魔法少女なゼロ!   作:千草流

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第九話

「やめてくれ~! 俺がなにしたってんだ~!」

 

 プランプランと左右に振られながら、学院の塔から吊り下げられた喋る剣、インテリジェンスソードであるデルフリンガ―は己が不幸を嘆いていた。自らが知性ある剣であったことを後悔せずにはいられなかった。

 

「ちょっとルイズ、いくら剣だからって流石に可哀想じゃない」

 

 そんなデルフリンガ―を塔の下から眺める者達がいた。その内の一人である、赤髪の少女、名を『キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー』というルイズに負けず劣らずの長い名前を持つ彼女は、その事から分かるように貴族であった。ただし、ルイズとは異なりトリステイン王国ではなく隣の帝政ゲルマニアの出身であった。彼女がここトリステインの魔法学院までわざわざ留学してきたのには理由があったが、その話は今は置いておこう。

 

 彼女とルイズの違いはまだある。分かりやすくいえばルイズがちんちくりんだとすると、キュルケはスラリ。ルイズがツルーンペターンだとすると、キュルケはボンキュッボン。つまりルイズと同年代だとは到底思えないような妖艶な体系をしているのであった。もっともルイズもこの場にいるもう一人の少女と比べれば『ある』のだが、ルイズはいつでも目標は高く持っているのだ。何が『ある』のかについて詳しく語ってしまうと世の女性の多くが涙するのでここでは省く。

 

 そんなキュルケが隣で杖を構えるルイズに窘めるように言うが、ルイズはキュルケが腕組しているおかげでまるで零れそうになっている体の一部と自分の体の同じ部位を見比べて恨めしそうな視線を送るばかりで、杖から手を離そうとはしなかった。

 

「大丈夫よ、あっちの魔法には非殺傷設定なんて便利なものがあるんだから。ふふふ、クックベリーパイの恨みは忘れないわよこの駄剣!」

 

「そうですマスター、マスターに相応しいインテリジェンスデバイスは私だけです。あんなポッと出の駄剣に出番を奪われるわけにはいきません」

 

 八つ当たりであった。ルイズはスリを捕まえる時に壊した武器屋の修理費におこずかいが消えてしまい、そのため本来の目的であったパイを食べ損ねたのあったが故の八つ当たりであった。涙を抑え震える手で修理費である金貨を差し出してきたルイズを見て、流石に少しばかり同情した武器屋の店主が差し出してきたのがデルフリンガ―であった。無一文になったルイズを憐れんで何かないかと探したがそこは武器屋、当然武器しかおいていない。そこで埃を被っていたデルフリンガ―ならインテリジェンスアイテムでもあるし貴族なら面白がるだろうと生贄のされたデルフリンガ―であった。

 

 もっとも役立たずの売れ残りの鬱陶しいくらいに喋るデルフリンガ―を厄介払いしたいということと、貴族に恩を売っておけば何かあった時にお目こぼしを貰えるかもしれないという下心が店主にあったのは確かだが、一割くらい同情心もあったのも確かであった。

 

 そうしてお払い箱となったデルフリンガ―はこうしてルイズの八つ当たりの相手になったのだった。ただルイズの相棒である杖は怒りの方向性がちょっとばかりずれているようだったが、大したことではないだろう。

 

「ま、最近は魔法の制御の練習もあんまりしてなかったし丁度いい機会だから、ちょっと痛いだけだから我慢してなさい!」

 

「やめてくれ~!」

 

「大変だなデル、まあ生きてりゃあこういうこともあるし諦めろ」

 

「お前剣士なら見てないでこの可哀想な剣であるオレを助けてくれよ~!」

 

「剣士だからってちょっとした知り合いの剣に情けを掛ける理由はないだろ。大丈夫だって、ルイズだって手加減くらい出来るだろうからぶっ壊れるようなことはないだろ……たぶん」

 

「たぶんって言ったか!?」

 

 わざわざ塔の上まで上がってデルフリンガ―を吊り下げていたサイトが、デルフリンガ―と戯れていると中、塔の下ではルイズが準備を終えていた。

 

「テゥ―ス、いつも通りにお願い」

 

「イエス、マスター」

 

 ルイズには呪文は必要ない、知識も必要ない、能力も必要ない。必要なことは全て相棒であるテゥ―スが担ってくれる。

 

 ルイズが為すべきことはただ一つ。己が内に眠る膨大な魔力、精神力とも呼ばれるそれを全力で集中すること、それだけだ。それこそが彼女が行えるたった一つの魔法、本来であれば圧倒的な魔力過多で破裂し霧散するだけのそれを一点に集める。

 

 ルイズの行うことは本来であれば、魔力を扱う者ほぼ全てが当たり前のように行う技術である。呼吸をするように自然に、身体が動くことに何の疑問も持たないように、当たり前に行えるその行為。ルイズにはそれが出来なかった。息を吸いすぎて肺が破裂するかのように、振り回した腕が摩擦で消し飛ぶかのように、ルイズは意識して集中しなければまともにその行動が取れなかった。

 

 故に、彼女はゼロであった。本来誰もが踏み出すことの出来る一歩目すら躊躇してしまい、ゼロ距離で立ち止まる。

 

 それでもルイズが己のゼロを恨むことはない、彼女のゼロを補ってくれるために テゥ―ス全てがいるのだ。デバイスに全てを任せ、ルイズはただ極大の魔力タンクとなる。ゼロであっても諦めない、出来ない事は当然ある、だからルイズは自分に出来ることだけを全力全開で行うのだ。

 

 テゥ―スはルイズの 願いオーダーを受け取り、公式を検索し、ルイズの魔力をそこに代入する。狙いは吊り下げられるデルフリンガ―……のちょっと隣。座標と魔力を代入、それに見合った砲身を形成する。

 

 砲身はシンプルな造りであった。互いに力を内側に集中するための陣を間を開けて互いに向き合うように形成する、発射方向とは水平に展開されるそれを円陣を組むように重ね、さらに縦方向にも同じ物を二列形成する。そうして円形の魔法陣により構成される砲身は出来上がる。

 

 それぞれの魔法陣からルイズの魔力が放出され、砲身の外に漏れることなく内へと積もる。数秒の溜め時間を挟んで、ルイズの魔力により編まれた砲弾が完成する。そして最後にもう一手間、テゥ―スがその砲弾へ非殺傷設定を付与する。

 

 あとは引き金を引くだけ。

 

「ロード完了、いつでもいけます」

 

 最後の役目はテゥ―スの持ち手であるルイズの役目だ。

 

「エクス――」

 

 これこそがゼロであるルイズが行える唯一の魔法、応用や発展形は幾つかあるがもっとも基本となるのはただ一つ。

 

「――プロ―ジョン!」

 

 それ即ち爆発である。

 

 一見して膨大な熱量を含むように見えるそれは一本の光の線であった。ルイズの魔法の爆発によるエネルギーを一点に集中して目標に向けて真っすぐ解き放った物であった。荒れ狂う力をただ真っすぐに飛ばしただけである。つまり、多くの地球人にとって分かりやすく言うならば波動砲やかめはめ波、もう少し濃い例えを出すなら約束された勝利の剣、マスタースパーク、ようは極太ビームである。

 

 そんなビームが迫りくるのを(目がどこにあたるのかは分からないが)目にしたデルフリンガ―は己が死を悟った。果たして無機物であるデルフリンガ―に死という概念が適正かどうかはわからないが、デルフリンガ―自身は確かに己が砕け散る姿を幻視した。人が死に際に走馬燈のように過去を思い出すように、知性あるデルフリンガ―もまた過去を思い出した。

 

 自身の最初の担い手が誰であったか、本来の自身の姿と能力、長い時を経て忘れてしまっていたそれらを思い出した。そして、最初の担い手の元に自身があった時、何か悲しい事があったこと、その詳細を思い浮かべようとしたその瞬間、デルフリンガ―の僅か数センチ隣をルイズのビームが通り抜けた。

 

 デルフリンガ―はそこで我に返った。周囲の状況を確認すると自身が生きていることを実感し、無い瞳から涙が出そうな気分になった。不思議な事に膨大な力を持っているように見えたビームは塔の壁にぶつかり霧散していた、これこそが物理的なダメージをカットし魔力のみにダメージを与える非殺傷設定なのだが、デルフリンガ―は当然そんなこと知る由もなかった。そしてその事を不審がるも一先ずは自分が生きている事をデルフリンガ―は喜んでいた。結局、思い出しかけた悲しい記憶は再び、忘れ去られたままであった。

 

「ふう…すっきりしっ痛い!」

 

 ビームを撃ち放った張本人であるルイズが、満足気にしていたのを見て、ルイズの隣で見守っていたもう一人の人物であるタバサがルイズの頭を持っていた杖で軽く小突いた。

 

「やりすぎ」

 

「てへっ」

 

 タバサの小言にわざとらしく答えるルイズであった。塔の上から見ていたサイトは頭にたん瘤を作りながら小首を傾げるルイズの姿を見て、こう称した。

 

「あざとい」

 

「ひゃっはっは、生きてるって素晴らしいっ!おおーい、あざといとかなんとかどうでもいいから早く降ろしてくれー!そしてなんでもいいからオレを使って切ってくれー、今なら何でも切れそうな気がするぜー!」

 

「……まあ目の前であれ食らったらそんなテンションにもなるわな」

 

 生の喜びを噛み締めるデルフリンガ―を吊り下げていたロープを手繰りよせ、サイトはデルフリンガ―を救出した。そして丁度そのタイミングで、サイトは何かに付き動かされるようにデルフリンガ―を抱えたままなりふり構わず塔から飛び降りた。サイトの経験から来る勘が危険を訴えたのだ。

 

 サイトは落ちながらも、空を蹴ることで落下速度を落とし、危なげなく地面に着地した。そして着地したと同時にサイトの頭の上を重量のある何かが過ぎ去った。

 

 それは腕であった。今まさにサイトが飛び降りた塔と同じ程の高さがあろう土くれの巨人が、その腕を振るっていたのだ。

 

「ゴーレム!」

 

 誰かがそう叫んだ、それを機にその場にいた者達は全員行動を開始した。タバサはゴーレムとの距離を開けながら自らの使い魔を呼んだ、キュルケは咄嗟に杖を抜きながらもゴーレムの向いている方とは逆向きに走り逃げた。ルイズはゴーレムの手の届かないほどの高さまで飛び上がり油断なくゴーレムへと杖を向けていた、そして最後にサイトはデルフリンガ―を邪魔にならないように背負い、刀に手を掛けたままゴーレムへと駆けた。

 

 タバサは状況の不確かさを考え次に繋げるための行動を、キュルケはゴーレムと自身との相性の悪さを理解しているために逃げの行動を、ルイズは直感に突き動かされ相手の射程外かつ自らの射程内まで下がる行動を、サイトは躊躇うことなく自分を信じて攻めの行動を、それぞれ行っていた。

 

 サイトがゴーレムに到達し、一瞬の煌めきの後、ゴーレムの足がずれた。サイトがそのゴーレムの足を切ったのだ。バランスを失ったゴーレムが倒れそうになるのを避ける為にサイトはそのまま走り抜ける。

 

 しかし倒れるかにみえたゴーレムの足元から土が盛り上がり、再びゴーレムの足を形成した。土くれで造られたゴーレムは土さえあれば再生するのだ。

 

 足を取り戻したゴーレムはサイトに目もくれず再びその腕を振るい始めた。ひたすらに塔を殴りつけるゴーレムの姿に一同は疑問を抱えた。行動の理由が理解出来ず、ルイズ達は一先ず様子を伺っていた。そんな時、学院の寮のほうから誰かが歩いてきていた。

 

「さっきから眩しかったドンドン五月蠅かったり、いったいなんなん………っなんじゃこりゃああああ」

 

「お、ギーシュ丁度いいところに。悪いけどこれ持っててくれよ」

 

 ルイズのビームやゴーレムの殴る音の異常に気が付いたギーシュであった。そんなギーシュにサイトは邪魔だと思っていたが適当に放り捨てるわけにもいかず背負っていたデルフリンガ―をギーシュに投げ渡した。

 

「っと、サイト!なんだあのゴーレムは!」

 

 咄嗟にデルフリンガ―を受け取ったギーシュが状況を確認するが、それはむしろ他の者達が聞きたいと思っていたことだった。

 

「知らん、なんだか分からんがいきなり出てきてああやってるんだ。切っても元に戻っちまうしどうしたもんかな」

 

「なにを呑気な事を言ってるんだ!」

 

「や、だっていきなり塔殴り飛ばして何がしたいのかよく分からないし」

 

 二人がそんな会話をしている内に、ゴーレムは遂に塔に穴を開けてしまった。その穴にゴーレムの肩から人影のような物が乗り移っていた。

 

「何がしたいのかじゃないだろ、あそこは宝物庫だ!」

 

 その言葉でようやくゴーレムが賊であると理解したサイトは再びゴーレムに飛びかかった。そして再び足を切り落とすが今度は何故か再生することなくゴーレムは倒れ伏した。

 

「どきなさいサイト!」

 

 サイトよりも一足はやくゴーレムの狙いに気が付いたルイズが数秒の溜めを経て、再びエクスプロージョンを放った。ルイズの魔法の直撃を受けたゴーレムは、魔力的な力にダメージを受け形を崩しただの土塊へと戻った。

 

 慌ててゴーレムの開けた穴から宝物庫へと飛び込んだサイトだったがそこにゴーレムを操っていたと思われる人影はなく、多くの宝物の中でただ一つ空になった箱とそのそばの壁に刻まれた文字が残るのみだった。

 

 『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

 

 国を騒がす盗賊の名前が確かにそこに刻まれていた。




テゥ―ス、tous、フランス語で全ての意味。英語でいうとall。

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