え?誠は結局誰派なのか?
それは勿論、〈フラクシナス〉派ですよ。〈ラタトスク機関〉派ではなく。
Date.29「WELCOME to DEM!!」
鳶一折紙は目を閉じる。
思い出されるのは、つい数時間前の出来事。
「鳶一折紙一曹を、懲戒処分とする」
査問の場に於いて告げられた判決。部屋の中央で、幹部達の視線を一身に受けていた折紙は、良くそれだけで済んだと思った。しかし、自分が力を奪われたことには、代わりがない。
無力。悔い。未練。そして決意。
例えASTとして闘えなくとも、まだ全て終わった訳ではない。イギリスの対精霊部隊SSSには知り合いがいる。彼女らを頼るというのも一つの手だ。手段を選ぶ余裕が無い。そうでなければ、両親の仇が誰かも分からぬまま────
突如として響く、思考を中断する轟音。
一同の視線が、たった今破られたドアに向けられていた。
「あらら、俺こんなに注目されたの初めて。ハッズカシー!」
そこには、ドアを撥ね飛ばしたであろう右掌を突き出したまま制止する、識別名〈サッカバス〉─────折紙の後輩:色無誠が立っていた。
「何をしに来たの」
静寂の中、折紙の平坦な声が響く。
「あ、先輩。おはようございます。いやね?彩から、折紙先輩にカフェで一杯奢ってもらったって聞いたんで。細やかながらお礼しに来ました」
そう言うと、誠は折紙の位置まで歩みより、彼女を裁く幹部達から庇うように仁王立ちする。
「お初にお目に掛かります。わたくし、識別名〈サッカバス〉。色無誠────精霊です。今日は皆さんにお伝えしたいことがありまして参りました」
張り詰める空気。幹部達が息を飲む中、正面に相対する桐谷陸将が口を開く。
「聞こう」
「ありがとうございます。では………、」
誠が頷く。と同時に霊力を解き放ち、会議室を覆い尽くし、折紙を護るように触手を展開する。
「覚えておけ。よく覚えておけ。鳶一折紙はこの〈サッカバス〉とASTとを繋ぐ代理人。彼女無くして俺と交渉出来ると思うなよ、AST」
霊力の暴風が吹き荒れ、室内が蹂躙される。傷害が目的でないこの圧力は、しかし折紙以外の人間を床に薙ぎ倒すには十分過ぎた。
最早これは査問ではない。一方的な通告。鳶一折紙を失うことは、ASTが掴みかけた精霊対策の切り札を喪うことを意味する。尚且つ─────ここで殺される。
「な、何故だ!!何故鳶一一曹でなければならんと!?」
机にしがみついて堪える桐谷陸将が叫ぶ。冷やかな視線と共に、刺すような気迫で誠が返す。
「
更に険しく睨み付けた途端に、陸将が身体を預けていた机が音を立てて割れ、背後の壁に叩き付けられる。傍らの折紙以外に立っている人間がいなくなると、誠は触手も霊力も引っ込めた。そして、
「決まりましたかぁ、オ・ジ・サ・マ?」
自身が美人だと理解している女の作り笑顔を投げ掛けた。
誠が内心でしてやったりと思っていると、折紙がぐいと誠の肩を掴んで向き直らせる。
「………何をしているの」
「へ?」
「あなたは………私の為とはいえ、遂に自分の欲望の為に、公権力に対して力を使った。もう、ただの中立精霊ではいられない」
「あ、あー………確かに………」
誠の笑顔が引き吊る。やってしまったと思っているようだ。つくづく思慮が足りない、とばかりに、折紙は表情を変えずに小さな溜め息を漏らした。
しかし、やってしまってもただでは起き上がらないのが色無誠だった。
「あー………じゃあこうしましょう。交換条件でどうです?折紙先輩の処分を撤回した場合、俺が新装備開発に協力するって感じで」
先程までと較べるとかなり低姿勢になった誠。しかし、それに答えたのは、桐谷陸将では無かった。
「素晴らしい!それは願ってもみないことだ。陸将、是非その提案を呑んで戴きたい」
既に戸を打ち破られ、開かれたままの入口より一人、男が悠然と姿を現す。
DEM社業務執行取締役、則ち世界で唯一の顕現装置メーカーのヘッド─────アイザック・レイ・ぺラム・ウェストコット。
以前、誠も見せられたことがある。言わば、〈ラタトスク機関〉の、最大の
「我々も顕現装置開発に
痛みに耐えつつ立ち上がった陸将は、ウェストコットに見えぬよう歯噛みした。ASTよりも上質の装備を揃えた私兵を持ちながら、よくもぬけぬけと。しかし、色無誠が技術提供すれば、相対的に装備の質が高まるのもまた事実。
だが。桐谷陸将とて、譲れないものがある。
「それとこれとは話が別だ。そちらの試作機を無断で持ち出した上に大破させた鳶一折紙一曹の処分はせねばならん!」
はっきりと断言した。したのだが………。
「住居はこちらで用意しよう。当然、給金も出させて貰うよ」
「幾ら?」
「言い値でどうかな?」
「────気に入った」
「────商談成立だ」
陸将を完全に放置して、ウェストコットと誠が固く握手していた。その様子を、冷ややかに折紙が見つめている。
「勝手に話を進めるな貴様ら!!」
苛立ちを隠さずに言葉にする桐谷。しかし逆に、お前は何を言っているんだと言わんばかりの疑念に満ちた視線を投げ掛けられる。
「え?まだ片付いてないの?」
「これ以上話し合う必要などありますか?」
「貴様ら………」
場を掻き乱すことに定評のある精霊と、何を考えているのかまるで解らない取締役。最悪のタッグを相手にして、陸将の心労は最早ブレーキの効かない暴走車のように蓄積されていく。俗っぽく言えば、もうやだこいつら、といったところか。
苦虫を何十匹か噛み潰したようにくしゃくしゃになった顔で、陸将は喉から声を絞り出す。
「………………鳶一折紙一曹」
「はっ」
「懲戒処分を撤回、二ヶ月の謹慎を命じる」
「しかし陸将、それは─────」
精霊はともかく、一般企業の圧力に屈するのか。折紙が自分の立場も忘れて異を唱えようとするが、
「じゃあその間、先輩もテストパイロットやれば良くね?」
「それはいい。〈ホワイトリコリス〉を乗りこなした魔術師を、一時とはいえ手元に置けるのは願ったりだ」
「謹慎という言葉の意味を知っておるのか貴様らァ!!」
二人だけでどこまでも勝手に話が進んでいた。
─────そして、今に至る。
突然過ぎる環境の変化。
明日より折紙が通うのは、DEM日本第一支社。学校と、自宅と、DEMの研究施設を往復する二ヶ月が始まろうとしていた。
しかし、これはチャンスである。DEM社の魔術師は総じてレベルが高い。折紙の戦闘技術を向上させるには、十分過ぎる環境だ。また、テストパイロットとして、一時とはいえ専用機が得られる可能性がある。
────誠に感謝せねばならない。折紙はひしひしと感じていた。相変わらず後先考えない無茶をするが、仲間思いな点だけは確か。結果的に助けられた。
だが。思えば、誠は結局誰の味方なのだろうか。精霊に肩入れしているかと思えば、こうして人間にも味方する。双方の味方と考えていたが────
考えても答えは浮かばず………折紙はそれ以上考えるのを、止めた。
◇
俺、色無誠。今日からサラリマン、いやキャリアウーマン?とにかく高給取りになりました!イェイ!
「お金が増えるよ、やったね繰三ちゃん!」
「くるみみみ」
オフィス街を行く俺と、俺の着ている童貞を殺す服の胸元から顔を覗かせるちび状態の繰三。道行く人の注目は必然的に集める訳だが、写真撮りたい方には普通に応じながら歩いていく。
「ふふふ、繰三、そう言うな。今日から俺達、メシが豪勢になるぞ?一汁三菜安定だぞ?」
「み!みみみ!るみー!」
「何ィ?ビュッフェにローストビーフぅ?食えるともよ!アイザックから前金貰ったからな!」
「ざふきえる!」
嗚呼、財布の中が久々に暖かい。この間繰三に水着買ってやったせいで有り金の大半を失い、一日百円生活を覚悟してたからな。今は懐に50万ある。え?世界的大企業から貰うにしちゃあ少ないって?いいんだよ、俺の言い値だもん。
「しかも今日から風呂付き家具付きベッド付きの家だ!文明万歳!!」
「みー!」
アイザック、お前のこと気に入ったぜ!仲良くなれそうな気がするな!金の亡者的友情!そら金は命よか重いっすからねぇ。
………そういや、行く前に琴里司令に何考えてんだってキレられたなぁ。潜入調査って言っても許してくれなかったしなぁ。まあわりと好き勝手するつもりだけど。
「みみみ」
「────あーはいはい、お前にはお見通しだよなぁ。俺が司令から離れたいってのは」
流石にさ、フラれていきなりいつもの調子で付き合えってのも無理じゃん?ヘタレ言うなやコラ。俺だってケッコー堪えてるんよ。俺の初恋は自覚と同時に光速で粉砕されたんだぜ?
「みみ。みみみー」
「ん?着いた?ここかぁ………」
並び立つビル群の中でも、一際高く空に聳える黒鉄の城………じゃねぇ、高層ビルだ。ここが俺が厄介になる、DEM社日本第一支社である。
聞くところによると、ここ鏡山市のオフィス街に立ってるビルの大体が、DEM社関連施設らしい。くっそ、ボンボンめェ!ボンボン企業め!何か前金を二、三倍は要求しても良かった気がしてきたぞ。
………………まあいいさ。ここで俺は今日から月給100万生活が始まるんだ。ガッツリ稼がせて貰おうじゃないか。何かこの機会を逃すともう稼げなくなる予感がビンビンにしてるしな。
「みみ?」
「ん?受付に俺の名前を出せば、担当の人が来るってアイザックが言ってた」
すれ違うスーツのDEM社社員達の視線を軽く流しつつ、堂々と正面から乗り込む。社内に入れば、先程とは比べ物にならない程に社員達から注目された。しかし何を気にする必要があろうか。俺はお呼ばれしてるんだぞー、と受付に向かう。
「すいません、色無誠と申しますが」
アイザックに聞いた通り、受付嬢に名前を告げる。─────が。
「はぁ」
あれ。え、何それは。そのうっすい反応は何すか。
「………あの、アイザック取締役から話通ってません?」
「ありませんね」
………………。
「アイザーーーーーック!!!!どうなってんだアイザーーーーーッッッック!?」
「申し訳ありませんが、お引き取り願えますか?」
受付嬢に、いい笑顔でバッサリ切られた。なんだこれ。なんだこれ!?俺間違えた?実は明日だったとか?
「にべもねぇ!?いやぁ、ちょっと確認とか取って貰えません!?」
「ですが、向こう一ヶ月の予定の何処にも色無誠様のお名前はございませんが」
食い下がってはみたものの、受付嬢は俺の足掻きを完全シャットアウト。とりつく島もないとはこの事か。ひでぇ。周囲から凄く残念なものを見る視線と、くすくすと笑う声を感じる。
「ウッソだろお前!?予定管理ガバガバかこの会社!?YO!?」
「あまり騒がれると他の方の迷惑になりますので………」
「現在進行形で俺が迷惑してるんですけど!?」
受付前で俺がギャーギャー騒いでいると、警備員が二名程やって来て俺の腕を掴む。
「ごめんねお嬢ちゃん、悪いけどイタズラは他所でやってね」
「というか高校生くらいだよね君。そろそろこーいう遊びは止めるべきだよ」
そう微笑むと、俺を入口に運び出そうとする。有名な、宇宙人が捕獲された時の写真みたいな感じで。
………………俺の中でプッツンと堪忍袋の緒が切れた音がした、丁度その時。
「何の騒ぎかな?」
俺が摘まみ出されんとしていたまさにその入口から、悠々とアイザック・ウェストコットが姿を現した。場の空気が水を打ったように冷ややかになる。社員一同、凄まじく緊張しているのが明白だった。
「おーいアイザック、これどうなってんの?」
「申し訳ありません。子供の悪戯です」
「今、追い出します」
不手際を見られたと思った警備員が、アイザックに向かって声を上擦らせる。俺を掴み上げる力が増している。手汗もだ。ちょっと、女の子をおっさんの汗でベタベタにするとか非常識ですよ。中身男だけど。
しかし、アイザックは微笑を浮かべ、手でそれを制止する。
「ああ、彼女は私の客だよ。イロナシマコト、私の名前を出さなかったのかい?」
「言った」
「ほら」
にわかに警備員の顔が青ざめた。俺から手を離し、じりじりと距離を取る。受付嬢も、身体を震わせて怯えている。アイザック・ウェストコットの前で、彼の客に無礼を働いた。まさか俺みたいなイカ臭い、あいや乳臭い小娘が客とは普通思うまい。
時間が凍りついたかのような重苦しい雰囲気が社員達に漂う中、アイザックはフッ、と笑う。
「─────まあ、私がわざと連絡しなかったんだけどね」
「アイザックてめェかッッッ!?!?」
脱力した。距離的に届かないのを承知で右手でツッコんだ。
確信犯か。お前が元凶かアイザック。
「何で!?何でそーいうことする!?」
「長い人生の中には、愉悦という名の刺激が必要だよ」
「社員まで巻き込んで実行すんの止めよう!?ねぇ!?」
「サプライズというやつさ。君は私の可愛いエレンと仲良くやってくれたらしいからね」
「いっそストレートに意趣返しだって言えよ !?」
肩を竦めてみせるアイザック。その場の誰もが唖然としている。うん。こいつ嫌い(素早い掌返し)。いつかこいつの寝てる間にシャンプーとリンスのボトルの中身すり替えてやる。
あーーくそ。それにしても笑顔の絶えないいい職場じゃねぇか(錯乱)。今日から楽しみだなぁ、やけくそだけど!!
「さあ、では君の職場へ案内しよう。と言ってもすぐそこだ」
くるりと踵を返したアイザックは、社員達にすまんの一言も無く、来た道を引き返す。俺が悪い訳じゃないのに申し訳無い気分になったので、取り敢えず受付嬢に会釈して逃げ、アイザックの後を追った。
◇
DEMインダストリー日本第一支社より徒歩で10分の場所に、その施設はあった。
『DEMインダストリー・特別技術開発局』、略してDEM特技局である。
周囲の高層ビル群と異なり、六階までしかなく低めの建物だ。しかし、反比例するかの如く、敷地面積は町の区画を優に四ブロックは保有している。
これが、
「一体、どんなプロジェクトになるんですかね。ミリィは見当が付きませんぞ」
「例え如何なる計画だとしても、精霊の誠が出来ると言うなら、やれる」
特技局三階、第一会議室へと向かうのは、謹慎中にテストパイロットとして貸し出された折紙と、付き添いの整備士でDEM社所属のミルドレッド・F・藤村。そして、
「お、折紙さぁーーん!待ってぇ、待ってくださぁーーい!!」
抱えた機材や会議の書類の束でほぼ前の見えていない、ASTの優秀な見習いこと、岡峰美紀恵。一応謹慎扱いの折紙を監視するという名目で、同行させられている。本人は折紙の手伝いが出来るとやる気十分だが。
この三人が、ASTから派遣されたメンバーだ。
「ほらミケ、もうすぐ会議室ですよ。シャキッとしないと笑われちゃいますぞ?」
「そういうミリィはどうなんですかー」
「なっ!ミリィは万全ですぞ!大人だから出来てますぞ!?」
「とても、心配」
「オリガミまで!?」
他愛なく談笑しながら歩く三人だが、これこそAST隊長:日下部燎子の狙いだ。普段仲の良い三人で組ませることで、折紙の負担を少しでも減らす。燎子なりの気遣いだ。
そうこうしているうちに、目的の部屋に辿り着いた一同。ドアをノックした後に開き、会議室に足を踏み入れる。
「お、先輩!待ってました!!」
会議室の最奥、議長の席に座るのは、ペットに餌付けするように繰三にポッキーを食べさせる色無誠。傍に、赤みがかった茶髪の女性が控えている。また、室内には三人掛けの机が対面になるように二つ置かれており、既に片側の三席はDEM社の社員らしき女性三人で埋まっていた。折紙達も、残る席に順次着いていく。
それを確認し、誠の隣に控えていた女性────アデプタスナンバー3、ジェシカ・ベイリーが口を開く。
「揃ったわネ。でハ、会議を始めましょウ」
「おう、じゃあジェシカさん宜しく」
「アナタが音頭を取りなさいヨ。アナタがこのプロジェクトのリーダーなノだかラ」
「えー………仕方ないかぁ」
渋々といった様子で誠は立ち上がり、一同を見渡す。
「では皆さん。精霊と人間の共同作業という、偉業に関わることになる皆さん」
わざとらしく窓に近寄り、ブラインドに指をかけて外を眺める。ジェシカが呆れたとばかりに溜め息を吐いたのに気付いたかはともかく、すぐに向き直ると、机に手を突いてプロジェクトの全貌を告げる。
「今日から皆さんには─────
一同、誠の言葉を理解するのに、数分を要した。
お前─────女の子が変身っていったらさぁ、魔法少女に決まってるだろ(誰に向けての発言か不明)
触手と契約して魔法少女になってよ!
待っているのは悪堕ちだがな!!