麻雀少女は愛が欲しい   作:小早川 桂

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ようやく忙しい時期を乗り越えたので投稿再開していきます。


36.『宮永咲は思い知る』

 待って待って待って。

 

 そんなの聞いてないんだけど! お、女の子だけじゃないの、手紙って!?

 

 京ちゃんまで持ってるなんて予想外過ぎるよ!

 

 誰も考えようともしなかった事態に咲の頭はパンクしそうになる。

 

 須賀京太郎は咲が把握しているだけでも六人の異性から好意を寄せられている。いわゆる人気物件だ。

 

 そんな彼のもとに悪魔の贈り物が届いた。

 

「未来からの手紙って京ちゃんも冗談が過ぎるよー」

 

 軽口をたたくものの内心は動揺が嵐のように心を揺らしている。

 

 京ちゃんの手に握られた一枚の紙は私たち全員の未来を変えるといっても過言ではない。

 

 見たい……! でも怖い……!

 

 もし、そこに自分の名前が書かれていなかったら? 誰か別の女の子が記されていたら?

 

 考えただけでも泣いてしまいそうだ。

 

「俺も最初はそう思ったけどさ。でも、俺の過去のことも知ってるみたいだし……」

 

「過去? それって何のこと?」

 

「……それは内緒だ」

 

「なにそれ。気になるなー?」

 

「と、とにかくこれを読んでくれ」

 

 そう言うと京太郎は封筒から二枚取りだし、その内の片方を咲へ渡す。咲といえばチラリチラリと覗こうとするも京太郎に頭へチョップされて断念。涙目になりながら読み進めていった。

 

『というわけだからお前は将来美人なお嫁さんをもらいます。可愛い娘も出来るぞ!

 

 だから未来のことは何も気にするな! 今の須賀京太郎がやりたいことをするように! 後悔するくらいなら死んでもやりとおせ。

 

 そしたらきっと良い未来が待ってるよ。

 

 以上。未来の須賀京太郎からでした!』

 

「きょ、京ちゃん! 結婚しちゃうの!?」

 

「みたいだな。相手は書いてなかったけど」

 

「本当に!? 嘘は嫌だからね!?」

 

「なんでそんな必死なんだよ……。相手はグラマーでかわいい人らしいぞ」

 

「グラ、マー……?」

 

 咲は自分の胸元を凝視する。

 

 ペタン、ペタンペタン。手で上から沿っていくも一直線に流れる。

 

「……くっ!」

 

「いやー未来の俺はよくやったよって、どうした? 悔しそうな顔して」

 

「女は中身だよ! 体じゃないから!」

 

「お、おう。わかったから音量下げようか。周囲の視線が痛い」

 

「ご、ごめん……」

 

「いいって。……離れてシロ従姉さんのところへ向かおう。話も立ち歩きしながらでいいだろ」

 

「う、うん……」

 

 そそくさと逃げるように早足気味に二人は目的地へと歩みを再開する。

 

 よくよく考えれば私は京ちゃんが誰かと結婚する未来は知ってたし、あんなに焦る必要はなかったなぁ……。

 

 きょ、京ちゃん……機嫌悪くしてないかな?

 

 ふと心配になった彼女はそっと横顔を覗くが手紙を眺める京太郎に不快の感情は見受けられない。

 

 よ、良かったぁ。とりあえずこの件のことは部長たちにも話して意見を交換しあわないと。流石に一人で預かる案件じゃ……。

 

「……なぁ、咲」

 

「な、なに?」

 

「手紙は俺と咲の二人だけの秘密だからな。信用してるぞ」

 

「うん! もちろんだよ!」

 

 二人だけの秘密なら仕方ないよね! これは私の胸の中に閉まっておこう!

 

 京ちゃんは私を (・・)信じて教えてくれたんだもん。許可を持っていない人には伝えられないよねぇ。

 

 ポンポンと頭を撫でてくる京太郎に表情をとろけさせながら咲は何度もうなずく。

 

「それにしても面白いよな、未来からの手紙なんてさ」

 

「真偽はともかくとして、すごい物だよね。でも、よかったんじゃない?」

 

「よかったって……何が?」

 

「だって嫌な未来だったらそうならないように頑張ればいいし、望んだ未来なら今のまま頑張ればいいんだから」

 

「……そういうものかな」

 

「少なくとも未来の自分はそう思って送ってきてるんじゃないかな。方法も全然わからないけどね」

 

「……そうか。それもそうだよな」

 

 京太郎はなにか合点を得たのか、さっきまで持っていた手紙をぐしゃぐしゃと丸めると近くのゴミ箱へ投げ捨てる。元ハンドボール部員のコントロールは衰えておらずストライク。

 

 唖然とする咲に対してすがすがしい笑顔を浮かべた京太郎は後ろ髪を引かれることなく歩いていく。

 

「きょ、京ちゃん!? いいの!?」

 

「いいって……なにが?」

 

「手紙! 捨てちゃったけど……」

 

「ああ、いいんだよ。未来の俺からのメッセージはわかったし、それにあんなのがあったら変に意識してしまいそうだから」

 

「で、でもでも……」

 

「それにさっき咲も言ってたじゃないか。望んだ未来なら今のまま頑張ればいいんだって」

 

「あっ……」

 

「だから俺にはもう必要ない。こうするのが正解なんだよ」

 

 はっきりと告げる京太郎。本人に全く意図など存在しないが、その言葉と表情が咲に新たな悩みの種を植え付ける。

 

 京太郎が望む未来。それはグラマーな美少女のお嫁さんと幸せな生活を送ること。そこへ突き進む彼の邪魔を自分勝手な理由で私がしてもいいのかという問題。

 

 少なくとも咲は自分のスタイルが急激によくなるとは思えなかった。

 

「ほらさっさと行くぞ。さっきから余計な時間食って待ち合わせまでぎりぎりだから」

 

「あっ、きょ、京ちゃん」

 

 先を行く京太郎は咲の手を引いてさっさとその場を去ろうとする。彼女はゴミ箱から拾ってでも手紙を手にしたいところだったが好意を寄せる異性の前だ。いや、それ以前にモラルが欠ける行動だろう。

 

 どんどん離れていく景色に咲も諦める。京太郎が頑固なことはよく知っている。こうなったらもう意見を変えさせるのは至難の業だ。

 

 それにわざわざ拾う人(・・・)なんていないだろうしね。

 

「京ちゃん。私も一人で歩けるよ」

 

「ついでだし、お前はすぐに迷うからこうしておく。……流石に手を握られるのは嫌だったか?」

 

「う、ううん、別に!」

 

 むしろお礼を言っちゃうくらい! という本音は晒さない。

 

 手つなぎデートと言っても過言ではない状況を咲も楽しむことにした。悔いても終わったし、人の決めたことに物申すつもりもない。

 

 行く先々の観光場所を素通りして待ち合わせ場所へとたどり着く二人。周りを見渡すと広場のベンチにだらりと座る白髪の少女を見つけた。

 

 京太郎は記憶と変わらぬだらしない従姉の姿に嘆息しつつ、肩をポンポンとたたく。すると少女は顔をあげて二人へと手を小さく振った。

 

「シロ従姉さん。迎えに来たぞ」

 

「シロさんお久しぶりです」

 

「……久しぶり」

 

 あいさつに短く返すと小瀬川白望は再びベンチにもたれかかる。京太郎は知っている。

 

 白望は自分がいるとき必ず移動手段としておんぶを要求することを。小学校の頃は頼られている感じがしてうれしかった。

 

 ただ中学、高校と年齢が上がるに比例して羞恥と背中にあたる柔らかな感触に対する意識が上昇して今では恥ずかしい。だけど頼まれるとやってしまうのがお人好しな須賀京太郎という男だ。

 

「いいか、咲。俺は断じてたわわな胸の誘惑に負けているわけじゃないからな……!」

 

「逆に意識してるのまるわかりだから。さっさと行ってあげないと移動できないよ?」

 

「くっ! 幼馴染の視線と声音が冷たい……!」

 

 京太郎はいつもの流れで白望に背中を向けてしゃがみ込む。しかし、返ってきた反応は二人とは違うものだった。

 

「……ねぇ、京」

 

「なに、シロ従姉さん? この格好きついんだけど」

 

「……咲と付き合ってるの?」

 

「そんなことないけど……関係あるの?」

 

「……いや。どっちでもよかったし」

 

「……? とにかく早くホテルへ向かおう。荷物も多そうだし」

 

 やけに饒舌な白望に珍しさを感じつつ京太郎はおんぶをせかす。ようやく肩に手をかけたと思うと一瞬にして自分の顔へと白望の手が回り――頬へと唇が触れた。

 

「んんんっ!?」

 

 これには遠くから傍観していた咲もダッシュで二人の間に割り込み、精一杯の力で引き離す。京太郎はあまりの衝撃に動揺を隠せず、実行犯の白望はぺろりと舌で唇を艶めかしくなめていた。

 

「な、なにしてるんですか、シロさん!?」

 

「……ちょっと外れた」

 

「そういうことじゃなくて!」

 

「咲もいるのは予想外だったけど……まぁ、いいか。どうせ関係なくなるし」

 

 マイペースな白望はつっかかる咲を気にも留めず次々と話を進めていく。それどころかもう一度京太郎へキスをしようと歩み寄ってきた。

 

 普段はおとなしい咲も京太郎が関連する事案で黙っているわけにもいかず、対抗して白望に詰め寄ろうとする。だけどそれは彼女のほんのわずかな行動で止められた。

 

「好き」

 

 短く、だけど力強く発せられた言葉に込められた想いもまた強い。あの鈍感で一部から有名な京太郎でさえ勘違い

 をしなかった。

 

 いつも気だるげな彼女の姿を知っているからわかるのかもしれない。自分を見つめる瞳は真剣そのものであったことを。

 

「好きだよ、京。私の旦那様になって」

 

 繰り返し、白望は告げる。スローモーションに錯覚する時の中で咲は思う。

 

 京太郎に送られた手紙の意味を考える余裕などなかった。

 

 須賀京太郎の争奪戦は幕を開けていたのだ。

 

 ずっと前。彼の幼少期から、ずっと。




これからは隔週の金曜日に定期投稿するようにしていこうと思うのでよろしくお願いします。
次回更新だけちょっと早めて5/19です。

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