真夏の猛暑日。目下で暑さにギブアップしている人々をよそに太陽が頑張っている中、また別の暑さをヒートアップさせていた。
「…………」
にらみあう咲と白望。片や怒りを前面に押し出して、対する能面のごとく一切形相を崩すことはない。
緊迫した空気に一石を投じたのは京太郎の震え声だった。
「好き……? シロ従姉さんが?」
実はこれが須賀京太郎暦において
桃子と小蒔からは告白を飛び越えて求愛をされており、そちらの回数が並ぶという謎の人生を送る京太郎は現実味のある好意に弱いのだ。
「……そう。私は昔から京が好き。体も京好みになるように頑張った」
小蒔といい健気な少女に好かれる京太郎。白望はその豊かな胸を下から持ち上げてどれくらい大きくなったのかを見せつける。
吸い寄せられる京太郎の視線。まずい状況に陥ったと歯ぎしりを鳴らすのは咲。
彼女は急いで白望の行動を止めさせると京太郎のほほをベチペチと叩いた。
「京ちゃん! しっかりして!」
「い、痛いって咲! 大丈夫! ちゃんと自意識はあるから!」
ずっと座り込んでいた京太郎は立ち上がると咳ばらいをして白望の前へと立つ。先手を打たれないように二の腕を抑えると目を合わせて会話を始めた。
「シロ従姉さん」
「なに?」
「付き合ったらおっぱい揉めるかな?」
「いくらでも」
「よろしくお願い」
「――カンッ!!」
牌をたたきつけるように繰り出されたチョップは京太郎の脳天へと落とされた。衝撃でようやく京太郎は正気を取り戻し、慌てて白望から離れる。
「お、俺は何を……?」
「本能のままにうごいていただけだよ。シロ従姉さんに告白されて混乱していたから」
「……揉まないの?」
「……くっ……?」
断腸の思いで京太郎は歯を食いしばるも首を横に振った。今にも血涙を流しそうな表情で彼は白望の告白に返事をする。
「従姉さん……さっきの告白なんだけど」
「……大丈夫。今すぐには期待していない」
「……え? いいのか?」
京太郎が確かめると白望はコクリとうなずく。
「大会が終わった後に聞かせてほしい。聞いた結果が試合に影響するのは嫌だから」
「……わかった」
「だから付き合うのはそれまで我慢して」
「俺まだオーケー出してないけどね!?」
「その代わり体は自由にしていいから」
「それだと俺ただの畜生になるから!」
昔から京太郎はこんな風にマイペースな白望に振り回されっぱなしだった。独自の世界観を持つ白望は常識的には考えの及ばないことをしては一緒に遊んでいた彼を困らせていたのは親族間では有名な話である。
例を挙げれば中学に入っても一緒にお風呂に入ったり、同じ部屋で寝たり、一日中密着していたり……。よって彼女の体の感触を繊細に把握していた彼は頭に浮かぶ桃色妄想を吹き飛ばすので精いっぱいだった。
「……見たことあるから別に気にしなくていいのに」
「えっ! それは初耳だよ、京ちゃん!」
「む、昔のことだから! それより早くホテルに行くぞ! 従姉さんも荷物貸して!」
社会的に死ぬため絶対に口にしたくない京太郎は彼女の手からバッグをかっさらうと事前に知らされていた宮守女子高校の使用するホテルへと歩を進める。
慌てて後ろをついていく咲。だがしかし、白望といえばその場に立ち尽くしたままだった。
「待って、京!」
やがて聞いたこともない白望の大きな声に呼び止められた本人も咲も足を止めて振り返る。すると、彼女は両手を広げてこう言った。
「……おんぶ」
◇◆◇◆◇◆
今まで来た道を引き返す一行。白望はだらりと京太郎の背中に身を預け、咲はそれを恨めしそうに見ている。京太郎といえば手でつかむ太ももの肉感に考えがいかないようひたすら白望に話しかけていた。
「へぇ。じゃあ宮守は全員三年生なんだ」
「そう。後継ぎがいないから……京がこっちまで来たら解決するけど」
「女子高に男子は入れません」
「なら引っ越しだけしたらいい。私と一緒に住んだら麻雀も教えてあげるし京がお世話してくれるし……両方幸せだし」
「そんなの私が許しません!」
「……咲には関係ないよね? さっきからつっかかってくるけど」
「シロさんこそ少し調子に乗りすぎじゃないですか?」
「未来の彼女だから、私は」
「返事ももらってないくせに」
「行動に移していない咲に言われたくないけど」
後方で繰り広げられる殺伐とした空気に胃が痛くなる京太郎。
あれ……? 昔にシロ従姉さんが遊びに来た時ってこんな仲悪かったっけ……?
平和だったころの記憶に馳せる京太郎。少なくとも彼の思い出にそんな険悪なムードの一場面はなかった。
「……とにかく久しぶりの姉弟水入らずを邪魔しないで」
「放っておいたら何をするかわからないから」
「そうだ、京。これに見覚えある?」
「どれどれ?」
「無視しないでください!」
自分を相手にしない白望に怒りを募らせた咲は実力行使に出ようとする。だが、けん制するように白望が出した白の封筒に嫌な予感が的中したと顔をゆがめる。
同時にさっきまでより深く根を張る敵対心。もう彼女の中では白望はただの敵となっていた。
一方、未来からの手紙を女性陣ほど重くとらえていない京太郎は軽く応対する。
「あー、それに似たものなら俺も持ってたよ」
「……! どんな内容が書かれてあった?」
「未来の俺に関するものだったけど……まさか従姉さんも?」
「…………」
返事はない。だが白望は封筒から手紙を取り出すと京太郎へ見せる。
「ここに私の未来が記されている」
「やっぱり。俺はかわいいお嫁さんと幸せに暮らしているみたいだけどシロ従姉さんは?」
このとき京太郎は書いてあった内容が幸福なことだから失念していた。手紙には必ずしも幸せだった未来が描かれているわけではないということを。
かわいい従弟の問いに白望は言いよどんで、小さくつぶやく。
「……私は宮守のみんなと仲良く過ごして一生を終えるらしい」
「なんだ。よかったじゃん」
「……ただ一つだけ心残りを除けば、ね」
白望は京太郎の首に腕を回す。細い指がつーっと彼の首筋をなぞる。滴る汗がついたそれを彼女は口に含んで、初めて恍惚とした表情を浮かべた。
ずっと変わらなかった顔が明らかに紅潮し、とろけた悪魔のような笑みに前を向く京太郎は気づかない。
「それは京を手に入れられなかったこと。京は私以外の女にとられたの」
「じゃあ、俺のお嫁さんは少なくとも従姉さんじゃなかったってことか」
「そう。だけどその未来はきっと変わる」
「どうして?」
「
淡々と、だけど語気を感じる言葉に京太郎も何も返さない。一方、蚊帳の外だった咲がここで会話に復帰する。
「同級生のみなさんと一緒に暮らせたらそれだけでも幸せなんじゃないですか?」
「それを決めるのは私。あなたにとやかく言われるつもりはない」
「…………」
正論を返されて咲は口をつぐむ。だけど目線だけはそらさなかった。そんな姿に白望はため息をつく。
「……たくさん喋って疲れた。ダルい」
「あっ、いつものシロ従姉さんっぽい」
「京太郎の手紙貸して。それ読んでおくから」
「ああ、ごめん。それなら捨てた。いたずらかなーって」
「……拾ってきて」
「さすがに断るからね!? それにこれは俺が決めたことだし」
「……ダルい」
それだけ言って白望は初めと同じように京太郎に全体重を預けたような力の抜けた体勢をとる。再び乳圧に耐える苦行が開始された京太郎たちは件の手紙を捨てた公園へとさしかかる。
すると、視界に珍しい光景が映っていた。
数人の黒服に指示を送る巫女装束の少女の集団。それも男たちはみんな公園中のゴミ箱を漁っては元に戻すという行為を繰り返している。
一か月前の京太郎ならば関わることなくホテルへ直行だっただろうが、今は違う。彼は見覚えがあった。
彼女の服装にも。腰まで伸びる黒髪も。年齢に似つかぬ大人びた雰囲気も。
神代小蒔と再会を果たした京太郎は彼女の名前を憶えている。
「……霞さん……?」
かすかに口からこぼれた名を呼ぶ声はかき消されることなく相手のもとまで届く。
名前を呼ばれた少女が目を向けると彼女はひどい困惑と喜びの混じった形容のしがたい濁った表情で京太郎と同じようにつぶやいた。
「京太郎……さん……」
まだ5月19日の深夜24時02分だからセーフ(震え)
次は二週間後の金曜日です。
宮守のみんなは先にホテルへ到着しています。みんな白望の恋心を知っています。
※追記 感想返しは明日します