今回は最終まで残ったのになぁ……」

 

 はぁ……と思わずため息が漏れでる。

 

 もう季節も冬に差し掛かっており、正月には両親にどう説明したらいいものか。

 

「就職浪人って訳にもいかないし……」

 

 悩む。悩む、悩む、悩む。

 

 アナウンサー以外ならきっとすぐに見つかるだろう。けれど、これを諦めたらまた私は京太郎から一歩離れてしまう。

 

 どうしたものか。

 

 腕を組み、頭を悩ませていると携帯が鳴った。

 

「っ!」

 

 その着信音は彼の登場曲(予定)でもある。すぐにかけてきた人物がわかるように他とは別にしていた。

 

「も、もしもし!?」

 

『なに慌ててるんだよ、憧』

 

 その声で心に温かさが広がる。

 

 ドクドクと胸の高鳴りが大きくなるのを感じていた。

 

 ぎゅっと太ももをつねって無理やり落ち着かせるといつもの口調を心がけて言葉を発した。

 

「慌ててなんかないわよ。ただ今日は祝いの会があったんじゃなかったの?」

 

『あー、それな……。別の日にしてもらった。せっかくのクリスマスを男で過ごすっていうのもな』

 

「なにそれ。ひっどーい」

 

『うるせぇよ。……なぁ、それより憧。こうして電話に出れるってことはお前も暇なんだろ?』

 

「余計なお世話よ。……まぁ、そうだけど」

 

『よし。じゃあ、いつもの店に来てくれ。ご飯でも食べに行かないか?』

 

「なによ、それ。急に言われても準備とかあるし」

 

 嘘だ。京太郎からの誘いならすぐに仕度する。用事があっても放り出す。

 

 あなたとの時間を大切にしたいから。

 

『そう言わずにさ。独り身のさみしい俺に付き合ってくれないか?』

 

「ふーん……じゃあ、しょうがないから行ってあげる。30分後でいい?」

 

『ああ、待ってる。それじゃあな』

 

「ええ。また後で」

 

 ツーツーと鳴る無機質な機械音。それが五回ほど繰り返されたところで、ようやく私の思考は再起動した。

 

 こ、こ、これってデート……よね? そ、そうよ。男女が二人で出かけるんだから……デート……。

 

 ぼしゅっ!

 

 また熱くなった思考回路はショートした。

 

 

 

  ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 クリスマス一色に染まった街は白いベールに包まれていた。

 

 お祭りムードで笑顔と声が絶えない日。

 

 喧騒が飛び交う中を私は早歩きで目的地へと向かう。

 

「……やっば。けっこうギリギリだ」

 

 服選びに時間がかかった私は急いで電車に乗り、駅から歩き続けている。

 

 少し汗が気持ち悪い。

 

 けれど、このあとに待っている一時のためなら我慢できる。

 

 いつもの場所とは大学近くにあるレストラン。大通りを裏道にそれたところにある隠れ家のような場所。

 

 静かな雰囲気がお気に入りでよく彼とは二人で訪れていた。

 

 ……ええ、多分、今回もそれと同じような気分で彼は呼び出したのだろう。

 

 ほんの気まぐれに違いない。

 

 ……その気まぐれに振り回される自分もどうかと思うけど。

 

 あの鈍感め……。今まで何人の女性を泣かしてきたのかしら。

 

「……っとと、いけない。スマイル、スマイル」

 

 ニコーっと頬を指で押し上げて笑顔を作る。……よし、髪も化粧も崩れていない。

 

「いらっしゃいませー。お一人様でしょうか?」

 

「すみません、先に連れが来ていると思うのですが」

 

「あぁ、それでしたらこちらの方へどうぞ」

 

 店員さんは思い当たる節があったようで、すぐに案内してくれる。

 

 そこにはジッとバッグの中を見つめる須賀京太郎の姿があった。

 

「……なにしてんのよ、あんた」

 

「うおっ!? ビックリさせるなよ……連絡くらいくれって」

 

「うっ……それはごめん」

 

 そう謝りながら私は対面の席につく。さっきまでソワソワしていた京太郎はいつもの落ち着きを取り戻し、店員さんにディナーセットを頼んでいた。それもこの店でいちばん高い品だ。

 

 急いで出てきたせいで私の財布は心もとない。慌ててキャンセルをしようとするけど、先に手で制された。

 

「大丈夫。今日は俺のオゴリだから」

 

「で、でも……」

 

「いいから。最近、忙しくてバイトもしてないんだろ? ここは任せてくれ」

 

 彼は頑固なところがあり、こう言い出したらもう意地でも曲げない。

 

 長年の付き合いでそれを知った私は諦めてご馳走になることにした。

 

「……後で後悔しても知らないからね」

 

「これでもプロになるんだから安心してくれ。契約金もたくさん入ったし」

 

「わー京太郎はすごいわねー」

 

「……なんか腹立つ言い方だなぁ」

 

「そういう風に言ったもの」

 

「これは悪女だ」

 

 京太郎がそうツッコミをいれると笑いが沸く。

 

 あぁ、やっぱり彼との時間は楽しい。もちろん他のみんなとの時間もいいけれど……京太郎との時間はより輝いているのだ。乙女補正がかかっているとしても、ね。

 

 ひとしきり笑った後、互いの近況報告をする。

 

 最近は彼もいろんなところに引っ張りだこ。私は私で試験に面接と忙しかったので、以前のように簡単には会えなかった。

 

「……そうか。あの憧でもなかなかなれないんだな、アナウンサーって」

 

「大変なんだから。いろいろと頑張らないとね」

 

「まぁ、そこで諦めないのが憧らしい」

 

「でしょう? ……とは言っても不安はあるのよ? もうどこも枠が埋まっちゃって大手だと残りは一社くらいかなぁ……」

 

 そう。京太郎と一緒に仕事ができる可能性が高いテレビ局はあと1つしかない。

 

 それが来年に行われる。

 

 逃せばもう一年は就職浪人決定と言っても過言じゃない。

 

 そう考えると不安はたくさん浮かび上がっていた。

 

 未来の自分はちゃんと仕事に就けているのか。生活を送れるのか。

 

 わからないことばかりでどんどん心配事が増えていく。

 

 思わずまたため息をついてしまう。――とそこで急いで口をふさいだ。

 

「……ごめん。なんか嫌な雰囲気にしちゃって」

 

「気にするなって。それだけ憧が頑張っているって証拠なんだから」

 

「……だけど、久しぶりの京太郎との時間は楽しく過ごしたかったから……」

 

「っ! そ、そうか。なんかありがとうな」

 

「べ、別に? 普通のこと言っただけだし……」

 

 うそウソ嘘。

 

 どうしてそこでもう一押しできないのよ、私のバカ。

 

 もう少し言い方があったでしょうに……本当に成長していないなぁ、私は。

 

 このままじゃドンドン差が開いてしまうというのに……。

 

「……なぁ、憧」

 

「……なに?」

 

「実はさ。そんな就職に苦労している憧に1ついい仕事先を紹介しようと思うんだけど……いいか?」

 

「えっ、それは願ったり叶ったりだけど……アナウンサー業なの?」

 

「いや、違うんだけどさ。未来の1つとして聞いてくれないか?」

 

「……うん、わかった。京太郎が心配して持ってきてくれたみたいだし……考えてみる」

 

「なら、良かった」

 

 何故かホッと安堵する京太郎。しかも、何かブツブツと小言を呟いてるし……。

 

 なんか今日の京太郎は変だ。

 

「……いける……大丈夫……よし。おほん! えっと、資料がこれになるんだけど……」

 

 そう言って彼はバッグの中から茶封筒を取り出す。けれど、私に渡す前に指を三本立てて突きだしてきた。

 

「な、なに?」

 

「今からこれを渡すにあたって3つの条件があって……それをクリアできるか聞きたい」

 

「資格? それなら一通りは取ったけど」

 

「一つ。もし結果がダメだったとしても友達として仲良くしてくれること」

 

「あぁ、そういう……。心配しないで。そこまで器が小さくはないから」

 

「二つ。出来る限り、長く勤めてくれること」

 

「……わかったわ。もし就職したら頑張ってみる」

 

「三つ。……名字が変わってもいいですか?」

 

「……えっと、それはどういう……?」

 

 私が意味がわからずに聞き返すが彼は答えてくれない。それどころか顔を真っ赤にしている。

 

 でも、返事の代わりというように封筒を開けて、押しつけてきた。

 

 仕方なくそれを受け取って中のファイルに入った紙を取り出す。

 

 そこには大きく婚姻届と書かれた文字。

 

「…………へ?」

 

 思わず口から出てしまった裏返った声。

 

 ど、どういうこと!?

 

 私たちはさっきまで就職の話をしていて、条件もそれになぞらえたもので……!

 

 何度も浅い呼吸をして、暴走しそうな頭を冷やしていく。反比例するように体は熱くなるけど知ったことか。

 

 今はもっと大事なことがある。

 

 ……よくよく考えれば、出された条件は確かにこれに当てはまる。

 

 け、けけけけっ、結婚に!

 

 ……ということは京太郎は私にお嫁さんに……!

 

 そこに行きついてしまって憧はついに壊れてしまった。限界を迎えた乙女心は崩壊して、言葉を発せなくなる。

 

「お、おい、憧? 大丈夫か?」

 

「――え!? あ、うん!平気よ、平気……」

 

「そ、そうか。……なら、聞かせてくれないか? お前の返事を」

 

 京太郎は真っ直ぐに私を見つめてくる。

 

 すごい嬉しい。

 

 京太郎が私を想っていてくれたなんて信じられない。

 

 ……だけど。

 

「…………嫌」

 

 私の口から出たのは本心とは反対の拒否。

 

 その一言に京太郎は絶望に堕ちたような顔をする。

 

 ……ああ、やっぱりこの鈍感はわかっていない。なに一つ女心を理解していない。

 

「……そ、そうだよな。俺なんかじゃ……ダメだったか」

 

「……違う。そうじゃないの」

 

「……じゃあ、どうして?」

 

「…………嫌」

 

「え?」

 

「こんな告白じゃ……嫌」

 

「――――」

 

 我ながらワガママだと思う。

 

 だけど、ちゃんと聞きたい。聞きたかった。

 

 どうしてこんなことをしたのか。

 

 どんな風に私を想っているのか。

 

 それをちゃんと彼から聞きたかった。

 

「……新子憧さん」

 

「……はい」

 

「ずっと隣で笑っている君が好きだった。楽しいときも、辛いときも、横にいてくれたあなたに俺は惚れました」

 

「…………」

 

「この気持ちは誰にも負けない。だから! ……俺と結婚してください」

 

 そう告げる彼から新たに差し出されたのは紺色のケース。

 

 開ければ中には銀色に輝く輪が入っていて――

 

「……はい。私も……須賀京太郎を愛しています」

 

 ――私はそれを受け取って、涙を流しながらも幸せに微笑んだ。

 

 

 

 


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