麻雀少女は愛が欲しい   作:小早川 桂

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おっぱい


25.『須賀京太郎は妄想する』

 妄想。生まれてきたなら誰しも一度は経験する思春期特有のアレだ。

 

 学校にやって来た犯罪集団を謎の力で撃退したり、曲がり角から始まる恋とかあんな感じのことである。またはモテモテハーレム学園生活を送ったり……その種類は人それぞれで多種多様に存在するだろう。

 

 なぜ、こんなことをするのかと言えば単純に楽しいからに違いない。自分の憧れの空間に想像とはいえ浸ることができる。

 

 だから、癒されたい京太郎が合宿の帰り道に妄想をするのも致し方ないことなのである。

 

「……あぁ、大きなおっぱいのお姉さんにお出迎えされたい……」

 

 情けない声で情けない欲望を垂れ流す京太郎。

 

 これも合宿中に彼が体力と精神力をゴリゴリ削られた結果だ。一日中、半荘を打ち続けて唯一の睡眠時間も女子が乗り込んでくる始末。ほとんど体を休めることはできず、最終日を迎えた時すでに京太郎は放心状態であった。

 

 その分、得るものもあった。美穂子によって実っていた蕾はいくつか開花したし、新たな種を植えることもできた。きっと今の彼ならばそこら辺の男子に早々に負けることはないだろう。

 

 そもそも京太郎は麻雀を始めたのが高校から。つまり、彼はまだ知っていない。男子と女子の間に確固としてそびえたつ壁を。そういう点では京太郎は最高の環境に身を置いて、修行に身を費やせた。己より上の実力者しかいない中、数多くの経験値を稼がせてもらったのだから、得をしたと言っても差し支えないだろう。その代償はかなり大きかったのが痛手だったが。

 

 ハンドボールとはまた違った疲れ方に慣れない京太郎はふらふらとおぼつかない足取りで、そのまま帰宅路についていた。疲労困憊の幼馴染を心配する咲と別れて、今に至る。

 

「母性に溢れるお姉さんがいてくれたら……」

 

 

 

『お帰りなさい、あなた。はい、荷物を貸して?』

『あら、お疲れみたい……。私が癒してあげるわね?』

『えっ、何しているのかって? その……ぎゅーって抱きしめたら少しは安らぐかなって……どう……?』

 

 

 もちろん、相手は巨乳の美人なお姉さんである。可愛らしいデザインのエプロンをつけてお迎えしてくれるとその包容力絶大の柔らかな体で疲れを全て浄化してくれる。

 

「癒しって言うなら幼な妻もいいよなぁ……」

 

 思考はまた遥か空の彼方へと飛んでいく。

 

 

 

『あっ、おかえりなさい! そろそろかなって待ってたんだよ!』

『ぎゅーってして? だって、寂しかったんだもん……』

『……あっ……えへへ……やっぱり京太郎大好きー!』

 

 

 もちろん、相手は巨乳である。

 

「……ぐへへ」

 

 思わず変な声が出てしまうほどに没頭している京太郎だったが、やがて我が家が見えたことで楽しい時間も終わりを告げる。

 

 さすがに家族に妄想を聞かれるのは恥ずかしいし、近所さんの目もある。

 

「……福路さんにはエロ本見られたけどな……」

 

 合宿中に起きた間違いなく京太郎史上一位の悲劇。『美少女に成人雑誌を発見される』の出来事を思いだして彼は自嘲気味に笑う。

 

 あれ以来、京太郎は二人とは連絡を取っていない。いや、無理だ。恥ずかしくて電話なんてかけることが出来ない。

 

「あぁ……これからどんな顔して会えばいいんだ……」

 

 県大会の前日にいつもの四人で最終調整を行う約束をしている為、そこで必ず顔を合わせるのだが勇気が出なくてサボろうか……。いやいや、それこそ本末転倒だろう。

 

 頭を抱える京太郎だったが、彼は覚えていない。その美穂子や桃子のおっぱいについて国広一に熱く語った時のことを。

 

 それさえ思い出せば全く気にする必要などないのだが人間とは都合の悪い記憶はさっさと消えてしまうもの。京太郎は数日間は悶々とした日々を過ごすことになるだろう。

 

「鍵、鍵って……ああ、もういいや。母さんに頼もう」

 

 鍵を探すのは諦めてインターホンを鳴らす。ピンポンと音が鳴り、用件を伝える。すると、母からはすぐに向かうので待っておけとのこと。

 

 物静かな空気が常な町に珍しいドタバタドンガラガッシャーンッと響く明らかに階段から転げ落ちた音。

 

「うちのお母さんってドジっ子属性だったっけ!?」

 

 急いでバッグからカギを取り出して鍵口に差し込むが回す前にガチャンと内側から開錠される。どうやら母は無事だったようだ、と胸をなでおろした。

 

「おいおい、母さん。いい年齢して一体何してるんだ……よ……」

 

 ストンと肩からバッグがずり落ちる。

 

 思わず脱力してしまうほどに衝撃を受けた京太郎は目を疑った。

 

 なぜなら、迎えてくれた母親が若返っていたのだから。

 

「おかえりなさい、京太郎様。部活動お疲れ様です」

 

 お、落ち着け、須賀京太郎……! そんなことはあり得ないぞ! これは夢に違いない。

 

 第一、うちの母さんは俺と同じ髪色じゃないか!

 

 ……えっ、だったらこの人は誰……?

 

 改めて京太郎は玄関に立つ少女を観察する。

 

 後ろで二つに括られた黒い髪。顔は描写など必要ないくらいに整っていて、クリクリと丸い瞳は幼さを感じさせる。柔和な笑みがなおさらイメージを濃くしていく。

 

 お人形のような可愛らしい顔立ちだが、視線を下げれば不釣り合いなたわわな果実が実っていた。

 

 そんな少女が身に纏うのは現代に珍しい巫女装束。お正月にしかお目にかかれない服装に京太郎は幾ばくの興奮を隠せない。

 

 母親だと思っていたら、そんな美少女が立っていたのだから彼の反応の数々も仕方がないことだと思える。

 

「ゆ、夢か? 俺はついに妄想(ゆめ)の世界へと旅立ってしまったのか?」

 

 自分の脳を心配し始める京太郎はごしごしと目を擦るが少女の姿は消えない。

 

 やはり、頭に支障が……! そう確信した京太郎は壁へ向かって頭突きを放とうとする。しかし、それは少女の咄嗟の行動によって妨げられた。

 

「京太郎様!」

 

 彼を待ち受けていたのは硬い板ではなく、柔らかなクッション。

 

 京太郎は正面から黒髪少女に抱き締められていた。したらば、自分が何に顔を埋めているのか即座に彼は理解する。

 

 ふぉぉぉぉぉぉぉ!!

 

 おっぱい‼ 圧倒的おっぱい‼ 奥まで沈みこむような感触に母性を感じさせる温かさ。間違いない。

 

 須賀京太郎は少女の胸に挟まっていた。

 

 その事実を認識すると同時に彼は己の意識が薄れゆくのを感じる。

 

 興奮に次ぐ興奮によって京太郎の中で何かが限界点を振りきったのだろう。相乗するように疲労も限界だったのも一点。

 

「あぁ……俺、死ぬのか……」

 

 変な勘違いさえ始める始末。けれど、少女は彼の状態を知るよしもない。真面目に受け取って、真面目に心配する。

 

「きょ、京太郎様!? 大丈夫ですか!?」

 

「いや、もう俺はダメだ……。だから……せめて……君の名前を、教えてくれないか」

 

 どうせ逝くなら己の人生を終わらせた素晴らしきおっぱいの持ち主を胸に刻んで死にたい。

 

 興奮の作用で鼻血も垂れている京太郎は回っていない頭の中で考えていたことをそのまま口に出す。

 

 そんなアホ丸出しな京太郎を心のそこから信じる純粋無垢な少女は彼の願いを叶えるために名を告げる。

 

「神代小蒔です! 鹿児島から京太郎様のお嫁さんとしてやってきまぁぁぁあ!? 京太郎様ぁぁ!!」

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「小蒔ちゃん! 悲鳴が聞こえたけどうちの愚息が何かした――って、あれ?」

 

 小蒔の悲鳴を聞いた京太郎の母親が急いで階段を駆け下りてくるが目にしたのは家を訪ねてきた知り合いの女の子に膝枕してもらっている息子。

 

 顔を覗いてみると心地よさそうに眠っていた。規則正しいリズムで胸を上下させている。

 

「……どうしてこの子は鼻血を出しているのかしら?」

 

「どうやら疲れちゃったみたいです。急に倒れてしまいましたので」

 

「あらあらまぁまぁ」

 

 実際には小蒔の破壊力抜群の胸と容姿に殺られてしまったのだが、これは京太郎にしかわからぬことだし彼も胸の内に秘めておきたいことだろう。

 

 京太郎ママも特に気にすることなく、小蒔の見解を受け入れるとすぐに不安そうな表情を引っこめた。

 

「小蒔ちゃん、重くない? 起こしてもいいのよ?」

 

「いえ、そんなことないです。京太郎様の寝顔はとても可愛らしくて癒されます」

 

「そう? 京太郎ったら昔からそうなのよ。中学校の時も試合の後は疲れて寝ちゃってね?」

 

「ふふっ。お母さま。よろしければ後で京太郎様のお話を聞いてもいいですか? 私の知らない京太郎様のことをたくさん教えて下さい」

 

「ええ、もちろんよ! なんでも聞いてね?」

 

「はいっ。ありがとうございます!」

 

「それじゃあ私は上がるけど小蒔ちゃんも適当に上がっておいでね? なんならその子は適当に放っておいていいから」

 

 そう言って京太郎ママはリビングへと戻る。後ろ姿が消えるまで見送ると小蒔は視線を膝元で寝ている京太郎へ直した。

 

 つぶらな瞳に込められた情は誰にでもわかるくらいに恋に色めいている。

 

「そんなことできません、お母さま。だって、京太郎様は――」

 

 そっと額を撫でる。優しく髪を解いた手はするりと落ちて、口元へと行き着く。

 

 小蒔の親指が京太郎の唇に触れた。

 

「――私の未来の旦那様なのですから」




おっぱい!

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