オラリオの迷宮   作:上帝

12 / 22
11話 英雄願望

 

 

 

 あなたは少年と別れ、《血濡れの牛頭》と命がけの鬼ごっこに興じている。

 そして逃げながらあなたは考える。このモンスターはまず間違いなくF・O・Eだ。しかも階層に自然出現しない異常出現個体と言える。

 あなたがダンジョンに来てから初めて会うF・O・Eがこの個体だ。そして、逃げつつもその個体特性をあなたは観察していた。

 

 

 足を止め、あなたは狙い澄まして牛頭の顔を射る。急に来た攻撃だからか牛頭は弾くよりも避けることを選択し、その矢を角に掠らせた。

 角は滑り落ち、地面に突き刺さる。そう、このモンスターの部位は身体から離れても霧散しないのだ。

 

 

 あなたは自然と思考が切り替わっていく。囮としてこのモンスターを引き付けるのは構わないが、別に倒してしまっても構わないのだ。

 何より、モンスターの素材が手に入るかもしれないのにそれをわざわざ譲るなんてありえない。あなたはある程度引き寄せられたと判断し、逃げるのを止めた。

 

 血濡れの牛頭と相対する。が、それも一瞬だけだ。血走った眼であなたを見る牛頭は、今までの借りを返さんと激昂してあなたに襲い掛かってくる。

 

 あなたは即座に限界を外し、臨戦状態に入る。このモンスターの特筆するべき素材は、やはり頭の角だろう。

 状態の良い角を得るためには角の部位、頭を縛りながら倒さなくてはならない。

 

 あなたは頭を狙いつつも追撃を仕掛けていく。牛頭の攻撃は、はっきり言ってしまえば単調だ。激昂し力任せに振るうだけの攻撃など、あなたの足が縛られていない限り当たらない。

 それでも攻撃しながら避けることは、限界を超えていなければ難しいだろう。

 牛頭との距離が縮まってきたあなたは、後方に飛びつつも弓を構える。そして弓を構えたとき。

 

 

 ――――あなたは牛頭がにやりと笑ったのを見てしまった。

 

 

 あなたの腹に鈍い衝撃が走り、そのまま壁へと吹き飛ばされる。

 どれだけ早く動けようとも、人は空中では自由自在には動けない。あなたの飛んだ方向には、2体目の血濡れの牛頭がいた。

 

 

 新たに現れた血濡れの牛頭は、あなたを吹き飛ばし歓喜の雄たけびをあげる。今まで戦っていた牛頭は、あなたをここまでおびき寄せる役だったのだ。

 いくらあなたがモンスターの気配を察知できようとも、戦いに乱入するF・O・Eを避ける手立てはない。まんまとあなたは牛頭の策に嵌められたのだ。

 

 戦況は一気に悪化した。あなたが出来ることはこの2体を何とかして倒すか、逃げるかくらいしかない。

 

 囮役の牛頭が近寄ってくる。徒党を組んでいた以上、この二匹は間違いなく仲間だ。

 傷の借りを返さんと、囮役が前に出た瞬間……乱入した牛頭が、囮役を叩き潰した。

 

 背後から頭上を思い切り叩きつけられた牛頭は、その身を二つに分けられて絶命した。囮役を潰した乱入者は、さらに猛った様子でおたけびをあげる。

 

 

 ――――まるで自らの強さを誇示するかのように。今までのうっぷんを弱者に向けて晴らすかのように。

 

 

 あなたはモンスターの感情など分からないが、乱入者は歓喜に満ち溢れている状態なのは確かだ。

 そして、次の標的はあなただ。と言わんばかりに悠然と歩いてくる。死んだ牛頭の武器も回収して、殺す気に満ち溢れている。

 

 対するあなたは壁に叩きつけられたときに腰を強く打ちつけてしまったのか、足元がふらついていることに気づく。

 

 それでも屈してはいけない。あなたは力強く、牛頭をにらみつける。

 

 その様子を見て牛頭は気に入らないのか、猛り狂った様子であなたに突っ込んでくる。

 やるしかない。あなたは覚悟を決め、刀を抜いた。

 

 

 

 

 

 

 リリを1層まで届けた後、冒険者を呼ぶことを託して僕はすぐさま踵を返して5層へと向かった。

 

 ――――5層に降りるまでの間、僕の心の中には鐘の音が聞こえていた。まるでブシドーさんの限界が迫っているみたいで、嫌だった。

 

 急いで5層に到着した瞬間、僕の耳におたけびが聞こえてくる。かなり遠くから聞こえてきたけど、間違いない。ミノタウロスの声だ。

 助けなきゃいけない、声の方向に僕は走る。そして見た光景は……死地だった。

 

 ブシドーさんの足元にはすでに血まみれのミノタウロスが倒れている。見るも無残に頭から潰されているけど、それでもなお死体として残っていた。

 

 けどブシドーさんはまだ戦っている。赤いミノタウロスは、2匹いたんだ。

 

 赤いミノタウロスは、戦いながらどんどん速くなっている。けれど、ヴァレンシュタインさんほどの速さではない。

 ブシドーさんは刀を抜いていた。けどあの鍛錬の時のような鋭さを感じさせない。不動の構えも、呼吸が乱れて震えていた。

 

 ――――鐘の音は大きくなっていく。助けたい、この人を助けなきゃいけない。思いが強くなればなるほど、鐘の音も大きくなっていく。

 

「《ファイアボルト》!」

 

 僕は即座に割って入る。《ファイアボルト》に反応して、赤いミノタウロスが振り向いてくる。

 

 ――――恐怖なんて無い。ミノタウロスに対しての恐怖は、助けたいと言う気持ちでとっくに塗りつぶされていた。ミノタウロスのことよりも、助けられなかった時のことを考えた方が、よっぽど怖い。

 

 割って入ったことに腹を立てたのか、ミノタウロスが向かってきた。さっきのブシドーさんとの戦いのときよりも早い。でも、ヴァレンシュタインさんほどじゃない!

 紙一重で避けてもまだ余裕がある。攻撃するとき相手が攻撃してこない保証はない、つまりは相手の攻撃時は反撃のチャンスだ。

 僕は即座にミノタウロスの腕を切る。切り落とすところまではいかずとも、これで片腕を封じたはずだ。

 

 ミノタウロスは石斧を落とす、そして、自分の腕と僕を見比べて……おたけびをあげた。僕のことを外敵と認識したのか、それなら好都合だ。

 もうあいつは単純な突進をしかけてこない。にらみ合いが続いて……先に動いたのはミノタウロスだ。やっぱり動くたびに早くなっている。 

 

 ミノタウロスの猛攻を避ける、避ける、避ける。弾き逸らすなんて技術は僕にはない。僕に他の人よりも優れているものがあるならば、それは敏捷性だけだ。

 避けて、避けて、掠る。ミノタウロスは僕の速度に追いすがらんとさらに速度を上げてきた。……このミノタウロスは、自分の力を見せつけるがごとく追いすがってくる。

 

 だったら、やれることが一つある。

 

 僕はミノタウロスの高速の一撃を、受け止める。力には自信がないけど、衝撃を何とか踏ん張って耐える。そこからは力比べだ。

 早さを競っていたのに、唐突に力比べとなったミノタウロスはそのまま僕を力で押しつぶそうとする。雄牛としてのプライドが、非力な冒険者に力負けすることを許さないんだ。

 本当なら、ミノタウロスが力比べなんてする必要はない。なぜなら、ついさっき僕は避けきれずに掠ったんだ。あのまま速度を上げていけば、僕は奴の一撃をもらっていた。

 けど、力の誇示が目的であるこのミノタウロスは力比べにも律儀に付き合ってしまう。それが、さっきまで誇っていた自身の素早さを殺すことになってもだ。

 

 力比べをしていたミノタウロスが、唐突に叫び声をあげる。後ろからブシドーさんが、足の腱を切ったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年の見事な足止めで、あなたは牛頭の足を縛ることに成功した。

 あなたは少年に駆け寄り――――その音を聞いた。少年の奥底から聞こえてくる鐘の音だ。

 

 少年の手を取り、魔力を渡していく。個人での限界を超える力はとっくに使い切っているが、あなたにはもう一つ限界を超える手段がある。

 

「これは……わかりました、ブシドーさん」

 

 少年に最後の一撃を任せ、あなたは少年のアシストを担当する。――――鐘の音が、止んだ。

 

「《ファイアボルト》!!」

 

 火の矢は業火と化して、牛頭を包み燃え盛る。

 複数の冒険者の協力によって使う限界を超えた力。そのうちの一つである、《業火》の前には血濡れの牛頭も消し炭と化していた。

 

 

 

 

 

 

「やった……やりました、ベル様とブシドー様の勝利です!」

 

 小人族の子の歓喜で、私は我に返った。

 

「……すごい」

「ああ、駆け出しの冒険者が出来る魔法とは到底思えん」

 

 5階層にミノタウロスが出現した。その知らせを聞いた私とリヴェリアはすぐさま5階層へ向かった。

 

 そして今。見た光景は、私に新たな可能性を感じさせるのに十分だった。ステイタス以上に、ブシドーは技に詳しく。ベルの成長は早かった。

 あの敏捷はどうやってついたのか。あの業火はどうやって出したのか。尽きぬ疑問を投げかけようとしたとき、異変が起きる。

 

 

 ブシドーが、倒れた。

 すぐ近くにいたベルが抱きかかえて、必死に呼びかけている。一応、ブシドーの意識はあるようだ。

 

 

 リヴェリアが急いで容態を確認し、判明した。極度の精神疲労が原因だ。

 

「まったく、よくそんな状態でも起きていられるな。精神疲労どころか精神枯渇だよ。今の君は、魔力が欠片も残っていない」

 

 魔力が残っていなくても起きていられるのは、ひとえにブシドーの精神力の強さか。

 どうやらブシドーは言い残すことがあるらしく、ベルの耳を近づけさせボソボソと喋った。

 

「ありがとう、と……み、ミノタウロスの角をはぎ取っておいてほしい。だそうです」

 

 こんなときまで素材のことを考えている彼女に、その場にいる全員がほぼ呆れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「《英雄願望》、これが君の新しいスキルだ。そしてレベル2、おめでとうベルくん!」

 

 ミノタウロスの撃破の後、僕と助けに来てくれたアイズさんたちとでブシドーさんを宿屋に運び入れた。

 幸い、精神疲労の限界まで来ても動けるブシドーさんの体質のおかげで大事には至らないとのことだ。安静にして一晩寝れば、大体の傷が治るとは彼女自身が言ってたことだけど……。

 

「ブシドーくんのこと、やっぱり心配かい?」

「はい……。僕がもっと、早く駆けつけてれば」

 

 リリ一人でのダンジョン移動が危険と言う理由があったとしても、あの場でブシドーさんの次に戦力になれたのは僕なんだ。

 もっと僕に力があれば、と思っていると目の前に神様の指があった。そしてその指が弾かれる。

 

「痛っ」

「まったく君は……。いいかいベルくん。君のおかげで間違いなく、ブシドーくんは助かったんだよ」

 

 神様が諭す。もっと上手くじゃない。最善を尽くして、彼女を助けられたという事実こそが英雄の証なのだ、と。 

 

「英雄に、なれたんでしょうか僕は」

「誰にとっての英雄になりたいかは君次第だけどさ」

 

 神様が僕の頭を撫でてくる。たまにやられるけど、やっぱり気恥しい。

 

「まず間違いなく、ブシドーくんにとっての英雄になれたよ。君は」

 

 僕の目指す英雄。物語に出てくるような、強くて、優しくて、勇敢な英雄。

 ブシドーさんは僕よりもずっと強い、それでも助けが必要なことが出てくる。彼女を助けられたというのなら、ほんの少しでも憧れに近づけたと言える。

 

「ともかく、無事に帰ってきてくれてありがとう。ブシドーくんも守ってくれて……本当にありがとう」

 

 神様のお礼に、僕の心の中ですとんと合点がいった。

 英雄になりたい。誰かのために、戦いたいとは……この言葉を言われたいからなんだ。

 

「はい。どういたしまして……ありがとうございます。神様」

 

 僕は英雄になりたい。この言葉を聞きたいから。

 気づかせてくれた神様に感謝しつつも、僕の中の英雄願望がしっかりと形付いていた。

 

 

 

 




《リミットスキル》
世界樹の迷宮Ⅲのシステム。
冒険者一人一人に与えられたリミットゲージを消費して発動する強力なパーティスキル。
世界樹の迷宮Ⅲではフォースブーストは無く、こちらと入れ替えとなっている。

《業火》
冒険者2人分のリミットゲージを消費することで発動する強力な炎属性スキル。
このリミットスキルにも補助技の効果が乗るため、属性術を得意とする職業:ゾディアックが補助を乗せつつ使用すると非常に高い威力が出る。



《血濡れの牛頭》
オラリオで初めて出会ったF・O・E。力自慢で足も速い。個体にもよるが、頭も通常のミノタウロスより切れる。が、発達した頭脳がプライドを生んでしまった。

弱点:炎属性 氷属性
耐性:雷属性

通常ドロップ:なし
レアドロップ:血濡れの牛角 
ドロップ条件:頭縛り状態での撃破


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。