混迷を呼ぶ者 作:飯妃旅立
薄々気付いていた事なのだが、どうにも俺には捕食本能というものが無いらしい。無印及びBURSTでシオが話していたように、アラガミというもの――正確にはオラクル細胞だろうか――には、慢性的な餓えがあるはずなのだが、アバドンになってから未だにそれを感じたことが無い。
俺という理性がある故なのか、それとも別の原因か。
まぁ餓えに支配されて我を失うよりはいいか。
瀕死のギルバート・マクレインを目の前にした時も、一切捕食本能が湧いてこなかった。そのまま殺してしまっても良かったのだが、残っていたヴァジュラテイルが物欲しそうな目で見ていたのであげた。死んだ獲物と生きている獲物、どちらが美味しいのかはわからないが、まぁ踊り食いという文化もあることだし。美味しくいただかれたことだろう。
さて、現在俺はフェンリルグラスゴー支部……ではなく、周囲の外部居住区を探して爆走中だ。
ケイト・ロウリーのムービーで語られていた様に、あの近辺には少なからず人間が住んでいるはず。その中から神機使いが出たという話は語られていないとはいえ、P53偏食因子及びP66偏食因子に適合する可能性が1%でもあるのならば、摘み取っておかねばならない。老人でも、子供でも、だ。
ケイト・ロウリーとギルバート・マクレインが死んだことで、葬儀が行われているはずだ。真壁ハルオミ含めケイト・ロウリーと親しかった人は多いはず。人が多く集まれば嫌でも目立つ。しかも神機使いは1人だけときた。これほど屠りやすい場所も少ないだろう。
さぁ、人類よ。これが神の裁定だぞ。ありがたく受け取れよ?
「ケイト……教師になるのでは無かったのか……」
クマの様な巨体を震わせ、その優しい声色をも震わせている男性。名をデレン・ダルグリッシュという彼は、グラスゴー支部外部居住区で私塾を開いている。
D.D.先生という呼び名で多くの生徒に慕われている彼だが、今は彼も、その生徒も一様に悲しみの表情を浮かべて目の前に置かれた黒い棺を見ていた。
棺と十字に刻まれた名前は、『ケイト・ロウリー』。彼女もまた、彼の教え子の1人だった。
その訃報が彼の耳に届いたのは昨日の深夜。フェンリルから手紙が届いた事に驚きつつも、その手紙に書かれていた文章はたったの1行。
『ケイト・ロウリー大尉(少尉より二階級特進)殉職』と、それだけだった。
ゴッドイーターという職業が死と隣り合わせであることは分かっていたはずだったのに、デレンは年甲斐もなく呆けてしまった。
どうして、とか、なぜ、という言葉すら出てこなかった。
こうして棺を目の前にしている今だって、出来る事なら思考を止めてしまいたい。
しかし自分は大人であり、周りには彼の教え子が沢山いるのだ。自分が泣き喚くことなどできるはずがない。
こういう時、場を茶化して自分が悪になってでも周りを元気づけるもう1人の教え子が羨ましくなるが、その教え子は現在ここにいない。
ケイト・ロウリーと共に戦い、重傷を負ったものの生き残った部下の見舞いに行っている。本当はあの子こそがケイト・ロウリーを見送りたいだろうに、生き残ってしまったことを悔やむ部下の青年を焚きつけにいったのだろう。どこまでも他人想いな子だ。
だからこそ、今自分にできる事を彼はしなければならない。ケイト・ロウリーをしっかり見送り、泣かず、生徒を元気づけるのだ。
そう決意し、生徒の方を振り返る。
その彼の視界。本来、老眼によりそこまで遠くのものを見えないはずの彼の瞳が、今日だけは望遠レンズ並の視力を発揮した。
遠方、そう高くない上空。
血に塗れたような赤い点が、こちらへ急速に近づいていた。
服装は日本の葬儀と違ってバラバラだが、黒い棺に十字。スコットランド系カトリックか。
他の人間より1歩棺に近づいている大男はデレン・ダルグリッシュかな。
ん? 目が合った? ……いや気のせいだろう。
気分はボウリングだ。都合よく扇状に固まっている人間。一撃でストライクとはいかないだろうが、まぁ抵抗は無意味だ。大人しくしてくれよ?
灰色の空。
「……先生! おい、先生! しっかりしろ! D.D.先生!」
慟哭。
まるで小規模な竜巻でも通り過ぎたかのような崩れ方をしている小さな村。
その外れの墓地。
火の手が上がっていないからこそ、そこが凄惨な現場となっていることが一目でわかる。
血と肉が散乱し、それをまき散らしたであろう人間は悉くが死んでいた。
扇状に展開した血痕の中心にあるのは、黒い棺と十字架。不思議な事にその二つだけは血に濡れておらず、それが逆に不気味さを醸し出していた。
その棺の前に倒れる大男。そして彼を抱きかかえる青年が1人。
必死の形相で青年は大男の名を呼ぶ。その巨体から流れ出る致死量の血を見ないようにして。
「……あぁ……ハル、か……ゴホッ……どうした……いつもの、笑顔は……見せてくれないのか……?」
正に息も絶え絶えという様子で、しかし教え子を気遣うデレン。目はほとんど開いておらず、教え子の顔を撫でようとした腕も持ちあがらない。
込み上げてくる自身の血に咳き込み、その様子は読んで字の如く瀕死だった。
「こんな時に……こんな時に笑っていられるはずがないだろ! ケイトも! 先生も逝っちまったら俺……一生笑えなくなっちまうよ……」
ポタポタと大粒の涙がデレンの顔に落ちる。青年――ハルオミの顔は歪み、いつもの飄々とした様子は微塵にも感じられなかった。
昨日、最愛の
部下のケアのために病院に行った矢先にオペレーターから緊急の出動要請。
すぐに支部に戻り、
だが、そこにあったのは地獄。自分と共に先生を慕っていた生徒達も、その先生も。
皆、血の海に倒れ伏していた。
「あぁ……ハル……笑っていてくれ……。悲しい顔も、涙も……お前には似合わないよ……。そして……お前だけは、ハル、お前だけは、生きて――」
最期に力を振り絞り、ニコリと笑ってデレン・ダルグリッシュはその生を閉じた。
「先、生……? おい、先生? 嘘だろ……? なぁ、先生! 俺笑うからよ! 目を開けてくれよ先生! 頼むから――」
慟哭が木魂する。
そしてその大きな声は、奴の耳にも届いた。
「キィ……」
デレン・ダルグリッシュ及びC15区画一般人死亡。
→真壁ハルオミにバーサークのバフがかかりました。