「そうだよ、告白しよう」
これが意気地無しの彼女が授業中に考えついた最善の戦略である。
簡単に言えば、京太郎に自分の気持ちを知ってもらうのだ。
そして、返事を聞く前にこう牽制する。
『京ちゃんが私を女の子として好きになってくれるように頑張るから……その時に返事をください』
これで確実に京太郎は自分を思春期の女の子として再認識するだろうし、彼女の努力次第では上手くいく可能性も現れる。
「……やっぱり気持ちを告げるのは恥ずかしいけど……」
必要なのは勇気だけ。
確かに恥ずかしさがなくなったわけじゃない。
けれど、京太郎を失う悲しみの方が咲の中での比重が大きかった。
過去に姉と別れた時と同じ痛みはもう二度と味わいたくない。
そして、何よりも私は京ちゃんのことを……。
その二つの想いが重なり、大きな力となって彼女を動かす原動力となる。
「我ながらいい作戦だよ!」
ふんすと鼻息荒い咲。
決行は今日の部活動終了後。
「京ちゃんは部長に後片付けを頼まれるだろうから私も手伝って……うん、いける」
悲しいことに京太郎を申し訳なく思ったもののいつも任せっきりだった。
だけど、それは全員に共通していて違和感なく二人きりになれるチャンス。それも今日だけじゃない。明日、明後日もずっと二人で過ごせる機会なのだ。
咲にとって逃してはならない魚だった。
「頑張るぞー、私ー!」
というわけで、部室。
「じゃあ、須賀君。後はよろしく頼むわね」
「はい。お疲れさまです」
久はいつも通り京太郎に部活動の掃除を任せてみんなを連れて部室を出ようとした。
これは決して京太郎をいじめているとかそういうことではなく、久たちはまこの雀荘での実戦形式。初心者の京太郎は部室でネト麻。
それならば使った牌の片付けも京太郎に任せようという運びになったのだ。
久たちも申し訳ないと思っているし、京太郎にも不満はある。
だが、彼女の今年に
それが京太郎がお人好しと呼ばれ、他人に好かれる所以でもあるのだが。
「あ、部長! ちょっとお願いがあって……今日は私はここに残りたくて……」
「あら? どうしたの? あいびき?」
「ち、違います! 私は感覚で打ってしまうのでネット麻雀でも特訓したいなぁって……」
「…………ふーん」
「あの……その、ダメですか?」
久はしばらく考えるそぶりを見せるが、咲の訴えかける視線がいつもの弱気な彼女とは違う力がこもっているように感じられた。
実際咲が言っていることは間違えておらず、将来的には久もこの特訓をさせるるもりだった。
「……仕方ないわね。わかったわ。じゃあ、咲はここで須賀君と一緒にネト麻。いいわね?」
「は、はい!」
名前の通り、花が満開に咲いたような笑みを浮かべる
「それじゃあ、お疲れさま。また明日ね~」
フリフリと手を振って久は部屋を出ていく。続いて、まこ、優希、和といったところで和が二人へ振り返る。
「どうかした、和ちゃん?」
「……いえ、ネット麻雀をするなら私がいた方がいいのではないかと思いまして」
「う、ううん! 大丈夫だよ! 普段通りに打てばいいだけだし、やり方は京ちゃんに教えてもらえばいいから!」
「ですが……」
「和ー。あなたはもっと現場で空気に触れて打たないとダメなんだから雀荘組よ」
「……今までネットにこもっていた弊害がここに……」
「なにブツブツ言ってるの? それともなーに? 須賀君と二人でいる咲に妬いてたりするの?」
「そうではありませんが……はぁ」
一つ嘆息をはさみ、和は京太郎の元へ近づくと両手を包み込むように手に取る。
白くきめ細やかな肌はもちもちと柔らかく、憧れの女の子の行動に京太郎は動揺して固まった。
「須賀君。咲さんのことをよろしくお願いしますね?」
「お、おう。こいつのことはよくわかってるから任せとけ」
「幼馴染だからね!」
「……そう、ですね。お二人は
「う、うん? そうだね」
和のどこか遠まわしでの言い方に違和感を感じながらも咲は返事をする。ニッコリと普段の彼女とは違う貼りつけたような笑顔も同様だ。まるで恋敵と相対したライバルのような……。
……まさか、ね。和ちゃんが京ちゃんを……なんてことは……ないない! だって、京ちゃんいつも和ちゃんのおっぱいガン見してるし!
頭を振って悪い考えを吹き飛ばした咲は小さく手を振った。
「では、部長も待たせているので行ってきます」
「行ってらっしゃーい」
「頑張れよ!」
ペコリとお辞儀をすると彼女も先輩たちに置いて行かれないように駆け足で部屋を出た。
バタンとドアが閉まる音が外の世界と切り離されたかのように錯覚させる。
これで完全に二人きり。
狭い密室に二人きり。
だ、大丈夫。簡単なことだよ。
お話して、いい雰囲気になって、私が告白するだけ。
だから、まずは私から会話を始めること! 変に意識しちゃダメだよ!
掌に人を書いて、美味しく食べたらハイっ!
「き、き、きょちゃっ!」
噛んじゃったよー!!
心の中で悲鳴が炸裂する。
京太郎は当然変な目で見ているし、咲の弱メンタルはそれに圧されて泣きそうになる。元々、失敗するとズルズル引きずってしまうタイプ。
いつもならばここで泣きついて計画は破たんしていただろう。
しかし、今日の咲は一味違う!
……ううん、もう一回トライだ! 今日は未来を背負ったニュー咲ちゃんだもん!
すぅっと一呼吸入れてリセットすると咲は今度こそ話題を切り出した。
「京ちゃん! なにする!?」
「いや、ネト麻しろよ」
その通りだよー!!
二回目の叫びが心で反響する。
京ちゃんの冷静なツッコミで会話が終了しかけるが、ニュータイプ咲はめげない。
精一杯テンションを上げて話を続けようとする。
「それもそうだね! なら、京ちゃんからどうぞ!」
「お、おう。お言葉に甘えるけど……咲、なんかテンション高くないか?」
「……そうかな?」
「そうだよ」
京太郎はパソコンを起動させると椅子を引いて、ポンポンと座席を叩く。
「ほら、来いよ。アカウント作るから」
「でも、私パソコンできないよ……?」
「そんなことわかってるよ。だから、俺が教えてやるからお姫様は言うことを聞いておいてくださいねーっと」
「わわっ!」
京太郎は咲の手を引いて椅子に座らせるとそのまま後ろに回って、マウスに手を添えた。
つまり、咲の手の上に重ねる形。
「きょ、京ちゃん? こ、これは……」
「こっちの方が早いだろ? 咲も感触に慣れた方がいいし、やり方は覚えた方がいいし」
「そ、そうだね。京ちゃん先生に任せます……」
もう何も言うまい。
咲は全神経を手のひらに集中させた。
上から被さるごつごつと力強さを感じる手はやっぱり男の子なんだとたくましさを感じさせる。
それに少しだけ存在を示す凹凸。それは咲も小さい頃に経験したもので……。
「麻雀が下手な俺が咲に先生って呼ばれるのは変な感じだな」
「……そんなことないよ。京ちゃんいっぱい練習してるじゃん」
「……まぁ、いつかはみんなに追いつきたいから」
「うん、その気持ちが私は嬉しいな」
咲は思う。
小さい頃から家族で麻雀をやっていて勝っても怒られ、負けても怒られる理不尽が嫌で麻雀も遠ざけていた。
そして、京ちゃんも今、そんな理不尽にさらされている。
麻雀初心者が全国チャンピオンや実力者の部長。雀荘の娘の染谷先輩に随一の爆発力を誇る優希ちゃん。
このメンバーと卓を囲んですぐにトバされて、訳も分からないままに負けている。
そんな状況下でも京ちゃんは諦めない。
諦めるどころか、私達を追いかけようとしている。
そんな姿勢が京ちゃんの格好いいところで、私が彼を好きな要因なのだ。
……えへへ、嬉しいなぁ。
「………………」
「……あ、ごめんね、京ちゃん。ちょっとボーっとしちゃって……私の顔になにかついてる?」
「っ! いや、別に。だらしない顔をしていたから引き締めてやろうと思ってな」
そう言うと京太郎は咲のほっぺをつまんでムニムニと引っ張る。
最近開きはじめていた距離が縮まったように思えた咲も嫌がる素振りも見せずにされるがまま。
そうやって笑いあう二人の姿はまるで恋人同士のようだった。
次回で咲ちゃんメインは一旦、終わり
和ちゃん編にいくよ