清澄高校が全国大会で優勝してもう十年以上が経ちました。
みんながそれぞれの道へと進み、私も現在は夢をかなえ、幸せな生活を送っています。
先生でも、プロ雀士でもなく、もっとも自分にとって縁遠いと思っていたものです。
「よいしょっ……」
たった今、切り終えたスイカをお盆の上に乗せて運ぶ。あの人は塩をかけて食べるのが好きだからそれも忘れずに。
リビングからベランダへ移動すると、はしゃぐ子供の声と一人の男性の声が聞こえてきます。楽しげな様子は見なくてもわかるくらいに。
窓を開けて庭へ出ると、真っ先に子供が気づきました。
「おかーさん!」
「わっ、スイカだー!」
「はいはい。ちゃんと体を拭いてから来てくださいね」
『はーい!』
真夏と言うこともあり、家庭用プールで遊んでいた兄妹こどもたちは元気のいい返事をして置いてあったバスタオルで体をふき合っています。
そのあとに続く形で相手をしていた男性――私の旦那様もこちらへと歩み寄ってきました。
「お疲れさまです」
そう言ってタオルを渡すと彼はニコリと笑ってお礼を言ってくれます。
「ありがとう、和」
「いえ、これも妻の役目ですから――京太郎くん」
そう、私のパートナーは同じ高校で同じ部活に所属していた須賀京太郎くん。高校卒業と同時に交際を始め、そのままお互いに就職が決まって結婚。もう6年目ですから時間が過ぎるのは早いものですね。
「あ、その呼び方懐かしいな。子供が出来てからは『あなた』だったのに」
「子供の前で名前呼びはちょっと……」
「俺はいいと思うけどなぁ。和らしいといえば和らしいけど。真面目ところがなー」
タオルを首にかけるとヒンヤリと冷たい手で頬をこねくり回してきました。私もお返しとばかりに彼の頬を引っ張ります。
「もうっ。からかわないでください」
ぐりぐりとしていると、体をふき終えた子供たちが彼の体をよじ登ります。
「あー! パパ、またお母さんをいじめてるー!」
「やっつけちゃえー!」
「違うぞ、息子娘よ、これはスキンシップで――うおぉっ!?」
後ろから抱き着かれた彼は不意を突かれたこともあり、倒れてしまう。
二人とも楽しそう。
……ちょっとうらやましい。戯れる子供達と京太郎くんはとてもいい笑顔です。
私も混ざりたいと思うのは……恥ずかしいことでしょうか。
ジッと見つめていると彼にも流石に気づかれてしまい、苦笑されます。
「もしかして、和。……嫉妬してる?」
「な、なななっ。そんなオカルトありえません!」
「動揺してる和も可愛いなぁ」
「はうっ」
京太郎くんは子供たちをものともせずに起き上がると私の体を抱きしめる。たくましい腕に優しく包まれる。
家族みんなが輪になっていました。
「パパー。私も可愛い?」
「おう、可愛いぞー」
「俺は!? かっこいい!?」
「おう、もちろん」
「…………わ、私は?」
「世界一愛しているよ、和」
「ふえっ」
「あー、ママ、顔真っ赤―!」
「照れてるー!」
「あ、あなたたちっ」
「あっはっは! みんな大好きだぞー!」
そう言って彼は腕に加える力を強くする。彼も、子供達も、当然……私も。
みんなが笑っていて、心が満たされて、とても温かくて……。
――私は今、とても幸せです。
――――――――という夢を和は見たんだ。
「死にたい……!!」
なんという夢で目覚めているのですか、私は。まだ花も恥じらう女子高生ですよ? 結婚なんかよりすることがたくさんあるでしょう。
勉学に励みなさい。麻雀に打ち込みなさい。それで成功した夢とかあるじゃないですか。
なのに、なぜ結婚生活!?
なにが『世界一愛してるよ、和』ですか!
『はうっ』とか反応していいのは18までですよ、人妻がなにやってんですか!
怒濤のツッコミの後、和は何度も首を左右に振って記憶から物理的に消そうとする。
手で覆う彼女の顔は真っ赤っかである。
リンゴとかゆでダコとか、そのような形容よりもひどく赤面しており、新たな黒歴史に後悔していた。
願望もここまで来ると末期である。
もういっそこのまま休んでしまいたいくらいだが、あいにく県大会へ向けて休日練習だ。
こんなことをしている場合じゃないのである。
「……今日は厄日ですね」
原村和の休日は最悪の形で始まった。
◆◇◆◇◆◇◆
清澄高校とは別に休日練習に励む高校は多く存在する。
麻雀という競技において県内で長年一位に君臨してきた風越学園はどこよりも特訓していると言えるだろう。
もちろん土曜日も練習はあり、それは誰も例外ではない。
陽気を孕む爽風が肩口でそろえられた髪をなびかせる。太陽の光を受け、きらめく金色。
福路美穂子は学園の屋上で一休みしていた。
部活動で使うシーツなどを洗濯して干し終えた後、昼休憩ということもありベンチに腰掛けている。
総当たり戦で学内一位の美穂子は空いた時間を努力する仲間たちのために使う。
本来なら一年生が受け持つはずの仕事だが、誰よりも他人のことを考える彼女はみんなに強くなってもらいたくて自主的に好んでやっていた。
だから、彼女を慕う生徒は多く、地力以上の実力を発揮する者も居る。それを見るのも彼女の楽しみの一つ。
「……やった」
そんな彼女の楽しみが最近一つ増えた。
機械音痴の美穂子で有名な美穂子の手には似つかわしくないフィーチャーフォン。
開かれた画面にはメール。差出人の欄には須賀京太郎。
今朝送ったメールの返信で『わかりました。楽しみにしています』と書かれてあった。
それから十五分ほどかけて『ありがとうすがくんわたしもたのしみです』と返すと謎の達成感を満ち溢れさせていた。
「私だってやればできるんですから」
京太郎に限らず桃子や衣(の代わりに智紀)とも連絡を取ることが多くなった彼女はどうにかしてメールの送り方だけは覚えた。
全てひらがななのはご愛敬。
ちなみにお礼に都合のついた時は京太郎に麻雀を教えてあげていたりする。桃子も一緒にやっているが、彼らはスポンジのようにどんどん吸収するので教える側としては非常に楽しい。
本日の約束もそれに近しいことだった。
「放課後が楽しみね」
「何が楽しみなんですか、キャプテン」
「きゃっ」
背後から突然かかった声に美穂子は思わず立ち上がってしまう。振り返ると、そこには池田華菜がいた。
池田は風越学園の大将を務める第二位の実力者。猫耳が生えていそうな元気で活発で騒がしい奴である。
けれども、彼女の明るさに助けられることもあるし、その高火力の打ち方は脅威だ。
「もう……ビックリしたじゃない、華菜」
「にゃはは。キャプテンが携帯を触っているなんて珍しいからつい……」
内心、池田は明日台風が来るんじゃないかと思っている。
それほどに美穂子のオンチは酷い。
「ひどいわ。私だって現役のえっと……そうじぇーけーなんだから」
「じぇ、じぇーけー? キャ、キャプテン。一体その言葉はどこで覚えたんですか……?」
「お友達よ? すごい良い子なの。ケータイも教えてくれて打つのも速いの」
美穂子が言っているのは桃子のこと。
休み時間や自宅での空き時間など暇をつぶす際に重宝していたのが携帯で、打鍵速度がものすごく速い。そのスピードは日々加速している。
しかし、池田が描いた人物像は違った。
「キャ、キャプテン。その……あんまりその子とは関わらない方がいいんじゃ……」
ガングロ。濃いメイク。染められた髪。
行儀も言葉使いも荒いイケイケのギャル。
これが池田の思い浮かべた桃子像である。言葉による偏見がそんな悪印象のイメージを抱かせていた。
美穂子は純粋で人を疑うことを知らない。
池田は思う。絶対にキャプテンを染まらせてはいけないと。
「あら? どうしてそんなこと言うのかしら? 悲しいわ」
「で、でも、ギャルなんでしょ? 金髪でまじやっべーわとか言ってる人なんでしょ?」
「違うわよ。こんなに可愛い子」
そう言って美穂子は待ち受け画面を池田に見せる。
そこには休日の面子で撮った集合写真が写っており、桃子もステルスせずに姿があった。美穂子の指さす少女を見て、ホッと安堵する池田。
「どう? これでも変かしら?」
「す、すみません。私が勘違いしてました……」
「わかってくれたらいいの。華菜も私の事を思ってくれたから注意してくれたのよね?」
「そ、それはもちろんです! キャプテンが騙されていないか心配で……!」
「ありがとう。そうだと思ったわ。華菜は人のことを悪く言うような子じゃないもの」
「……へへ、そんな……。あ、じゃあ、さっき言ってた楽しみっていうのもその人に関係が?」
「っ……!」
褒められて何気なく尋ねた池田。
しかし、予想外に顔を赤くして、固まった美穂子を見て再度疑念が湧き上がる。
恋愛には程遠い生活を送ってきた池田だが彼女には一般程度の知識はある。
あの表情は間違いなく恋する乙女だ。
お、女の子同士の恋愛……? いやいや。それだったらさっきの時にすでに反応しているはず。
ということは……。
さきほど見た写真。一瞬だったからおぼろげだが覚えている。
そこに一人だけ男がいたことを。
も、もしこの予想が当たっていたとしたら……。
嫌な予感が池田を襲う。
「キャプテン!」
「何かしら?」
「今日の放課後、私も」
「――ダメ」
「――えっ」
本当に美穂子が発したのかと自分の耳を疑うような冷たい声。
池田は自分を見つめる美穂子は両の瞳を開けており、ただならぬ感覚を身に感じた。
思わず閉口してしまう。
「……さぁ、休憩も終わりよ? 練習に戻りましょう、華菜?」
池田は何も言えないまま頷くことしか出来なかった。
キャップはヤンデレじゃないから!(断言)
原村さんは前のモモでのシリアスに対する癒し。
そして、話の時系列は二話へと戻る……。
つまり、清澄組と……?