麻雀少女は愛が欲しい   作:小早川 桂

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33.『少年少女は動き出す』

 全国大会への出場を決めた清澄高校。大将として勝利へと導いた咲は自身への大きな反響に驚いていた。試合後のインタビュー。大会前は和限定だったものが続々と自分たちへの元へ舞い込んだ。

 

 さらに京太郎も男子一位として全国行きを決めており、少人数とはいえ所属する全員が初の県予選にも関わらず突破。期待の超新星として記されるのは当然のことだと言えよう。

 

「えへへへへ……」

 

 そんな囲い込みから解放されてようやく帰宅した咲は父によってページが開かれたニュースを見てはとろけた笑顔を浮かべていた。

 

 どれもこれも自分たちへの称賛の記事ばかり。もちろん、それも嬉しいが彼女がニヤついているのはとある一つの見出しだった。

 

 それはトップ一面で嫌でも目につくサイズの文字ででかでかと掲載されている。

 

【麻雀界の未来は安泰か!? 一年生夫婦、共に全国出場決定!!】

 

「ふへへへへ……」

 

 到底、女の子として出してはいけない声で笑っているが今ばかりは許してほしい。自分でも抑えきれないから。いやー、バレちゃったかー。ついに私たちの夫婦ネタも全国区になっちゃったよー。

 

 

『お嫁さんの咲さん、結婚はいつのご予定ですか!?』

『まだ嫁さん違います! 記者さん、ダメですよ、もー』

 

 

「……パラダイス……!」

 

 携帯片手に咲は照れくさそうに顔を枕へと埋める。ジタバタと足をばたつかせて妄想の世界に飛び込んでから数分後、また画面に目をやる。

 

 そこには京太郎と彼にお姫様抱っこされた自分がピースサインをしている写真。

 

 どうしてこんな写真が生まれたかと言うと大将戦終了後、控室にはテンションが最高潮に達していた京太郎がいた。彼の期待に応えられたので褒めてもらおうと咲が駆け寄るとなんと京太郎はその場で抱き上げてみせたのだ。

 

 その勢いのままメリーゴーランドのように回っていると、取材班が到着。咲は彼の腕に収まる形で取材を受けることになる。

 

 そして、書かれた記事があのタイトルというわけだ。

 

「私たち取材班が突撃したときには二人はすでに抱き合っており、なんと恥ずかしがりながらもその状態のまま取材に応じた。微笑ましい若夫婦の姿に現場でも未来への期待の声がちらほらとあがっている。かくいう私もその一人。幸せを願う者として活躍と結婚の両方の報告を祈るとしよう――だって。だって!」

 

 誰も止める者はいない空間で咲のテンションと喜びの声は留まることを知らない。彼女は妄想の世界へと没入していく。

 

 

『京ちゃん……』

『きれいになったな、咲』

『ずっと……京ちゃんのお嫁さんになりたかったから』

『愛してる。ずっとそばにいてくれ』

『うん。幸せにしてね』

 

 

 そして二人は幸せなキスをして終了。新婚生活編に突入しようとしたところで握りしめていた携帯が音を鳴らしながら震えだす。

 

 着信音で相手がだれかわかる咲は慌てて通話ボタンをタッチした。

 

「あっ、わわっ。はい、もしもし!」

 

『おー、咲。須賀京太郎だけど今いけるか?』

 

「う、うん、大丈夫だよ! どうかした?」

 

『いや実はお前に頼みたいことがあってさ……』

 

 その弱弱しい声音に咲は京太郎がどのような感情を持っていることを察する。

 

 彼は優しい。それは美徳だけど優しすぎるのが玉に瑕だ。人に甘えるという行為がとても下手くそ。だから、咲は自分から話を切り出した。

 

「……京ちゃん。私ね。京ちゃんには感謝してるんだ。中学で出会ってから今もそれは積み上がっているんだよ。ずっと助けられてきて……でも、ずっとそれは嫌だ」

 

『咲……』

 

「もし、もし京ちゃんが困っていて私の力が必要なら頼って欲しい。遠慮する必要なんてないよ。無理だったら無理って言うもん。私たち親友でしょ?」

 

『……最近、咲がどんどん大人になっていく気がするな』

 

 しばしの沈黙の後に返された皮肉に安心する咲。私と一緒で京ちゃんもどうやら少しずつではあるが性格が変わってきているみたい。

 

「ふふん。ようやく私もレデイーになったってことだね」

 

『うるせー。ちんちくりんのくせに』

 

「スレンダーなだけだもん!」

 

『はいはい。そういうことにしておくよ。……それで、咲』

 

「……うん」

 

『協力してくれ』

 

「うん!」

 

『実は考えていたことがあってさ……』

 

「……えっ……うん、そっかぁ。大丈夫、わかったから。私も目標は達成できたし、京ちゃんのわがまま聞いてあげる。そ、そのかわり私のわがままも聞いてね。約束だからね! あっ、そうだ京ちゃん。ついでにこのままお話しようよ。えー、いいじゃん。明日は京ちゃんのせいで台無しだし。……もうごめんごめん。冗談だよ。えへへ、ありがとう。えっとね、実はニュースでねー」

 

 咲は京太郎との会話に花を咲かせる。さっき見つけたニュースのこと。決勝戦での楽しかった対局。いっぱいいっぱい彼に伝えたいことがあった。私を麻雀の世界に引き戻してくれた彼に感謝が届くように、そんな些細な願いも込めて。

 

 長い長い夜も更けていき、やがて彼と彼女の笑い声も静かな闇へと消えていった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 大方の予測を覆すどんでん返しが起きた昨日の団体戦。その余波は収まることを知らず、本日の個人戦にまで影響を及ぼしていた。

 

 まず昨年は出場しなかった天江衣の個人戦参戦。やはり全国MVPの名は伊達ではなく、大将戦で敗北を与えられた咲にもやり返しを決めている。もはや彼女がいるだけで全国への席は一つ失われたと言っても過言ではないだろう。

 

 次いで福路美穂子の覚醒。以前から高い評価を受けていた彼女だが内に眠る獣が目覚めた。守備からリズムを作り点数を稼ぐのが静だとするなら、地も草も全て踏み散らして何も残さない姿は動。

 

 振り込みの数は増えずに打点は高くなるという現象に人々は新たな未来視の使い手の誕生と騒ぐ。

 

 上位二位の座はこの二人によって確定され、たった今最後の席をめぐる卓が行われていた。

 

 囲むのは東家から順に原村和、南浦数絵、池田華菜、東横桃子。高火力型の二人が他の選手の点数を掻っ攫っていったため打点型が勝ち残りやすい形になる。スローペースの展開が予測されたこともあり、残り一枠を獲得するのは原村和というのがほとんどの見解だった。

 

 しかし、トップはインターミドルチャンピオンの原村和ではない。

 

 一位は東横桃子。

 

 一人異彩を放つ彼女が最初から最後までトップの座を守り切っている。試合は終盤。その東横桃子のオーラスを迎えていた。

 

「…………」

 

 無表情を心がけている和だったが集中力は団体戦よりも弱まっているのを感じていた。

 

 昨日はなにも条件がなかったがもしここで自分が負けてしまえば三対三で並ばれてしまう。そうなればサドンデスがない今回のルールでは京太郎に選択権が与えられるだろう。

 

 そうなれば彼が選ぶ確率が高いのは明白に向こうだ。ずらりと並んだ桃子側の人間を思い返す。

 

 ……私の武器である胸もあまり効力はありそうに思えませんね。

 

 そんな焦りが和の思考にノイズとして入り込んだ結果が現状だった。

 

「……どうしたんすか、おっぱいさん。あまり顔色が良くないっすよ」

 

 隣から聞こえる悪魔のような声。はっきりと喋っているのに他の二人は反応すら見せないのは桃子のステルス能力がしっかりと発動している証拠だ。

 

 この対局の中でネット麻雀で鍛え上げた把握能力が高い和にしか届かない。たいして和が反論をすれば私語として注意されるだろう。

 

「……私は決してあなたの邪魔をしたいわけじゃないっす。そんなズルは京さんに怒られますから。ただ一つだけ聞きたい」

 

 細められた桃子の瞳が和を貫く。鋭い視線に思わず彼女は息をのんだ。

 

「あなたは本当に京さんのことが好きなんですか?」

 

 落とされた問いは和の心に波紋を立てる。それは大きくなっていき、荒波となって彼女の平静を食らった。

 

 私は須賀君のことが好き。

 

 そんなこと考えたこともなかった。だって、私はこのままじゃ引きこもりのニートになってしまって独身のままになってしまうんです。父や母に甘えながら生活するダメ人間として生きていくなんて考えられません。

 

 弁護士にもプロ雀士にもなれないなら残っているのは結婚だけです。

 

 その相手には須賀君が最適で。他の男子より優しいですし、話も面白い。

 

 ……本当に? 

 

 私は彼と誰かを比べられるほど他人に目を向けたことがあっただろうか。

 

 どうして私は須賀君を恋人にして結婚しようと思ったのか。

 

 それは――。

 

「原村ァ! 次はお前がツモる番だし」

 

「……っ! は、はい。すみません。長考失礼しました」

 

「別にいいけどそれなら先に言えよな」

 

 池田に注意されるほどに考え込み集中力を切らした和の頭のなかをさまよう嫌悪感。

 

 桃子に対してではない。それは己を責める悪感情。

 

 私は……須賀君に好意を覚えたことは一度もない。この事に対するもので自覚するとまた新たな疑問がわき上がる。

 私が須賀くんを将来の旦那様として迎えようと思ったのは未来の私が須賀くんを選べと言ったからだ。あの手紙にも須賀くんを好きだったとは一言も書いてない。

 

 じゃあ、私は……好きでもない人と共に暮らすことになって幸せでいられるのだろうか? これからどんな出会いがあるかもわからないのに?

 

 和は動揺を隠せず、狼狽えた様子で不要牌を切り捨てる。それが危険牌だということを確認もせずに。

 

「……あぁ、やっぱり」

 

 失意の声がすると横から見失ってしまった死神の鎌が迫る。

 

「所詮、そんなものだったんすよね」

 

 倒された手牌。試合を終わらせる小さな声と点数が伝えられ、第三位が決定した。

 

 同じく卓を囲っていた二人も理解の出来ないうちに試合が終わってしまい茫然としている。しかし彼女たちよりも和の顔は深い絶望が覆われていた。

 

 静かに席を立った桃子は去ろうとして、そんな和の表情を見て足を止めた。

 

「……今の最後の手出しの前、私の姿はここにいたみなさんに見えるようになっていたっす。だから、池田さんも次があなたのツモ番だと注意できた。それなのにあなたは振り込んでしまった。理由なんてわかるっすよ」

 

「…………」

 

「きっと手紙、持ってるっすよね。……あなたの未来がどんなものかは知らない。けど、もし。もし……ほかの選択肢があるのなら京さんじゃなくてもいいじゃないっすか。私には……私には京さんしかいないっす。そんな半端な気持ちで私たちの未来の邪魔をしないでください」

 

 和は何も言葉を返さない。ただ悔しくて唇をかみしめる。桃子もそれ以上は一切振り返らず、勝者として会場を後にする。

 

 たった二日間。だが、とても長く感じられた激闘は幕を下ろし、ここに全国への切符を手に入れた者が全て揃った。それは彼女たちにとって未来が変わる大きな分岐点が訪れたということ。

 

 一方、モニター越しに別室で試合内容を観戦していた京太郎と咲もその結果を受け入れて動き出そうとしていた。

 

「……本当に京ちゃんの言っていた通りになっちゃったね」

 

「一緒に特訓していたからな。実力もわかるさ。ある程度は予想できる」

 

 そう言うと京太郎は入り口を抜けてある場所へと向かう。

 

 少女たちの戦いに本当の決着をつけるため。

 

「行こう、咲。頼りにしているぜ」

 

 彼女は返事の代わりにぎゅっと強く京太郎の手を握った。




夏コミ(C92)参加申し込みしました。当選したら今作を文庫本(挿絵あり)にして出します。表紙・挿絵は島田志麻さん。

頒布本限定での書き下ろしも用意。IFエンディングルート収録します。

次回、長野県予選編、決着。

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