須賀の名を関する京太郎は本人は知らぬが神道の力を薄いながらも受け継いでいる。彼の持つ相手の有効牌をツモってしまうという摩訶不思議な力もここに所以している。
そして、また神代小蒔も京太郎と同じように、いや彼以上に神の恩恵を授かる少女だ。
九面の神をその身に降ろし、絶大な力によって卓上を支配する。
永水女子高校を導き、全国へ名を轟かせた。その破壊力の前にあのインターハイチャンピオンも苦戦したというのは有名なエピソードでもある。
そんな彼女の出自は鹿児島の霧島神境の本家、神代家。
姫様と呼ばれ、分家の面々に囲まれながら大切に育てられており、霧島神境の総本家の未来を託される彼女。決して小さな双肩に似つかわぬ重き宿命を背負う彼女だが、なぜこんな場所にいるのかと問われると答えは二つ用意される。
一つは前述の通りで託された未来を栄えさせるため。神代家を繁栄させるためにやって来た。
では、二つ目は?
それは神代小蒔が幼少の頃より馳せる想いを叶える為である。
◆◇◆◇◆◇◆
京太郎は懐かしい夢の中にいた。
昔、一緒に遊んだ少女との思い出。
その子は不器用で何をするにも時間のかかる女の子だったが、誰よりも真っ直ぐに努力していた。
短い間だったけど自分の後ろをついてきて、よく夜遅くまで遊んだ。
丸く大きな黒の瞳を輝かせて、何でも真似しようとする妹のような存在。
確かマキちゃんとか呼んでたっけ。兄妹とかいないから、いつも可愛がっていろんなところに連れて行ったよなぁ……。
……でも、そんな楽しかった時間よりも……。
彼の記憶にはいつも悲し気な笑顔を浮かべていたことが何よりも印象に残っていた。
◆◇◆◇◆◇◆
人生山あり谷あり。苦あれば楽あり。
辛いことの後には楽しいことが待っている。その逆もまたしかり。
よく使われる言葉だが京太郎は案外、これを信じていたりする。
苦しいときはこう考えれば次のモチベーションに繋がるからだ。
楽しいとき? それはそのときだ。今を全力で楽しめばいい。
そして、京太郎は山の部分に位置していた。
いや、山の前にいた。
「気が付いたのですね……」
上から自分を心配する声が降ってくる。しかし、まだ京太郎は意識がぼんやりと深い状態にあり、寝転んだままだ。声は脳まで届かず、彼は自分の置かれた状況をいまいち理解できていなかった。
つい先ほど懐かしい夢から目が覚めた彼だったが、何故か視界を大きな影で覆われていることに疑問を抱く。
「なんだ、これ……?」
邪魔だと手で払いのける。だが、それに触れた瞬間に跳ね返された。同時に伝わる柔らかな感触。
くそっ、本当に訳が分からねえぞ、これ……!
意地になって今度は取り除こうとする京太郎。しっかりと指を食いこませるように鷲掴みする。
ふにふにと与えられる弾力が何とも言えない幸福感が京太郎を満たしていく。
「んっ……あっ……」
そして、今度はしっかりと頭まで響く艶めかしい声。
「……いやいやいや」
ブンブンと首を振るい、頭にふってわいた思考を取り消す京太郎。
夢だと思い込む。けれど、自分の手にある感覚は紛れもなく本物でなんなら質量もある。
嫌な汗が額を上がれた。
京太郎は似たような触り心地をつい最近知った。強化合宿中に和に抱きしめられた際に。
「ということは、これも……!」
ようやくもやがかかっていた思考がクリアになる。
跳ねるように飛び起きると京太郎は自分の手が何に触れているのかを目にした。
山だ。大きな、大きな双子の山を形が崩れるほどに強く、深く指を食い込ませていた。
「こ、これは……」
高校生セクハラ、大会予選を辞退。桃子や美穂子といった仲間たちの失望の視線。監獄へと入れられる己の姿。
一瞬のうちにして頭に流れる地獄絵図。
混濁に陥る思考回路。それでも本能が発動しているのか胸から手を離さないのが彼らしい。
いや、全く笑えないのだが。
石像の如く固まる京太郎だったが、被害者である少女の声によって意識が戻ってくる。
「京太郎様……」
「ご、ごめんなさい! そんなつもりはなかったんです! ちょっと気が動転してて」
「もう。これがお望みならば言ってくださればいいのですよ」
「えっ」
京太郎が反応を返したのも束の間。視界は再び真っ暗になり、本日何度目かわからない胸の感触が顔を包む。与えられる幸福感。
今度は谷だった。山を登り終えた彼は谷の間にたどり着いた。
さすがにもう気を取り乱すことはない。それでも嬉しさはあるし、羞恥もある。それでも動かないのは彼のひとえにおっぱいに対する執着心の強さに由来する。
「その……恥ずかしいけど……あなたがしたいことは何でもしてあげたいんです。……昔、京太郎様が私にしてくれたように」
抱きしめられる形になった京太郎であるが、小蒔の言葉を聞き漏らすことなどしなかった。
「昔……? 俺、何かしたっけ?」
「やっぱり……。最初の反応で思っていましたが、覚えていないんですね……」
「え、えっと神代さん」
「……昔みたいに呼んでくれないんですか?」
そう言うと彼女は肩をそっと押す形で離れる。自然と向かい合う形になる二人。
小蒔は後ろで束ねられた髪をほどいた。そして、少しばかり頬を膨らませて拗ねた様子を見せるとさっきまでとは違い、砕けた口調で話しかける。
「これでわかるかな、京お兄ちゃん?」
知り合いの誰でもない名前の呼び方を耳にした瞬間、京太郎に電流が走る。
「あー!!」
それは夢に出てきた少女が使っていたもので……。
「もしかして……マキちゃん?」
確信半分疑問半分で京太郎もあだ名で問い返す。
すると、少女は笑顔を弾けさせてうなずいた。
「はいっ! お久しぶりです、京お兄ちゃん!」
ずっと被っていたおしとやかな仮面を脱ぎ捨て、天真爛漫な笑みを咲かせると小蒔は京太郎の胸に飛び込む。
彼もそれを受け入れて、徐々に記憶を取り戻しながら思い出すように頭を撫でた。
「もう……なかなか気づかないから忘れられたのかと思いました」
「ごめんな。あの頃より大きくなっていたから全然わからなかった」
「そうなんです! 身長も伸びました! ……それに、ここも」
そっと京太郎の手を取ると小蒔は自身の豊満な胸へと案内する。
ち、小さい頃はこんなことをするイケナイ子じゃなかったはずなのに!
妹分の過激なアピールに戸惑いながらも京太郎は離れようとするが、小蒔に強く握られているせいで抵抗できなかった。
「マキちゃん!? 流石にこういうのはダメかなーと思うな!」
「さっきまであれだけ揉んだのに?」
「うぐっ」
それを突かれたら京太郎は何も言い訳が出来ない。だからといって、この状況が良い訳でもない。
こんなところを両親や知り合いに見られたら社会生活は終わりだろう。
「京お兄ちゃん……昔から大きいのが好きだったからいっぱい牛乳飲んだりしたんです」
「あ、ありがとう?」
「霞ちゃんに色々と知識も教わりました。だから、京お兄ちゃん好みのサイズになったと思います」
そこで一度言葉を区切ると小蒔は身動きの取れない京太郎の耳元に口を寄せて、甘い声で囁いた。
「……見たい、ですか?」
そう言った瞬間、小蒔は自分の座る足元で反応があったことを察する。
その事に自分が女として考えられている確証を得て、なお笑みをこぼした。
小さい頃は大事にされていて俗世に疎かった彼女だったが、過去のある件から鳥かごから解き放たれていた。
そんな彼女が第一に取り入れた知識が男性の喜ぶことだった。霞という姉のような存在いたことも相まって京太郎の持つイメージとはかけ離れた方向に伸びることとなる。
それが今の神代小蒔を作り上げた背景だ。
元をたどれば自業自得とも取れるだろう。
「マキちゃん! 本当にそれは不味い」
「いいですよ? 私は気にしませんから。それに私たちは将来を約束された仲なんですから……」
「え? それはどういう……?」
「今は気にしないでください。いずれわかることですから、ね?」
小蒔は胸にかけた京太郎の手を巫女服の襟元にかけると下へと引っ張らせる。そうすればどんどんずれていき、やがては果実が完全に露になるわけで。
「…………っ」
京太郎の視線は集中していた。意識も何もかも一点に。もう頭の中は真っ白だ。ただ欲望のままに動く獣と化している。
そして、あと数センチにまで達した時。ふいに彼らの後方で音がした。
まるでドアが開いたかのような音で――。
「京さんっ。気まずくしているだろうと思って来てあげましたよー…………」
「京太郎君、ごめんなさい。前は勝手に部屋にお邪魔しちゃっ……て……」
「おー、京太郎! 今日は衣が自ら遊びに来てやったぞ……って、オイ! どうして目隠しする桃子! なんだ! 衣が何かしたか!?」
――それはつまり客が来たということだ。
あっ、俺、死んだな。
この時、京太郎はそう確信したと後に語る。
◆◇◆◇◆◇◆
話は戻るが、やはりそう人生は甘くない。幸あれば不幸あり。
十数分前に山も谷間も経験したばかりだ。
先ほどまでが京太郎にとって幸せの絶頂だったならば今は絶望の底に位置しているだろう。
激しい落差に振り回される彼がおかれている状況は想像以上に重い空気にある。
「……ふふっ」
「……あはっ」
無言が続いては、時折笑い声が漏れる部屋。玄関であのシーンを見られてから京太郎の自室へ移動することになった彼女らはまだ会話を一度も一度も交わしていない。
ずっと目線が重なっているだけで、もしかしたら最近の女子の中では『眼力トーク』が流行っているのかもしれないなどと現実からの逃避を始めていた京太郎はずっと膝の上に乗せている衣の頭を撫でていた。
「京太郎ー。頭だけでなく頬も触っていいぞ?」
「衣ちゃん…………」
「ちゃん付けは許可していない。いいから撫でるのを続けろ」
おーおー、可愛い子だよ、お前だけが癒しだ……!
ご所望通りムニムニと伸びるほっぺたを弄ぶ京太郎。
ピョコピョコとウサ耳リボンが揺れているので上機嫌のようだ。
もしかしたら、この雰囲気を理解していないのかもしれない。
「して、巫女の女よ。お前は誰だ? 京太郎の友か?」
訂正。本当にわかっていなかった。
他所からの切り込みに少しの驚きを見せつつも小蒔は幼子に接するように受け答えする。
「私は神代小蒔。京太郎様のお嫁さんです」
「は?」
「あら?」
彼女の言葉に過敏に反応したのは横でニコニコと偽りの笑顔を張り付けていた二人。
見知らぬ女が想い人に迫っていた事実だけでも気が気じゃないのに、嫁宣言ときたものだ。
我慢の限界に達するのも当然のことだった。
「お嫁さんだなんて、これはまた大きく出たもんすね」
「事実ですから。私と京太郎様は将来、結ばれる仲です」
「……例え、そうだとしても玄関でのことは、その……破廉恥じゃないかしら? いくら親しくてもして良いことと悪いことがあると思うわ」
「旦那様が喜ぶことをするのが妻の役目ですから」
「ほほぉ……」
「へぇ……」
「は、ははは……」
二人から向けられる白い目から顔を逸らす京太郎。
京太郎が巨乳好きなのは先日カミングアウトされたばかりなので、こればっかりは諦めるしかない。
なので、状況を好転させるために桃子は小蒔の言い分を逆手に取ることにした。
「……仕方ないっすね、京さんっすから。確かにあなたのようなおっぱいさんは大好きです」
「ふふっ、わかって頂けましたか?」
「はい。あぁ、そういえば自己紹介を忘れていたっす」
ふと桃子は立ち上がるとそのまま迷うことなく後ろから京太郎の首に腕を回す。体重をかける形になった桃子の胸は彼の後頭部に押し付けられた。それこそつぶれるほどに。
「私は東横桃子。京さんと将来を約束した仲っす」
堂々とした敵対宣言。対して小蒔はノーリアクション。むしろ味方の美穂子がいちばん動揺していた。
「も、桃子ちゃん? な、何して……」
「美穂子さん」
狼狽える彼女にも意図がわかるようにウインクする桃子。そうすれば頭のいい美穂子はすぐに気づく。
「……あっ、えっ、うぅ……えいっ!」
意を決した彼女も京太郎の隣に移動して腕を組んだ。慣れない恥ずかしさから顔を真っ赤にしながらも桃子と同じように名乗る。
「福路美穂子。きょ、京太郎君と未来を共にする仲です!」
「…………そう、ですか」
吹き荒れる大雪の中にいる錯覚。
対立する三人の間に火花というまだ微笑ましい表現のできる温かさは残っていなかった。
敵意を持った冷戦状態。
そんな中、いつの間にか挟まれるように戦いの中心に放り込まれた京太郎はというと。
「衣~。お前だけが頼りだよ……」
「ふふん。衣はおねえさんだからな! 存分に頼るがいいぞ!」
「衣~!」
膝元に座る幼女を愛でることで現状から 未だに目を逸らし続けていたのであった。
うちの姫様はこういう路線で行く