Entrance~杖の章~   作:Boukun0214

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潮の匂い

潮の匂い、というものを初めて知った。

むっとくるような、重量を持つような独特の匂い。正直言うと俺はあまり好きではない。

「アルムは潮風駄目なタイプっすか。」

「・・・みたいっす。」

何せ匂いだから逃げ場がない。思わずシミィさんの訛りが写ってしまった。鼻がバカになるまで耐えるしかないか。

「ノアは、平気みたいだね。」

「え?うん。全然。」

サラさんが声をかける。何やらボーッとしていたのか、空返事だ。

彼には時々こういうことがある。なんというか、何もないところを目で追っていたり、会話にあまり参加していなかったり。いや会話云々は性格故かもしれないが。

「集合場所はどの辺でしたっけ。」

「荷馬車の停留所。」

「あ、あそこ?」

ノアくんが示したのは大きめの倉庫のような建物だ。多くの鬼属(オーガ)獣人属(ウェアニル)が荷物運びをしている。自分の元いた世界ではそうではないらしいが、こちらでは種属による差別はほぼ皆無らしい。素晴らしいことだ。

「お!ジェルさーん!」

どうやら今回の依頼主を見付けたようで、シミィさんが手を振りながらぴょんぴょんと跳ねる。彼女、結構小柄なので跳ねてやっと俺の身長に追い付くくらいだ。妖精属(エルフ)は長身のイメージがあるのだが、この分だと多分、彼女はかなり小さい部類に入りそうだ。

「こんにちはシミィさん、サラさん。えーっと、今日はちょっと多いんだっけ?」

ジェル、と呼ばれて歩いてきたのは獣人(ウェアニル)の青年だった。

いや、青年かはわからない。獣人属(ウェアニル)は全身に体毛があり、その名の通り人間属(ヒューマン)に獣の特徴を掛け合わせたような姿をしている。それ故、年齢の現れやすい顔の皺やシミが見えないので、正直見慣れてないと年齢の検討はつきにくい。確か、短命属とされる人間属(ヒューマン)よりもやや短い寿命のこともあり、年齢はやや少な目に見積もるのが良いのだったっけ。

「紹介するよ。こっちの白髪と赤目のが新入りのアルム。魔法は使えないけど動けるからポジションはアタシと同じだ。」

「よろしくお願いします。」

呪いの判定的にジェルさんには敬語が使えるようだ。多分、俺の中での評価が影響してるのだろう。

「そんでこっちの茶髪とんがり帽子がノア。見ての通り動けるタイプじゃないから、シミィと一緒のポジション。」

「えと、よろしくお願いします。」

手を出すと、順番に握手をされた。ごわっとしていて、暖かい毛皮の手袋に似た感触が手のひらに伝わった。

「よろしく。自分はジェル・クリコフ。行商人やってるよ。ソリチュード・リヤンに新人が入ったって聞いてたからどんな曲者かと思ったけど、普通の少年で安心したよ。」

ソリチュード・リヤンとはうちのギルド名だ。独りぼっち(ソリチュード)(リヤン)。確か、妖精属(エルフ)の言語だったか。語呂はともかく、良い言葉だと思う。

・・・ところでうちのギルド、他からどんな目で見られてるんだろうか。

「いやー、こう見えてなかなかの悪ガキでね。ついこの間、対象以上のランクの依頼を勝手に受けて死にかけてきたのさ。しっかり絞ったけど。」

「まあ、若いときに誰もが一回はやるよね。そういうこと。討伐依頼でも受けたのかな。」

「そんなところ。」

少し居たたまれなくなって目線を足元にずらす。反省してるので恥の拡散はやめてください。

暫くの間そのまま立ち話をしていたが、

「じゃあ、出発は明日の朝だから、それまでうちの連中が泊まってる宿で休んでね。事前に多少顔を知っておくのは大切なことだから。」

というジェルさんの意見によって近くの宿に案内された。

そこで数人の商人パーティーと互いに自己紹介をして、数時間、昼食がてら色々と会話をしてから、ひとまずは宿の部屋に入った。ちなみに部屋割りは俺とノアくんで一室、あとの二人で一室だ。普段は個室らしいが今回は人数が多いのでこうなった。

 

「俺、こういう宿初めてだ。」

「僕も。外に泊まることも滅多にないし。」

初めての環境に、あまり落ち着かないというか、二人してそわそわしている。

「こういうところのベッドって、結構固いんだね。」

「確かに。でも枕は柔らかい。」

ぼすぼすと埃がたたない程度にベッドを叩く。固いというか、薄いというか。対して枕はワタしか入っていないのか、力を入れるとしゅーっと音を出して薄くなり、放っておくと徐々に戻る。ちょっと面白い。

「商人さん達、いい人そうだったね。」

「俺の剣、買い取るとか言ってきたけどね・・・。」

それは丁重にお断りした。

一応、俺の"武器"はこれひとつしかないわけだし。

まあこれでも田舎で聖剣として祀られてたものなわけで、もしかしたらお値打ち品なのかもしれない。特にこれといって凝った装飾もない、さらにはちょっと扱いにくい片刃の剣である。

ああでも、ろくな手入れをしなくても錆びたりしないのは不思議なところだ。そもそも素材は何なのだろうか。

「ノアくんから見て、俺の剣、どう?」

背中から下ろした鞘から、少しだけ剣を引き抜く。

ほんの少しだけ赤っぽい反射光が見えた。

「うーん、格好良いと思うよ。」

「いや、そういうんじゃなくて。こう、魔法使い的に見てどうなんだろうな、と。」

まあ、これは魔法の無い世界の産物だけれど、魔法に類する神秘はあったのだし無関係でもないだろう。

「・・・ちょっと、怖い?のか、な。」

怖い、なるほど。

求めてた回答とは違ったが、なるほど彼にはそう見えていたのか。

「俺も、ちょっとそれは思ったかも。」

「自分の武器なのに?」

それはあまり関係がない。

「・・・あと、それ、僕は専門家じゃないけど魔道具(マジックアイテム)の一種かも。」

魔道具(マジックアイテム)とは、道具に魔法を使える仕組みを作ることで、その魔法を習得していない者にも魔法が使えるようにする道具、だそうだ。使い捨てのものやそうでないものがある。専門の職人が作っているとかなんとか。火の魔道具とか完全に用途がマッチと変わらない気もするのだがこの世界に来てからマッチを見てないので文化の違いなのかもしれない。

「何の?」

「そこまではちょっと。」

「だよね。」

まあ、用途がわかるまでは普通の剣として使っていけばいいか。今まで通りだ。

「・・・そろそろ日が暮れるね。」

ノアくんが窓の外を示した。

港の向こう、空と海の境界に、夕日が溶けていく。

水平線、と言うらしい。物語で一度読んだことがあった。

「うん。」

もっと綺麗なものは見たことがあるけれど、少し感動した。

ただ、空腹感がその感傷を邪魔した。もう少し浸ることはできないのか。この腹は。

「・・・。」

腹の鳴る音って、どうしてこうも間抜けなのだろうか。

「・・・お夕飯、食べる時間になったら呼ばれるらしいから、待とっか。」

なんか気を使われてしまった。

これじゃあ俺が食いしん坊みたいだ。ちなみに昼食は港町らしく、(多分)魚介類を香草の類いと煮たスープに(確信は持てないが)柔らかい穀物を浸した粥のようなものを食べた。結構塩味が効いていて、見た目は黒と緑のドロッとした液体だったが味は悪くなかった。この世界の生態系は前の世界と随分違うからか、やはり主に色彩面で食材に戸惑うことが多い。

「そういえば、ノアくんは結構少食だよね。」

「うん、味さえわかれば良いし。本当は食事もそんなに必要ないんだ。一日一回でも多いくらい。」

そういえば、種属によっては長いこと食い貯めができる場合もあるらしい。獣人属(ウェアニル)とか、鬼属(オーガ)とかはそうだったと記憶してる。

彼はどちらでもなさそうだけど。それにしたって味さえわかれば良いって食事への意味合いが大分俺とは異なるように思える。・・・まあいいか。

「暇だし、どうする?」

「散歩とかしようよ。海来るの初めてなんだよね。」

散歩か。

潮の匂いが辛いんだよな・・・。

「・・・嗅覚を麻痺させる魔法みたいなの、ある?」

「無いんじゃないかな。」

「だよね。」

何はともあれ、夕飯まで時間を潰そう。

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