《ダンジョン》 --65階層出口--
60階層から広がっていた白亜の森も、65階層の出口まで来るとその様相が変わってくる。
周囲の木々は、60階層で見せたその美しさをかき消され黒ずんでいる。その原因はまちがいなく、66階層にある。
66階層に繋がる出口から漂うその魔力によって木々が変位してしまっている。まるで、禍々しい魔力によって耐えられなくなったかのように。
その出口では、モンスターと誰かが現在交戦中らしい。モンスターと相対している2人は、傷つきながらもモンスターを押し返していく。
モンスターも非常に特徴的だ。どのモンスターも66階層から来ており、男女が別れている魚人のようだ。
モンスターたちはその2人、砲剣を使う青年と魔法使いの白い少女を強敵と見たか。協力し合いまずは1人を叩こうと集中攻撃を掛けてくる。
モンスターの攻撃を受けながらも、青年は砲剣に魔力を注ぎ込む。排熱が完了した砲剣は、唸りを上げて男のモンスターを吹き飛ばす。
「くっ……!」
「バルドゥールさま!」
「来るんじゃない!グートルーネ!」
少女、グートルーネが思わず駆け寄るが、女形のモンスターがまだ残っている。
モンスターが駆け寄ってくるグートルーネに狙いを定めるが……身体が動かない。
視線を落とすと。胸には刀が生えている。いつのまにか後ろにいた機械の少女が、核を貫いていたのだ。
「貴公か。助太刀、感謝する」
「姫子さま……助かりました。ありがとうございます」
刀を納め、姫子と呼ばれた機械の少女は用件を伝える。50階層の彼女が無事見つかり、こちらに向かっている。
「そうですか……無事で何よりです」
安心の表情をするのはグートルーネだ。彼女とグートルーネは主従の関係にある。
彼女の姿が消えたことで、少なからず曇っていた表情が明るくなったように感じる。
しかし、この2人がこうも苦戦していることに疑問が沸き出る。
いつもならもっと圧倒するように白亜の森に侵攻するモンスター、フカビトたちを倒しているはずだが……?
「……我が従者が現在、休養中でな」
砲剣を持つ青年、バルドゥールがばつが悪そうな顔をして言う。
そうだ、いつもなら2人を守る盾役としてあの人。亜麻色の髪をした騎士がいたはずだ。
「アルルーナが彼女を探しに行った後、休養が欲しいと言われて余が許可してしまった。……それっきりだ」
今日は厄日だ。
ロキ・ファミリアの遠征期間は長い。ダンジョンが長いってのもあるが、滞在中の依頼もこなす必要があるからだ。
基本的には中堅、下位の冒険者どもが雑用をこなすが、上級冒険者が一人も矢面に立たないのはファミリアの面子に関わってくる。
そこで雑用係をまとめるリーダーを、上級冒険者の中で交替でやることになっている。すぐ動けるように待機する以上、凄まじく暇になる役割だ。
大抵は何もなく19階層以降に進むんだが……この日、俺がリーダーを担当した時に限って問題が起きやがった。
「ベートさん、17階層で異変が……」
「あぁ?」
17階層で異常音があると報告を受けた俺は、下っ端どもを引き連れて異常調査へ向かった。
そして見ると、17階層の出口が落石で完全に埋まっていた。つまりは撤去作業をする必要があるわけだ。
雑用なんざ下っ端に任せて、飲みにでも行きたい気分だったが……リーダーを務める以上、投げ出すわけにもいかねぇ。
暇をつぶす目的もあり、落石を派手に壊していく。途中、落石の向こうにいた冒険者どもが疲れた顔をして通って行ったが……どうやらゴライアスを倒したらしい。
軽く見た感じでは、赤目で黒髪の女が図抜けた強さを感じる。
どこかで見た気はするんだが……思い出せねぇ。
落石を壊した後は下っ端の仕事だ。1から10まで俺が指示することもない。
その場を任せて待機場所に戻っていたとき、街中である女を見つける。
長い亜麻色の髪をなびかせて歩く鎧姿の女。長い布袋を肩に下げているが、あの外見は間違いない、同僚のアイズ・ヴァレンシュタインだ。
「よお、アイズ!」
俺は声をかけて肩に手を置く。振り返った女の顔は……アイズのもとは違っていた。
前髪がアイズとは違いまとめており、その眼は蒼い。
……人違いだ。とっさに俺は手を除ける。
声をかけるのも無理もない。私の美しさは群を抜いているからな。
…………。
女は髪をかきあげて言う。どうやらずいぶんと自分の外見に自信があるみたいだが、妙に痛々しい。
「いや、悪ィ。人違―――がっ!?」
俺が人違いと言うことを伝えると、女がぶん殴ってきやがった!?
「てめぇ!何しやがる!」
いつの間にか取り出した盾を構えながら、女は俺に言う。生まれて初めてされたナンパが人違いで怒っているらしい。
……悲しすぎる。女は半狂乱で俺に盾を振り回してくる。
流石にそんな攻撃に当たるわけにはいかねぇ。避けながらどうするかと考えてるが……さっきの殴られた衝撃で、腕がしびれてやがる。
仕方ねぇ。俺は女の懐に潜り込んで、膝蹴りを顎に当てる。加減はしてやってるし、せいぜい頭が揺れて気を失うだけだろう。
……が、女が俺の頭を掴んでくる。こいつ予想以上に耐久力がある!
そのまま女が俺に頭突きをしてくる。凄まじい石頭と馬鹿力の一撃で、俺の意識は刈り取られた。
喧騒と共に目を覚ます。当たりを見ると、どうやら酒場にいるらしい。
俺の眼が覚めたと同時に、テーブルに杯が置かれる。目の前にいるのは……さっきの女!?
「……どうなってやがる」
俺の疑問に対して女は答えていく。どうやらさっきの喧嘩の後に俺をここまで連れてきたらしい。
女はもう随分と飲んでいるらしく、顔が赤い。女が俺の杯に酒をついで、お前も飲めと言ってくる。
「いや、俺はファミリアに戻らねぇと……」
ごちゃごちゃうるさい男だ。ああ、お前酒が飲めないのか?酒の味も分からない子供に酌を任せるわけにもいかんな。
「んだとゴラァ!」
女の明確な挑発に思わず乗ってしまう。酒が何だってんだ、と一気に出された杯をあおる。
良い飲みっぷりだ、とさらに注いでくる。飲めど飲めどお互いに注ぎ足して飲み続けて行くと……女が酔っぱらって色々と話し始めた。
意外なことにこの女、騎士らしい。
酒がまわり、断片的な自分語りが多くなっていく中で女はそれを一番話していた。
曰く。冒険者として生き続けて婚期を逃したとか。
曰く。今仕える陛下に助けられたとか。
曰く。肌の悩みを解決するために世界樹の呪いを受けたとか。
……最後の当たりは酔いが回りすぎたんだろう。良く分からんことを言っていた。
机に突っ伏して女は寝始める、潮時だな。
「親父、勘定頼む」
「あいよ、そちらのお嬢さんの分もで?」
「……あぁ」
非常に癪に障るが、俺はあの女に負けたことになる。
認めたくはねぇが……あの女の強さは本物だ。だが、これでチャラだ。
金を払い店を後にする。ロキ・ファミリアの待機場所に戻る、が。
「……酒臭いぞベート。お前、待機をすっぽかしたのか?」
……副団長のリヴェリアに捕まっちまった。事情を話すが、聞き入れてもらえねぇみたいだ。
まったく、今日は厄日だ……。
明くる日。昨日のこともあり、待機役は継続して俺になった。
そう問題が何度も起きるはずがない。高をくくっていた俺をあざ笑うかのように報告が来る。
「酒場の前で暴れてる冒険者が……」
……嫌な予感が、正直この時からしていた。が行かないわけにもいかねぇ。
その場に向かうと、案の定昨日の女がいた。だが昨日とはどうも装いが違う。
「ぎゃああああ!?う、腕があああああ」
「うわ、こっちに来る!」
今、奴は酒場のごろつき冒険者どもを素手で殴り飛ばしている。
……昨日、奴は鎧姿で盾を持っていたはずだが、今はそれが無い。ついでに肩から下げていた布袋も無い。
「ベートさん、お願いします!止めに入った奴ら全員投げ飛ばされてて……」
「……マジかよ」
とんでもない馬鹿力だとは思っていたが、素手でそこまでやれるとは思っていなかった。
意を決して女に声をかける。とりあえず事情を聞かないとどうとも言えねぇ。
曰く。酒で寝落ちして、目が覚めると簀巻きにされていて、武器と防具を奪われていたらしい。
酒場の店主に事情を聴いて、奪った冒険者のグループを叩きのめして装備を取り戻そうとしていたんだ、とか。
……この女の自業自得もあるが、まあ装備を奪った連中も悪いか。ご愁傷様だ。
「ロキ・ファミリアの《凶狼》!頼む、助けてくれ!」
「あぁ?事情は聞いたがてめぇらの自業自得じゃねぇか。おとなしく装備を渡してりゃあボコられずに済んだんじゃねーの」
女はそうでなくともボコる、と後ろで言っている。黙っとけ、話が進まねぇんだよ。
「じ、実は……リーダーが鎧と盾を気に入ってそのまま装備しちまって……今この場にあるのは長い布袋だけなんだ」
「じゃあまずはそれを持ってこい。で、リーダーの場所を言え」
「そ、それは……わ、わかった。言う、言うからもうやめてくれ!」
女が渋るごろつきの頭を鷲掴み、締め上げていく。……そんなことをしてるから男が寄り付かなくなるんだ。
ほどなくして数人がかりで布袋を持ってきた。いくら長いって言っても大げさな持ち方だ。
「情けない連中だな、そんなに重量があるわけが……重っ!なんだこりゃ!?」
どっすんと投げるようにおかれた布袋を持とうとしてみるが、地面からズレた程度でほとんど動かない。
女がリーダーの場所を聞き出し終わると、ことも無さ気に布袋を肩に下げる。馬鹿力にも程がある、これに加えて鎧まで昨日は着ていたのか。
どうやら女はリーダーのところへ直接行って装備を取り返すみたいだ。
「おい待てよ。てめぇ一人で行くつもりか」
こいつ一人で行かせて問題が起きないとは思えない。一歩間違って冒険者殺しにでもなったらこいつは指名手配となる。
心配はいらん、と女は言うが……身の危険を心配してるんじゃない。常識はずれなことをするかどうかで心配してるんだこっちは。
「てめぇ一人で何するかわかんねーんだよ!……俺も一緒に行かせろ、それなら文句はねぇ」
下っ端の連中がコイツを止めに入ろうとしても無意味だ。だったら俺がついていくしかない。
女は俺の様子を見て……私に惚れたな?とか抜かしてやがる。
「はっ、ふざけんじゃねぇよ。20後半のババアに誰ガアアアアア!?」
女が俺の腕を握りつぶしてくる。くそっ、煽り耐性ってものが無いのかよこいつは!
町から少し離れた場所に、切り立った崖がある。
森を挟んで存在するその場所は、人気の少ない場所だ。つまりは人に見られるとやばいことをやるにはうってつけと言うことになる。
『リーダーは、昨日この街に来たゴライアス討伐パーティの挨拶に行った!それ以外は何も知らねぇよ!』
挨拶、まあただの挨拶じゃないのは確かだ。
ようはゴライアス討伐にかこつけてそのパーティから冒険者を引き抜いたり、自分の傘下に入れようって魂胆だろう。
程なくしてその現場に到着する。大多数のごろつきが、数人をかこってる胸糞悪い状況だ。
「さぁて、ゴライアスを討伐したパーティの実力を見せてもらおうかねぇ?」
リーダーらしき男の声が響く。声の先には……間違いない、女が装備していた鎧と盾を持った男がいる。
見つけた瞬間に女が走り、布袋から一気にその武器を取り出す。女が取り出したのは、機械仕掛けの大剣だった。
防具を返せ!と叫びながら女が突貫する。機構が動き、その大剣を振り下ろした瞬間に……大爆発が起きた。
「――――は?」
比喩でもなんでもなく大爆発だ。爆風に巻き込まれたごろつきどもは一気に吹き飛ばされ、大多数が崖下に落ちていく。
大剣からは排熱音が響き、女はその大剣を片手で持ちリーダーに指す。
防具をとっとと返せ、それは陛下に賜った私専用のものだ。お前に着る資格などない。
「へ、へへっ……こ、こいつはどうもすいません。よ、鎧と盾はこちらに置きますので!それでは!」
「逃げようったってそうはいかねぇぞ」
残念なことに、俺のいる方向に逃げてきたリーダーを捕まえる。
「ロキ・ファミリアの《凶狼》!?」
「まあ恨むなら自分を恨むんだな。こいつに手を出した時点で、お前詰んでたんだよ」
「くそ……《凶狼》の女に手を出したのが間違いだったか……」
「は?いや違ぇよ。誰が好き好んであんな…………」
……危ねぇ、勢いのまま言葉にしていたらまたあの怪力が飛んでくる。
実際、女がギロついた眼でこちらを見ていた。あのまま流れで言ってたらこのリーダーごとお陀仏だったかもしれねぇ。
ともかく、女の装備が戻ったってんなら一件落着だ。鎧と盾もすでに装備しているようで、もうここにいる必要もない。
「あ、あの!助けてくださってありがとうございます!」
白い髪の坊主が、俺達……いや、女の方に感謝をしている。よく見ると昨日の落石現場であったパーティだ。
騎士として、人道に反する行為を咎めるのは当然のことだ。
……よく言いやがる。自業自得から派生した憂さ晴らしみたいなもんだったろうに。
坊主と赤毛、ガキ……いや、小人族か。そいつらが感謝してるところ……後ろにいる黒髪の女が、まるで幽霊でも見てるかのように女を見ている。
ししょー!生きていたんですか!
黒髪の女がそう言いながら、奴に近づいていく。……師匠?あの女、弟子を持ってたのか。
……ししょーという美人でスタイルが良い騎士の事なぞ知らん。
…………。
「いや、もうそれ自分です。って言ってるようなもんじゃねぇか」
うるさい黙れ、と俺に盾が飛んでくる。くそっ、暴力女め…!
《バルドゥール》
世界樹の迷宮Ⅳより、帝国の皇子。
皇帝の代理人を名乗り、皇帝がいない帝国をまとめる。
本人が帝国最強の騎士でもあり、偉大なる赤竜戦では共闘が可能である。
《グートルーネ》
世界樹の迷宮Ⅲより、海都の姫。
体が弱いらしく、王家の療養地である白亜の森に住んでいる。
彼女の配下として、職業:ショーグンがいる。
《砲剣》
世界樹の迷宮Ⅳに出てくる装備。
機械仕掛けの大剣。専用クラスであるインペリアルのみが装備可能な武器種。
この砲剣を装備すると、サブ武器が持てなくなる特徴がある。
《ドライブ》
アッシュクしたジュツシキをね、ショクバイと一緒にビンに詰めるとね。
トリガーとチャンバーがね、イグニッションでドライブなんだ。
砲剣を装備する職業:インペリアルが使う技。ドライブの前にはそれぞれ別の名前が入る。
共通して使用後にクールタイムが発生する。が、その威力は絶大。短期決戦の花形と言える。