「・・・・・。」
非常に、マズい。
「・・・・・・・・・。」
周囲には、何故か期待の眼差しを送ってくる仲の良い兄妹がいる。いる、というか、このマズさの現況は赤髪の妹の方なのだが。
「さあ!」
「・・・・・・・・・・・・・。」
先程から俺は一言も発していない。というか発せない。いや発したくない。・・・発するのに抵抗がある、が、正解か。
だがこの状況から解放されたいのもまた事実だ。大きくため息をつく。そして、素直な感想を述べた。
「・・・なんつーことしてくれてんだよ。」
「おおお!!!」
目の前で、マキナさん・・・いや、もう腹をくくろう。マキナが歓声をあげる。
この状況を端的に表そう。
今俺は、
「・・・古代魔法も、こんな使い方されるとは思ってなかったろうなぁ。」
「いやタクトさんも止めてくれよ・・・。」
あ、目上に対しての敬称は付くのか。助かった。。。
「おお・・・。なんか新鮮だな。」
「いやぁ、悲願達成!って感じ!」
「悲願ちっせえ。。。」
事の発端は三十分ほど前。朝起きて、着替えて食事して歯を磨いて。日課の鍛練をして、風呂に入ったその後、「用があるから」と呼び出された、いや、拉致された。そしてその結果がこれだった。
「この間、回収した魔導書があるだろ?アレに絶対命令魔法っていうのがあったから、実験台にしたいんだ。」
と、かなり率直に言われ、「
・・・
「よし!ちょっと私、ノアとチサト連れてくる!」
「もう勝手にしてくれ。。。」
スタタタと軽い足音を立ててマキナが走っていく。廊下は危ないから走らない方がいい。誰かにぶつかるかもしれないし。ただ一番ぶつかってるのは俺か。主に原因は考え事だが、今回はそれで拉致された。マキナの怪力はもう少しどうにかならないのか。対処法とか。これでも、俺は武器としてやや細身ではあるが剣を使っているから腕力とかはある程度鍛えてるはずなのに。
「・・・アルム、どうしても嫌だったら、今のうちに解こうか?」
「・・・頼む。」
やはり話し方にどうにも自分でしっくり来ない。古代の魔法がどんなものかは知らないが、彼には解くことができるのか。マキナ、いやマキナさんには申し訳ないけどここで元に戻らせてもらおう。自分でも違和感がやばい。
「じゃあ、眩しいから目瞑ってて。」
タクトさんが俺の顔の前に手をかざす。
顔の前に光が充満するのが感じ取られた。おそらくはあの白光だろう。顔の前で直接あの光が出るのは確かに目によくないかもしれない。潰れるとまではいかないだろうけれど。
「・・・つッ!」
目を瞑ってしばらくすると、バチッと、静電気の弾けるような音がして光が消えた。
「・・・?」
「いってぇ。。。」
「だ、大丈夫ですか?」
あ、口調が戻ってる。いやそれよりも、タクトさんの指から血が出ている。今の
「いや、あー、結構痛え。後でちょっとシミィのとこ行ってくる。」
「まずは何かで血を止めましょう。」
包帯とかあれば良いんだけど。いや、それこそシミィさんのところに行った方が早いのか?
などと考えていると、廊下を複数の慌ただしい足音が聞こえてきた。
「おまたせ!」
いや。別に待ってない。全くもって待っていたわけではないが、既にあの魔法は
「いや別に待ってねーよ。」
・・・アレ?
「おお・・・。」
そこ。ノア。感動しない。
いやまって。おかしいな?さっきので治らなかったのか?
「ああ、アルム。結局、
「マジですか・・・」
要するに、目上の人にのみ、中途半端に丁寧語が使える状態か。・・・まあいいや。妥協しよう。うん。我ながらかなりあっさりとしてるが。
「え?何?解こうとしてたの?」
「おかげでこのザマだよ。」
タクトさんはマキナに血の出た指先を見せる。
「ってなわけで、俺はシミィのとこ行ってくる。部屋では自由にしてくれて良いが暴れるなよ。」
「はーい。」
そんなこんなでタクトさんは部屋を出た。残されたのは、この間のメンバー。つまり、マキナ、ノア、チサト、そして俺。
「・・・古代魔法で口調が変えられたって。大丈夫?」
「あー。うん。まあ。」
ノアくんが訊いてくる。大丈夫といえば全然平気だが、特に肉体的には何の負担もないし、恐ろしく自然に口から言葉が出るものだから、精神的に締め付けられてるような感覚もない。その自然さがいっそ恐ろしい。
「古代魔法って、具体的には何なの?」
「さあ?私には内容が読めないから何とも。にーちゃんが読んだの。」
彼にもあの文字が読めたのか。すごいな。いや、単純に勉強量とかの違いだろうが。ノアとタクトさんに比べ、やはりマキナは、その、まあ。有り体に言えば馬鹿っぽい。
「それにしても、強力、だね。」
ノアが、部屋に残された例の本のページをペラペラとめくっていく。
・・・そういえば、さっきからチサトは一言も話してない。どうしたのだろう。
部屋の入り口付近で丸まってる、黒いコートととんがり帽子の物体がたぶん彼女だろうけど。そこへ近づいて顔を覗き込む。
「・・・くぅ」
寝てた。床で。どうなの?女の子としてそれは。
そういえば朝弱いとか言ってたな。数週間単位で俺が午前に顔を会わせられなかったレベルでは弱い。さっきおもいっきり引っ張られてたよな。相当眠いのか。
「あー、変に起こさない方がいいよ。噛み付かれるから。」
「えっ。」
噛みつくって何さ。彼女そういう習性があるのか?
「帽子の方に。痛いよ。」
「ああ、そっちか・・・。」
いや、帽子が噛むっていうのもかなりおかしなことだけれども。この間、大口を開けて叫んでいるのも見たし、なんていうか、もう魔法の世界だから何でもありくらいの心づもりでいることにした。
「それにしても、なんか、アルムくんがタメ口なの、ちょっと、違和感。」
「いやあ、でも戦闘中とかときどき口調変わってたから、そっちが素なんじゃないかと思ってたんだけど。」
確かに、素かと問われればそうだろう。けれど、その素の状態が誰しも自然体、というわけではない。要するに、楽なのだ。あの口調の方が。
「楽なんだよ。あっちの方が。」
「ふーん。まあ色々だもんねぇ。」
そういうことに関して謎に理解があるのは本当に助かる。理解があるからといって、放っておいてくれるわけではないようだけど。
「・・・今、読んでみたけど、呪いを解くのは、ちょっと、無理、かな?」
「え?呪い?」
「うん。この本に載ってる魔法は全部、呪いに分類されるやつみたい。」
「ちょ、それ大丈夫なの・・・?」
呪いと聞いて良いイメージがない。
「えっとね、呪いっていうのは、
「強制すること?」
「えっと・・・なんでも良いらしいけど、術者側に課すのは、被術者に課した命令よりも難しくないといけない。って書いてある。で、その分効果が強力で、普通の魔法と同じ解き方は通用しないって。」
なるほど。要するに、今はタクトさんにも何かしらの命令が働いているということらしい。一体何を設定したのだろう。少し気になるから、あとで訊いてみよう。
「ギルドメンバーにタメ口よりも難しいことってなんだろうね。具体的に。」
「例には、"朝食を残すな"と命じるならば、"食事を決して残さない"を自身に課す。って書いてある。」
何て平和的な例だ。え?何?絶対服従の魔法と聞いて、こっちの世界の人たちはこんな能天気な事ばかり思い付くのか?著者の思考回路がすばらしくお花畑だ。俺はもう少し物騒な使い方を思い付くのだが。
「じゃあ、にーちゃんの場合は"誰にでもタメ口"みたいな感じ?」
「い、いや、成り立つとは思うけど、それは・・・」
「じゃあなんだろう。」
二人があーでもないこーでもないと議論になっているのか謎な会話を始めた。
俺はというと、未だぐっすりと眠っている、変な帽子の女の子を観察することにした。対象は帽子の方。何故って、俺の知的好奇心が耐えられなかったのだ。
「チサト~。」
とりあえず、持ち主が起きるかどうかを確認する。「おーい」だとか声をかけてみたが、眉間にシワを寄せられただけで起きる気配はない。相当に朝は弱いんだろう。
よし。遠慮なく調べよう。
帽子の、何よりもまず特徴的なものは、やはり大きな、横についているチャックだろう。そういえば、先日に叫んだときはここを開けていたような気がする。なら、噛まれるというのは、ここを弄らなければ平気だろう。よく見れば口みたいだし、きっとここがそういう場所だ。と、いうわけで別の場所を観察することにする。帽子のとんがっている先端を見ると、黄色い星の飾りがぶら下がっている。正確には、五芒星を円で囲んだ、平べったいアクセサリーのようなものだ。突っついてみると固い。多分、金属か何か。そういえば、ノアが外に出るときに被っているとんがり帽子の先にも飾りがついてたような気がする。今度よく見させてもらおう。
・・・それにしても、よく寝てるな。床にこのまま寝かせておくのもどうかと思うし、ソファにでも運ぼう。タクトさんの愛用の一人用ソファだけど、まあ別に良いだろう。
「よいっしょと。」
両腕で抱えて、彼女の体を持ち上げる。結構軽いな。ちゃんと食べてるのだろうか。いや、小柄だからその影響かもしれない。なんにせよ、特に苦労せずにチサトを移動させることができた。
「・・・本当に起きないな。。。」
いや、マジで起きない。むしろ、さっきよりも寝心地が良さそうだ。そりゃあ、その為に運んだわけだからね?別に良いんだけどもね?
寝顔はとても穏やかだ。すーすーと寝息を立てている。まだ昼も遠いし、まだ起こさなくても良いか。
こうして、チサトの顔を見るのは初めてかもしれない。いつも帽子をしっかりと被っているから、あまりよく見えなかった。前髪はまっすぐと切り揃えられていて、肩の上程度に後ろも整えられている。睫毛は長い。肌はかなり白く、黒い髪でより際立ち、さらには唇の薄い桃色が映える。肩が呼吸で上下していなければ人形のようだ。・・・つまり、おそらくは、彼女は美人の部類に入るのだろう。
美形かどうかは別として、自分でいうのもあれだが、俺の肌もかなり白い。と、いうか、俺は生まれつきに色素が非常に薄いらしく、体毛もすべて白いし肌もかなり白い。にもかかわらず、瞳だけはとても紅い。お陰様で日中の光は眩しいし、どれだけ暑くても外では長袖長ズボンが必須条件だ。本当であれば帽子も欲しい。俺は持ってないから、機会があったら今度買おう。っていうか、皆が装備してるいかにもな魔法使いっぽいローブ。アレ、良いかもしれない。フードもついてるし。ローブと言えば、彼女はいつも、常日頃から、少なくとも俺が見かけている姿は全て、同じブカブカのコートを着ている。脱いでいる姿を見たことはない。
・・・今は寝ている。
これはよもやチャンスでは?
彼女のコートの下を見る、チャンスでは?
うん。出会って数日とはいえ、気になっていたのだ。彼女がコートの下にどんな服を着ているのか。あんな面白い帽子を被っているのだから、服も何かあるに違いない。だって、口があって、叫んで、それで噛み付いてくる帽子だよ?それに、本当に四六時中着ているようだし、流石に風呂のときくらいは脱いでいるだろうけど。気になるよ。普通。そして寝ている、揺すぶっても起きない。声をかけても起きない。これはいける。コートの構造としては、前をベルトのようなものが複数ついており、それでボタンのように上から止めていっている形だ。初めて見る形状だが、まあなんとかなるだろう。・・・いや、思ったよりも難しいな。
「何してるの?」
「!!」
手をコートのボタンに伸ばしかけたところで、後ろから、マキナの声がし、振り向く。急に声をかけられるとすごくビックリする。
どうやらノアとの会話は既に終了し、彼は先程話題沸騰していた魔導書に釘付けだ。
「・・・アルムって、結構大胆だね。」
中途半端な笑いが混じったその言葉の意味を、数秒かけて理解する。
「・・・誤解だ。」
そうだ。一気に冷静になった。馬鹿だろ。俺。いや普通に馬鹿だろう。何してる? 服を脱がそうとした。誰の? 寝ている女の子の。うん。アウト。なんの疑いようもなしにアウトだこんなの。端から見たら完全にアウト。
「あー、いや、別にね?うん。私はー、まあ・・・ただ、ちょーっと、やるならもう少し、目につかない場所で。。。」
「いやマジで誤解だちょっと待ってくれ。」
変な気遣いとかいらないからとりあえず話を聞いてくれ目をそらさないでくれ。
「どうしたの?二人とも。」
「あー、ノアには、ちょっと早い・・・」
「?」
「だーかーらー!!!誤解だ!!!!」
俺一人で、結構大きな声が出た。そのせいだろうか?
「何。煩い。」
チサトが起きてしまった。
「・・・お、おはよう。」
「あれ、アルム、口調。」
「ちょっと、魔法で・・・」
まだ目が覚めきっていないのか、どこかぼーっとした声だ。それでも、俺の口調へと反応ができるのだから、意識は結構しっかりしてるのだろう。
「・・・邪魔。退いて。」
「あっ、はい。」
そういえば姿勢が変わっていなかった。ソファの前から、大人しく下がる。
「・・・。」
無言でチサトが立ち上がる。
そしてスーッと部屋の外へと出て行った。
「あー、二度寝かぁ。。。」
「え、まだ寝るんだ・・・」
「まあ、お昼くらいまでは。いつもね。」
今は朝の九時だ。じゃあ、まだ三時間くらいは眠るのか。そういえば、初めて会ったときは二時くらいだった。
「チサトちゃんはね、いつも、かなり遅くまで起きてるみたい。」
「そーなんだ・・・。」
昼夜逆転の生活になってるのか。もしかして、日の出と共に眠ってる?
「ノア、それ読み終わったの?」
「ううん。まだ。ちょっと、僕には、難しいな。」
「結局、それってどんな魔導書?」
「簡単に言えば、今はほとんど使われてない魔法を扱ってるよ。」
「大丈夫なのかそれ・・・」
「危険なのを、使わなかったら平気。」
そりゃあそうか。
幸い、このギルドに物騒な考えはあれど悪いやつはいないはずだから、ここにある限りは安心か。
「正直、この間の
「まあ、こっちは死にかけたわけだしな。。。」
「そのページ、糊付けしておこうよ。」
「・・・怒られない?」
「多分、にーちゃんに怒られる。」
彼は怒ると怖そうだ。いや、まだ本気で起こられたことはないけれど、多分、本気で怒らせてはいけないタイプのような気がする。無断で危険な依頼に行ったときのものは、どちらかと言えば厳重注意みたいな内容だったし。
「そういえば、アルムにかけた呪いの話になるけど、結局、今のところどんな感じなの?」
「今のところ?」
「多分、その、どの程度、呪いが有効か、みたいな話だと思う。」
「えーっと、目上、とりあえず、タクトさんくらいの人なら少なくとも、敬称がつけられて、言葉も中途半端だけど丁寧にできる、かな。」
多分判断基準は年齢か役職だろう。対等に近い関係の相手にはタメ口がスルッと出てしまう。
「抵抗あるってわりには結構しゃべるよね。」
「まあ、ガタガタ騒いでも無駄なら、受け入れる方が楽だから。」
「・・・なんか、負けた気分。」
なんの勝負だよ。
「はあ、昼前まで走ってくる。」
なんとなく、気が疲れた。こういうときは体を動かしたい。それに、次、もしもまた危険な目に遭ったときのためにもっと鍛えなくては。
「お、私も行く!」
「ノアもどう?」
「いや、僕は・・・」
「少し体動かした方がいいよ!」
マキナがノアの腕を引っ張る。アレ、多分振りほどけない。彼女の力にノアが抗えるとは思わない。これは少し賑やかなランニングになりそうだ。いや、別に一人で良いんだけど。
「・・・じゃあ、ギルドの庭回り走ろうか。」
でもまあ、たまには悪くないか。俺も早く、この距離に馴れなくては。まさか、口調が変えられただけで、ここまで気が緩くなるとは思っていなかったのだから。
もっと、皆と仲良くなりたい、なんて感情が、確かに俺にあることに気がついた。
「よーし!お昼になるまで走ろう!」
「そんな・・・」
ちなみに、昼になる前に、ノアは倒れた。