オラリオの迷宮   作:上帝

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4話 冒険者の一日

 

 

 

 あなたがヘスティア・ファミリアに参加してから数日が経過した。

 

 ヘスティアに言われた通り、あなたはヘスティア・ファミリア拠点の教会ではなく、宿屋を利用して生活をしていた。と、言っても宿屋を使うのはほぼ寝泊りするときだけだ。あなたの生活は殆どが迷宮内で完結している。

 

 朝は日の出と共に起き、食事を買いに出かける。あの芋の料理……じゃが丸君を数個買った後に、迷宮へと出かける。

 その際に常連であるアイズと会ったりもする。じゃが丸くんを注文して出来る間に、軽い世間話や、オラリオの行事などを聞いたりもする。最近だと怪物祭なんて行事が近いのだとか。

 

 食事の購入が終わったらさっそく迷宮探索だ。あなたの迷宮探索の主目的は主に3つだ。

 

 

 一つ、魔石の獲得。これは単純な通貨による稼ぎを手に入れる為である。

 宿屋での生活をする以上、日々の資金は必要不可欠だ。あなたは日に1万から2万ほど稼げればいいか。と考えている。冒険者ギルドでの登録を終えた後、あなたはレベル1冒険者の平均的な一日の稼ぎをエイナに聞いていた。

 

「うーん……。レベル1と言っても一口に稼ぎ方は様々だけど、あなたが6階層で稼いできたって言うならそのくらいの基準で考えましょうか。基本的にはパーティを組んで戦闘して、荷物をサポーターの人に持ってもらう。今回は5人+1人のパーティとして、持ち切れなくなって帰ったら……総計3万ヴァリスくらいを6人で分けることになるんじゃないかな?」

 

 つまり、一人頭の収入は5000程度ということだ。あなたのように1万も常に稼げているのなら上々だろう。あなたは最初に換金したときの魔石の量以下にするつもりはなかった。常にこの魔石の量を取れるアピールをすることで実力を示して、盗人疑惑を解消しなければならないのだ。

 

 

 二つ、素材の獲得。これはモンスターから出る魔石ではなく、迷宮内の薬草だったり、鉱石などのことだ。

 あなたの勘は鋭い。怪しいと思った場所の採取をしつつ素材を集めている。薬草はポーションの作成のため、鉱石は装備の作成のために集めている。が、装備に関しては今装備している弓と服を上回るものは中々作れないだろう。とも思っている。

 

 あなたの装備は迷宮の中でも階層を総べる大型モンスター、キマイラとハルピュイアの素材を使った装備だ。これ以上の装備となると……一度、ヘスティアに連れて行ってもらった鍛冶系ファミリアのヘファイストス・ファミリアでは、それこそ数百、数千万と言った資金が必要だった。

 

 薬草については、これは別のファミリア直々の依頼だ。ヘスティアから紹介された薬師系ファミリアであるミアハ・ファミリアは常に金欠らしく、素材も取りに行くのが難しいとのこと。そこであなたは薬草類を格安で譲渡することで、ポーションなどをヘスティア・ファミリアに売る場合は安めにしてほしいと交渉した。

 

 それ以降、あなたはミアハ・ファミリアのポーションにお世話になっている。特に精神疲労対策のポーションは買えるだけ買っている。

 恩恵を手に入れてから、あなたは技を使いすぎると精神疲労が起きる状態となっていた。精神疲労を起こすと、最悪ダンジョン内で気絶することもありうる。そうでなくても精神疲労を起こすということはその後の戦闘能力の低下にもつながる。対策は必須だ。

 

 

 三つ、新しい階層の地図の作成。

 あなたは今、ダンジョン10階層にいる。6階層までは地図を作り上げてきたが、ダンジョンは深い階層ほど広がっていることが分かってきた。1日1階層なんて思っていたが、10階層まで来たら一日では半分程度しか回りきれなかったのだ。

 あなたの本命はほぼこちらである。完璧な地図は冒険者の嗜み…ではあるが、一人で回りきるのは中々厳しい。戦闘に関しては今だ問題は出ていない。精神疲労の点はあるが、もしそこまで消費したのなら警戒歩行によって戦闘そのものを避ければいい。

 問題は、荷物だ。地図を書くということは新しい場所に来るということだ。ということは新しい薬草や鉱石だってある。あなたは出来る限りダンジョンに入る際の荷物を少なめにしているが、潜っていくうちに荷物の空きはどうしても無くなってしまう。

 新しい素材を見つけたときには、泣く泣く持っている素材の中でいらないものを捨てなくてはならない。そして新素材は正直に言ってあまり使わないものだ、と分かった時の悔しさは計り知れない。

 

 

 

 10階層の探索もそこそこに、夕刻を過ぎるまでにはあなたは迷宮から帰らなければならない。

 アリアドネの糸が使えない以上、迷宮から脱出するのは自力だ。モンスターとの戦闘を抑えられるとしても、深い階層から歩いて出るのはそれなりに時間がかかる。

 このダンジョンの行き来が非常にネックだなとあなたは感じていた。ロキ・ファミリアのように大人数による遠征。というある種の行軍に近い迷宮探索になるのも納得である。

 

 迷宮を抜けた後は最後の一仕事である。

 魔石の換金を済ませ、鉱石を引き取ってもらい、薬草を渡し、ポーションを作ってもらう。言うだけならばただの素材の引換であるが、あなたの場合だと少々事情が違う。

 地図を書く関係であなたは常に新しい場所を開拓していると言っても過言ではない。魔石の換金だけならともかく、鉱石、薬草となると新種も多くなる。あなたはそれらの素材のうち、必要な物をしっかりと憶えなければならない。

 地図を書くということは素材の場所を書くと言う事でもある。あなたの地図にはこれまで取った素材がいるか、いらないか。という点でメモ書きの部分がびっしりと埋まっていた。

 最後に、手に入れた通貨やポーションの処理だ。あなたはファミリアの拠点である教会へと向かう。このとき、時間帯としてはほぼ夜だ。

 

 

 

 

 

「来たね、ブシドーくん」

 

 ファミリアに付くと、ヘスティアがあなたを待っていたようだ。少年はまだ帰ってきてない様子だ。

 さっそく始めよう。とあなたは荷物を置いて服を脱いだ。ファミリアに来る理由はステイタスの更新が主だ。こればかりはヘスティアに頼まなければ行えない。

 

「遠慮がないね…。こう、もうちょっと肌を見せることに抵抗とかはないのかい?」

 

 別に見られて恥ずかしい傷を受けているわけでもない。とあなたは言った。上半身程度ならば過去、さらし一丁で過ごしていた時期もあるあなたにとって羞恥の対象にはなりえない。

 

「そう思い切りがいいと僕の方がおかしい気がしてくるよ…。じゃ、さっそく始めようか」

 

 ヘスティアに背中を任せ、ステイタスの更新を行ってもらう。更新自体はすぐに終わり、結果を読み上げてもらう。今回の結果はこうだ。

 

 

 ブシドー

 Lv.3

 力:G252

 耐久:G290

 器用:F354→F357

 敏捷:F357→F360

 魔力:G222

 

 幸運F

 

 《魔法》

【 】

 

 《スキル》

【引退】

【グリモア】

【ファフニールの加護】

 

 

 

 読み上げられたステイタスの中に聞きなれないものがあった。幸運とはいったい何なのかとあなたはヘスティアに聞いてみる。

 

「おそらくこれは発展アビリティだね。本来はレベル2に上がった時に習得する、基礎のステイタスとは分離した特殊なものだよ。君の場合は最初からスキルの効果でレベルが高かったからね、習得が遅れたんだろう」

 

 あなたは【引退】の効果で初期のステイタスが上昇していた。が、これは正規の手順、冒険者にとって偉業を成し遂げることでのレベルアップではない。そういう意味では、冒険によって得られる熟練度があなたには足りていなかったのだろう。それが達成されたことで、この幸運とやらは解禁されたのだと思う。

 

 そして、幸運のスキル。運が良い、というのは重要だ。特に素材集めをするときに希少な物を取れるかどうかは運次第なのだから。戦闘よりもここ数日間は素材集めを中心に動いたから出た発展アビリティなのだと、あなたは一人納得していた。

 

 

 

 さて、とあなたは荷物を空ける。交換した通貨とポーションがドンドンとテーブルに置かれていく。

 

「ミアハのところで色々やってるって聞いたけど、このポーション全部買ってきたのかい!?」

 

 格安でね。と付け足しつつあなたはテーブルに物を出し終える。いつもの通り、預かっておいてほしい。少年が使いたがったらいつでも使っていいから。とあなたはヘスティアに伝える。

 

 あなたがファミリアの拠点に荷物を置くようになったのは、宿屋の主人からの警告があったからだ。宿屋に大金やポーションなどを置かれたままだと管理する必要が出る。盗まれたときの責任は負えないぞ。とあなたは言われてしまったのだ。

 確かにそう言われてしまったら物を移すほかない。だが、倉庫となりうる場所も…と思いついたのがファミリアの拠点だ。

 あなたは荷物を置かせてもらう代わりに稼ぎの1割をファミリアに上納する。そして使いたかったらいつでも使っていいという言伝をヘスティアに伝え、荷物を置くようになったのだ。

 

「使いたかったらって言ったって、預かり物を使うほどベル君だって切羽詰まってないだろうさ」

 

 それもそうだ、とあなたは思った。あの少年は基本的に誠実な部類だ。ちょっとくらい使ってもバレないなんて思ったりはしないのだろう。

 

「神様、ただいま戻りましたー。あ、ブシドーさんもこんばんはー」

 

 噂をすればなんとやらか。あなたは少年に挨拶をし、いつもの常套句を言っておく。君はこのアイテムを使ってもいいし、使わなくてもいい。

 

「いやいやいや、預かりものなんですからしっかり預かってますよ!?」

 

 予想通りの解答にあなたもヘスティアも思わず笑ってしまう。笑いつつもあなたは、本当に必要と思ったときは遠慮せずに使ってほしい。と少年に伝える。アイテムは必要があるから存在するものだ。

 

「うーん、でも……」

「まあいいじゃないかベル君!使っていいって言うならじゃんじゃん使っちゃえばいいのさ!」

 

 渋る少年にヘスティアが煽る。あなたがヘスティア・ファミリアに来てから何回か見た光景だ。

 少年が帰ってきたということは、そろそろ食事時なのだろう。あなたは邪魔をするのも悪いと判断して別れのあいさつを済ませる。

 

「あ、そうだ。ブシドーさんは怪物祭はどうするんですか?」

 

 唐突に少年から話題を振られる。アイズも言っていたが、怪物祭か。

 あまりお祭りに興味が無いあなたは、いつもの通りに迷宮に戻っているかな。と答える。と少年は苦笑いをしながら答えた。

 

「怪物祭の間は冒険者ギルドも怪物祭のサポートに回るから、冒険者業はちょっと控えてほしいってギルドの人たちが言ってたんですよね。だからてっきりブシドーさんも冒険者業はお休みにするのかと」

 

 ふむ、とあなたは考え込む。

 魔石の交換はギルドありきだ。忙しい時に仕事を持ち込むのも悪いか。と考えたあなたは怪物祭の間は休養を取ることに決めた。

 怪物祭は観客の前でモンスターを調教するお祭りなのだとか。あなたの知り合いには獣を使役するものは居れど、モンスターを使役するというものは見たことが無い。

 ところでなぜ少年が冒険者ギルドのことを伝えてきたのだろう。魔石の換金で頻繁に顔を出しているあなたでも、そんな内情を一切知らされていなかったと若干の不満を見せた。

 

「エイナさんにブシドーさんが当日、ダンジョンで無茶しないようにって釘刺されてて……。なんで僕に伝えたのか、僕も分からないんです」

 

 どうやら少年はあなたにとっての外付け良心の扱いを受けているらしい。失礼な、言われればその程度は考慮する。

 

「ブシドー君は目つき悪いからねー。スマイルが足りてないんじゃないかな?やっぱり女の子らしくするべきだよ、君も!」

 

 ヘスティアから威圧感を感じる。待ってほしい、その手はなんだ。

 あなたは即座にファミリアを出ることにする。このままここにいたら弄られ続けること間違いない。

 

「あっ、逃げた!」

「あはは……。まあまあ神様、落ち着きましょうよ」

 

 ヘスティアの声が響いてくるがあなたは振り向かず外へと向かう。女の子らしくと言われても、あなたには冒険の楽しさを捨てられない。それ以上に、そんな真似は恥ずかしい。

 わき目もふらずに教会を出て、あなたはほっと一息をつく。いつもとは違ったが、ファミリアを後にしてあなたは宿屋へと向かった。

 宿屋では食事と睡眠をとるだけだ。宿屋の主人とも数日合えば顔も憶えられる。あなたは食事を軽く済ませ、しっかりと睡眠をとることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オラリオの迷宮を上には、天を貫くほど高い塔《バベル》が存在する。

 その最上階で一人、見るもの全てを魅了してしまいかねない美しき女性がいる。女性は一人、頬杖を突き悩んでいた。

 

「はあ…」

 

 その美しき女性……神フレイヤは悩んでいた。

 かねてから目星をつけていた魂の持ち主に、匹敵する魂の持ち主が現れたのだ。それも、そのお互いの近くに。

 

「悩ましいわ…。あんなに綺麗なのに、どうしてあんなものがついているのかしら」

 

 フレイヤは悩む。新たに表れた魂の持ち主は、今のままでは決してフレイヤの元に魂が来ない。

 魂に掛けられた加護が、それを阻害するからだ。

 阻害するその加護も憎たらしい。あんなに綺麗な魂を、どうしてくすませる様なことをするのか理解ができない。

 

 フレイヤは考える。あの二人の魂をもっと輝かせる方法は無いものか。

 ふと頭をよぎるのは近々開催される、怪物祭のことだ。

 彼にはそのままでも十分な試練となるだろう。超えたときにはより一層、魂の輝きが増すに違いない。

 彼女では物足りないだろうけど、少し状況を変えてやればきっと……その抜身の刃のごとき魂が見えてくるかもしれない。

 

「そうと決まれば、あとはどうするか。ね」

 

 フレイヤは立つ。彼女の加護は一旦おいておくしかない。あの加護は神の力を持ってしても解けるかどうかが分からないほどに、魂に食い込んでしまっている。

 ならばまずは輝きを取り戻すところからだ。彼女の、もっとも輝いている時へと戻さなくてはならない。

 フレイヤは消えた。最上階に彼女がいたというあとはもう何もなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




《野生の勘》
レンジャーが持つスキル。採取時のアイテム獲得数が増加する。

《引退について》
【引退】のスキルによってブシドーは最初からレベル3相当の恩恵を手に入れている。これは素の肉体の強さではなく、スキルによる恩恵の初期値増加によってレベル3となっている。
なお正規の手順を踏んでないレベルアップの所為で、熟練度が足りていない状態でもある。

《幸運》
ブシドーが持つ幸運は、上昇に伴い以下の効果を発揮する。
・急所に攻撃が当たる確率の増加。
・状態異常付与率の増加。
・素材入手時のレア素材獲得率の増加。



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