花妖怪と青年と―― 作:TKI
「私は博麗霊夢。お賽銭をくれるなら歓迎するわよ」
顔を上げれば偉い美人がそこにいた。確かに美人である。しかし、どこか風変わりだ。
まず目に就くのはその服装だ。一応は巫女服を意識しているらしい配色をしているのだが、とても巫女には見えない。何よりも目につくのは、その短すぎる袴部分である。ヒラヒラと小風にたなびいているそれを何とも思っていないのか彼女はさも当然の顔である。服装だけ見ればコスプレと何の変わり映えのないように映る。
しかし、服装は風変わりでもパーツは一級品である。肌は日本人特有の白過ぎず、ただし黒過ぎずの美しい配色、髪はこの全てを闇に染めんとばかりの漆黒で、その一本一本は絹の様に光を反射し、何処からかたなびく風に揺れていた。格好は確かに可笑しな物だが、全てが彼女に合っていた。全ての配色が彼女を引き立てる。
彼女の内情は……。そんな物は話さずとも分かる。目を見れば直ぐだ。
真っ直ぐ太く通った一本の直線を体現したような芯が茶色の瞳の中にありありと見て取れる。目が俺と交差する。
それだけで十分だ。目は人のどの部位よりも物を言う。口なんて比べるにも烏滸がましいほど、目はその人物の生き様を、人物像を物語っている。言葉を発しないだけ、繕うことも出来ない。内心を人に知らせたくないのなら、口を噤むより先に盲目になるべきである。沈黙は金なり、とは言うが、本当の沈黙とは盲目になることだ。そして、本当の沈黙は詩的である。
「過去に目を閉ざすものは未来に対しても盲目になります」とは、かのドイツの大統領の演説での言葉だと記憶しているが、なるほど確かにその通りだ。過去を割り捨ててしまえば、自分の心内を吐露することは出来ない。過去と未来を捨てる代わりに沈黙的になれるのならそれはそれである種の完成形だろう。しかし、その場合は自分の全てを捨て去ると言うことになる。そうなればそれは人間を辞めるということである。俺にはまだ、その選択肢は選べそうにない。
彼女は確かに風変わりだ。しかし、その風変わりな雰囲気よりもどこか気になるところがある。花妖怪や鴉天狗に似ていると言うのに決定的に違う所がある。
「キミが博麗の巫女か、初めまして」
「ええ、初めまして」
改めて声を聞いてみるとその声色にはまだ幼さが取れた。
彼女は俺の顔を覗き込むように目を合わせる。光の加減で茶色にも黒にもとれる瞳には俺の間抜けな顔が映る。
「――ふーん、貴方あれね、人間ね。人間がここにいるっていうことは、貴方が幽香のところにいるっていう人かしら」
「知っているのか?」
「ええ」
ええ、の二文字では少しばかり足りなかったがそれ以上根掘り葉掘りと聞いてしまえば探偵になってしまう。探偵になれば俗に落ちる、浮世小路に堕ちる。それでは旅をしている意味がない。この旅は非人情になるための旅だ。決して三軒両隣にチラチラするだけの唯の人の内情を探るための旅ではない。
彼女はただ、俺の問いにええ、という二文字で応え、それ以上何も語る気はないらしい。では、それでいい。
「そうか」
だから、俺も三文字で返す。そして、それと同時に嬉しくもなった。博麗の巫女は俺の事に微塵も興味がないどころか、自分の出生にも興味がないと見える。人でないの国へと迷い込み、その先でこのような洒落人間がいるとは本当に面白い。
「なら、自己紹介は不要か?」
「なに、したいの?」
「いや、必要ないならよしておこう」
「ええ、人の名前なんてどうでもいいし、覚える気も無いからしなくてもいいわ。まぁ、お賽銭をくれるなら考えてもいいけど」
何ともやる気なさげな声である。その瞳は先ほどから同じ一本の筋が見える。それを敢えて人の言葉で表すのなら怠惰の二文字だろう。彼女はきっとその二文字と共に生きてきた。そして、これから先もその二文字と共に生きていくのだろう。
それと同時に理解した。彼女と花妖怪との違いだ。
それは単純にして明快、
「なるほど、キミは人間か」
彼女に感じた違和感はきっと調和の無さなのだろう。俺と同じ人間である彼女はこの幻想郷に合わない。常にどこか浮いている。だからこそ画に描ける。書こうと思えば今すぐにでも彼女の絵を俺は書けるだろう。何なら小説の主人公にしてもいい。彼女の話ならば何も悩まずに直ぐに描写できる自信が俺にはある。古今東西、小説家は登場人物の描写を事細かにやると相場が決まっている。俺がどれだけ生きながらえようと花妖怪や鴉天狗を描写することは無理だろうが、この博麗の巫女なら話は別だ。
彼女の目に怠惰以外の感情が映る。瞳が揺れた。
「当たり前じゃない。博麗の巫女は妖怪退治を生業にしているのよ」
その博麗の巫女が妖怪だと意味が分からないじゃない、と彼女は付け加える。瞳の揺らぎは一瞬だ。
「それともあれかしら、物書きは当たり前のことを聞かないといけない性分なのかしら?」
今度は俺の瞳が揺れる番である。
「うふふふ、嘘よ。気にしないで。それよりも本の続きでも読めばいいわ。ここは雑音も無くて読みやすいでしょ?」
音のない空間で彼女は笑う。一本取ったりな得意げな笑みだ。彼女は笑いながら俺の横に腰を落とす。俺との間は人を二人分ほど空けた間だ。
俺にはその間がどこか嬉しかった。花妖怪ならば半人分間を空けるだろう、鴉天狗ならば一人分の間を空けるだろう。しかし、この博麗の巫女は二人分の間を空けた。やはり、この博麗の巫女と言う少女は洒落な人物なのだろう。
「あぁ、助かる」
「別に気にしなくてもいいわ。私も適当にボーっとするだけだから」
博麗の巫女は薄い笑みを顔に張り付けたまま真っ直ぐ視線を戻す。恐らく鳥居と石段でも視界に収めているのだろう。
世の中は、しつこい、毒々しい、こせこせした、その上でずうずうしい、いやな奴で埋まってる。元来何しに世の中へ面を曝しているのか解かねる奴さえいる。しかもそんな奴に限って面の大きいものだ。浮世の風の当たる面を持ってさも名誉のように甚だ意味の分からん理論を展開している。それが人の世だ。進めば嫌な奴に出会い。疲れたからと言って立ちどまればすぐに電車のひき殺される。電車にひき殺されなければお巡りに追い掛け回される。
人の世も博麗の巫女の様な人ばかりなら随分に住みやすい世界になるはずだ。そうなれば毎日俳三昧に更けようとも、画工も目指そうとも好きに出来ると言うものだ。でも、それでは人の世の意味がない。しつこつ、毒々しく、こせこせとしていて、その上でずうずうしい、嫌な奴ばかりでも、それが例え三軒両隣にチラチラと住んでいようとも、それが俺は好きなのだ。都会では立ちどまればすぐに電車にひき殺される、電車が轢き殺さねば、車が轢き殺しにくる。電車も車も来ない所へと行けばすぐに巡査が追い立てる。智に働けば角が立ち、情に棹させば流される。本来通さねばならない意地すらも通すのが窮屈なのが人の世だ。
――しかし、いくら非人情の旅に出ようとも、人でなしの国へと迷い込もうとも、それでも尚俺は人だ。人であり、これから先も人の国で生きていく。
「そうか、それは有り難い」
「ええ、気にしないで」
人でなしの国にて本来出会わぬ筈であったしがない物書きと妖怪退治を生業にしている博麗の巫女とを引き合わせただけで運命は卒然としてその他は何も語らぬ。
あぁ、今日も世界は平和だ。