魔法少女なゼロ!   作:千草流

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第三話

 ルイズの帰還。その大ニュースは瞬く間に屋敷中に知れ渡るかに思えたが、実際はそうでは無かった。

 

 ルイズの顔を知っていた古参の使用人達は執事長の引き連れるその少女を見て、どこかで見たことあるような顔、そんな漠然とした感想しか無かった。薄情と思うような感想ではあったが、人間の顔というものは歳を重ねるごとにある程度は変化するものである。分かりやすくいってしまえば、高校生になって小学生のころの知人程度の間柄だった人物に対面してすぐにその人物が誰であったか思い出せる者は少ないだろう、ということだ。なので特別親しかった者以外はルイズの顔を忘れている者がいてもそこまでおかしなことでない。

 

 そしてルイズが失踪した後に新しく勤め始めた者達はルイズを見て、貴族であろうことくらいは察しがついても、それがまさか自分たちの仕える家の娘であるとは全くもって分からなった。中にはルイズの髪色から、奥様の隠し子ではないか、と邪推するものいた。

 

 しかし古参の者たちと新参の者達との共通の認識が一つだけあった。その少女は貴族であり、それもそこらへんの木っ端貴族とは比較にならない程の大貴族であろうというモノだ。

 

 ルイズは小柄で実年齢よりも幼く見られがちであったが、執事長に連れられて、否、執事長を従えて歩くその姿には上流貴族としての貫禄が見て取れ、誰もルイズのことをどこぞの貴族様のところの小娘、などと揶揄するような者はいなかった。

 

 召使、特に新参で噂好きの若い娘などは掃除をしたり調度品を整えたりする傍ら、興味深そうな視線をルイズにやっていた。本来、貴族の目の前で不躾な視線を向け、噂話の種にしようなどと考えるのは不敬であるものだが、ルイズはそういった者達に気が付いても薄く笑みを浮かべるだけで咎めるようなことはしなかった。その事はますますルイズを器を大きく見せた。

 

 実際のところルイズが考えていたのは、どこの世界でも女の子の考えることは同じなんだな、と呑気なことだった。それに、年齢も近そうだし落ち着いたら名前を聞いてお友達になりたい、なんて世の中の一般的な貴族が聞いたら何をバカなことを罵られるようなことを平然と考えていた。それほど、ハルケギニアにおいて貴族と平民の格差は大きいのだ。

 

 しかしそこは異世界帰りのルイズである。基本的に皆が平等に扱われる世界、更に言えば『お話しをして名前を呼び合えば友達』そう豪語する人物が近くにいたルイズには階級がなんぼのもんじゃい、だった。

 

 「こちらでございます」

 

 執事長が一つの扉の前で足を止めた。それと同時にルイズに向けられていた幾つかの視線は消えた。

 

 「書斎ね…お父様は仕事中かしら?」

 

 使用人達が視線を反らしたのはそこが書斎であり、同時にその部屋には自分たちの仕える主がいるからであった。少女が何の用があって主人に会うのかは分からないが流石に主に不敬な態度をとってしまえばどのような処罰が下るか分からないからであった。

 

 「はい、ただいまの時間は執務の真っ最中であります。しかしお嬢様のご帰還にそのような些末事は気にすることはありません」

 

 本来はヴァリエール家程の貴族の仕事は些末な事と言えるようなものでは無いが、ルイズの帰還はそれ以上のものだと執事長は確信を持っていた。

 

 「それではどうぞ、お入り下さい」

 

 一般的なマナーとしてはここでは使用人が扉を開け中の人物に来客の旨を伝えるものであり貴族であるルイズに扉を開けさせるのは執事としては落第点もいいとこであろう。だが執事長はルイズ本人が扉を開けた方が良いサプライズになると考えての行動だった。

 

 「……ごめんなさい、爺に開けてもらっていいかしら?」

 

 「おや、それはまたどうして?」

 

 「その、なんていうか……ちょっと気恥ずかしいから……」

 

 ルイズとて一介の思春期の少女である。何年も会っていなかった父親に会いたい気持ちは勿論あったが、会った時にどんな顔していいのかとちょっぴり悩んでいた。

 

 「そうですか、畏まりました。では暫しお待ちを」

 

 執事長はその姿に微笑ましいものを感じ、無理に勧めることなくまず自らがノックをし、部屋の中へ入っていった。

 

 「……」

 

 暫くして、部屋の中が俄かに騒がしくなった。そして何かが倒れる音、おそらく勢いよく立ち上がった拍子に椅子が倒れた音、そのバタバタと扉の前まで迫ってくる気配。ルイズはおそらく飛び出てくるであろう父親に会う心の準備を整えた。

 

 「ルイ「ルイズ!!」」

 

 一瞬、扉が開き中に自分父親の姿と声を認識したルイズだったが、それは横から飛び出てきた烈風によって掻き消された。烈風は勢いをつけたままルイズに向かって来て、その勢いで開きかけた扉を閉じるとルイズに抱き着いてきた。

 

 「一体、今までどこに行っていたのですか!」

 

 ルイズに抱き着いた烈風は怒りに震えるようにそう言った。抱き着かれたルイズは身長の差もあってその顔を見ることが出来ないでいたが、その声と温もりを覚えていた。

 

 「奥様、落ち着いて下さいませ。 そのように怒鳴られては……」

 

 「黙りなさい、何年も家族を心配させていたのです。そんな娘を叱るのは当然です。さあルイズ顔を上げなさい」

 

 その声に従い顔を上げたルイズの目には何年もずっと会いたくて会いたくてたまらなかった顔があった。ふいに声の主がルイズの頭の近くに手を持ってきたので、咄嗟にルイズは目を瞑った。

 

 「あう……」

 

 パチンと優しい音と共にルイズの額に軽い痛みが走った。声の主は親指に中指を引っ掛け、中指を前に勢いよく弾き、ルイズの額に当てたのだった。そう、俗に言うでこピンであった。

 

 「これは皆を心配させた罰ですルイズ」

 

 「はい…母様」

 

 「そしてルイズ、よくぞ母の元へ帰って来てくれました」

 

 同じ人物から発せられた声だったにも関わらず、先ほどの厳しい声とは打って変わって優しい声になったそれを聞いてルイズは目を開けた。そこにはずっとずっと会いたかった母の顔があった。

 

 「はい、はい!母様!ただいま帰りました!」

 

 今度はルイズ自ら母に抱き着いた、いろいろと言いたいこともあった、もっと成長した自分を見てもらうために大人な対応をすることも考えていた、それでもただルイズは母の胸に飛び込んだ。

 

 「おかえりなさいルイズ、本当に無事でよかった」

 

 「母様、母様…」

 

 ルイズはそこで泣いた。異世界より帰還し、初めて泣いた。生まれたばかりの赤ん坊であるかのように母の腕に抱かれて、ひたすらに泣いた。

 

 

 

 

 

 ルイズはひとしきり泣いたあと、ふと思い出して、書斎の入口で扉を開きかけていた父が母の閉めた扉に撥ねられて気絶している発見して母共々大慌てになった


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