麻雀少女は愛が欲しい   作:小早川 桂

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麻雀少女たちの能力には一部、独自解釈が入っております。
今回は終盤に繋がる回。



21.『須賀京太郎の反撃・中』

 京太郎は部活内でも最弱だ。

 

 その原因となっていたのが振り込みの多さ。

 

 危険な牌だと薄々は感じながらも、それが連続で何個も来てしまうのだ。両面なら二種が、三面張なら三種……といった具合に。ともすれば、自分の手は狭まり我慢できずに切り出す。

 

 アガられる。

 

 これの繰り返しである。

 

 とある日、久に須賀くんは悪運の化け物でも身に宿しているんじゃない? とからかわれたことをこの数半荘で思い出していた。

 

 もし、久の冗談めいたことが真実ならば勝機は十分にある。

 

 他人が聞けば、正気の沙汰ではない。

 

 己に残されたのは他人より速く聴牌し、誰よりも最速であがらなければならない。そんなことが必ず可能と問われれば、誰もがNOと答える。

 

 けれど、彼の瞳に映っていたのは全く別の未来。

 

 恐らく、相手が天江衣だからこそ出来る芸当なのだ。

 

 それも許されたチャンスは一回。一撃で決着をつけなければならない。

 

 つまり、ぶつけるのは役満。

 

 一択だ。

 

「ほう……。打ち方を変えたか」

 

 衣は京太郎の一打を見て、ニヤリと口を吊り上げる。

 

 さっきまでこいつらは字牌を重ねて、小さい点数でも衣の勢いを削る。そんな消極的な姿勢だった。

 

 けれども、今は違う。

 

 明確な道へと突き進む魂のこもった一打。

 

 いいぞ、須賀京太郎。

 

 気に入った、気に入ったぞ、その気概。

 

 今まで衣はあまりにも人の闇を目の当たりにしてきた。

 

 そして、初めて出会った自分に反抗する相手に動揺と同時に猜疑心も抱いていた。

 

 どうせこいつも変わらぬのだ。結局のところは変わらない。

 

 それを証明する。この局、絶望に絶望を重ねてやって希望が垣間見えた時にさらなる闇を与えて息の根を止める。

 

 最後まで待ってやるのは衣のプライドだ。強者として、雑魚を踏み潰す。そんなプライド。

 

「…………」

 

 次順、京太郎はツモった牌を手に加える。これで七対子の一向聴。

 

 しかし、ここから手が進まなくなるのは身に染みて知っている。ずっと経験してきた。

 

 忍耐との勝負。京太郎はこれからの局において手を全部七対子へ向けて進めている。それはなぜかと問われれば最終的な暗刻の完成のため。

 

 衣の能力のせいで暗刻が出来上がるのはめずらしい。だからこそ、いつでも鳴ける準備を。

 

 これで勝負を仕掛ける。

 

 だが、そんな京太郎の気持ちとは裏腹にまたしても衣が七巡目にしてアガる。

 

「ツモ。6000オール!」

 

「っ! 海底撈月じゃない……!?」

 

「ふん。あれはただの遊びだ、須賀京太郎。今から衣がもっと楽しい遊戯を見せてやろう」

 

 さっきまでは感じなかった寒気が京太郎を襲う。身動きの取れない海の底へと沈められたかのような錯覚を覚えると彼は異常な力の主を見据える。

 

 天江衣。彼女の本髄は夜に発揮される。そして、空は夕闇に包まれようとしていた。

 

 一本場。

 

「立直!!」

 

 七順目、天江衣の立直宣言。直後の美穂子のツモは二索。

 

 河を見る。明らかな危険牌。

 

 彼女は手に加えると安牌を切り出す。京太郎や桃子も当然、振り込むなんて愚行はしない。

 

「ポン!」

 

 一発消しの鳴き。手がぐちゃぐちゃだった為、安全牌が多かった桃子が念には念を重ねる。

 

 しかし、いくら塞いだところで衣は自分で引き寄せるのだ。

 

 立直から八順して、衣はツモアガリした。

 

「ツモ。立直、面前、平和、タンヤオ、三色! 6100オール!」

 

「また親跳ねっ!?」

 

「くっ……」

 

 桃子と美穂子は何もできない無力さに唇をかみしめる。

 

 彼女らがいくら思考を重ねて手を打っても、衣には今のところ通用していない。けれど、その瞳は死んでいない。うつむいてはいなかった。

 

 ただただ点棒をむしりとられるのを指をくわえて見ることしかできていない悔しさが心を奮起させる。

 

 次こそはアガってみせる……!

 

 その気持ちを忘れずに次の局へと臨む。

 

「…………?」

 

 一方、衣は首を傾げていた。

 

 ……なんだ、この感覚は。今のツモ……何かおかしかったような……。

 

 しかし、衣はただの気まぐれだと頭を振る。

 

 何を怯えている。衣は現に勝っているではないか。

 

「恐れることなど、ない!」

 

 二本場。この時すでにトップとは58300点差。すでに役満では捲れなくなっている。

 

 だけど、京太郎は焦らない。虎視眈々と機会をうかがう。

 

 研ぎ澄まされた勝利への嗅覚がまだ急ぐ時ではないと脳に信号を送っている。

 

 時は巡り、六順目。

 

 またしても速攻にして跳満手を張った衣。ロンアガりならその時点でゲームEND。

 

「立直」

 

 女の子の声音とは思えない威圧感を放つ宣言。

 

 けれど、委縮することなく今度は京太郎が仕掛けた。

 

「ポン」

 

 捨てられた二筒を拾い上げる。これで彼は二向聴。手には対子は一つもなく、それどころかタンヤオにも遠い。京太郎の狙いは自分が聴牌することではなかった。

 

 今の時点で最もアガる可能性が高い美穂子へのアシストである。

 

「…………また」

 

 衣に覆い被さるような違和感。衣が立直をする際、彼女は己のツモアガリを確信している。それは天江

 衣として持つ人ならざる力。

 

 それが働かないのだ。さっきの局もそうだった。

 

 もっと早くツモるつもりだったのに、最後にようやっと引くのが精いっぱいだった。

 

 ……何かもっと根本的に衣と相対する何かがここに潜んでいると言うのか……?

 

 アガリ牌ではないそれを衣はツモ切り。瞬間、隣からロンの声が聞こえた。

 

「満貫。8600の支払いよ?」

 

「福路……美穂子……!」

 

 伊達に彼女も風越のキャプテンを務めていない。今までの経緯から牌の動きを予測して手を作り上げていたのだ。

 

 天江衣。本日の初の振り込みである。

 

「……あら? すごく怖い目。どうかしたのかしら?」

 

「……ふん。男の胸で泣いた女に心配されることなど無い」

 

「ま、まぁ」

 

「……なんでラブコメ空間発生させてるんすかね、美穂子さん」

 

「そ、そんなことはないわ。全然須賀君のことを見たりしていないもの」

 

「語るに落ちてるっすよー」

 

 しらじらしいと桃子の視線が美穂子に突き刺さる。

 

 やっと衣の親番が終わって弛緩した空気。

 

 ずっとまとわりついていた重い空気が霧散して、緊張が解けていくのを感じられる。凝り固まった頭もようやくほぐれ始めていた。

 

「なんだ、たった一回アガれた程度で……そんなに嬉しいのか?」

 

「ええ、当然よ。それが麻雀の楽しさだもの」

 

「麻雀の楽しさ?」

 

「そう。試行錯誤して、どうにか自分の手で勝利をつかみ取る。あなたも麻雀を打っているならわかるでしょう?」

 

「……衣は……」

 

 衣はわからなかった。

 

 美穂子の問いに対する明確な答えを持ち合わせていなかったのだ。それは今まで麻雀は誰かを追い払うために、踏み倒すために打ってきた。

 

 なにより衣は自分の絶対なる力に任せて麻雀をしてきた。

 

 そこに彼女の意思はない。

 

「衣は……衣はいつも勝っている。そこに喜びなどない」

 

 暗闇が落ちる衣の表情。その呟きに美穂子は残念そうに苦笑いした。

 

「それに戯言を言っていられるのは今の内だ、福路美穂子」

 

「…………」

 

「先刻から衣のツモが悪くなったと思っていたがお前の仕業だということはわかった。お前の力も思い出したぞ。流れを読み切った上での麻雀。そして、そこの二人もお前と似たような打ち筋。意図が読めない鳴きは流れを歪曲させるもの」

 

 衣は己を見つめる二人(・・)の敵をにらみつける。

 

 タネはわかった。所詮、群れなければ勝負もできない雑魚の集まりだということも。拍子抜けだな。

 

 なら、衣が負けるはずがない。

 

 もっと強い奴らとも打ってきた衣ならば!

 

「いくぞ! 東二局!」

 

 衣は意気揚々と山から牌を取って手牌を作り上げていく。

 

 最も注意すべきは親玉である福路美穂子。

 

 こいつにかける圧力を強くしてしまえば問題ない。確かにさっきは聴牌までこぎつけられてしまったが、衣の一向聴地獄からは逃げることができると思うな!

 

「立直!」

 

 それぞれが手を進めていく中、九順目。反撃の芽は食いとるとばかりに熾烈な攻撃を仕掛けてくる衣。

 彼女は天性の直感から福路美穂子が苦しんでいるのを理解していた。だからこその立直。

 

「今局でお前がアガることはない、福路美穂子!」

 

「……ええ、そうね。私はきっとアガれないわ。けれど、いいのかしら?」

 

「……なにを言っている?」

 

「あなたが戦っているのは私だけじゃない。他にもいるという忠告……かしら」

 

「ふん、それもないな! 須賀京太郎も威勢ばかりで全く骨がない。さぁ、はやくツモれ。地獄を見せてやろう!」

 

 衣は美穂子を急かすが、それでも彼女は山から牌を取ろうとしない。それどころか手牌を伏せてしまった。

 

 意味の分からない行動に衣は首を傾げる。

 

 そう。彼女はムキになっていた。美穂子に意識を傾けて、周囲を見ていなかった。

 

 だから、同時に他の少女の能力が効力を発揮する時間が到来していることにも気が付かない。

 

「いいんすか? それ、当たりっすよ?」

 

 認識を阻害するノイズでもかかったかのような声。

 

 不意に牌が倒される音がして、衣がちらと視線を向ければ黒髪の少女がゆらゆらと揺れながら、不敵な笑みを浮かべていた。

 

 その13の牌は綺麗に並べられていて、あと一つで役が完成する。

 

 たった今、衣が切った一索を加えれば平和、一通、メンホンという大きな複合した役に。

 

「12000の振り込みっすね」

 

「なっ……」

 

「途中からあなたは私を瞳に捉えていなかったっす。ようやく効いてきたみたいっすね」

 

 桃子の言う通り、途中から衣は無意識のうちに彼女の存在を消していた。

 

 ステルス。

 

 存在感が薄い桃子が己の持つ特徴を存分に利用した打ち方。極限まで意識して生気を消し、麻雀を打つ。

 

 相手はアガり牌を見逃すし、不注意に振り込む。

 

 ずっと苦手意識があった自分の生まれ持ったハンデを技の一つへと昇華させたのだ。

 

 そして、ここにはもう一人、ハンデを力へと変化させようとしている男がいる。

 

 衣から点棒を受け取った桃子は視線を横の想い人へと移す。

 

 その黒き瞳には間違いなく闘志が宿っており、静かに燃えている。ただジッと動く時を待って、揺らめいていた。

 

「……場は整えましたよ、京さん」

 

 消え入るような小さくか細い声。期待を乗せた一言を残して再び彼女は幽霊のように不確かなものとなる。

 

 そして、ついに京太郎の親番が始まった。




次話で決着。京太郎の前に二人にも見せ場があげたかった。
ステルスや衣の能力に関しては独自解釈がはいっています。
京太郎の能力も独自で考えてつけています。
ご理解ください。

次は木曜日です。
いつも通り感想もゆっく(ry

※追記:残業、キツ、死ぬ。更新、明日、する。たすてけ

メッセージ一つ一つが励みになっています。
いつもありがとうございます。


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