オラリオの迷宮   作:上帝

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9話 己が信念を弩に

 

 

 

 魔石の交換に来ると、エイナが直々に話があるとあなたに言ってきた。

 事の顛末はこうだ。少年がヘスティアからもらったナイフを無くしてしまったらしい。幸いにもサポーターの少女、おそらくリリルカのことだ。その子が拾ってくれていたらしく、大事には至らなかったらしい。

 が、その拾って渡した場面が少々違和感が残る渡し方らしい。まずリリルカがシルと同僚のエルフに追われていたところを、少年が助けたらしい。その後、店員たちと別れたあとに渡したとか。

 

「そのサポーターの女の子、どうにもきな臭くって……。ソーマ・ファミリアについては知ってますか?」

 

 あなたは首を横に振った。エイナ曰く、前から魔石の換金やらで問題を起こしているファミリアらしい。前々からソーマ・ファミリアは問題が多かったらしく、冒険者ギルドも本格的に調査をした。

 そして分かったことは、ソーマ・ファミリアは神ソーマの作る≪神酒≫のために設立されたファミリアということだ。

 一度《神酒》を飲んだ人間はその虜となり、どんなことをしてでも飲もうとする。そしてファミリア内で《神酒》を飲める権利を持つ者は、ファミリアの上位者か……

 

「多額の資金を払った眷属だけ。ということですね」

 

 なるほど、ソーマ・ファミリアについては分かった。だがそれとリリルカに何の関係があるのだろう。

 

「そのサポーターの子はソーマ・ファミリア所属なんです。お金が必要でベル君のナイフを盗んで売ろうとしたりしたんじゃ……」

 

 だが少年の元にナイフは戻ってきている。なら問題は無いのではないかとあなたはエイナに言う。

 

「問題大有りです!また盗まれたりしたらどうするんですか!」

 

 それは少年の自己責任だ。冒険者が冒険者を騙そうとすることなど珍しくは無い。

 少々事情は違うが、あなたは海都で出合った人物を思い出す。彼女は任務のため、幾人の冒険者を罠にかけ、亡き者とした。それに比べれば金のために物を盗んだなんて可愛いものだろう。

 

「……あなたに相談したのが間違いでした。明日、直接ベル君に言いますから」

 

 エイナは頭を抱えて言う。はっきり言うならあなたはこの件に関わる気はない。何をしていようがリリルカはリリルカで、あなたの秘密を知っているサポーターだ。

 そしておそらくは……少年も同じ考えだと、あなたは考えていた。

 

 

 

 

 あなたは今、ダンジョン10階層にいる。

 いつもの弓に、腰にぶら下げた刀。そして一際目立つものとして背中に大きなクロスボウを背負っている。

 時間がかかると言いつつもすぐに作成したヘファイストス・ファミリアに感謝しつつ、あなたはクロスボウの試し打ちに10階層を選んでいた。あなたは砲弾を込めつつ、モンスターの群れに突っ込んだ。

 

 複数のモンスターに対しての対処。それがあなたの一番の問題点だった。弓でも多少はまとめて倒せるが、敵が一列に並んでいるという前提の元だ。

 だが、過去にあなたが使っていたバリスタの技ならば違う。あなたは砲弾に雷の魔力を込めてモンスターの群れに打ち込む。

 砲弾は雷の魔力によって分散し、群れ全体に襲い掛かる。雷の散弾はモンスターの体は穴だらけにし、雷によって意識を刈り取っていった。

 

 あなたはクロスボウの機構の様子を見るが特に問題も無いようだ。と、装備の調子を窺っているとあなたに奇襲を仕掛けてくるモンスターが出てきた。

 

 即座にモンスターの腹に砲弾を撃ち込む。零距離で撃たれた砲撃が、モンスターを粉々にする。

 

 ……流石に、こちらは威力過多だ。急所を狙ったわけでもなく、魔石もろとも吹き飛ばした砲撃を見てあなたは懐かしさを覚えるも、その威力に畏怖していた。

 さて、と一息ついてあなたは白紙の本を大量に取り出す。あなたが10階層にきた目的のもう一つの方だ。

 正直考えないようにしていたが、グリモアがあるならば戦略がぐんと増すことは事実だ。そう、あなたはグリモア作成にこの10階層を選んでいた。白紙の本と精神疲労回復用のポーションの数を確認しつつ、あなたはグリモア作成を始めた……。

 

 

 

 

 

 

 失敗した、と私は思っていた。あの場面でナイフを渡したのは自白したも同然だと。あのエルフとヒューマンに脅され、屈してしまったのはまずかった。

 事実、ベル様は冒険者ギルドの方から注意をされている。そして、その受付嬢がちらりと私を見てきたのも分かっていた。

 

「今日はブシドーさんはソロで迷宮に行ってるらしいから、二人でいこうか」

 

 けれど、ベル様はいつもの通りの調子だ。私のことを怪しいとは思わないのだろうか?

 

「そのぉ、ベル様。さっきの冒険者ギルドの方は……」

「ん?ああ、昨日僕がナイフを無くしちゃったから注意されちゃって。リリが持っててくれなかったら、もっと怒られてたかもね」

 

 笑い話だと言わんばかりの調子でベル様は言う。おかしい、どうしてこう無防備なのか。

 最初はただのお人よしかと思っていたけど、それもここまで度が過ぎると逆に怪しくなってくる。

 

「すみませんベル様、今日はリリも色々と用事がありまして…。昨日、ナイフをお届けした際に伝えればよかったですね」

「あ、そうなんだ。最近はずっと一緒にパーティ組んでたけど、ファミリアのことだってあるよね。分かった、じゃあ今日は僕だけで行くよ」

 

 本当は用事と言うほどの用事は無い。ファミリアに戻るくらいなら、一人で迷宮に行った方がマシだ。

 だから今日一日をかけて、私はベル・クラネルという少年を見極める。ただのお人よしなのか、それとも……。

 別れた振りをして、私はベル様の後をつけ……その場を見た。ベル様と、以前にパーティを組んで、私の金庫を狙ってきた冒険者だ。会話は聞き取れないし、ベル様の顔を見れる角度でもないけど……これでようやく分かった。あの極度のお人よしは私を油断させるためのものだったのだ。

 事実さえ分かってしまえば後はどうということは無い。それとなく理由を付けて別れればいい。ただ、あの東洋人とパーティを組めなくなるのは痛いか。

 はっきり言ってあの東洋人の方は規格外だ。拾う素材の量もさることながら、戦闘も強く地形の把握もしっかりしている。冒険慣れしてるかと思いきや、とりあえず最初に雇ったサポーターだからと秘密の共用を理由に雇い続けてくれる甘い部分もある。

 私は今後の身の振りをどうするかを考えていた。ベル様と関われば元パーティともかかわりかねない。けどあの稼ぎは惜しい。

 

 が、この思考は突如首元にかかる衝撃で中断される。意識が飛びかけ、最後に見れたのは、元パーティメンバーの顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポーションが底をつき、精神疲労寸前のところでグリモア用の本が埋まったあなたは、これ以上はまずいと引き返すことにした。結果は玉石混交と言ったところだ、帰ったら整理しなくてはならない。

 あなたがダンジョンを戻っていく途中、7階層に差し掛かったときあなたは人の喧騒を感じ取った。それなりに深いこの階層で騒いでいたら、8階層以降のモンスターが登ってくるかもしれない。

 あなたは何が起きているのかを確認しに音の発生源へ向かうと、そこにはリリルカとガラの悪い冒険者集団がいた。立ち位置的には、リリルカを囲んでいる形だ。

 何をしている。とあなたが声をかけると、集団をかき分けて男がやってくる。おそらくはリーダーか。

 

「お、あんたは確かこいつとパーティ組んでたやつだな。確か名前はブシドーだったか……。有名だぜ?あんたとこいつで荒稼ぎしてたそうじゃないか」

 

 あなたは冒険者たちの目や態度を見て察する。おそらくは集団でリリルカを襲い、金やアイテムを奪おうと言う魂胆だろう。

 

「よく分かってるじゃあねぇか。そしてカモがもう一匹来たってわけだ!」

 

 リリルカの周りから、あなたの周りへと冒険者たちが囲んでくる。薄ら笑いを浮かべつつ囲んでくる冒険者たちにあなたは言う。

 今すぐに帰るならば、痛い目は見ずに済む。

 

「あのね、お嬢ちゃん……状況わかってる?」

「強気な女っていうのも悪くはねぇぜ。どうせなら一発やっちまいましょうぜ」

 

 下卑たことを言う男の顎を、あなたは鞘に包まれた刀で打ち砕く。あなたはその手の冗談も発想も大が付くほど嫌いだ。

 奇襲じみた一撃で転がされた男を見て、周囲はようやくハッとするがもう遅い。あなたはそのまま周囲を鞘撃で潰していく。最後に残すのは、このパーティのリーダーだ。

 

「く、くそっ!」

 

 リーダーはリリルカに何かを掛けてから逃げ出した。あなたは逃げた男を追うよりも、まずはリリルカの様子をうかがうことにした。

 

「ぶ、ブシドー様……」

 

 顔の腫れなどもひどいが、どうやら足の腱が切られている。ポーションは使い切っているため、包帯での応急処置を済ませていたが……先ほど掛けられた何かの臭いがひどい。

 

「これは……モンスターを寄せる臭いなんです。ですから、リリのことは捨てて早く逃げて……」

 

 そういうわけにもいかない。と、あなたが反論していた時……逃げたリーダーの悲鳴が響き、悲鳴の先からモンスターの集団が現れる。臭いの効果が思ったより強いとあなたは考え、まず殲滅をすることを優先する。

 

「どうして……」

 

 あなたが砲弾を装填している間にリリルカがうわ言のように言う。どうしても何も、見かけた知り合いが困っていそうだから助けただけだ。困っている知り合いを見過ごせるほど、あなたは薄情ではない。

 

「リリは……リリはこうなっても仕方ない悪い奴なんです。ベル様のナイフだって……」

 

 あなたは前方のモンスターの集団に雷の散弾を撃つ。そろそろ砲弾の数も心もとなくなってきている。精神疲労も近い、出るまでに持つだろうか。

 あなたは耳を澄ませる。7階層のモンスターがこちらに迫ってきているのと、それに加えてもう一つ走る音が聞こえる。

 

「あの……ブシドー様、聞いてますか?」

 

 リリルカがあなたに問いかけてくる。正直、今は話をしている場合ではない。モンスターが迫っている以上急いで出なくてはならないし、あなたもそう何度も戦闘が行えるような状態ではない。

 臭いを追ってモンスターが来る以上、警戒歩行の効果も期待できない。あなたはリリルカを背負ってすぐに出口へと向かった。

 

「ブシドーさん、それにリリも!」

 

 出口に向かう途中、少年と遭遇した。あなたは事情を説明して、モンスターが迫っていることを言う。

 

「わかりました。僕がモンスターを何とかしますから、ブシドーさんはリリを!」

 

 あなたは少年の意を酌み、殿を任せる。リリルカを片手で背負いつつもあなたは刀を抜き、進行方向のモンスターを斬り伏せていく。上層になればなるほどモンスターは弱くなっていく。少年の加勢も得て、あなたは急ぎ迷宮を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷宮は無事に脱出することができた。が、あなたが居合わせた理由を話すとリリルカがすさまじい剣幕で言い寄ってきた。

 

「ブシドーさんは無茶しすぎです!精神疲労寸前まで10階層で戦闘してたってどういうことですか!」

 

 理由がある戦闘である以上、何かを言われる筋合いはない。が、精神疲労寸前までやったのはやりすぎだと反省する。余裕を持っておかないと帰りに何が起きるかわからない、とあなたはリリルカを見つつ言う。

 

「……リリについては見捨てて頂いて結構でした。それをあなたが勝手に助けたんですから」

 

 それで良い。あなたがリリルカと軽い会話をしていると、少年も戻ってくる。

 殿の勤め、大義であった。

 

「殿って言っても隙を見て逃げてきただけなんですけど……。何があったか、話してもらえますか?」

 

 あなたは事の顛末を話す。冒険者集団に囲まれていた深い事情はリリルカの方が詳しいだろう。

 

「……しらじらしい。私についてはベル様の方がお詳しいのでは?」

 

 リリルカが言うには、少年と先のリーダーが話しているところを見たらしい。あなたがオラリオに来る前の少年の過去については知らない。が、少年のことを知る限りではあの連中との付き合いがあるようには見えないが……。

 

「確かに朝に、リリについて話してきた人がいた。一緒にリリを襲って、金を山分けしようって、それで襲う方法とかを話してきたんだ」

「ほら、やっぱり!あの場に駆け付けたのは一緒にリリを襲うためで」

「そのおかげで、リリを助けに行けた」

 

 少年はリーダーからの話を聞き、リリルカの危険を感じてすぐダンジョンへ乗り込んでいたらしい。それに、リリルカを襲うなら集団の中にいたはずだ。

 流石にパーティとソロではダンジョンを潜る速度が違いが出る。少年が遅れてしまったのは仕方ない……せめてあなたが帰り際に居合わせたのが幸運だったか。

 

「……仮にそうだとしても、ベル様がリリを助ける理由が」

「あるよ、リリだから助けた。前にも言ったけど、サポーターはリリじゃなきゃダメなんだ」

 

 少年は凛とした目つきと共にリリルカに言う。君が必要だ、と。

 リリルカは理解できない、と言いつつも涙を流し始め、自分の素性を説明し始める。ソーマ・ファミリアに家族ごと所属していたが、両親がいなくなり、冒険者としての適性がないリリルカはサポーター業をするしかなかったらしい。

 ナイフを盗んだことを自白し、金さえあればソーマ・ファミリアを脱退できるとリリルカは言う。

 

「ブシドーさん、これからもサポーターはリリで良いですよね」

 

 リリルカの頭を撫でつつ言う少年に、あなたは頷く。金が必要なら稼ぐしかない、あなたはリリルカに鞄を大きくすることを奨めておいた。

 

「ありがとう、ございます…!」

 

 リリルカは涙と鼻水で顔が汚れながらも、あなたたちに言った。あなたはしっかりとそれを受け止める。

 

 冒険者なら、信念を曲げてはいけない。助けると思った以上、リリルカのこれからをしっかりと考えなくてはならない。

 あなたはひとまず臭いがひどい、と二人に言った。少年とリリルカは苦笑しながらも同意した。

 

 

 

 

 

 

 

 




《サブクラス》
世界樹の迷宮Ⅲおよび世界樹の迷宮Ⅳのシステム。
元々の職業であるメイン職業以外に、もう一つ職業を選びその職業の技を取得できるようになる。
ブシ子さんはアーモロードでのメイン職業はショーグンだったが、サブ職業として弩を使う職業:バリスタを選択していた。

《サンダーバラージ》
バリスタが使える技。全体に雷属性+突属性の散弾を撃つ。
サンダーバラージの他に炎属性とファイアバラージ、氷属性のアイスバラージを合わせて三色バラージと呼ばれている。

《前陣迫撃砲術》
バリスタが持つ最大威力の技。
バリスタの装備する武器:弩は、後衛から撃っても威力が減衰しない武器だが、この技を使う場合は前衛にいないと威力ががくりと減ってしまう。
前衛に出るリスクはあるがその威力は絶大。単発高威力のスキルのため、バリスタが持つ攻撃を2回連続で行える《ダブルアクション》との相性が良い。

《鞘撃》
単体に壊属性の攻撃をする。
文字の通り鞘にしまったまま殴りつける。地味に通常攻撃よりかは威力が高い。


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