今更ながらネタバレ注意、残酷な描写タグを入れさせていただきました。
《ダンジョン23階層》
野営を繰り返しつつ、あなたたちは大樹の迷宮を突き進んでいく。
奥に進むほどに大樹の中の緑の色が変わっていく。今ではもう黄色い葉が多くなっている。
「洗礼も抜けたのでしょうか。モンスターもそこまで大勢で来ませんね」
命が言う。大樹の迷宮に入った1日目とは打って変わり、2日目以降は通常のダンジョンの様相を見せていた。
もっとも、ダンジョンの奥に進んでいることは変わりない。奥に進むということはそれだけ危険度が上がる。
モンスターを倒しつつも進んだ先。この大樹の迷宮に入ってから何度か見ている倒木が、大量に倒れている場所に出た。
「……この倒木。いったい何なんだろう」
「倒木、か。木を倒すってことは、木に成っている実を取ってるんじゃねぇのか?」
少年の疑問に、ヴェルフの考察を立てる。大きく間違えてはいないだろう。
倒木の特徴は、倒された以外にも木の表面をえぐり取られている。おそらくは木の蜜を取るために、倒されているのだとあなたは言った。
「蜜、か。まるで熊みたいだね?」
「熊……あっ、そうです。この階層にはバグベアーっていう熊のモンスターがいたはずです」
少年の言葉で思い出したのか、リリルカが説明する。ならばこの倒木はそのモンスターの通った証なのだろう。そして、この倒木の量。
あなたは気配を感じ、来た道を振り返る……熊型のモンスターが、立っていた。
「バグベアーです!俊敏さとツメの攻撃に注意してください!」
「了解!」
リリルカの注意と共に、戦闘が始まる。
バグベアーと呼ばれた熊のモンスターはあなたも見覚えがあった。あなたたちが《森の破壊者》と呼んでいたF・O・Eそのものだ。
戦闘自体は今まで通り、少年と命が先駆けてあなたが射抜く変わらぬ方法だったが……今日の少年の動きのキレは凄まじいものがある。
「影縫!」
熊の腕を潜り抜け、足を縛る。前のように不完全な影縫ではなく、瞬時に体勢を立て直して追撃している。
ふと、少年の動きにあなたはある少女の幻影を重ねて……すぐ振り払う。彼女はもういない。今のあなたのパーティはこの四人だ。
「俺も、戦えれば良いんだけどな」
《森の破壊者》との戦闘が終わったときに、ぽつりとヴェルフが言葉をこぼした。
ヴェルフには毎夜、武器の手入れをしてもらっているし、パーティに十分貢献していると思うが……気持ちは分からなくもない。
あなたは少年と命が前線に立つ最中、リリルカを守れるのはヴェルフしかいないことを伝える。後ろがしっかりと構えているからこそ前線が映えるものだ。
「まあ、そうなんだけどよ。そうなると近くに姉御がいることになるだろ?俺が動くってことが、本当に来るのかと思っちまってな」
「守られてる立場のリリから言うのもアレですけども……。私たちが動くことになるって言ったら相当まずい状況だと思いますけどね」
リリルカの言う通りだが、それと感情はまた別の問題だ。
少人数のパーティだからこそ、動きが無いのはじれったいものだ。うーむ、どうしたものか。
「新手です!」
あなたが取り留めもなく色々と案を考えていたとき。命から声が掛かる。
仮にも今突き進んでいる大樹の迷宮は中層だ。片手間程度に攻略できるほど甘い場所ではない。
弓を取り出し、前線に目を向ける。新手の森の破壊者が、周囲を警戒している少年たちに襲い掛かっていた。
……いや、本当に森の破壊者か?それにしては体毛が赤い。
「強化種です!気を付けてください!」
傍のリリルカが前衛に声を掛ける。やはりただの《森の破壊者》ではない。
あれは《血の裂断者》と呼ばれる、さらに上位の熊型モンスターだ。《血の裂断者》は咆哮を上げて少年たちに襲い掛かる。
「負ける、もんか!」
「クラネル殿に負けてられません!ブシドー殿、直伝!」
そう言って命が繰り出したのは抜刀術だ。高速の抜刀と共に氷雪が舞う。
……いつの間にものにしていたのだろう。あれはあなたが教えた抜刀術の一つ、抜刀氷雪だ。
最も、今回に関しては気合が先行して使ったのだろう。抜刀氷雪は対多数の技だ。単体に意味が無いとは言わないが、ただ倒すだけを考えるなら効果が薄い。
少年と命の活躍ぶりで、強化種である《血の裂断者》との戦いも優位に進められている。
が、少年に切られた足の縛りが戻ったのか。《血の裂断者》は踵を返し、四足歩行で逃走を始めた。
「逃がさない!」
優位な戦闘を仕切り直されると考えたのか、少年がすぐさま追う。
深追いは良くない。あなたは少年に戻ってくるように大声を掛ける、が少年の足が思った以上に早い。
命に声を掛け、少年の後を追うように頼んだあと、自身も急いて追っていく。
「今日のベル様、なんというか……」
「ああ、張り切ってるな。というか……焦ってるのか?」
リリルカとヴェルフの話に、あなたも少し考える。
少年に異変があったのは昨晩のことだ。
あなたが少年を見つけた時点で何かと交戦した後らしく、その後少年は試行錯誤を繰り返していた。
……まさか、とは思う。少年の影縫の完成、目指すべき目標という言葉。
もしも、彼女が生きていて少年の前に現れたのなら……。いや、ありえない。年月はともかく、彼女が生きているはずがない。
グオオオオ!
あなたが思考に浸っているところを、現実に引き戻したのは獣の咆哮だ。
《森の破壊者》とも《血の裂断者》とも違う、低いが通りがいい唸り声。まさか!?
臨戦態勢の少年と命に追い付いた先にいたのは、傷を負った《血の裂断者》と、仲間と思わしき《血の裂断者》が2匹。
そしてその群れの中に一体、異様なたてがみを持つ群れの長がいた。
誘い込まれた。あの逃げた《血の裂断者》は逃げただけではなく、群れに合流しようとしていたのだ。
「明らかにやばそうなのが一匹いますね……強化種のボスってところですか」
リリルカが刺すのは異様なたてがみを持つ《血の裂断者》……《獣王ベルゼルゲル》とあなたたちが呼んでいた熊種のモンスターだ。
おそらくはこの大樹の迷宮内でも、これ以上に強いモンスターは出てこないだろう。あなたは気を引き締めるように全員に指示する。
「……すみません。深追いしすぎでした」
少年の謝罪にあなたは首を振る。結局は仕留めきれずに逃がしてしまったのが問題なのだ。
群れに合流される前に倒すべきだったのに、少年や命に自然と任せてしまっていた。中層は片手間で攻略できるような場所ではない、と考えていたのにこれだ。
戦闘開始の合図は、あなたが深手を負った《血の裂断者》にトドメを刺した瞬間から始まった。
「数が多いとここまで違うなんて……!」
バグベアーの強化種2体と、そのボスの爪が迫ってくる。1体のときとは勝手が違う連携攻撃に、体勢を崩しながら何とか避けきる。
……思い出すのは、昨日の夜のあの人の動き。軽業めいた動きはそのまま攻撃に転ずる起点だ。ものにする、してみせる。
体勢を崩した僕に迫ってくる取り巻きだけど、ブシドーさんが即座にその2体の目を射抜いていく。
ボスの方は……動いて来ない?だったら!
「好機!」
取り巻きである2体を倒すチャンスを逃すわけがない。
命さんの新技……抜刀氷雪が一気に入る。2体とボスもろとも一気に氷漬けにさせる一撃だけど、まだ仕留めきれてない。
――――鐘の音が聞こえる。あの人が見せたもう一つの技、あれが使えれば追撃の後押しが出来る!
「――――もっと、はやくっ!」
取り巻きに一瞬で近づき、通り抜けざまにナイフを振るう。1体目に2撃を瞬時に入れ込み倒しきり、そのままの速さで2体目にも切りかかる!
「っ、浅い!」
通り抜けざまの斬撃は、3回目までしか振るえずバグベアーにトドメを刺しきれなかった。
けれど、その心配も無用だった。切り捨てた後に全て矢が刺さっている。ブシドーさんの追撃だ。ダメ押しには十分すぎる。
「残りはボスだけ……!?」
取り巻きを倒して、改めて身構えた瞬間にボスが弾けた。他の強化種とは比べ物にならない速さで突進し、乱舞が飛ぶ。
狙いはどうやら、最初から僕だったようだ。2体の取り巻きが体勢を崩した僕を狙ってた時からずっと。
「クラネル殿!」
「――だい、じょうぶです!」
――――鐘の音がする。前に、ブシドーさんに教えてもらった技の一つだ。
口からあふれ出る血を気にせず、歯を食いしばって全身に喝を入れる。戦闘不能になるまで、まだぎりぎり大丈夫だ。だったら何とでもなる。
もう、一撃たりとも喰らってやらない。覚悟を込めて短剣を構える。
僕の状態を見てもボスはまだ臨戦状態を解かない。絶対に叩き潰す。その意志だけが明確に分かった。
「いくぞ!」
先に動いたのは僕。影縫をボスに入れて、足を止める。
ボスは足を切りつけられてから瞬時に僕を見抜いて、拳を振ってくる。カウンター気味に入りかねないその拳を――掴んで、体を捻ることで回避する!
「反撃重視か、ならばこれならどうだ!」
続いて、ボスに迫るのは命さんの居合の剣閃……地走撃。
斬撃で胸がえぐられたところに、追撃の矢が飛んでくる。それでも、なおボスは死んでいない。
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
雄叫びを上げながら、追撃に向かう。狙いは、ブシドーさんが射った矢。
あの人が狙う場所が、急所で無いはずがない。ナイフを逆手に、カウンターを避けた反動を使って、一気に胸を突き刺した。
「はっ…はっ………や、やった?」
ナイフを突き立ててから、ボスの状態が変わった。
一切の筋肉が動かないと言わんばかりに硬直している。まるで剥製みたいだ。
けれど、油断は出来ない。これも僕たちを欺くための罠かも……と思ったけど、本当に一切動かない。
石化、しているな。とは近づいてきたブシドーさんの言葉だ。もう一度石となったかのように動かないボスを見て、ようやく安堵と疲労感、そして痛みがぶり返してきた。
「……ベル様、ちょっと無茶がすぎますね。ブシドー様に当てられましたか?」
「いや、あはは……」
「笑って済む問題じゃないですよ!早くポーションを飲んでください!」
そういって、半ば強引にポーションをリリに飲ませてもらう。流石にもう無茶はできない。けど、不思議と充足感があった。
それもそうだ。あの人の動きに少しでも近づけたんだから……と考え事をしていると、ふと視線がブシドーさんと被る。
……ブシドーさんはじっと、僕を見つめている。いつもならモンスターの素材に飛びつくのに、どうしたんだろう。
鷹乃羽と、飯綱。どこで知った。とブシドーさんはいつにもなく冷たい声で聞いてきた。
どうやら、僕が真似しようとした技と、最後の一撃の技の名前らしい。
「えっと……最後のは、ただ急所を狙おうと思って出来たまぐれで。もう一つの方は、昨日の夜に実際に見たんです……」
僕のその言葉を聞いて、ブシドーさんは先を促してくる。
ブシドーさんは以前、短剣の使い手が友人にいたと言っていた。たぶん、今回上げた二つの技もその友人が使っていたのかもしれない。
「昨日の夜って……ベル、お前寝ずの番の最中にどっか行ってたのか?」
「ふ、不可抗力だって!狐の面をした女の子に、寝かされて連れて行かれたんだって!」
僕が昨日のことと、あの人……姫子さんのことをぽつりぽつりと話し始める。
一番奇怪だったのはブシドーさんだ。馬鹿な、いやそんな、ありえない。なんて聞きながら呟いている。
「……では、クラネル殿はその御仁の技を真似て?」
「正直、怪しい人だというのは間違いないんですけど……。でも、技や身のこなしは、物にしたいって思えるものだったんです」
「姉御の指導を受けてるベルがそこまで言うとはな。けどどう考えたって危ないやつじゃねぇか。寝かされて連れていかれてよく何もなかったな?」
……何もないなんてありえない。と、ヴェルフの言葉にブシドーさんが反応した。反応から察してたけど、ブシドーさんは姫子さんのことを知ってるらしい。
曰く、シノビと呼ばれる暗殺と諜報の達人らしい。命さんに聞くと表舞台には決して出ない、東洋のアサシンと言っていた。
そして……姫子さん本人のことを話そうとしたとき、ブシドーさんが何かに気付いた。
ここまでするか……っ!と苦虫をかみつぶしたブシドーさんの目の先には……
赤い肌に薄緑の鱗を纏い、長い尻尾と腕と一体になった翼。
そして2本の角をもつ爬虫類の顔をした……飛竜と称されるモンスターが、僕たちの目の前に降り立った。
《シノビ》
あからさまにニンジャなのだ!
世界樹の迷宮Ⅲで登場。短剣スキルと忍術スキルで八面六臂の活躍をする。
《鷹乃羽》
シノビの短剣スキル。
敵全体にランダムで2~3回の斬攻撃を行う。
習熟すると3~4回の攻撃となる。
世界樹と不思議なダンジョンでは、前方5マスを素通りし、通り抜けた敵全員に攻撃を行う。
《飯綱》
シノビの短剣スキル。
敵1体に石化を付与する攻撃を行う。
石化については、後述。
《石化》
状態異常:石化
どうやら世界樹の迷宮における石化は2種類あるらしく
・筋肉が一切動かない、まるで石化したような状態
・本当に石になってる
と、ある。
スキルの種類によって石化の仕方が変わっても素材が石として表示されていたり(システム的に仕方ないかもしれない)よく分からない部分がある。
《抜刀氷雪》
ブシドーの居合スキル。
敵全体に斬+氷の複合属性攻撃を行う。
居合の他に、上段に炎、青眼に雷と複合属性のスキルがある。