謹慎最終日。
ギルドにいるだけ、というのも、ヒモ感がありなかなかに辛い。
俺を含む前回の依頼に行ったメンバーは、タクトさんのギルドマスター命令として数日間の謹慎を言い渡されており、それぞれが外出禁止で、基本的に大人たち他のメンバーのいない状況での留守番をしている。
例の一件、つまり、俺の口調を魔法で変えたあの日から、俺とマキナは、なんとなく、毎日共にトレーニングをするようになっていた。
「アルム、あと何周だっけ?」
「えーと・・・あと二周。」
「ペースこのまま?」
「最後の一周は上げよう。」
わかっていたことだが、彼女、かなり体力がある。俺も一応はある程度動けるように鍛えてはいるつもりだが、彼女はこう、俺と同じメニューをやって、俺の数段上へと上がっていくような、そんな印象がある。そもそもあの骨の大群相手に蹂躙をしようとしていたヤツだ。俺と同じ
「このコースも飽きてきたよね。」
「まあ、この数日ずっと同じ道だから仕方ない。」
「そうなんだけどさー。」
思えば、ここ数日彼女との会話が一番多い気がする。一緒に数時間走っていれば自然と会話に繋がるが、今までは一人だったので、俺にとって新鮮と言えば新鮮だった。
「そういえば、ノアくんってこういう走り込みとかしてないけど、やっぱり魔法使うから運動をあまりしない魔導師って多いの?」
「まあ、それぞれかな。私は魔法そんなに使えないから身体動かすことが多いし。ノアは
「じゃあ、前衛をするようなタイプは鍛えたりするんだ?」
「うん。そもそも魔法を使わないのもたまーに居るしね。私は便利だから
魔法習得の理由ってそんなんなのか。もっと適性とかいろいろあるんじゃないのか。でも確かにすごく便利そうだ。実際、荷物を最低限しか持たなくていいのは非常に助かる。
「他に魔法を覚えたりは?」
「うーん、私の場合、魔力の質的に一種類か二種類が限界みたい。頑張ればもう一種類いけるけど、単純に面倒くさいからいい。」
「魔力の質?」
「体質?みたいな。これが柔軟だと色々使える。あと、特定の魔法を覚えるために意図的に魔力の質を変えることもあるみたい。ノアがやってたっけ。」
「それどうやってやるの?」
「忘れた。」
「・・・おう。」
話しながら走っていると思っているよりも消耗する。まあしかしこれを毎日やると肺活量が鍛えられそうだ。それはそれでいい。
「魔法に興味あったり?」
「そりゃあ、まあ。・・・それなりに。」
「でもアルムに使えるのかな。」
「精霊、っていうのも宿ってるかわからないからね・・・。」
そう、俺が魔法を使えるか、ということにはそれが絡んでくる。魔法を使う際、精霊という存在と契約を交わすそうだ。精霊は元々この世界のすべての生き物に宿っており、契約とは形式的な、つまりは精霊の存在を自身に認める儀式のようなものなのだそうだ。精霊が宿っていれば、己の記憶に刻み込んだ魔法陣を宙に描き、魔力をそれに変換して魔法を使うことができる。・・・そう、
「まあなくても私みたいに白兵戦闘にすれば問題なくない?」
「確かにそうだけど・・・そこまで強いわけでもないし。」
「使えるとしたら何がいいとかってあるの?」
「攻撃できるやつかな。火とか。」
「
「ああ、それそれ。」
あとは
「でも狭いところで使いにくいしなぁ。火って、結構森とかじゃ危険だし。」
そうか、火を扱う魔法ということは、それが燃え移る可能性も考慮しないといけない。集団を相手に回したときに広範囲にまとめて攻撃が可能だと考えたが囲まれた場合はうまいこと調節しないと大惨事になりかねないというリスクが伴うのか。それに、対集団で誰かを守りながら戦う状況では使いにくさが増しそうだ。そもそも背中に手負いの者を庇いながら戦う場合だと囲まれてしまったときに個人でいるとき以上の負担がかかってしまいあのときの二の舞になってしまう守っているはずなのに最終的には最悪の展開として自分が・・・
「アルム?」
ドサリ、と、身体が崩れた。
走っていて何かを踏んで転んだ、とか、そういうものではなく。
糸が切れたような、そういう崩れ方。
なんだ?身体が動かない?違う。
「ちょっ、アルム!大丈夫!?」
視界の端に黒い影が見えた。それは揺らめいて懐かしい形をとる。同時に、強い憎しみが込み上げてきた。
「影・・・が・・・」
「影?影か!!」
マキナさんが俺を担ぎ上げようとするが、俺は拒んで、膝を押さえて、自力で立ち上がった。
「・・・あっちは、見ない方がいい。」
顔を伏せ、影は見ないようにする。
以前、俺に呪いをかけてきたらしい、悪意の影。あれから少し、調べてみた。どうやら、悪意の影は獲物に選んだ相手に呪いをかけ、獲物の記憶の中で最も対象の心を壊せる感情を再現するらしい。そしてそれに辺り、その対象に最も影響を与えられる姿を取り、幻覚を見せ、戦意と気力を削いだ後にその魂を喰らう。
だがそれがどうした?
アレがこの姿を、
だから俺は、その姿を、真っ直ぐに見つめた。
周りの景色が、侵食されていく。あの想い出の日に。これは幻覚だとわかっていながら、俺は背負った剣を抜いた。
叫び、狂ってしまえればよかった。
「・・・マキナ、・・・倒れたら、よろしく。」
最早俺の目には映っていない友人へと声をかける。多分、届いた。
体が痛い。
走り続けた脚は痺れて頼り無く、剣を振るい続けた腕は持ち上げることすら億劫だ。
生気を失った目に見つめられて、また腕を振り上げた。もう、何度斬ったか判らないような、この世のものではない感触が刃を伝う。そして、男は地面に倒れた。次が来る。
「・・・・・。」
何がなんでも、逃がすつもりはないらしい。
俺は、ある村で行われようとしていた儀式の贄だった。
白い髪と紅い瞳。それは人間には
俺には何の思い入れもない。俺たちを襲う彼らは、俺にとってはただ己を迫害した忌々しい村人に過ぎない。だが、彼女はどうだ?
彼女はあの村で生まれ育ったらしい。境遇もあって、村の人々からは優しくされていた。その相手が、何度も、何人も殺されるのを見るのは、酷だ。きっと。想像に難くない。
「・・・行こう」
数人に斬りつけて、動かなくなったのを確認してから手を引いてまた走り出した。この手を振りほどいて、何処かへ行ってしまって欲しかった。俺と離れれば、君は狙われることはないと言い切れる。
何せ、先程からあれらは俺しか攻撃してこない。村で何があったからは知らない。だが、尋常でない何かが起きたのは確かだ。
だって、普通じゃない。
何度消しても、命の灯火が戻っている。何度死んでも、蘇る。そんなの、あり得ない。命は不可逆で、だから、俺も彼女も必死で逃げている。相手だけ死なないなんて、そんな理不尽通用するか?
「・・・!」
どの程度走ったかは覚えていない。
けど、決定的な違いがそこで現れた。
「何・・・これ・・・」
手を握る力が、少しだけ強くなった。
握り返す。
黒だ。
黒い。
出てくる感想はそんなものだった。ただ、黒。形も解らないし、それとの距離も判らない。ただ黒く、世界を侵食する、黒。
それは少し、大きくなった。思わず、後退る。足下の木の葉が、その黒に吸い込まれた。
引き換えそうと思った。だが、そんなことをしたら奴等に出会すだけ。どうする?
・・・いや。
この先が、危険だとは限らない。
でも、俺が逃げたら、きっと奴等は追ってくる。その筈だ。その確率が少しでもあるなら、俺が彼女と一緒に行くわけにはいかない。
「・・・なあ」
ーーー君だけでも、逃げてくれ。
振り返って、腕を引っ張って、彼女を落とそうと思った。でも、振り返って、そこに居たのは
白い髪と
ーーーいつも君が綺麗だって言ってくれた。
紅い瞳の
ーーー宝石みたいで好きって褒めてくれた。
俺と瓜二つの顔で
ーーーそうやって、君はときどき遊んでた。
にへっと笑って
ーーー俺は、君のその笑顔が、好きだった。
その穴に、俺を突き落とした。
時間は不思議と何倍にも引き伸ばされ、自分も遅くなるものだから何も変わらず、ただその瞬間が永く続く。
俺と同じ影が遠ざかって、その奥に、追っ手が迫るのが見えた。手を伸ばすよりも早く、その景色は遠ざかっていく。
『ごめんね。』
と、君の唇が動いたことは、辛うじて、わかった。
「ーーーーハぁッ!」
捉えたようだった。
核のような、何か、刃で貫いた感覚が、手に伝わる。
酷い夢を見ていた。いや思い出していた。
目の前で、
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。。。」
呼吸が無駄に乱れている。疲労が酷い。けど、幾分かマシになった。膝を地面につき、剣先に体重をのせた。
あーやばい。変に疲れた。
「・・・マキナ、あとは、よろしく。」
女の子に運ばれるというのも、まあ、今更だ。そのまま地面に倒れ込む。眠い、というより、疲労のピークが来た感じだ。
走った疲労が幻覚が途切れると同時に甦ったのもそうだし、なんならもう動きたくない。かったるい。
「悪意の影が・・・」
マキナが何かを呟いたようだったが、俺は意識が聞き終わるまで保てなかった。