衣の家は内装がメルヘンチックに装飾されてある。
薄黄色の壁に空色の水玉が散らべられており、窓枠にはひらひらとしたカーテン。
床に惹かれたカーペットも愛らしい模様が描かれていて、世界観が完成されていた。
しかし、その中央にこの空間に似合わない物が鎮座している。
麻雀卓。
衣が人外なる者と恐れられるようになった麻雀を繰り広げるステージ。
全国でMVP、インターハイ最多獲得点数記録をたたき出し、その名を世に知らしめた怪物・天江衣が誕生した場所である。
「ツモ! 立直、面前、タンピン、一盃口、赤1! 跳満だ!」
「「とんだー!?」」
悲鳴を上げて京太郎と桃子は卓へ突っ伏す。本来はゆるされない行為だが、ここは友人同士の集まり。おとがめはない。
これですでに三半荘目だが京太郎と桃子はアガれていない。はっきり言って異常事態である。
まだ月も出ていない中、こんなにも差がつくのはいわゆる実力そのものが違うからだ。
むしろ、麻雀を始めて二か月の二人はオカルトと呼ばれる能力を持つ衣相手に善戦している。
なぜなら、衣もまたツモアガりしかできていない。振り込みが一度もないのだ。
これもひとえに福路美穂子の教育のたまものだろう。
手牌、河、視線、場の空気。すべての要素から相手の牌を読むことに関して天才である彼女が己のイロハを叩き込んでいるのだ。
それをものすごい勢いで吸収できているのは彼らが真っ白なキャンパスであったから。何も前知識や先入観、そういった不純物がほとんどなかったことも重なり合い、急激に成長を遂げている。
それは観戦していた一も感じ取っていた。
「……驚いた。本当に二人も初心者だったのかい?」
「おう。麻雀のまの文字すら知らなかった」
「覚えてもやる相手がいなかったっすもん」
「……東横さん。これボクのネトマのID。いくらでも誘ってくれていいから」
「わーい!」
「強い友は歓迎するよ」
新たなつながりを得て、万歳する桃子。だが、すぐにしょげてしまう。
「……でも、いくら防いでも負けたら……」
「大丈夫よ、二人とも。今の時点でツモの失点は防ぎようがないもの。だから、次からはアガリも意識していきましょうか」
「はいっす……」
「頑張ります……」
「……なんだ、もう音を上げたのか?」
「なんの!」
「次じゃ! 次行くぞ!」
わかりやすい衣の挑発に乗る二人は牌を穴へと落として次の半荘への準備を始める。
さっきまでのクヨクヨした態度はどこかへと消えていて、瞳には闘気が宿っていた。
その姿を見て衣は思う。
衣と戦った奴には二種類の人間がいた。
一つは衣を倒して名を上げようとする者。二つは衣の才を利用しようとする者。
ただどちらも衣の力を目にして同じ反応をするんだ。
一度目で戦慄し、二度目で恐怖を抱き、三度目で絶望に堕ちる。
そして、みんないなくなってしまう。
けれど、この三人は違う。
衣を倒そうとする。何度潰して、捻って、踏みつけようとも這い上がって衣に土を付けた。
決してあきらめない。
その姿勢が衣は嬉しくて、なにより――。
『ああ、楽しいよ。お前との麻雀はすごくワクワクする』
『ドキドキが止まらないっす! 衣ちゃんとの麻雀はやばいっすよ!』
『ええ、とても楽しいもの。こんな対局は初めてよ』
そう言ってくれた。
それが衣はとてつもなく嬉しかったんだ。
「よし、次はボクが入ろう。みんなの姿を見ていたら興奮してきちゃったよ」
「おい、待て。なぜ脱ごうとする」
「言っただろう? 興奮した、と。体が熱くなって仕方ないんだよ」
「なるほど、わからん」
「国広さん。それ以上は女の子として許しません」
「ハギヨシさん! 笑ってないでこの変態どうにかしてくださいっす!」
「では、この様子を井上さんに連絡いたしましょうか」
「福路さん。やっぱりボクは遠慮するよ。四人で楽しんでくれ」
「あ、あら。それじゃあ遠慮なく」
「よし! 次こそ勝つ!」
「ほらほら、衣ちゃんの親番っすよ。いつものセリフよろしくっす」
卓についた三人が衣を急かす。
思い出に浸っていた彼女はゆっくりと瞼を開けると、身を乗り出し、笑顔でボタンを押した。
「サイコロ回れー!」
◆◇◆◇◆◇◆
桜が舞い始め、長期休暇も終わって新たな出会いが多々あるシーズン。
その出会いの恩恵を受けて、つながりを得た三人はある市民会館に来ていた。
「今日はここで一度自分の実力を測ってみましょうか」
「はーい!」
「わかりました」
先導するのは福路美穂子。名門風越女子のキャプテンを務めあげる全国区の選手である。今日は彼女の初弟子ともいえる京太郎と桃子のデビュー戦であった。
とはいっても、まだ最低限の役とオリを覚えた程度で初心者同然。
だが、なによりも牌に触れてほしい美穂子はこうして休日に二人を連れだしていた。
麻雀は国際競技だ。こうして市民会館では定期的に麻雀を教える会などが催され、本日は初心者が実戦に慣れるための集まりが開かれていた。
京太郎たちはそれに参加しにきたわけである。
「うわっ。こんなに人がいるんすね……」
「ハンドの試合より多い……」
「今日は龍門渕グループが主催だからいつもより規模が大きいの。あそこは麻雀に力を入れているから」
「龍門渕グループ……」
「そこって去年の長野県優勝高校と同じ名前……」
「そう。私達を下して全国へと出場した龍門渕高校はそこの一部だわ」
「……すみません。なんか嫌なこと思い出させちゃって」
「ううん、気にしないで。今年は私達が優勝を頂きますから」
グッとガッツポーズを取る美穂子。
いちいち仕草が可愛いな、この人は……と京太郎はほっこりしながら心の中で応援することにした。一応、彼は清澄所属で久が本気で全国を目指しているから口にできる立場ではないのだから。
「景品もあるみたいでいちばん多く勝った人にはご褒美があるみたいだから頑張ってね」
「おお! やる気でるなぁ!」
「是が非でも勝つっすよ!」
「ふふ、その意気、その意気。それじゃあ、一回目はみんな同じ卓で打ちましょうか、自動卓への不安もあるでしょうから」
「「はい!」」
受付を済ませた後、方向性も決まった三人は会場で一緒に卓を囲んでくれる人物を探す。
しばらくキョロキョロと視線をさまよわせていると京太郎は端に一人で壁にもたれかかっている幼い子供を見つけた。
ううん……小学生とするのも気が引ける……。でも、なんだか寂しそうだし、放っておけないし……。
俺たちも慣れていないから問題ないか?
「すみません、福路さん。暇そうにしている子を見つけたんですけど誘ってきていいですか?」
「あら、ならお任せしますね」
「私は見えないっすからね! ここは京さんしかないっすよ!」
「じゃあ、行ってきます!」
メンバーからの同意を得ると京太郎はその少女の元へと駆け寄る。彼女は自分の元へと男がやってきたことに気づくと、虚ろな瞳を向けた。
「ねぇ、君」
「……なんだ?」
「良かったら俺たちと麻雀打ってくれないかな? 実は人が一人足りないんだ」
そう言って京太郎は首からぶら下げている参加証を提示して、怪しいものではないことをアピールする。ちゃんと名前と学生であることも記載されているし、また自分も初心者であることを説明も付け加えた。
もちろん、しゃがんで視線を合わせることも忘れない。
「……初心者。そうか、お前は初心者か」
「ああ、そうだけど……」
「ふっ、なるほど。道理で衣に話しかける変な奴だと思った。衣のことを知らないのだな」
「えっと……。ごめんな? 君はもしかして有名なのか? 小学生の県代表とか?」
「む……」
少女はその言葉に不満を感じて頬を膨らませると、顔を顰めた。
一方で京太郎は彼女の怒りに困惑している。
その原因はすぐに彼女の口から告げられた。
「……一つお前は勘違いしている。衣は小学生ではない。高校二年。年上だ」
「えっ!?」
「嘘ではないぞ。ほら、これでわかるだろう?」
京太郎と同じように衣と名乗る少女は参加証を見せた。
そこには確かに天江衣という名前と学生の欄に『高校二年』と記されている。つまり、彼女はまごうことなき京太郎の年上でお姉さん。
……合法ロリ!
京太郎に衝撃走る。
「それで……一緒に麻雀を打ってほしいのだったな?」
「あ、ああ。そう、そう! 人数が一人足りなくて……」
「……いいだろう。衣がお前たちの相手をしてやろう。……しかし、一つ条件がある」
「……条件?」
京太郎が言葉を繰り返して尋ねると、衣は頷いた。
何度も経験してきた儚い希望とそれを打ち砕く絶望。これから訪れるであろう未来の顛末に悲しむ表情を見せると呟く。
「……お前たちが麻雀を嫌いになっても責任はとらない。これが条件だ」
そして、衣はまた薄く細い希望にすがって戦場へと向かうのだ。
己の居場所を探し出すために。
区切りが良かったのでここで切りました。
次は長いので、明日の投稿はお休みします。
一気に仲良くなるところまで行きたいけど、二日で終わればいいな。
※追記:私用と仕事が重なったので次回の更新は日曜日にいたします
申し訳ございません。
あと、前回テンションおかしくて誤字多くて申し訳ないっす。
訂正してくださったみなさまありがとうございます