清澄が東京入りをする前日に、京太郎が先行して乗り込むことになったのは他ならぬ桃子の提案だった。
当然、急に言われても無理だと断る京太郎だったが、美穂子の寄せられた胸と桃子の抱き着きにあえなく轟沈する。
それにあわせて龍門渕の財力をふんだんに使い、個人での出場を決めた三人も東京入りを果たす。
京太郎が私用で遊べないことがわかっていた面々は事前に用事を済ませることになった。
衣は懐かしきエビフライを食べに、美穂子は風越の後援会への参加。
桃子は京太郎のストーカー。
「宮永咲……! どうして京さんと一緒に……!」
首筋を伝う汗をぬぐったタオルを歯で食いしばる。
桃子は京太郎とデートをしようと思っていたのだが、親戚を迎えに行くからと断られていた。
ならば彼に危害が及ばないように、あと将来の親戚になるかもしれない人の顔を見ておこうと京太郎の尾行を決めたのだが……。
「なんであの女はいいのに、ひどいっすよぉ……京さん……!」
京太郎の隣で嬉しそうに笑う咲の姿に桃子は泣きそうになる。
桃子は咲と白望が知り合いということを知らないため、咲は特別扱いされていると思い込んでしまう。
敵対している咲のリードに焦る桃子は後れを取り返すべく、早速明日からの予定を組み立て始める。
京太郎の時間をできうる限り、自分たちと共にしてもらえるように。
「あっ、動き出したっすね。ステルスモモは諦めないっすよ」
桃子は立案もほどほどに、ばれないよう彼らを追いかける。
「ハァ……ハァ……京さん、素敵っす……!」
時折、シャッター音をやかましく鳴らしながら、息を荒くさせること数分。
二人が立ち止まり、何やら話しているのに気づく。
またムカムカと腹立たしさに熱を上げていると、次の瞬間、己の目を疑った。
「あれは……手紙!?」
どうして京さんが持っているっすか!?
あれは未来が不幸な人の手にしか渡らないはず……!
ならば簡単だ。京太郎は未来で不運に見舞われているということ。
そして未来では私たちと京さんは知りあってすらいないかもしれない。
ということは、私たちなら京さんを幸せにできる可能性が大いにある!
俄然に明光が射しこんできた。
「どうにかして中身を読みたいところなんですけど……あっ!」
都合よく、京太郎がゴミ箱へ手紙を捨てるのを目の当たりにした桃子。
チャンスだと思った。
彼女は息をひそめて、二人が去る時を待つ。
一時的に京太郎と別れることになるが致し方あるまい。
それに迷宮都市・東京で迷子になるのを防ぐために龍門渕透華の発案で、それぞれの位置がわかるGPSアプリが追加されている。
合流しようと思えば、いつでも間に割って入れるのだ。
「京さんの未来がわかれば最悪の事態になる前に手を打つことができる……!」
京太郎を襲う不幸から救える。そして、自分たちも結ばれる。
なんと素晴らしいハッピーエンドか。
やがて二人が立ち去り、完全に姿を見えなくなる。
ゴミ箱を漁る行為というのは社会的にもあまりよろしくはない。それも全国大会に出場するとなれば、なおさらに。
だが、ステルス機能を身にまとう桃子にとって全く関係ない。
「遠慮なしに行くっすよ!」
桃子はゴミ箱に近づく。だが、それを制止するように進路を塞がれる。
見るからに怪しい黒服たちがゴミ箱周りを取り囲んだのだ。
明らかに異様な光景に桃子は焦りを覚える。そもそも自分の姿が見えていることに驚きを隠せない。
「な、なんすか、あんたたちは!」
「それはこちらのセリフです、東横桃子さん」
ふいに後ろから名前を呼ばれる。
桃子が振り返ると、そこには巫女装束の女がいた。
神代小蒔を大人にすれば、こんな風になるのではないかと桃子は思う。
それよりも自分に対する明確な敵意を感じた彼女はとっさに一歩後ずさった。
「誰っすか、あんた。私の知った顔じゃないっすけど」
「私は石戸霞。小蒔ちゃんがお世話になりましたね」
「神代つながり……」
なら、味方? いや、それは早計か。
「邪魔、しないで欲しいんすけど」
「邪魔なんてしてないわよ。あとで、あなたにも読ませてあげるから」
「今、貸してくれてもいいんすよ?」
「お断りするわ」
「それを邪魔って言うんすよ!」
桃子は京太郎の手紙へ向かって一直線に進むが、即座に男たちが壁を築く。
間違いなく男たちには、桃子の姿が視えていた。
「彼らは神代家を筆頭にちょっと特殊な訓練を積んでいる人たちだから、あなたのオカルトも通用しないわよ」
「私のことは調査済みってわけっすか」
「ええ。だって個人戦で戦うかもしれないでしょう?」
敵だ。
同盟を結んでいる神代さんはともかく、この女は間違いなく邪魔な存在になる。
桃子はそう評価を下した。
彼女は強行突破を考えるも、この戦力差。
龍門渕家という強大なバックアップを持つ点では変わらないが、今の状況では分が悪すぎた。
「目の前に宝があるというのに諦めないといけないっすか……」
悔しさに顔を歪めると、石戸霞はニコニコと恐怖さえ感じる能面のような笑顔で桃子に手を振る。
「ほら。私の相手をしていてもいいのかしら? 愛しの愛しの京太郎君がこの間にも何をされているか、わかったものではありませんよ?」
「あんた、むかつく女っすね」
「誉め言葉として受け取っておくわね」
「……食えない奴」
それだけ言い残し、桃子は手紙を諦めて京太郎のストーキングを再開することにした。
もちろん後ろ髪を引かれる思いだったが、実際に男たちを相手に一人では歯が立たない。
すぐにでもこの情報を共有したいと思った彼女は美穂子や衣にメールを送ると、GPSで京太郎の位置を確認する。
「あー! 入違ってる!」
桃子は先ほどまで止まっていた京太郎の位置へ向かっていたのだが、彼は別のルートを使って公園へと逆走していた。
余談だが、桃子を避けたルートを指示したのは白望だったりする。
白望もまたオカルト持ちだ。
彼女にとって最も良い結果をもたらす道を示す能力、マヨイガ。
しかし、そんなことを知らない桃子は慌てて引き返す。
そこから桃子のエンドレス・鬼ごっこが始まった。
◇
そして、時は戻る。
にらみ合う家族同盟と宮守お嫁さん組合。
「……ここまでついてきたんだ」
「当然! 私と京さんは愛の糸で結ばれてますから!」
「じゃあ、私がそれ切っちゃおうかな」
「無理っすね。物理的にもつながっているんで
そう言って、スマホを取り出す桃子。
画面には『愛しの京さん』とアイコンが点滅しており、どうやら彼の位置を特定するアプリを持っているのだと白望は見当をつける。
「……なんだ。ストーカーか」
「違いますー。愛ゆえの行動ですー」
「そう……。なら、私も愛ゆえに子作りするから部屋から出てくれる?」
「許すと思ってるんすか!? ありえないっす! ていうか、ぶっとばす!」
「も、桃子ちゃん。落ち着いて。ね?」
「そうだぞ、桃子。衣のように冷静な態度をだな」
「そこのおチビちゃんは何の用? 子供には刺激が強すぎるシーンだけど」
「衣を子供と言ったな!? 許さんぞ!」
「衣ちゃん!?」
簡単に釣られる二人をたしなめる美穂子。
元来、彼女ももめ事を好む性格はしていない。
そこでいともたやすく料理された三人に代わって、一人の痴女が交渉役として前へ出た。
「落ち着いて、三人とも。すまないね、迷惑をかけて」
その姿に白望も思わず言葉を失った。
一番常識人のように振舞っている彼女が、最も常識のない格好をしていたのだから。
あれはもはや服と呼んでもいいのだろうか。
ただ布を羽織っているだけなのではないか。
初めて対面する露出魔に白望は思わずたじろぐ。
「ボクは国広一。そこの須賀京太郎はボクらにとって大切な人物でね。返してほしいんだ。あと、そこで寝ているお姫様もね」
「……咲はともかく、それはできない。京をどうこうする権利はあなたにないはず」
「それを言うなら、君もだろう?」
「京は私たちを選ぶに決まっている」
「それはどうかな? 京太郎、いつまでそこにいるつもりだい? さっさとボクらの元へ帰っておいでよ。そして、昨晩の続きをしよう」
一はわざとらしく、一拍置いてはっきりと告げる。
「全国大会に出場している女子のおっぱいランキングをつける作業がまだ残っているだろう?」
彼女から発せられた信じられないことに白望を除く初対面の宮守女子の面々は思わず自分の胸を抱いて隠した。
一方、桃子はなぜか自信満々に胸を張っている。
国広一が言っていることはもちろん、真実など一つもない嘘ばかりだ。
しかし、効果はてきめんだった。
どこか京太郎を受け入れる空気があった女子たちは冷たい目線を京太郎にぶつけている。
好感度の低下は明らか。
「それにボクとしてはあまり事を荒立てたくない。いくら君たちと言えど、龍門渕グループを敵に回すのは控えたいだろう?」
「…………」
白望はポーカーフェイスを貫くが、内心舌打ちをしていた。
龍門渕グループとはそれほど影響力を所持している。
天江衣にこの場所がバレた時点で、作戦の失敗は決まっていたのだ。
追い込まれた白望。
当人たちを差し置いて、勝手に進む戦況。
救いの手を差し伸べたのは、さっきからカップラーメンをすすっていた老婆だった。
「まぁまぁ、落ち着きなさいよ。白望、ここは引いておきなさい」
「……でも」
「逸る気持ちもわかるけどね。不利なものは不利なのさ」
「……わかった」
そう言って、白望はずっと乗っていた京太郎の上から退く。
ただし、ただでは終わらない。
「また後で会おうね、京」
そう言って彼女は軽く京太郎のほほに唇を当てる。
「な、なにしてるんすか!? 私たちの京さんに!」
「……別に。親戚として当然のスキンシップ。これくらい何度もしてる」
「どこが!?」
「……今のは少しやりすぎでは?」
白望の挑発に美穂子まで開眼して、やる気になる始末。
だが、冷静な痴女と老婆がそれぞれをたしなめることで場は落ち着く。
「気にしないよ、福路さん。どうせあとで同じようにキスでも、なんでもしたらいいだけの話さ」
「シロ。大人の言うことを聞きなさい」
「ち、違いますよ、国広さん! 私は別にヤキモチを妬いたわけじゃないんですからね!?」
「……わかった」
「ほら、好きにしたらいい。だけど、一つだけ言わせてもらうとねぇ? 最後に笑うのは、うちの子たちだよ」
「お構いなく。きっとそんなときは二度と来ないだろうからさ」
「イキのいい若者は嫌いじゃないねぇ。みんな、ちょっとの間だけ部屋を開けるよ」
トシは白望たちを部屋の外へ連れ出すと、最後に不穏に言い残して、部屋を後にした。
きっと京太郎たちがホテルを去ったのを確認してから、戻るのだろう。
張り詰めていた空気が弛緩し、ホッと胸をなでおろす美穂子と一。桃子と衣はいまだに入り口をにらみつけていた。
この勝負は一たちの勝ちといっても過言ではないだろう。
なぜなら、
こうして長野を飛び越えた京太郎争奪戦の一回戦は不戦勝という形で幕を閉じた。
11月に全国にて販売される私の小説の情報が出ましたので、よろしければ活動報告もチェックお願いします!
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