ーータクトさんが立っている。
そして、砕ける。白い巨大な手が、彼との間にあるとてつもなく硬い何かにぶつかって砕けていく。
「・・・サラ。外に出て術者を捕まえてきて。」
「あいよ。」
急に現れ、そして骨の化け物の攻撃を防いだであろうタクトさんは指で空気をなぞり、それが光の筋となって文字が導き出される。
「
宙に描かれた文字は円を組み、魔方陣となる。呪文無しで魔方陣が描き出される。白い光の魔方陣が、無数の閃光になる。一度分かれた光は天井付近まで登っていき、そしてぶつかって弾けた。強い光が、まるで昼間の太陽のような光が部屋中を包み、質量のあるものが倒れていく音が聞こえる。目の前の骨の怪物も、ただの骨と白い灰になって崩れていく。もしかして、これが、
「シミィ、みんなをよろしく。」
「はーい。」
タクトさんのように、いつの間にか現れたシミィさんが俺の頭に手を置いて、やはり独特の口調で呟いた。
「無茶したっすね。帰ったら覚悟しておいた方がいいっすよ。・・・
暖かい光に包まれて意識がはっきりとし、全身の痛みや怠さが消え去った。そしてそこで、そういえばマキナさんに抱えられていたことを思い出した。彼女はしゃがんでいるが、形としてはお姫様抱っこだ。急に恥ずかしくなる。
「うんうん。マキっちは流石に無事っぽいっすね。チーちゃんとノアは気絶してるけど大きな怪我はないし。」
おろして貰った後、それを聞いてほっとする。マキっちはマキナさんのこと。チーちゃんは多分、チサトさんだろう。あだ名の基準、同性?
「ああ。そうだ。見ておくと良いっすよ。あれ。」
シミィさんが視線で示した先には、異様な光景が広がっていた。無数の屍の上で淡い光が踊っている。それは何かに吸い寄せられるように一点に集まっていく。
「ーーー。」
その光景の前に立つ彼が何かを呟く。
それを合図にするかのように、その光が濁り、巨大な黒い魔方陣が出現する。魔方陣は光を吸い込み、文字が宙に融けていく。そしてそれは、大きな穴となって固定される。穴からは冷気が染み出しているようで、背筋が凍るような、恐怖にも嫌悪にも似た感覚に襲われる。あの穴から一刻も早く離れたいと、全身が警告している。あれが、冥府の住民を喚び出す魔法?
どのような怪物が出てくるのかと身構えた。その穴から出てきたのは、手、手、手、手、手。無数の手がタクトさんへと伸びていく。どれも黒い、血なのか泥なのか、よくわからない何かに濡れていて、とてもグロテスクだ。粘度を持ったそれは、少なくともこの世のものには見えない。が、それはまた、何か見えない壁に阻まれるように止まった。触ってはいけないものを認識したような止まり方だった。
「ああ、冥界の住民って、意外と大したことないんだ。」
呆れたようにタクトさんが呟くと、無数の手が吹き飛んだ。何が起きたのか。魔法を使ったような動作はなかった。ただ、無数の手を起点に魔方陣が現れ、その魔方陣が手を内側から切り裂いている。
吹き飛ばされた手はぶくぶくと肉が膨れるように再生し、またタクトさんへと伸びていくが、それも届く前に壊される。何度かそれが繰り返され、タクトさんは横に跳び、位置を変える。
そしてまた迫る無数の手を弾く。何度かして、彼を襲うことを諦めたのか一部の手がこちらの方へと向かってきた。しまったと思い身構えたがその必要はなく、目の前にあった結界がそれを防いだ。色の無い魔方陣を無数の手がガリガリと引っ掻く様はかなり恐ろしい。ただ、その結界はびくともしない。いつの間に張られていたのだろうか。
「君の獲物はこっちだ。」
こちらへと延びてきた手も、魔方陣が現れ吹き飛ばされた。タクトさんが挑発し、通じたのかわからないがまたタクトさんが既に数百を越えているであろう大量の手を一人で迎撃している。彼に触れようとしたことが罰であるかのように、彼に害を成そうとする存在が消し飛んでいく。そしてある程度防ぐとまた横に跳び位置を変える。
「なぁんか、することないっすねぇ。。。」
シミィさんが横で眠っているノアくんとチサトさんに毛布をかけ、あくびをしている。とても退屈そうだ。あまりにも和みすぎではないか。絵面だけではまるでピクニックだ。いや、それほど彼が信頼されているということなのかもしれない。というよりも、安心感というか、彼の様子を見ていると全く苦戦しているように見えず、何処か他人事のような、そんな客観的な視線で見てしまう。
「シミィさん。」
「ん?」
「アレ、なんていう魔法なんですか?」
「タクトの使ってるアレは、私たちの使ってる魔法とはまた別のものっすよ。」
「はぁ。」
言われたことは何となく理解できる。何せ、彼は先程から"詠唱"どころか"呪文"すらも使っていない。
原理はわからないが、おそらく異様なことではあるだろう。
「なんかね、要はイメージなんだって。昔言ってた。」
マキナさんが口を挟む。
「まあ。さっぱりなのが現状っすよね。ああやって見てると、実力の差どころかなにか別の手段を使ってるんじゃないかとさえ思ってくるっす。」
また、彼に視線を向ける。タクトさんはまた位置を変え、そしてその、手が出てきている穴を一周し終わったようだった。
「・・・
彼の呟きに呼応するように、彼の立っていた場所に幾つかの魔方陣が顕れる。これも、無色だ。そして、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。無数の手の四方を囲むように顕れたそれは、光りとなって解け、その穴から出る無数の手を、糸のように、蟲の巣のように縛り付け、動きを封じた。とても細い糸が、その腕を裂くこともなく、その場に絡み付いて固定させる。
「おっ、丁度か?」
「ナイスタイミングだ。サラ。」
入り口の方から声がする。・・・入り口には結界があったはずだが、その、部屋と廊下を隔てるべき扉が消し飛んでいる。気が付かなかった。おそらく、サラさんーー先程タクトさんが指示を出した
「外を彷徨いてるのが居たから殴って捕まえたけど、コイツで合ってるのか?」
「ああ。間違いない。さっさと差し出してお帰り願おう。」
サラさんの肩には、依頼人の、同じく、
「ぅぐあ・・・」
そして男は目の前の光の糸で拘束されている無数の手を見て、後退る。そしてその頭を、サラさんが鷲掴みにし、その両手を抑えつける。
「これがアンタが喚び出したかった冥府の住民とやらだよ。」
「誰だお前ら・・・」
「そんなことはどうでもいい。コイツ、生け贄を求めてるのはアンタもわかるだろ?アンタに残された道は二つ。で、私達は荒事が好きじゃない。」
サラさんがまだ事情を把握しきれていない様子の男を脅す。おそらく、急に殴られたと思ったら脅され、まだ混乱しているのだろう。
「そう、こちらとしては好きじゃない、が。好きじゃないだけなんだ。荒事は。だから一番手っ取り早いのは・・・」
言いながら、男の手に込める力を強くしていく。ギリギリと肉が圧され骨が軋む音がこちらまで聞こえてくる。かなり痛そうだ。ほぼ拷問なんじゃなかろうか。
「わかった!わかったから!解く!今術を解く!」
「早くしな。少しでも妙な動きを見せたら、その頭を砕いてお粗末な中身を引きずり出すからな。」
・・・えっと、姉さん?笑顔のわりに言ってることが全力でえげつないんですが。怖いです。普通に。
「・・・我、汝と契りを結びし者。我、汝との契りを破却する者。」
そして、その詠唱を終えると同時に男は気を失い、がっくりと倒れる。そして黒い穴にその無数の手が吸い込まれ、穴は閉じた。
「えっと、気絶したのって・・・」
「アタシは何もしてないよ。ま、キャンセル料ってヤツだね。」
「召喚系の魔術は、召喚が不完全なときにそれを止めると魔力をよけいに持ってかれるんだよ。向こうのランクがなまじ高いから尚更かな。」
サラさんが男の着ていた服を破いて、その手足を縛りながら言う言葉に、タクトさんが補足をする。
「じゃあ、今回の件の魔導書、回収していこうか。」
「あ、ノアが持ってるはず。」
マキナさんがノアくんの居た場所へと歩いて行き、顔をぺちぺちと叩く。
「う・・・・・・そうだ!チサトちゃんは!?・・・んぁ。。。」
ノアくんはガバッと起き上がったが、すぐにふらっと倒れそうになる。まだ、彼の顔は青白い。無理をさせない方が良いだろう。
「大丈夫。みんな無事だよ。」
「よかった・・・」
「ところで、本は?」
「えっと、はい。」
ノアくんがローブの懐から例の本を取り出す。所々血で汚れていて、とても物々しい雰囲気を放っている。よく見ると、ローブにも血が着いていて、やはりチサトさんはかなり重症だったのだろうことが窺える。
視線を移すと、すやすやと眠っているチサトさんが目に入り、改めて安心する。今回は無茶をしすぎたのだ。
「まあ、魔導書ゲットしたし、一件落着!」
魔導書をノアくんから受け取り、上機嫌なマキナさんの手からその魔導書が消える。
そしてその本が、厚さが結構ある本の背表紙が、マキナさんの脳天を直撃する。
「いったぁ!!」
「三人を巻き込んだのはどうせマキナだろ。落ち着いたらしっかり謝っておきなさい。今回の報酬は罰として没収とします。マスター命令な。」
本でチョップをかましたタクトさんが言う。今回の報酬は、金銭的なところは、完全に詐欺の依頼だったし、そもそも依頼人はこの後どうなるか知ったことではないしでつまりは現金報酬は無し。そうなると今回の成果は例の魔導書だけとなるが、それは没収された。つまりは本当の意味で骨折り損のくたびれ儲け、ということだ。こちとら死にかけたのだから何か見返りが欲しいところはあるが、自分にも非はあるので何も言うまい。命があるだけ幸せだ。
「あ、帰ったらとりあえず、全員一度私の部屋に来て欲しいっす。念のために検査をしたいっすから。」
言いながら、シミィさんがノアくんを背負う。彼女のポジションはやはり、ギルド専属医師に近いものがあると思う。
「じゃあ帰ろう。まだ皆、お昼食べてないでしょ。」
そういえば忘れていた。ただ、まだ若干興奮しているのか空腹は感じない。
「マキナ、前にあげたマント、ちょっと貸して。」
「え?あ、うん。」
マキナさんがマントを取り出して手渡す。そこにタクトさんが手をかざした。
すると、黒地のマントに魔方陣が浮き上がる。どうやら魔方陣の刺繍がされているようで、それが光り出したのだ。
「・・・シスコンも大概っすよね。」
「同意。」
その様子を見てギルド古参の女子二人がぼそりと呟く。
「どういうことですか?」
「あのマント、転移魔法の刺繍をしてからマキっちにあげたやつっすよ。」
「常に持ち歩け、とか言ってたっけか。」
「まあ今回はそれで助けに来られたんっすけど。」
ああ、そういう。前々から察してはいたが、やはり彼はそういうタイプか。以前風呂で語られたときは格好良いと思いもしたが、そこまでいくとやや過保護な気がする。別にその妹もそっちの気があるから、とても仲の良い兄妹だと思えば良いだろう。
「さあ、早く帰るよ。カナメがご飯作って待っててくれてるからね。」
「はーい!」
「元気良いな。。。」
正直今すぐ寝たい。というか二人寝てるしもう寝ても良いんじゃなかろうか。確か、
「
タクトさんの呪文に呼応して、マントに浮かび上がる魔方陣が穴に変わった。穴、と表現したのは、他に表現が見つからなかったからで、見たままを言うとすれば光が円の中で中心に向けて渦巻いてるという感じだ。見ていると少し酔いそう。
「じゃあ、皆そこに立って。」
言われるがまま、俺と、マキナさんと、ノアくんを担いだシミィさん、チサトさんを担いだサラさん、最後にタクトさんが円の中に入る。下から光で照らされ、少しだけ目を細めた。
「もう繋げてあるからすぐだ。・・・
呪文に呼応するように、光が強くなる。非常に眩しく、目を強く瞑る。身体に一瞬の引力を感じ、次の瞬間には急に暗くなる。
「・・・・?」
目を開けると、立っている場所はギルドの、そろそろ見慣れてきた玄関だった。周囲を見回すと、共に転移したメンバーが揃っている。本当に一瞬で移動できたのか。すごい。交通大革命と言った感じだ。こんな便利なものがあるならどんどん使いたい。
「さあ、ついたよ。身体に異常はない?」
「平気っす。」
「大丈夫だ。」
「なんともないよ。」
「・・・多分?」
身体に異常?
「運が悪いと指とか運び損ねることがあるからな。自覚する異常なしなら問題ない。」
前言撤回。
「まあ最悪頭以外なら吹っ飛んでも再生可能っすからタクトの魔法であれば問題ないっすよ。」
シミィさん、ぶっちゃけすごく怖いのでそれ以上言うのやめてもらっていいっすか。
転送魔法ってかなりリスキーなんだな。
「あー!早く食べよう!お腹すいた!」
「じゃあアタシらは気絶組をシミィの部屋に運んでくるわ。行くよ。」
「ああ、そうだ。アルムはちょっと付いてきて欲しいっすね。悪意の影の呪いの検査をしたいっす。」
「俺はじゃあ、カナメを手伝ってくるよ。多分もう、セッティング以外はやることないだろうけど。」
口々にそれぞれが解散していく。俺も慌てて玄関をくぐった。なめらかな野菜の匂いが鼻をくすぐった。
「・・・ただいま。」
こっそりと呟く。
「おう。お帰り。」
後ろにいたギルドマスターに、どうやら聞かれてしまったようだ。同じく、小さな声で呟いて、俺の頭に手を置いて、追い越していった。
なんだろうか、なんというか、すごく、むず痒い。