「あー、暑いなぁ」
全国大会への出場を決めた私たちは久方ぶりの休息を得ていた。
麻雀部として夏休みの半分を東京で過ごさないといけない私は今のうちに宿題を終わらせることに決めたので、京ちゃんの家にお邪魔することに決めた。
これは中学時代からの習慣だ。
二人でわからない問題を教えあえば、効率ははるかによくなる。
私も京ちゃんも成績はちょうど平均辺りだけど、得意科目が違うからなぁ。
あんな見た目で、いかにもチャラそうだけど京ちゃんが得意なのは理系である。
ハンドボールでは想像以上に頭を使うみたいで、自然と物事を順序良く解いていくことが好きになったらしい。
なんでも『ブロックをかいくぐるにはどうすればいいのか』『味方へパスする最適解のルートはどこか』みたいに考えるのは慣れたとか。
「……汗臭くないよね?」
長野は比較的涼しいとはいえ、どうしても汗はかいてしまう。
額から滴る水粒をタオルでぬぐい、なるべくワンピースが吸い込まないように気を付ける。
これは京ちゃんに選んでもらった服。
絶対に汚したくない。
「そういえば前に来たときは東横さんがいたんだよね……」
あれは二か月ほど前。
初めて恋敵の一人である東横桃子さんと玄関口で出会ったのを覚えている。
まさか京ちゃんの家から巨乳の女の子が出てくるなんて。
大声を出して逃げたのは今でもたまにフラッシュバックして、羞恥に悶えることがあるけど……まさかいないよね?
一応、心構えは作っておこう。
そんなことを考えながら、歩くこと十数分の距離に京ちゃんの家がある。
屋根が見える位置まで来ると、そこには先客がいた。
「……部長に和ちゃん?」
見覚えのある二人組に首をかしげる。
はて、二人は何か用事でもあるのだろうか。
互いの邪魔をするように頬を引っ張りあって、さっぱり意味はわからないけど。
まぁ、私には関係ないから別にいいよね。
そう思って、京ちゃんの家に入ろうとすると両肩を後ろから掴まれた。
「ちょっと待って、咲」
「抜け駆けは禁止ですよね、咲さん」
「えっ、怖い」
さっきまで争っていた二人は結託し、鬼のような形相で私の行動を止めにきた。
ドアの前にいた私は階段を引きずり下ろされる。
「……えっと、二人ともどうしてここに?」
「えっ!? そ、それはその、せっかくの休みだし須賀君を遊びに連れて行ってあげようと……思っただけで……」
「わ、私は学生らしく学業を須賀君としようとですね?」
「それで二人とも京ちゃんを取り合っていたんですか? こんな公共の場で。恥ずかしげもなく?」
私がそう言うと二人は恥ずかしそうに視線を逸らす。
どうやらヒートアップしていたせいで、周囲のことは考えていなかったようだ。
二人が京ちゃんを狙っているのは知っている。
きっと普段の私なら同じように妨害行為に勤しんだだろう。
けれど、今は違う。
恋愛は京ちゃんの自由だと思っているし、二人の邪魔をしようとも考えていない。
だからといって、京ちゃんを素直に渡す道理もないけれど。
「でも、二人とも京ちゃんに会いに来たならインターホン鳴らせばいいのに」
「そ、そんなのできるわけないでしょう!? 須賀君のお母さんが出てくるかもしれないのよ!?」
「第一印象は何よりも大事! 絶対に失敗はできません……!」
「そ、そうなんだ……」
私が中学校の頃はそんなこと微塵も考えたことなかったなぁ。
いつの間にか遊びに来るようになっていて……。
最近、遊んでいないから忘れていたけど、京ちゃん家に着替えとか置きっぱなしかも。
じゃあ、今日はお泊りしようかな。
結局、前はすぐに外に買い物に行ったしね。
お父さんには後で連絡しておこうっと。
「な、なんですか、その余裕の反応は! 咲さんは気にならないんですか!?」
「あぁ……うん。あんまり興味ないかも」
「一生お付き合いするかもしれない相手なのよ? 咲はもっと慎重になるべきだわ」
そこまで妄想している部長がたくましすぎると思います。
普通は遊びに来るだけで、そこまで意識しないと思うんだけど……。
好きな人の親という事実が二人を緊張させているみたいだ。
私の場合はおばさんと仲良くなってから、京ちゃんのこと好きになったからあんまりそこら辺の意識ないんだよね。
もう三年以上の付き合いだし、そのあたりの意識は変えられないもん。
「そういうわけだから。ここは年長者の私に譲るべきだと思うわ。部長だし」
「恋や愛に年齢も何も関係ありませんよ、部長。それを言うなら私の方が絶対にいいです。部長みたいな腹黒い人は控えてください」
「はぁ? 全然黒くないですぅ。乳に栄養が詰まっているあなたこそ破廉恥だし、やめておいた方がいいんじゃない?」
「わ、わたしのどこが破廉恥なんですか!?」
「存在というか、その服装よ!」
これには部長に同じく。
和ちゃんが着ている服は、まるで下着を何もつけていないかのように錯覚する。
胸元を大きく開け、晒し、肌も露出させていた。
だが、本人にはいたって普通のファッションらしく、かたくなに部長の言葉を認めようとしない。
「どうせ保健体育の勉強でもしようとしていたんでしょう! 私にはわかるわよ!」
「そ、そそそそんなオカルトありえましぇん」
「はい、確保」
「咲さん!?」
これは見逃せない。
こっそり背後から近づき、バッグを奪うと中に入っていたのは『友達から大人の関係になる密室での方法』というかなりピンポイントな本が出てくる。
「ギルティ」
「こ、これはその! たまたま入っていて!」
「あらあら~。やっぱり淫乱ピンクだったのね、うちの副将さんは」
「うぅ……」
顔を真っ赤にさせる、その場にうずくまる和ちゃん。
今のうちに本を没収して……と、よし。
「それじゃあ、私はこれで」
「だから、ダメです!」
「復活早いね、和ちゃん」
「じゃんけん! 誰が鳴らすのか、じゃんけん!」
「う、うん。だから二人でどうぞ。私は参加するつもりないので」
「本当に!? 言ったわね!? あとで泣いても駄目よ!?」
「後悔しても遅いですよ!」
「どうぞ、どうぞ」
また白熱する二人たち。こんな姿を染谷先輩や優希ちゃんがどんな反応をするのだろうか。
二人ともため息を吐きながら、げんこつでも一発いれるんだろうな。
恋する乙女は怖い。
今日、それを学んだ。
私はこれ以上、二人に巻き込まれるのも嫌なので、早々に避難することに決める。
あ~あ、京ちゃん、待たせちゃったなぁ。
外の二人に思ったより時間とられちゃった。
私はバッグから鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んでひねる。
ガチャリと音がして玄関をくぐった。
「おばさーん。遊びに来たよ~。今日、泊っていくねー」
「「……は?」」
ドアを閉めるとき、背後からそんな声が聞こえた気がした。
すみません。書籍化作業でいろいろと更新遅れてます……。
落ち着くまで気長に待っていただけると幸いです。