ひっさびさにただのギャグ回。短いです。
終業のチャイムとは気分によって音色が変わる凄いやつだと咲は思う。
雨が降っているときは頭に響くような嫌な低音。新刊が発売する日は足取りと同じように軽やかな音。それと好きな人と部活へ行くときは……高まった胸の音が掻き消してわからなくなる。
そそくさと机の上に散らかった筆記用具を片づけるとバッグの中にしまう咲。いつもは京ちゃんから誘ってきてくれるけど、今日は私から……。
恥ずかしさを断ち切るように教科書を閉じると彼女はちょうど支度が終わった京太郎の元へと向かう。
「きょ、京ちゃん」
「ん? どうかしたか、咲」
「あ、あのね? 今日の部活なんだけど……」
「あ、そうそう。俺も部活のこと話そうと思ってたんだ」
「え、何かあったの?」
「いや、個人的なことで大したことでもないんだけどさ。もう部長にも連絡してるし」
「むぅ……。ひどいよ、京ちゃん! 少しくらい教えてよ~」
……なんか咲がこんな絡みをしてくるなんて珍しい。もしかして、最近構ってやれなかったから寂しがっているのだろうか……。
確かに中学の時は朝の起床から夜のおやすみまで過ごしていた(もちろん寝る場所は各自の家である)。
その記憶を思い返すと京太郎は申し訳ない気分になる。
咲とはずっと良い関係でいたい。別に今からやましいことをするわけじゃないから、いいか。
「わかった。じゃあ、帰りながら説明するよ」
「あれ? 部活には行かないの? 今日も練習あるけど」
「おう。しばらく部活には行かないから」
「…………え?」
「俺、大会まで部活行かないから」
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
衝撃の強すぎた京太郎の発言。咲の驚愕は廊下に響いて他クラスまで渡っていた。
その廊下の続いた先、三年生の階でも似たような光景が繰り広げられている。校内きっての有名人が後輩に半泣きになりながらわめていた。
「須賀君がぁぁ……部活来ないっでぇぇ……!!」
髪の毛をボサボサに。眼は真っ赤っか。彼女自体の格好も酷ければ、体裁も悪い。
悩まし気に頭をかくのは染谷まこ。何だかんだ言いつつも久には敬意を持っていたが、どうも最近薄れつつある。
ある意味で親近感を得たからかもしれない。
上埜久はカリスマ超人ではなく、奥手の恋する乙女だと。
「はぁ……。京太郎がどうしよったんじゃ? 言うてみ?」
「それがね……それがね……!」
久はお昼に来た京太郎のメールをまこに見せる。
『こんにちは。急にすみません。
本題なのですが、大会までお休みを下さい。辞めるわけではないです。
麻雀に取り組む部長たちの姿を見ていたら自分の気持ちも抑えられなくなりました。ですが、本番が近いみんなに迷惑をかけるわけにはいかないので、自分で勉強することにしました。
知り合いの麻雀に詳しい人が先生役を買って出てくれたので、次に対局したときには俺も一皮むけた状態で帰ってきます! 本当に突然ですみません!
あと、部活の準備なら済ませておいたので不便があったらまた連絡ください。
次から気をつけます。お昼休みに失礼しました!』
その内容を読んだ彼女の感想はたった一つ。
「まぁ、そうなるのう」
今までの扱いを考えるにこうなるのは時間の問題だったと言える。そもそもさっさと告白しない久も悪いし、京太郎も一人の選手として麻雀に本気で打ち込むというのはいいことだ。
恋か麻雀か。二者択一。
「二兎追うものは一兎も得ず。せっかく京太郎も麻雀に集中しようとしておるんじゃ。おんしも大会へ向けて残り僅かでも調整をしたらええ」
「でも、でもぉ……彼の先生役って多分、あの福路さんよ?」
「あぁ……。そういえばこの前知り合いみたいな感じじゃったのう」
えらい別嬪さんじゃったとまこは思い返す。しかし、第一印象はあまりよろしくない。いまいち状況が飲み込めなかった彼女だが、喧嘩腰だったのは覚えている。
……まぁ、原因もこちらにあったんじゃがの。
須賀京太郎。今年入ってきた新入部員。部内唯一の男子で、まさかとは思っちょったが。
見事に咲に和、久の取り合いになっておる。それどころか他校の女子にまで好意を抱かれている。競争率は激しい。
京太郎は性格も良いし、体格や顔もそこら辺の男よりは素晴らしいものを持っておる。
……うーん。
「……確かに取られるかもしれんな」
「やっぱり!」
「じゃが、よく考えてみぃ。福路も名門のキャプテンじゃ。この時期にそんな余裕があるわけないじゃろ」
「……言われてみれば」
「だから、おんしも麻雀に打ち込んで福路を倒したらええんじゃ。そうすれば全国にも行けて、京太郎にも格好いいところ見せれるじゃろ」
「まこ! あなたってば天才よ!」
即座に立ち直る久。彼女の頭の中はすでに優勝後のことで一杯になっていた。主成分は京太郎との甘々な放課後レッスン(笑)である。
リーダーの復活に安堵するまこは気が変わらないうちに彼女を部室に連れて行くことにした。
場所は変わって須賀家。
ここに集まったのは四人。京太郎に桃子、小蒔に衣たん。咲は自分の力を他人に見せるのを久に厳しく止められていたため泣く泣く部室へと向かったのだ。
後に麻雀界では奇跡の会合と語られる。しかし、その内容はとても輝かしいものではなかった。
衣や小蒔は俗に言う『牌に愛された子』。もちろん、最低限の理論はあるだろうがほとんど感覚に近い打ち方をしている。
一方で京太郎と桃子はついこの間、麻雀を始めたばかりの初心者である。さらに言えば彼女たちほどの天性の才能を持っているかと問われたらNOだ。
「違うぞ、桃子。ここは一筒を切れ」
「牌効率的には残しておくべきじゃないっすか!?」
「精神を集中して下さい。そうすれば京太郎様にも神がおろせるはず……」
「できるか! 俺はそういう修行積んでないから!」
「「大丈夫! すぐわかるようになる(なります)!」」
「「助けて、美穂えもん!!」」
そう叫んでも美穂子はやってこない。彼女は風越学園麻雀部のキャプテンとしてレギュラーミーティングに参加している頃だろう。残念ながら第一回には参加しない方向だ。
天才の言い分を汲み取り、かみ砕いてからわかりやすく伝えてくれる彼女がいない現場は阿鼻叫喚の図。無駄な知識だけが横槍され、二人の練習は全くと言っていいほど進んでいない。
「マキちゃん、頼むよ! マキちゃんだけが頼みなんだ!」
「きょ、京太郎様……」
私だけ……私
ここにいる誰よりも自分が求められている事実に喜びを感じる小蒔は彼の期待にこたえなければと息を荒くする。
とりあえずの強化方法として神を降ろすことを教えようとしたが、それはお気に召さないらしい。神の使いとしての血を引く京お兄ちゃんならできると思ったんですが……。
それにこちらの方が格好いい姿を見せられるのに……。しかし、京お兄ちゃんに迷惑をかけるわけにはいきません。
ならば、普段の自分がわかることを教えるとしましょう。大丈夫。手紙にはこの練習のことは書いてなかったから失敗しても影響はありません!
「わかりました、京太郎様。私にできることをしましょう!」
「マキちゃん!」
とは言ったものの小蒔は麻雀を打つときは神任せに近い。
のほほんとしている平常で覚えている知識と言えばほんの僅か。ない知恵を絞ってその中でも覚えるのに必死だったことを教えることにした。
「
「うん」
「知ってるっす」
「………………」
「マキちゃん?」
「神代さん?」
「……もう私に教えられることはありません……!」
「マ、マキちゃん……!」
かくして第一回麻雀勉強会は閉会。次からは美穂子の絶対参加が条件となるのであった。
~後日~
「麻雀において三と七は急所と呼ばれる大切な牌です。なので、誰もが抱えておきたくなります。だから、手出しの三か七でリーチをかけられたら、三の場合は1、2と4、5。七の場合は5、6と8、9を切っちゃダメよ?」
「なんでですか、福路先生!」
「例えば七の場合、七七と膨らんでいたところに六か八が来て余った七が出てきた可能性があるでしょう。だから、それぞれの両面となる数字は絶対に抱えないといけないの。もちろん安全牌なら構わないからね? 片筋は危険よ? カンチャン待ちだったらドボンになっちゃうもの」
「普通って素晴らしい……!」
※この意見は個人的なものであるので、鵜呑みにしないでね。