美穂子と京太郎が出会ったのは四月の上旬。部活動が本格的に始まった頃――咲が入部を決めて間もない――のことである。
簡単な言葉で片づけるならばただの偶然。
しかし、ロマンチックの側面では必然というのかもしれない。
京太郎が雑用係で、美穂子が率先して雑用をする性格で、近場に麻雀専門店は一件しかなく、京太郎がお人好し。これらの要素のうち、一つでも欠けていれば二人の人生は交差することはなかったのだから。
「ふぅ……ちょっと休憩」
頼まれた荷物を隣に置き、京太郎はベンチに座る。ハンドボール部を引退してから受験勉強で忙しかったつけがきていたのを実感していた。
早朝のランニングは欠かさないようにしていた京太郎だが、坂の上下による緩急の激しい道はまだ厳しいみたいだ。自転車じゃなくて歩きというのも問題かもしれない。
買ったレモンティーを一口含み、疲れた体を癒す。
「思ったより重いんだな、牌のセットって」
一つ一つは軽いのに全て合わさればそこそこの重量になる。それが四セットとなれば男子でもキツイ……と思っているところに店から出てきた女性。ふらふらと足取りは不安定で、原因はパンパンに膨れ上がった紙袋にあった。
あれは不味いんじゃ……と京太郎が思って束の間。
「あっ」
買った商品を入れた紙袋の持ち手が千切れてしまい中身が溢れ出す。
満杯を越える詰め方をされていたようで落ちた衝撃で開いたケースから牌がジャラジャラと散らばった。
困った表情で集め始めるが、計544枚も一人で終えるにはかなり時間のかかる作業になるだろう。
……やっぱり放っておけないよなぁ。
京太郎のお人好しは誰にでも発揮する。男友達には聖人君子かと嫌みを言われたこともあるが、この性格のおかげで咲やモモと出会えたとも思っている。
だから、京太郎はそんな自分が嫌いではなかった。
「大丈夫ですか?」
お世辞にも俊敏とはいえない動きで回収していた女性に話しかける。
彼女は行動を中断して、京太郎を見上げた。閉じられた右目と赤色の左目。燻った京太郎とは違い、綺麗な金髪の彼女は戸惑った表情を浮かべていた。
いきなり見知らぬ男に話しかけられたら誰だってそんな反応を返してしまうだろう。
だから、京太郎も返答を聞く前に牌を拾い上げて協力する意思を示す。
「お手伝いさせてもらいますね」
「あっ、ありがとうございます」
それから二人は黙々と回収作業を再開する。途中で京太郎が店員にも手伝いを頼んだことでスイスイと進み、10分も経てば見える範囲では拾い終えた。
「白……撥、中……。はい。これで全部確かにありました」
「それは良かった」
最後の牌もケースに入れて、欠けがないことを確認した女性は笑顔を咲かせる。
それを見て、心が満たされた京太郎もまた微笑してその場を去ろうとした。
だが、腕を引かれて止められる。
「あ、あの!」
手を握る少女の力は一層強くなる。何だろうと思う京太郎。相手から出た言葉は予想外のものだった。
「そこでお茶しませんか?」
「……はい?」
まさかの美少女からのお誘いに京太郎は間抜けな声を出した。
「初めまして、須賀京太郎と申します。一年です」
「福路美穂子です。三年生です」
「じゃあ、先輩だ」
「そうなりますね」
「あはははっ」
「うふふっ」
『………………』
気まずい!
両者の心情がシンクロした一瞬である。
他人から見たらまるでお見合いのような光景。同じベンチに腰かけてもどかしい拳二つ分の距離。
互いに笑いを浮かべてはいるものの上手く言葉が出てこない。そんな甘酸っぱい青春の一ページ。だが、恋人ではない。
初対面である。
「(年上のお姉さんって何を話したらいいんだろうか、部長とはまた違う感じだしお嬢様っぽいし!)」
「(お、男の子と話すのがこんなにも緊張するなんて……。そういえば男の人と話すなんてパパ以外経験がないからわからないわ……!)」
「(福路さんが引き留めたんだから彼女が話してくれるのを待った方がいいよな……?)」
「(あぁ、ジッとこっち見てます! そうよね、ちゃんと私から切り出さないとダメよね。お、お礼を言うだけなんだから大丈夫なはず……)」
麻雀の試合に臨むように意識を集中させる。静かな心を取り戻した彼女は改めて京太郎に向き直り、深々と頭を下げた。
「さっきはありがとうございました。須賀くんが助けてくれなかったら、どれだけかかっていたか」
「いえいえ。困った時はお互い様ということで」
「それで何かお礼をさせてほしくて」
「別に構いませんよ。俺も好きでやったことなので」
「そういうわけにはいきません。感謝の気持ちなんです」
「自分の自己満足ですから」
「それでも何かお礼を……」
「いや、大したことしてませんから」
「いえ、それでは私の気が……」
性格が良い者同士がぶつかり合うとよくこうなる。
互いに譲らない未来が視えた京太郎は少し思考を巡らせると、妙案を思いついた。
「じゃあ、こうしませんか? また明日もここに来て俺の買い物に付き合ってください」
「か、買い物……ですか?」
「はい。俺って実は麻雀を始めたばかりで右も左もよくわかっていないんです。だから、参考書とか教えていただけると嬉しいなぁって」
「……それなのにこんな雑事を?」
「えっと……まぁ。他のやつらは俺より全然強いので全国狙ってるし……。先輩も今年しかないので仕方ないかなって」
「仕方なくなんかありません!」
「うぇっ!?」
プツリと美穂子の中で何かが切れる音がした。
誰かの時間を犠牲にして麻雀を打つなど考えられない!
それも彼は初心者なのに……!
この時期がいちばんやる気に溢れて牌に触れなきゃいけないのに、それを雑用で消費させるなんて!
「……そうだわ!」
「福路さん?」
「須賀くん!」
「は、はいっ!?」
「よかったら私に麻雀を教えさせてくれないかしら!?」
「はい?」
これが二人の関係が親密になるきっかけだった。
◆◇◆◇◆◇◆
「……懐かしいこと思い出しちゃった」
美穂子はその出会いの場所で、互いを知ったベンチに座っていた。
今日は風越で使わ無くなった点棒の補充や調子の悪くなった全自動卓の修理の依頼を頼みに来た。
けれど、それだけじゃない。
ついに京太郎が家で使う専用の牌も買うのだ。
今までは参考書を使った理論の伝授しか出来なかったが、これで彼の家で実践的な勉強も可能になる。
さらなるレベルアップにつながるはず。もちろん、桃子も。
美穂子は次のステップへ登る二人の姿を確信していた。
「二人が強くなったら衣ちゃんも喜ぶかしら」
あの四人が出会ったのも麻雀あってこそ。
強い打ち手を望む衣は友が強者の域に近づけば、嬉々としてウサ耳を揺らしそうだ。
桃子さんは自身の体質を生かしたステルス打ち。まず一般の打ち手には負けない。それに元々の素材が良かったようでデジタルへの理解も早い。
須賀くんは……はっきり言ってまだ素人を卒業した程度。けれど、彼には不屈の精神がある。何事にも諦めず、折れず、立ち向かう勇気がある。
あの時、私たちを潰そうとした衣ちゃんに最後まで抵抗して一撃を与えたのは彼だった。
技術は後からついてくるものだけど精神面はそうもいかない。だから、きっと彼も良い打ち手になる。
そして、いつかはみんなで同じ舞台へ……。年齢的に高校は無理だけど大学、プロリーグならあるいは。
それが近頃の美穂子が夢見る理想の未来だった。
「……そろそろかしら」
腕時計の長短針は午後2時を回ったところ。1時の練習の後に来るとメールで言っていたから、そろそろだと思うのだけど……。
そう思って美穂子は周囲を見渡す。すると、反対側から京太郎らしき声が聞こえた。
「須賀……くん……?」
振り向いた先には確かに京太郎の姿があった。両隣を可愛らしい女の子に囲まれた京太郎の姿が。
「もう京ちゃん! しっかり手を繋いでくれないと迷うじゃん」
「高校生にもなって迷子……。…………ぷっ」
「なに? 笑った、和ちゃん?」
「いえ、そんなことはありませんよ」
「まぁ、確かに和の言う通りだよな。高校生にもなって迷子はない」
「し、仕方ないもん。治らないんだから~」
そう言って咲はより京太郎に密着する。和は頬をプクリと膨らませていた。
さらによく見れば後ろには彼に熱視線を送っている女の子もいる。
「…………へぇ」
その普段は見慣れない新たな一面に美穂子は小さな声を漏らした。
レディファイト!!
みっぽはヤンデレじゃないから(震え)
ころたんとの出会いはもう少し後で。
あとまたなんか日刊上がってた。みなさまありがとうございます。
精進します。