「次は後ろから抱き着いて首に腕を回すのよ……。そのまま頬をツンツンってつついてあげて、耳元でいやらしくささやく……。うんいけるわ」
「そう思うならさっさとせんか。さっきから手をワキワキさせよって……変人にしか見えんぞ」
「ひどい!」
まこの言う通り。
この純情乙女は何度も作戦を口にしては実行に移せないでいた。その間に咲や和にポジショニングを奪われるレベル。流石のまこも呆れてため息をつく。
「ほれ、見てみぃ。あの二人の押しを。あれくらいしてみんかい」
「そんなこと言ったって……うん?」
「あれは……風越の?」
まず異変に気がついたのは久とまこだった。
一年生たちはまだ過去の結果を気にしていないから顔が名前と一致しなかったのだろう。
しかし、今まで歯がゆい思いをしてきた二人は何度も会場でその名前を見てきた。
福路美穂子。名門風越女子のキャプテンにして団体・個人両方で全国への経験がある強者。彼女たちの悲願である全国への難関の一人。
「……こっちに手を振ってない?」
「まさか。誰も知り合いなんていないじゃろうが」
「でも、こっちに向かってきているような気がするけど……?」
「そんな迷いごとを……というわけでもなさそうじゃのう……」
困惑する二人をよそに美穂子は前を歩く一年生組と接触する。ここは先輩として放っておくわけにはいかないだろう。久は訳が分からずも後ろから声をかけた。
「ちょっとちょっと。うちの部員に何か用?」
「あ、部長だじぇ」
「…………あなたが」
美穂子の表情が一瞬険しくなるが、すぐにいつもの表情を取り繕う。
久の正面に立つと深々と一礼して、笑顔を浮かべた。
「初めまして。風越女子の福路美穂子と申します」
「ええ、存じあげているわ。私は竹井久。……で? 質問には答えてくれるのかしら?」
「はい。でも、先に私も質問が。本日はみなさんでお買い物ですか?」
「……ええ、まぁ、そんなところね」
「犬が一人じゃ心配だからついてきてやったんだじぇ!」
「……犬?」
ピクリと美穂子のこめかみが動く。機敏なまこは慌てて優希にげんこつを落として叱った。
「これ優希。その呼び方は止めゆうとるじゃろ。京太郎は犬なんかじゃない」
「……京太郎……犬……」
久は不味ったと思った。
相手がどんな理由があって自分たちに話しかけてきたのかは知らないが、初対面の人に部員を犬呼ばわりしていると勘違いされては世間体が悪い。
久の目線がちらと京太郎へと向けられる。そこから彼女の意図をくみ取った彼は頼まれていたお使いを済ませることにした。
「じゃあ、俺たちは買い物しておきますね。行くぞ、咲、和、優希」
「えっ、でも」
「ほらほら。須賀君は初心者だから咲たちも一緒に行って種類を間違えないように教えてあげて」
「部長がそうおっしゃるなら」
「行くじょ、京太郎!」
「いきなり飛び乗るなよ。腰が痛い」
「おじさんみたいだよ、京ちゃん」
「やかましいわ!」
そんな会話を交わしながら四人は店へと入っていく。
場に残ったのは久にまこ、美穂子の上級生。
初めに口を開いたのは久だった。流れの主導権を持っていかれるのが嫌だったのである。
「ごめんなさい。あの子ったら口が悪くて……」
「犬というのはさきほど店内に入られた彼のこと……?」
「そうなるかしら。もちろん犬だなんて本当に思っていないから。気分を悪くしたらごめんなさい」
きちんと事情を説明して誤解を解く。
大会前に変な噂でも流れたら全国出場を決めたとしても後味の悪いものになってしまう。
記念すべき全国をこんなしょうもないことで汚したくない。
それに風越のキャプテンは聖人だって噂は聞いたことがあるし、きちんと謝っておけば好印象を与えられるでしょう。
甘い予想を立てる久。しかし、それは見事に覆されることになる。
「……そう思うならばきちんと指導してあげるべきでは?」
投げかけられた棘のある忠告。
確かにそれは彼女の心へと突き刺さり、根を張った。
「……なんのことかしら?」
動揺を表情に出さないようにシラを切る。
そもそもどうしてこの子は
「さっきの男の子を雑用させていらっしゃると聞いたもので」
第二の矢が発射された。深く久に突き刺さるそれは着実に精神にダメージを与えていく。
美穂子の言っていることは事実で、久の悩みの種でもあった。
恋した少年の時間と自分の夢。幾度も天秤で計ったことか。
だからこそ、咄嗟に言葉が出なかったのである。
「……さっきから黙っていればおんしなぁ」
同席していたまこが少し強めの口調で美穂子を責める。自分がしていることを理解している美穂子も軽く頭を下げるが、それでも止めない。
このままでは京太郎のためにならないと確信していたから。
「非常識なのはわかっています。けれど、どうしても我慢ができなかったんです。だから、一言申し上げようと思いました」
「……それはこちらの問題よ。部外者のあなたには関係ないわね」
「部外者。……ええ、そうですね。部外者は関わってはいけないわ」
「でしょう? だったら、もういいわよね。あの子たちももう帰ってきたみたいだし」
久があごでクイッと店内から出てくる京太郎たちを指す。
無事に買い物は終えたみたいで手に紙袋をぶら下げている。ついでに小さくて軽い優希も京太郎の上腕二頭筋にぶら下がっていた。
そのいつもの光景にホッと久は安堵した。やっとこの気持ち悪い感覚から解放される。
何よりも京太郎の笑顔が彼女の罪悪感を軽減させてくれる。
『自己中が』
そんな悪魔のささやきにも蓋をすることが出来る。
「……一つ聞いてもいいですか?」
「手短にお願い。私達も暇じゃないの」
「もう今日の部活動は終わったのかしら?」
「そうだけど……一体それに何の意味が?」
訝し気な視線を美穂子へ送る久。
彼女が何を考えているかわからない。見た目とは真逆のような攻撃的な問答。
はっきり言って久からしてみれば不気味。
何の目的があって私達に接触してきたのか。
その疑問はすぐに解決されることになる。目の前で、実際に演じられて。
「……ふふっ。こういうこと」
美穂子は京太郎のもとへ駆け寄ると胸板へと寄りかかる。自然に流れるように右手を重ねて、両脇を固めていた二人を驚かせた。
もちろん、京太郎がいちばん心臓をバクバクと鳴らし、体温を上昇させていたが。
「私たちこの後、二人で買い物をする約束をしているんです。だから、ここでバイバイということで」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 須賀君にはまだやってもらうことが」
「部外者は関わってはいけない。――確かそうだったわよね?」
「っ!」
「部活も終わったのなら彼を拘束する理由はありませんよね? 今からは私たちの貴重な時間なんです。彼が雀士として強くなるための貴重な……ね?」
その美穂子の言葉に久は何も言い返せなかった。
彼女自身、心の隅に引っ掛かりがあったからだ。京太郎は笑顔で引き受けてくれているが、自分は本当にそれでいいのか。彼の言葉に甘えていないか。情熱を取り戻そうとしている京太郎の大切な一年を奪ってしまってもいいのか。
けれど、初心者に麻雀をみっちり教えるというのは骨がかかる作業だ。時間を割いていたら全国大会への道は遠のく。何が何でも全国へ私は行きたい……!
その二つの想いのはざまで久はずっとさまよっていた。
今回はその迷いを突かれた形になっていて、久は一言も発せない。
「……問題はないみたいね。さぁ、須賀君。行きましょうか」
「えっと、福路さん? 今日はここで済ませるつもりだったんじゃ……」
「そのつもりだったけど気が変わっちゃったの。街へ出ればもっといい店があるから今日はそこへ行きましょう? ほら、荷物はお友達に預けてね」
美穂子は京太郎の手から袋を取ると、隣で茫然としていた咲へと渡す。彼女はあまりの事態の変化についていけずにされるがままに受け取っていた。
美穂子は京太郎の隣に並んで、手を引いて彼女らとは反対方向へ歩き出す。
まるで京太郎がどこか遠くへと連れていかれるような、そんな錯覚を覚えた久は顔を上げて制止しようとする。だが、その前に先手を打たれた。
髪をなびかせてこちらに振り向く美穂子。
つながれた手とは違う方――そこにあったのは白い封筒。
見覚えのある、ついこの間に自分も手に入れたあの封筒があった。
驚愕に染め上げられて、足を止めてしまった久へ美穂子は視線をやるとこう告げた。
「ごめんなさい。須賀君、いただきますね」
今日発売のビッグガンガンに掲載された『怜-Toki-』を見て、怜の登場を決めた。面白すぎんよ~。これ並みに闇が深い。
みっぽはヤンデレじゃ(ry
あと、明日の更新は私用で休むと思います。