ギンヌンガ遺跡で目覚めたあなたに、声が掛けられる。
視線の先には黒い鎧……いや、外皮に包まれたモンスターがいた。《黒の護り手》だ。
『モンスターではない。ファフニールの騎士はれっきとした人間……いや、人間を越えた超人というのが正しいだろう。ああ、待て。色々と質問があるのは分かるが、あまり時間もない。まず貴公の現状について聞いてほしい』
矢継ぎ早に出てくる疑問を、黒の護り手が静止した。思考が読まれている……?
『そうだ。この空間は、貴公の脳内に設定されたファフニールの騎士のチュートリアル機能だ。脳の一部を使用しているため、貴公が考えていることは瞬時に伝達される。貴公がファフニールの騎士となったことで、このチュートリアルが開始された……簡単に言えば、貴公は夢を見せられていて、我がそこに侵入しているということだ』
なるほど、とあなたは思う。
要するに頭の中に勝手に入られたということだ。正直に言って気持ちが悪い。あなたの不満を受けてか、黒の護り手が咳払いをして話の続きを促してきた。はやく進めて欲しい。
『ではまず、貴公の現状について話そう。貴公の肉体は現在、修復中かつ変異中だ。このチュートリアル機能が終了するとともに、肉体変化が完了して目覚めることになるだろう……焦るな、貴公がこのチュートリアルを開始している以上、肉体変異がほぼ完了していることを意味する。修復も含めると3日以上の期間が必要だ。貴公が気にしているワイバーンのことは、もう気にしても意味がない』
黒の護り手が言うには、あなたはすでに気絶してから3日以上経過しているらしい。
……ワイバーンが見逃したか、ワイバーンの脅威が去ったか。どちらにせよ、迷宮内で3日以上経っているなら、モンスターに襲われるはずだ。おそらくは安全な場所にいると考えられるだろう。
割り切ったあなたは、黒の護り手の話を促した。
『では次に、貴公の元々の肉体に付いて説明しよう。禍と共に封印するにあたって、貴公は長期間の休眠状態でも問題が出ないように強い生命力を持つ必要があった。つまり、ファフニールの騎士として変異させることでしか貴公を生存させることが出来なかったのだ』
つまり、あなたの寿命が飛躍的に伸びていたのはこの改造処置のお蔭らしい。
では《恩恵》に現れていた習得した技が使えるようになるのもファフニールの騎士としての特性なのだろうか?
『貴公に加護として与えた、ファフニールの騎士としての改造処置で与えたのは二つ。長期的な休眠でも劣化を抑えられる肉体と、経験を即座に引き出せる脳の改良までに留めている。そこで、今回の変異についてだが……前述のその二つだけでは、ファフニールの騎士は完成しなかったのだ』
それもそうだ。
肉体を弄るだけでファフニールの騎士とやらになれるなら、ギンヌンガ遺跡の道中の試練が必要ない。
『その通り。ファフニールの騎士が完成するには、世界樹の中で特に生命力に秀でたモンスターの撃破が必要になる。それが試練だ。今回、貴公が倒した獣王ベルゼルゲルがそれにあたる』
獣王ベルゼルゲルの撃破が鍵となり、あなたはファフニールの騎士として覚醒したらしい。
ふと、生命力に秀でているかは分からないが、前にあなたは17階層の主ゴライアスを撃破していることを思い出した。そちらではダメだったのだろうか。
『世界樹の中で、だ。貴公が撃破したその階層主とやらはまだ世界樹内のモンスターでは無かった。故に、ファフニールの騎士としての覚醒は促されることがなかった』
つまり、ダンジョン内のモンスターは生命力に秀でていない……?
あなたの考えが横道に逸れそうになったとき、黒の護り手から視線を感じた。続きを頼む。
『では説明を続ける。変異に付いては、最終的に貴公の生存欲求で行うかどうかを判断した。貴公が強く、生きることを望んだ場合にのみ変異条件を満たしていれば、ファフニールの騎士としての変異を行う……これが、現在の貴公の姿だ』
そう言って、目の前の黒い外殻が変化した。
白髪と青白い肌、変位した腕が特徴的で、簡単に言ってしまうと……やはり、化け物だった。
『ファフニールの騎士として覚醒する時、同時にそれは人間からの逸脱を意味する。過去、何度も印の娘とファフニールの騎士が苦悩してきた点でもあったが、貴公ならば気にしないだろう』
…………。
まあ、気にしないことは確かだが。なんだか釈然としない。
と、ここで気になった言葉が出てきた。印の娘とは何だろうか。
『……それについて説明するには、ファフニールの騎士というものが何か。という点から説明せねばなるまい』
黒の護り手の説明が長かったので、要点だけをまとめて、まとめることにした。
・ファフニールの騎士は禍に生命力を与えることで、禍の活動を休止させていた言わば生贄のような存在らしい。
・ファフニールの騎士を選定するのは印の娘と呼ばれる者で、ハイ・ラガード近隣国であるカレドニア公国の公女が代々受け継いでいるらしい。
・印の娘は、ハイラガード公国を建国した初代ハイ・ラガード公女の子孫らしい。
……つまり、この黒の護り手は。
『……そうだ。我こそは初代ハイ・ラガード公女。貴公らが倒した上帝と袂を分けた、古き科学者だよ』
まあ、1000年前ならまだしも。今教えられてもそうなのか、としかならない。
だいぶ話が逸れてしまった。ファフニールの騎士に付いての特徴を説明してほしい。
『…………。ファフニールの騎士は、前述の目的の通り生命力に秀でている。貴公ら冒険者がフォースブーストと呼称している、肉体限界を超える所業。それを強化することが可能だろう。同時に、貴公の肉体は非常に優れていた。貴公がフォースブーストを使用した際に、同時に貴公の肉体を強化するように、先ほどの形体へ変身できるだろう。さらに、生命力に秀でたモンスターの撃破で貴公の戦闘能力も向上するはずだ』
ふむ、とあなたは考え込んだ。
超人と言うだけはある。種族が変わって限界が伸びたと言ってもいいだろう。
ふと、種族の限界を超える点に既視感を憶えた。冒険者をさらい、その身をモンスターに変えることで死を乗り越えさせようとした奴に似ている。
『……もし、君たちが上帝と呼んでいた彼。彼の研究結果である聖杯があれば……貴公は完全な生命体となっていただろう。だが、それももはや叶わぬ……説明は終わった。最後のファフニールの騎士よ。好きに生きるが良い。その力は人を越えた力だが、もはや人に拘るような世界でも無かろう』
黒の護り手がそう言い終わると同時に、周囲のギンヌンガ遺跡が崩れていく。
浮上する感覚と共に、あなたは夢から消えて行った。
ぱちりと目が覚めた。
目に入ったのは天井。柔らかい布が敷かれていて、その上であなたは眠っていた。
頭だけ動かして確認すると、どうやらギルドハウスにいるようだ。ワイバーンに敗北して意識を失った後、どうなったんだろうか。
「あっ、ブシドー様!意識が戻ったんですね!」
「何っ、ブシドー殿が!」
奥の部屋からリリルカが入ってきた。聞こえてきた声は、命の声か。
ぐっと体に力を入れて、起き上がろうとしたところをリリルカに押さえつけられた。
「動こうとしちゃダメです!ブシドー様は今、血が全然足りてない状態なんです。傷はふさがってますけど、下手に動いたら倒れちゃいます!」
……そう言われると弱い。
しぶしぶ横になったあなたの目は、リリルカの背に向いた。室内では取り回しが悪いであろう、大きな杖を背負っている。
「ご自愛を持ってくれブシドー殿。あなたはあの飛龍との戦いの後、三日も寝込んでいたのだ」
命が言う。三日、黒の護り手から聞いた期間と同じだ。
あなたが生きているということは、何かしらのことがあってワイバーンの脅威が消えたはずだ。
事の顛末を、あなたは聞いた。
「……クラネル殿が、あなたを背負って戻ってきた。飛龍は……クラネル殿の師。姫子殿が撃破したと」
師、ときたか。
助けてくれた人物が、まだ近くにいるのかどうかを聞いてみた。彼女がまだいると言うのなら、一度会っておかなくてはならない。
「おそらく、クラネル殿ならば知っていると思う。どうやら今、稽古をつけてもらっているようで――ブシドー殿、急に動かれては!」
まだいる、ならば。
あなたは即座に飛び起き、ギルドハウスを出ようとした。
が、その瞬間に後頭部に衝撃が走る。鈍痛で思わずうずくまり、後ろを見るとリリルカが杖を持って構えていた。
「動いちゃダメって言いましたよね?まったく、無茶するのはししょーだけにしてくださいよ……はっ、ブシドー様。大丈夫ですか!」
瞬間、リリルカに別人が重なっていた。
咄嗟に手が出たことを謝ってくるリリルカだったが、その謝りついでに杖にも罵倒していた。どういうことなのだろうか……?
「……その杖のことも含めて、ゆっくり話しましょう。ブシドー殿が眠っている間に、いろいろなことが起きましたから」
「……飛竜に単身、挑ませたときはひやりとしたが。あれが狙いだったのか?」
18階層の安全地帯、その酒場の一つが異様な雰囲気で包まれていた。
オラリオにて唯一、レベル7を達成した《猛者》オッタルがその酒場にいるからだ。
いえ、まったくの偶然です。何かあるかなとは思ってたんですが、まさか異形化するとは。
オッタルの前にいるのは、和服を来た少女だった。
アンバランスな組み合わせに、周囲の客の好奇の目が集まっている。だが、オッタルが声を荒げると同時にそれも霧散した。
「お前……。試練とは乗り越えられるからこそ、試練になりうるのだぞ。その調整を見誤れば」
…………その、ワイバーンの方も偶然なんです。
少女は申し訳なさそうにオッタルに言う。
元々、宛がうのはバグベアーの強化種と、そのボスの予定だったのが。死臭に釣られてワイバーンがやってきてしまったのだ。
「……そ、そうか。それは、すまん。だったら、なぜすぐに助けに入らなかったんだ」
……彼女は一度、自身の弱さを自覚するべきだと思ったので。あと助けるなら、新しい弟子の方をカッコよく助けたいじゃないですか。
そう言う少女の顔はどや顔だった。頭が痛くなりそうなのを抑えて、オッタルは続ける。
「……俺は一度、主神の元へ戻る。お前はまだ続けるのか?」
ええ。少なくとも分身程度は憶えてもらわないと、話になりませんから。
それだけ言うと、少女は消えた。痕跡一つ残さずに、元々いなかったかのように。
おそらくはあの少年との鍛錬に熱が入ったのだと、オッタルは考える……。と、考え込もうとしたところに、店のウェイトレスと目があった。
あのぉ……。先ほどまでいた方は?
「……ああ、先に出た。金は俺が」
……その、彼女から預かってる物とかありません?その、お金とか。
「……?いや、無いぞ」
ファック!!見捨てやがったなあの野郎!
ウェイトレスが豹変する。あの少女の知り合いと察したオッタルは、関わり合いにならぬようそそくさと代金を支払おうとする、が。
待って!あいつの知り合いなんでしょ!呼んでくださいお願いします!!
「………………」
オッタルにしがみ付くウェイトレスの力は凄まじかった。
受難を理解したオッタルの頭痛は、さらに増していった。
《ファフニール》
ファフニールの騎士。
新・世界樹の迷宮2のストーリーモード、主人公の専用職業。
フォースマスタリから始まり、各種フォースブースト中の行動を強化する技が特徴。
最大の特徴はファフニール自身のフォースブーストにある。
《変身》
ファフニールのフォースブースト。
3ターンの間、変身状態となりHPが飛躍的に上昇。また各種スキルが変身中強化される。
ファフニールの真価はこの状態で発揮される。やたら強い三色技に自身だけで完結するチェイス。
最大の特徴は、階層ボスを撃破するごとに解禁される1回きりのスキル。フォースブースト中につき1回しか使えないが、その効果は絶大。中には3回行動なんてとんでもないスキルもある。