34.『少女らの舞台は全国へ』
激闘が繰り広げられた個人戦の表彰も終わり、外の空は夕闇に沈み始める。
数々の熱戦を見終えて満足した観客がぞろぞろと引き返していく中、戦いを制した者たちは息をつく暇もなく次の戦場へと赴いていた。
勝負の契約が交わされた会場近くの花庭。桃子率いる衣、美穂子、小蒔。久率いる清澄組。それらを見守るように京太郎はどちらにも属さないちょうど両グループの半ばの位置に立っていた。
「……来たっすね」
「そっちこそ逃げずにえらいじゃない」
前回の意趣返しとばかりに挑発を駆ける久だが桃子は相手にしない。あくまで自分のペースを守る。ずっと無視をされ続けた彼女はスルースキルも高かった。
「以前、私が言った言葉を覚えているっすか?」
「……ええ。私たち清澄側の三人とあなたたち連合軍の三人。どちらが多く全国へメンバーを輩出できるか、よね」
「おおむねその通りっす。結果は三対三の引き分け」
「それじゃあ決着がつかないわよ」
「もちろん承知しているっす。だから、ここは素直にこうしましょう。京さんの選んだ方が勝者ということで」
「却下よ」
桃子の提案を即座に蹴る。
予想通り彼女たちが有利になるように仕掛けてきた。
100%はない。だけど、須賀君に選択権が与えられた場合、私たちが負ける可能性の方が高い。これはまことシミュレーションした結果だ。
当然、京太郎と離れたくない久たちは拒否の意を申し立てる。
しかし、それを上回る予測をして対策を施していたのが桃子だった。
「その異議は通らないっすよ」
「あら、納得いかないわね」
「私はあの時、確かにこう言ったっす。『この場にいるメンバーの内、全国へ行った数が多いチームが勝ち』って。そして、京さんもあの場にいた」
「なっ!?」
「つまり、京さんにも選択権は存在する。京さんは全国への出場を決めました。だったら彼が選んだチームが全国行きが一人増えて勝利する。……ね? なにもおかしいこと言ってないっすよ」
桃子は自分たちが有利になるように伏線を張り巡らせていた。
久たちに分があると思わせるような勝負を持ち掛け、その実は自分たちが最終的には勝者となる道筋を作り上げていたのだ。
全ては京太郎と愛を育むために。
「……京さん。今だけは汚いモモを見せてしまいます。でも、幻滅しないでほしいっす」
「モモ……」
「選んでください、京さん。清澄でまた雑用に近い扱いを受けるのか。私たちと練習して楽しい時間を過ごすのか。どちらがいいかなんて明白だと思うっす」
「京太郎君。私も……また。ううん。これからもずっと一緒にあなたと麻雀を打ちたい。そう思っています」
桃子に追随するように美穂子は京太郎に本心を伝える。心優しい彼女は今回の勝負にあまり乗り気ではなかった。だけど、自分が見てきた清澄の彼への扱いはやはり看過できるものではない。
だから、彼の高校生活をせめて別の形でも楽しい思い出にしたい。その中に自分が少しでも入ることができたならそれで構わないと思った。
「す、須賀君……」
一方で久は何も声を掛けることが出来ない。罪悪感が邪魔をして気持ちに蓋をする。和はさきほどの個人戦でのダメージから未だに回復しきれていなかった。
なおさら状況は不利に傾いていく。まこたちも手は出せなかった。
双方からのすがるような視線に京太郎は挟まれる。しかし、表情に悩みはなくてむしろ清々しささえ感じるような顔つきだった。瞳には決意が滲み出ている。
「……モモ。俺にも選択権が存在する。たしかそうだったよな?」
「そうっす。だから、私たちか清澄のみなさんか。どちらかを選んでください」
「……わかった。俺が選ぶのは――」
下される結末。久は目を瞑り、桃子は祈るように手を握り締める。京太郎はそんな少女たちの反応を見て改めて自分の考えを言葉にして発した。
「――どっちでもない。『両方と仲良くする』第三のグループだ」
「……え?」
「きょ、京さん? 今いったいなんて言ったっすか……?」
「俺は『みんなと仲良くする』第三のグループを選ぶ。別に新しいチームを作ってはいけないなんて決まりはなかったよな?」
「そ、それはそうっすけど。京さん一人でチームを作っても意味がないっすよ」
「あるよ。ちゃんと理由があって俺はこうしたから。なぁ、二人とも」
そんな彼の呼びかけに反応する二人の少女。咲と衣が各々の陣営から京太郎の隣へと回った。
「ふふん。出来の悪い弟の言うことを聞くのは姉として当然の役目だからな。力を貸してやろう、京太郎!」
「私は京ちゃんの気持ちを尊重してあげたい。だから、清澄を抜けてこっちにつくよ」
「無論、衣も同じだ。京太郎の案の方が友達がいっぱいできるからな!」
力強く胸に秘めていた思いを伝える二人の小さな背中が今は何よりも頼もしく見える。京太郎も負けじと声を張り上げた。
「俺は部長たちに出会えたから麻雀を知って、桃子たちと出会えたから麻雀の楽しさを知った! だから、どっちとも俺にとっては大切なもので片方だけを選ぶなんてことはできない! これが……俺の率直な気持ちだ」
春に部長の真剣に麻雀に取り組む姿を見て、興味を持った。和たちの対局を目にして素人の自分には縁遠い世界だと挫折した。モモや福路さんと出会って知識を身に着けてアガる喜びを覚えた。衣と戦って強者に勝つ達成感を胸に刻んだ。
どれも今の須賀京太郎を形成するにあたって必要なことで、切り捨てることなんてできない。
彼はあの時からこの意見を変えるつもりはなく、ずっと場をまとめる方法を考えていた。それが新勢力を作ること。その為に京太郎は咲に頼んだのは個人戦で三位以内に入らないでくれという残酷なお願い。
だけど、咲は彼の気持ちを汲んで受け入れてくれた。衣もまた全力を尽くすことを約束してくれた。
「これで全国へ行くのは俺たちが三人。咲と衣が抜けてそっちは二人ずつ」
だから、京太郎は胸を張って自分の選択が間違いでないと証明する。
自分をこんなにも必要としてくれるのも嬉しい。だけど、同じくらい俺も大切に想っているということをわかってほしかった。
「俺たちの勝ちだから、俺の意見が採用されるよな?」
そう言うと笑って京太郎は桃子の頭を撫でる。
完全に論破される形となった桃子はしばらくの間だけ彼を見つめていたものの呆れた風に肩をすくめた。
「……もう。京さんには敵わないっすよ」
「……ありがとうな」
そのまま京太郎は呆然と立ち尽くす久の元へ向かう。
久は何と言葉を掛けたらいいのか未だにわからない。
ありがとうとお礼を言うべきなのか。今までの不甲斐なさを謝るべきなのか。
あまりの情けなさに涙さえ込み上げそうになるが、その前に京太郎が動いた。
「部長」
「…………」
「また夏休みの後も部活動でお世話になります。よろしくお願いします」
「あ……え……」
「おいおい、京太郎。その頃にはわしが部長になっておるかもしれんぞ? こっちに言っておいた方がいいんじゃないのか? んん?」
感情が追いつかず対応の出来ない久に変わってまこがフォローするように京太郎に話しかける。
わざとらしくウィンクすると彼は微笑してまこにも挨拶をした。
「じゃあ、染谷先輩にも。よろしくお願いします」
「おう。この頼りない部長と一緒にしごいてやるから覚悟せぇよ?」
「もちろん。大歓迎ですよ」
「私のことも忘れるなよ、犬!」
「ははっ。あの頃の弱い俺と思ってたら痛い目に会うぞ、優希」
四月の頃と変わらぬやり取りに懐かしさを感じたメンバーは自然と笑顔になる。離れていた心が少しだけ元に戻った。きっとこれからはもっと良くなる。根拠もない確信を誰もが感じていた。
そんな楽しげな雰囲気を外から眺めていた咲と衣。
「……よかった」
「京太郎が願った結果になったからか、咲」
「それもあるけど……ちょっと私たちも色んなことがあってギクシャクしていたからこうしてみんなで笑っていられるのが嬉しいなって……」
「咲は優しい奴だな」
「そ、そんなことないよ! 衣ちゃんも京ちゃんのお願い聞いてくれてありがとう」
「衣はできるお姉ちゃんだからな。なんなら咲も妹になっていいぞ?」
「……じゃあ、頼っちゃおうかな? あそこにいきたいから」
そう言って咲は京太郎を指差す。清澄に嫉妬した桃子たちも加わっていつの間にか京太郎争奪戦が始まっていた。
彼の隣を取るのは至難の技だろう。
「お姉ちゃんも一緒に、ね?」
「……ふふん。可愛い妹の頼み。衣が叶えてやろう!」
自信満々に答えると衣は京太郎の元へ駆け寄り背中へと飛び乗る。
はしゃぐ衣の姿に勇気をもらって咲も京太郎を中心に広がる輪の中へと飛び込んでいく。そこに悲しみを持つ者は一人としていない。
こうして京太郎を賭けた麻雀少女たちによる第一次大戦は平和に幕を下ろしたのであった。
無事に関係も壊れることなく絆で繋がった少年少女たち。
全国へと駒を進めた京太郎たちは全員で集まったこともあり、そのまま打ち上げへ。女子高生が屋台のラーメン屋を占めるという珍妙な光景を作り出した。
そこまで含めて人生でも一度あるかないかの稀有な経験をした京太郎は東京マップとにらめっこをしながら通話をしていた。
「そうだ。俺、全国決めたよ。そっちはって……へぇ、決まったんだ。でも、珍しいね、従姉さんから連絡なんて。……ごめんごめん。つい嬉しかっただけ。連絡くれるなんて成長したんだなーって。事実だろ? わかってるよ。そう言うだろうなって思ってたし。……うん。じゃあ、また東京で」
相手の少女の性格も考えて伝えたかったことを全て話した京太郎は電話を切る前に別れの挨拶をする。
「おやすみ。
『……おやすみ、京』
そして、ダルそうに相手の少女は電話を切った。
これにて前編終了。次回から全国へと舞台を移して後編へと進みます。
ここまで続けられたのも読者のみなさまの応援のおかげです。これからもよろしくお願いします。
後編に移るにあたってひと月ほど充電期間を頂きますので、ご了承ください。
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