オラリオの迷宮   作:上帝

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19話 討ち果て倒れる者

 

 

 これは過去の話だ。

 

 ある冒険者ギルドが世界樹の一つを制覇した。

 その後、冒険者ギルドの面々は散り散りとなったが、メンバーの中で南洋に出発した二人は別れてはいなかった。

 

 一人は長い黒髪の少女。

 もう一人は短い髪のおかっぱ少女、

 

 二人は幼馴染で、かつ互いに競い合う好敵手でもあった。

 ――――もしも、そんな二人が共に戦わず、別の道を選んだら。愚問である。そうなれば後は決めるだけだ……どちらが真の強者なのか。

 

 機会さえあるならば、刃を交えるのは理解に苦しくない。

 

 激闘の末に勝利したのは、長い黒髪の少女だ。彼女の刃は好敵手の首に届いた。

 ……これは過去の話だ、もう終わったことに、出来ることは何もない。

 

 

 

 

 

 少年に彼女、姫子のことを切り出そうとしたとき、奴が来た。

 

 ――――《ワイバーン》 

 

 《獣王ベルゼルゲル》と比べ物にならないほど危険な相手だ、

 あなたは即座に撤退を全員に伝える。まともに戦って勝ち目があるような敵ではない。

 しかし、あなたの目論見をあざ笑うかのように、ワイバーンはその翼で暴風を起こす。

 

「きゃーっ!?」

「リリ助!?掴まれ!」

 

 暴風でリリルカが踏ん張りきれず、大カバンから弾き飛ばされた。

 リリルカを無理やりつかもうとしたヴェルフも、同じく踏ん張りきれずに動けない。これでは逃げるどころではない!

 

「ぐっ、この暴風では踏ん張ることで精一杯か!」

「っ……!」

 

 意を決した表情の少年が、暴風の先へと進もうとする。あなたは無理やり少年の首元を掴み、後ろへ引いた。

 

「ぐえっ、ブシドーさん。何を!?」

 

 囮役は自分だ。とあなたはそう伝えて、そのまま少年を投げ飛ばした。

 ……少年はすでに《英雄願望》を一度消費している。下手を打てば死んでしまいかねない。

 少年を投げ飛ばした直後に、あなたは《ワイバーン》に矢を射る。暴風に負けずに飛んだその矢は《ワイバーン》の目を正確に射抜いた。

 

「……御免!」

「……すまねぇ、姉御!」

「放してください!ブシドー様!ブシドー様ぁぁぁ!」

 

 リリルカの絶叫が遠のいていく……これで良い。

 

 ひるんだワイバーンも、全員が逃げ終える頃にはもう片方の目であなたを捕えていた。

 ……はっきり言って、勝ち目はない。あなたに出来ることは、少年たちの逃げる時間を稼ぐことくらいだ。

 

 あなたは自身の限界を外し、ワイバーン相手に名乗りを上げる。

 ――――彼女、姫子は少年に目を付けた。これはそれゆえの試練。

 彼女の試練は、たちの悪いことに他者の命を顧みない。そして、おそらくこの試練は何度も少年に降りかかるだろう。少年以外も関係なく巻き込んで。 

 ……パーティの為にも、絶対に生きて帰らなくてはならない。あなたは決意を固めてワイバーンに相対する。

 

 決して勝てず、死ねない戦いが始まった。

 

 

 

 

「…………」

「…………くそっ」

「…………ブシドー様」

 

 逃げてきた俺たちを包んでいたのは、沈黙と無力感だった。

 正直言って、姉御の指示に従い、逃げてきたことでほっとしている自分がいる。

 同時に、あの場に残って何かができるとも言えない、自分の無力さに嫌気がさした。

 ……おそらく、俺以外の3人も同じことを考えているだろう。

 

「……ブシドー殿は、自身を囮役と言っていました。きっとあの方なら、逃げる算段くらいは」

「ブシドーさんが即座に撤退を選んだのは、今回が初めてなんです」

 

 ベルが言うには、姉御が撤退を選んだ時は絶対敵わない敵と分かっているときらしい。

 ……足手まといがいるから、撤退を選んだのか。それとも、姉御ですら敵わないのか。

 前者ならまだ、良い。姉御は俺達よりもずっと強い。並び立って何かしたいのはあるが……仕方ないと割り切れる。後者だった場合は……。

 

 全員が沈黙しながら逃げていたが、走りが歩きになり、ついには止まった。

 

「……ごめん、皆」

「……ベル様?」

「ブシドーさんは命の恩人なんだ。見捨てることなんて……できない!」

「……おい、待てよベル!」

 

 それだけ言うと、ベルは来た道を全速力で戻っていった。呼びかけたところで戻っては来ないだろう。

 

「……最後の野営地点まで戻ろう、ヴェルフ殿」

「……っ。ベル様まで見捨てるつもりですか、あなたは!」

「ブシドー殿の意をくむならば……せめて、あなたたちだけでも生き残らせなくてはならない。私まで行ってしまったら、この中層最深部であなたたちを置き去りにしてしまう」

「……っ」

「……そうかい」

 

 本当なら命だって、戻りたいに決まっている。それを押し殺して、俺達に付いてくれてるんだ。

 ……もっと力があれば。戦う鍛冶師を自称しているにも関わらずこの体たらくに、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 バグベアーの巣に全速力で戻っていく。

 ――――自身の内に、鐘の音は聞こえてこない。

 けど、それがなんだ。どうせあってもなくても、ブシドーさんを死んでも助けることに変わりは無い。

 

 駆け抜けた先、傷ついた飛龍の巨体が見えたと同時に……

 

 

 それを、みてしまった。

 

 

 ――――飛龍の尻尾が、ブシドーさんの腹を貫き、緑の尻尾が赤く染まっていく。

 無造作に尻尾が振るわれ、貫かれたブシドーさんが放られて、木にぶつかる――――ブシドーさんは、ぴくりともしない。

 

 

「――――《ファイアボルト》ォォォ!!!」

 

 込められる精神を全力で込めて、撃つ。

 狙いは顔、炎の矢は直撃し爆炎を巻き起こした……飛龍には、効いていない。爆炎が晴れてなお健在な頭が、僕の方に向いていた。

 

 ――――殺気を込めて睨み返す。こいつは倒す、絶対にここで倒す。

 

 僕の意志に呼応するかのように、ナイフが淡く光っている。最速、最大の力で飛龍に向けて駆け出した。

 飛龍の鉤爪が襲い掛かる。巨体に似合わない速さの攻撃に、身を翻して避けていく。

 ――――狙うべき場所は変わっていない。避けたついでに飛龍の翼膜に乗り、首元目がけて駆け上がる。

 

 が、飛龍はそれを許さない。翼膜を動かし、僕を振り落としにかかる。翼膜が起こす暴風と、飛龍自体が飛びあがったことで、僕は空中に投げ出された。

 次に、迫ってくるのは飛龍の尻尾だ。飛龍が前転するように振り落とした尻尾は、僕を地面に勢いよく叩きつけた。

 

「――――がっ、はっ」

 

 受け身すら取る暇もなく、地面にたたきつけられて呼吸が出来なくなる。

 ――――こんな、何もなせずに死ぬなんて。そんなの、自分が許せない。

 意志だけで、無理やり身体を動かそうとする。けれど、身体がそれに追いつかない。飛龍が着地し、ゆったりとこちらに迫ってくる。ぶんぶんと振り回している尻尾の動きが変わった。

 ブシドーさんのときと同じように、尻尾の先端が鋭く僕の元に迫ってきて――――。

 

 

 

 

 

 

 ――――間に割って入った、ぼろマントと、狐の面を付けた人によって尻尾が切断された。

 

「――――あな、た、は」

 

 無理に喋る必要はありません。

 

 割って入ったのは、姫子さんだ。

 電光石火の一撃で尻尾を切断された飛龍は、瀕死の僕に目もくれず突如の乱入者に威嚇する。標的が、彼女に切り替わっている。

 

 よく見ていなさい。

 

 それだけ言うと、姫子さんはゆらりと飛龍に向けて歩き始めた。

 飛龍は近寄る彼女を尻尾でなぎ払う……尻尾が彼女に触れた瞬間、彼女の姿が陽炎のように揺らめき、消えた。

 

「!?」

 

 姫子さんはもう既に飛龍の肩まで駆け登っていた。最初にゆらりと動いていたのは残像……いや、それにしても一瞬であそこまで移動できるとは思えない。

 首元まで迫った姫子さんは、飛龍の首に刃を突き立てた。鱗を削ぎ落し、切断までもう少しというところで飛龍の妨害が挟まる。

 

 僕と同じように、空中へ投げ出された姫子さんに、尻尾の一撃が飛んだ。それを受けて――――彼女が、爆発した。

 

 …………比喩でも何でもない、本当に爆発、自爆した!?

 

 ……けど、自爆を受けた飛龍はまだ健在だ。爆炎が飛龍の顔を包んでいるけど、その巨体は倒れていない。

 あの人ですら、この飛竜には敵わないのか……。そう思っていた矢先に、声が掛けられた。

 

 ここからが本番です

 

「えっ―――」

 

 いつの間にか、先ほど自爆した姫子さんがいた――――それも二人いる。

 

 二人の姫子さんが、何かの詠唱をすると…四人へ、六人へと彼女が増えた。

 ……原理は全く分からないけど、分身していることだけは確かだった。しかもただの分身ではなく、実体をちゃんと持っているみたいだ。

 

 

 ―――多元抜刀。

 

 

 元の姫子さん(……だと思う)が、短く号令を出す。四方八方に彼女たちが散らばり、全員が構えた。

 飛龍の爆炎が晴れる……心なしか、飛龍が固まったように見えた。晴れた直後の光景に、飛龍も誰を狙えばいいのか分からなかったんだろう。

 

 彼女たちの、一斉攻撃が始まった。

 

 全身全霊を込めた、抜刀の一撃。後先を考えない捨て身の攻撃が、飛龍に襲い掛かる。

 攻撃をしているのは分身のようで、捨て身の攻撃を終えた分身がどんどんと消えていく。分身は、ときには飛龍の反撃を受けながらも襲い掛かった。

 

 ――――見ていて思ったのは、あの技は大前提として、分身がないと成り立たない攻撃だ。

 

 捨て身の一撃。言うだけなら簡単だけど、全力を出すということは反動がある。

 それを分身に行わせる……その一撃一撃は、全身全霊をどう出せるかが分かりきった、洗練された連携だった。

 そして、何よりも圧倒的な強さだった。反撃すらものともせずに、分身たちは飛龍の四肢を削ぎ落し、最後には残った姫子さんの一撃が首を落とした。

 ――その強さを見て、魅入られずにいられるだろうか。

 

 

 

 

 

 飛龍を倒した後に、姫子さんは懐からポーションを取り出して僕に飲ませてきた。

 飲みほした直後に、意識が鮮明となり、体の痛みが消えた。こんな即効性のあるポーション、相当いいモノなんじゃ……

 

「あの、ありがとうございま」

 

 礼は良いから、彼女を。

 

「…ッ、そうだ、ブシドーさん!」

 

 指摘されて、ブシドーさんが吹き飛ばされた方向へ向かう。

 ――――そこで見た光景に、僕は言葉を失った。

 

 ブシドーさんの貫かれたはずの腹の一部は、血にまみれていたけど……腹の穴はふさがっていた。

 けれど、破れた服から見せているその腹は、青白い肌になっていた。

 腹だけに収まらない。ブシドーさんの肌は、顔、足と全身が青白いものとなっていた。長い黒髪も先まで白く染まり、元の彼女とは同一人物に到底思えない状態だった。

 ……そして何より、彼女の手が完全に異形のモノとなっていた。

 

 

 なるほど、こういうことだったのね。

 

 

 姫子さんが隣に来て、そう言った。ブシドーさんの状態を確認した彼女は、踵を返して歩き始めた。

 ……結局、彼女は何故来てくれたんだろうか。

 

「ま、待って下さい。なんで、助けてくれたんですか!」

 

 …………貴方を死なせたくなかったから、それだけです。

 

 

 そういうと、彼女は一瞬で消え去った。

 

 僕を死なせたくなかったから。

 その言葉を聞いて、また彼女に会えることを、僕は心のどこかで確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛竜との激闘の末。限界を超えることができなくなったあなたは、あっけなく敗北した。

 貫かれた腹から大量の血が流れ、体が急速に冷えていく。

 ――――意識が途切れる直前、少年の咆哮が聞こえた……気がする。少年が自分を助けに来たのであれば、とんだ無謀だ。

 けど、嬉しいことには違いない。残念な点を挙げるとするなら、もう自分の命が尽きようとしているところだろうか。

 ……少年だけでも逃がしてやりたいが、体の筋一つ動かない。冷えていく体に意識が奪われ……あなたの目から、光が消えた。

 

 

 

 死の直前、生後の記憶を追体験する現象がある。走馬灯、と言われている。……あなたは今、それを見ていた。

 

 駆け出しの冒険者として、ハイ・ラガードに来たこと。

 その横に、親友であった彼女がいたこと。

 冒険者ギルドに入り、ししょーと愉快な仲間たちとあったこと。

 ハイ・ラガードの世界樹を制覇したこと。

 アーモロードに行き、クジュラという師を得たこと。

 グートルーネという姫に仕えたこと。

 

 ――――そして、彼女と敵対したこと。

 

 彼女はあなたの師を殺し、あなたは彼女の友を破壊した。 

 …………二度と埋まらない亀裂が、彼女との間にはあった。互いの全力をぶつけ合って、その時勝利したのはあなただった。

 決着がついて、悔しそうな表情をした彼女の死に顔を鮮明に思い出した。…………そうだ。彼女がいるというのなら、こんなところでは死んでしまうことなど、あってはならない。

 決着を付けると言うのならば、己の手で。――――冷え切っていた体と心が、一気に熱くなるのを感じた。

 

 『……そうか。汝が生きることを選ぶと言うのならば、我が加護……ファフニールの騎士としての力を、完全なものとしよう』

 

 不意に、頭に声が響く。目を開けるとそこには禍と戦った場所――――ギンヌンガ遺跡が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 




《忍法:陽炎》
シノビの忍法。
陽動用の分身を一体出す。陽動用の分身はもろく、倒されたら消えてしまう。

《肉弾》
シノビの技。
戦闘不能となったとき、攻撃してきた相手に炎攻撃をする。自爆技。

《忍法:分身》
シノビの忍法
世界樹の迷宮Ⅲの中でも、屈指の強スキル。パーティの空き枠に分身を作り出す。
分身はHP、TPを半分分割して作り出す。本体と同じ性能どころか、分身を出した後,
本体が戦闘不能になると分身が本体扱いとなる。
後述の多元抜刀の、鍵。

《多元抜刀》
シノビの短剣スキル。
出している分身を全て消費して、特大威力の攻撃を行う。
今日もきっと、多元抜刀で皇帝ペンギンが倒されていることだろう。



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