麻雀少女は愛が欲しい   作:小早川 桂

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38.『廻りだす須賀京太郎の運命』

 京太郎が神代小蒔に遊びを教えていた時、もう一人年上の付き人がいた。

 

 名を石戸霞。神代の姫を守る六女仙と呼ばれる巫女の筆頭格。

 

 厳しく優しい。矛盾しているようだが彼女の性格を表すなら、これ以外にはない。

 

 年長者として京太郎たちの道を正し、時には母のように甘えさせる。若いながら精神の成長が早かった霞は尊敬される人物として二人に慕われていた。

 

 そして、なによりも京太郎の人格に多大な影響も与えている。

 

 須賀京太郎の根幹をつかさどる二つのもの。

 

 お人好しと呼ばれるほど献身的な性格。

 

 もう一つは彼の趣味、嗜好だ。

 

 小蒔は中学からの努力によって大きくなったが、霞は違う。

 

 もとから大きく、勝手に育ちあがった本当の意味での天然記念物。手を一切加えていない果実は京太郎と出会った時にはすでに実っており、彼の性を目覚めさせたといっても過言でないだろう。

 

 京太郎がおっぱい好きになったのも霞が原因だった。

 

 そんな彼女が怪しげな黒服を率いているとなれば黙っていられないのは至極当然のことである。

 

「霞さん!? 俺だよ! 須賀京太郎! 覚えてる!?」

 

「…………」

 

 京太郎の声に霞は答えない。

 

 何かを言おうとして手を伸ばそうとするも中途半端に止まったそれは空を切るだけに終わる。唇をかみしめて閉口すると霞は彼から目をそらした。

 

「……霞、さん……」

 

 絶対に何か事情があると確信を得た京太郎は彼女のもとへと寄ろうとするが袖を引かれて動きを止める。

 

 幼馴染がワナワナと肩を震わせて、怒りを露わにしていたからだ。

 

「な、なにあの胸。絶対にいじってる。じゃないと不公平だよ、理不尽だよ、この世界」

 

「さ、咲? なにぶつぶつ言って」

 

「京ちゃん! 騙されちゃいけないよ! あれは偽物だよ! シリコン! Silicon Inside!」

 

「お前は本当に何言ってるんだ!?」

 

 理解できない咲の咆哮にツッコミを入れている間にも黒服は彼女を中心に集まっていた。目当てのものが見つかった彼らは霞へ手渡すと迅速な動きで解散していく。

 

 彼女に渡された品は一通の封筒、それも中はくしゃくしゃになった紙。

 

 京太郎はそれに見覚えがあった。なぜなら、所有者はつい先ほどまで自分だったのだから。

 

「霞さん……なんでそれを……」

 

「…………」

 

「……霞ちゃん!」

 

 昔の呼び名で京太郎は進路を塞ぐように彼女の前に立つ。

 

 聞きたいことが山のようにある。

 

 どうして俺の手紙を拾ったのか。どうして俺を無視するのか。

 

 全てが謎で京太郎には理解が出来ないことばかりだ。

 

 だから彼はどうしても霞と今一度、昔のように言葉を交わしたかった。

 

「久しぶり! 良かったら飯でも一緒に食べようぜ!」

 

「……ごめんなさい」

 

 だが、そんな淡い願いは簡単に打ち砕かれた。

 

 霞はポツリと呟くと京太郎の横を通り抜けて去っていく。 白望も何もアクションを起こさずにただその様を見届ける。

 

 京太郎はすぐに身を翻すが、一歩目を踏み出して止めた。

 

 真昼間の公園のゴミを漁る大量の集団。そのリーダーと思われる人物と会話を図れば視線は自分たちにも向けられることに気づいたからだ。

 

 今の自分たちは各々が全国麻雀大会の県代表という立場にある。ここで問題を起こすのは避けたい。手遅れだとしても被害が拡大するよりはマシだという判断だった。

 

 最悪マキちゃんに頼めばいい。心優しい彼女なら喜んで引き受けてくれるだろう。

 

「行くぞ、咲!」

 

「う、うん!」

 

 そう思った京太郎は咲の手を引いて、反対方向へと駆けていく。

 

「……昔は京太郎くんって呼んでくれたのに……」

 

 拭えぬ違和感と寂しさを漏らす。気持ちを抑えても京太郎は納得できていなかった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 周囲の目から逃れるように町中を走り続けた京太郎ら一行。がむしゃらに行けば迷うことがわかりきっているので頭の上の白望の指示に従っていた。

 

 京太郎は従姉の驚異的な運をよく知っている。それも遠くへ目指せば目指すほど、その選択が目的までの道に近くなるのだ。

 

 咲とは正反対の性質は京太郎のなかで七不思議の一つに数えられている。

 

「そこを右……うん、ストップ」

 

「はぁ……はぁ……ここは……」

 

 白望が制止をかけた場所は京太郎たちが泊まるのとはまた違うホテルだった。

 

「じゃあ私が使うホテルはここだから」

 

 まるでタクシーから降りるみたいに白望はそう言うとホテルへと入っていく。

 

 あまりにもシュールで変な笑いが込み上げてきた京太郎は力が抜けてしまい、その場に座りこむ。

 

 白望と彼女の荷物を持って駆け回った京太郎はすでに力尽きかけていたのだ。清澄で使い走りをしていなかったら途中で倒れていたことだろう。

 

「咲……大丈夫か?」

 

「……無理……死んじゃう……」

 

 運動とは無縁な咲が走るには明らかに無理のある距離だった。

 

 案の定、彼女は力尽きて京太郎へともたれかかる。汗がすごかったが彼も嫌がることなく受け入れて、ハンカチで汗をぬぐう。

 

 この後はどうしようか。うまく回らない思考の中で予定を立てようとする京太郎。そんな彼を大きな影が覆う。

 

 上を見れば真夏の服装とは思えない黒のロングコートにハット帽をかぶった人物が自分を見下していた。京太郎は自分よりも大きな背格好の。それも声から女性だと気づき、なおさら驚く。

 

「……井上さん以来だな。俺より高い人……」

 

「待っててね? もうちょっとでみんなが来ると思うから」

 

 黒づくめの少女は手を振って、誰かを呼んでいる。すると今度は聞き覚えのあるダルそうな声が入り混じった。 

「……ちゃんと救援呼んできた」

 

「アセ、スゴイ!」

 

「うわっ、大丈夫!?」

 

「シロ、あんた鬼ね……」

 

「ちょーかわいそうだよー」

 

 立ち上がる気力もない京太郎の前に集まるやいなや騒ぎ出す少女たち。

 

 どうやら白望の知り合いだということは彼にも理解できたが、今だけは静かにしてくれと思ってしまう。

 

「ほらほら。あんたたち静かにしな。この子は疲れ切ってるんだから」

 

 そんな風に京太郎の心情を代弁してくれたのは少女らの後ろから出てきた老婆。手には濡れたタオルを持っており、暑さと疲労にやられた二人の首元へかける。

 

 ひんやりとした感触に京太郎は心が安らいだ気がした。

 

「シロ。この子があんたの言う須賀京太郎だね?」

 

「そう。私の大切な想い人」

 

「なら、たっぷりおもてなししてあげないといけないねぇ」

 

 教え子の見たことのない乙女らしい表情に老婆はケラケラと笑った。勝手に進められる話に疎外感を抱いた京太郎は眉を顰める。

 

「おっと……。そうだったね。私は熊倉トシ。宮守女子の麻雀部顧問をやっているんだ。シロがお世話になっているようだね」

 

「……シロ従姉さんの……?」

 

 ようやく喋れるまで回復した京太郎は隣で咲の介護をしている白望に目をやる。すると彼女はコクリとうなずいた。

 

「シロが従弟が倒れてるっていうからあわててきたところさ。こんな熱い中よく追いかけっこなんてしたね」

 

「すみません。……いろいろと重なりまして……」

 

「ああ、気にすることないさ。事情は知ってる。――あんたの手紙についてだろ? シロから聞いてるさ。それに……私たち(・・)も手紙持ちだ」

 

 トシは胸ポケットから白い封筒を取り出す。いや、トシだけじゃない。後ろに並んでいた少女全員が手紙を持っていた。

 

 理解の追い付かない状況に京太郎は目を見開く。

 

「驚いたかい?」

 

「……はい、かなり」

 

「そうだろう、そうだろう。これについては後で話してあげるよ。今はゆっくりお休み」

 

 そう言うと熊倉トシは彼の視界を手で覆う。

 

 その瞬間、糸がプツンと切れたように京太郎の意識は闇に沈んだ。

 

「――私たちがあんたを守ってあげようじゃないか」

 

 トシの放った言葉を聞く前に。

 




うまく文章が書けなかった感。中身は一緒ですが細かい修正いれるかもです。

あとトシさんは攻略対象じゃないです(迫真)

再来週の金曜日を目指しますが、夏コミの当選発表次第になると思います。
でも、あと一回は絶対に更新します。

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