内容を一度確認する。港町から少し離れた都市へと二日の道のりを、荷馬車の護衛をする。用心棒としての仕事、ということだ。
「・・・平和ですね。」
「まあ、アタシらは念のために居るようなもんだからね。こういうときもあるさ。」
俺とサラさんは馬車の十歩前方を歩いている。ちなみにノアくんとシミィさんは馬車の中で待機だ。もしもの治療班なので体力の消耗を抑えるためだとか。俺達は護衛の意味合いが強いので、背負った武器を隠すこともせずに歩いている。
後ろを見て、距離が離れすぎていないかを確認する。ちなみに、荷車を引いている馬は体毛が真っ黒で、額に青色の鉱石のようなものがある。額の石は魔力の結晶だそうで、場合によっては魔法使いの杖に使われたりする代物だそうだ。それ以外に、俺の元いた世界の馬と違うところはなさそうで、のんびりとした表情で重そうな馬車を引いている。
他の商人達はとりあえずは馬車の中。つまり馬車の中には総勢六名いることになるが、どうやら馬車自体が
ところで、余談だが。野生の獣はよっぽどのことがなければ己よりも強い存在へ立ち向かうことはないらしい。そして先程から獣の気配は感じているのだが、一向に襲ってくることもない。腹が減っていなければ襲われることもないのだが、まあそうでなくても多分原因は俺の横の鬼だろう。己の必要性に関しては些か疑問だ。
「そういえば、前から気になっていたんですが。」
「ん?」
「サラさんの魔眼って、どんなものなんですか?」
そういえば、使ったところを見たことがないなぁと。何となく気になって口を開いた。勿論、軽率であることは理解していた。本人が自分から開示しない、変えられない性質への言及は基本的にタブーなのだが。・・・気が緩んでいた、ということなのか。
「そうさねぇ、まあ、別に隠してた訳じゃないのさ。」
言うと、彼女の茶色い瞳に、深い緑が宿る。
「こんな感じさ。」
背後から、軋む音が聞こえた。これは急激に変化する組成によって起こる、いわば成長痛のようなもの。
振り向くと、無数の蔓や枝に絡め取られ、木の幹に縛り付けられた獣人がいた。
「・・・っクソ!」
「幻術か、洗脳の類いかな?考えたねぇ。」
何が起こっているのか理解を。獣人の手には青い刃の短刀が握られている。そして、俺の背後から来たわけだから、狙われていたのは俺か。つまり助けられたのだと気付いて、非常事態に思い至る。
「アルム、構えな。シミィ!」
「
馬車の方から呪文が聞こえ、氷の壁が馬車を囲う。その氷は透き通っていて、内部の様子が厚い歪みの向こうに見える。侵入はないようだ。
「仲間の数は・・・アテにならないね。どうせ誤魔化されてる。アルム、警戒しな。仕事だよ。」
「・・・はい!」
背中の鞘から刀を抜く。片刃が木漏れ日に照らされて鈍く光る。前に握ったときよりも、重く感じた。
「峰打ちで頼むよ。死体の処理は面倒だからね。」
「はい?」
殺す気なんて無かったがそう言われるとやりにくいものが出るんだよな。と、いうより、まず相手の実力がわからない。それが問題だ。何故って、殺さずに相手を止めるのは相手よりも強くないといけないから。弱い者が強い者を殺すことはできるが、止めることができるかと言われると、微妙だ。
周囲の気配に気を配る。
相手は言葉を発していない。目の前で蔦に巻かれている獣人の視線を盗み見て、位置を探ろうとした。草や枝を分ける音に耳を澄ませて、数を予測しようとする。
駄目だ。おおよそ、人のものと思える気配を感じることができない。
「アルム、幻術に惑わされないように。五感は信用するな。直感で判断をしろ。」
「直感?」
「何、半分くらいは当たるさ。フォローは私がする。」
そう言われると、心強い。
まあ良い。どうせ、実戦がぶっつけだろうが構わない。最悪死ぬだけだ。
「・・・。」
腰を落とし、刃を地面と水平に。頭の横に剣を構える。
信ずるは第六感。
ここだ。と、根拠もなしに思った所へ、一歩踏み出し、峰を外に向けて薙ぐ。剣に手応えを感じた。が、それ以外に相手の存在を認知する情報が入ってこない。姿も見えなければ、声も聞こえない。
もしかすると、"幻術"と呼ばれているのはおおよそ相手の存在感そのものを消す魔法なのかもしれない。
そう思った矢先、一瞬、視界にノイズが走った。
数多の線、光、円、模様、現実味の無い光景が広がる。その線が集中している、一ヶ所。なんとなく、これだ、と思った。
在るものを無いように知覚して、無いものを在るように知覚する。
魔法に直に触れるのは、これが初めてかもしれない。
剣を振った反動を殺さず、そのまま模様が集中している光の繭へと刃を差し込む。
概念上の存在だったそれは、易々と俺の刃を受け入れ、そして霧散した。
視界が元に戻る。
先ほどの光景の意味を噛み砕く前に、あからさまな変化に反応する。
周囲に五名の獣人がいる。
その姿を認知できるようになった。それどころか目の前に一人、俺に向かって短剣を突き刺そうとしているのがいる。本当に危なかった。
短剣は俺の胸に向けられているので、腰を捻って左足を大きく後ろに回して半身になる。上着を短剣が掠める。俺の剣の間合いよりも内側にいるので、柄頭で首の後ろを殴り付ける。
「ぐぁッ」
一人目の獣人撃破。
半身にした勢いのまま、右足を軸に一回転し、周囲を確認する。右手に二人、左手に一人、正面に一人、そして、たった今倒したのが後ろに一人。まあ気絶はしてないだろうけれど少し強めに殴ったので今はかなり気持ち悪い思いをしているはずだ。俺も何度かやられたことがあるので苦痛はわかる。正直あれはマトモに立っていられない。
囲まれているけれど、前のスケルトン地獄に比べれば数の上でもどうということはない。殴れば戦闘不能になる分、余裕だ。
片刃の剣を、刃が相手に当たらないように持ち直す。峰打ちで、とか注文されたし。
「
相手の一人が両手に炎を纏う呪文を唱えた。森の中で炎とかマジかよ・・・!
炎を纏った拳を構え、殴りかかってくる。これは何かの格闘術のような動きだ。顔面への攻撃だから、膝を屈めて避けた。と、思ったらその獣人は俺の頭上を
背後にはシミィさんが作った氷の壁。
単純な話だ。氷を溶かすなら火を使えば良い。そして、彼らの目的は俺やサラさんを倒すことではなく、荷馬車にある金目のものを奪うことだ。
不味い、と思って振り向いた瞬間、炎を携えて氷の壁へと駆ける獣人の上に、サラさんが降ってきた。
バキッと、いや、ゴキッと。とにかく痛そうな音がして、周囲の緊張感が驚愕で霞み、一瞬緩む。
さっきのを正確に言うと、何らかの方法て飛躍した彼女が、走る盗賊を踏み潰した。
「言ったろ?フォローはするって。」
姉御、峰打ちでって言ってたと思うんですが、それ死んでないですかね。いくら獣人が丈夫な種属だからと言って、流石に地面に頭がめり込むくらい強く踏みつけられたら頭割れるんじゃないか。
サラさんの下で頭部の半分くらいを地面にめり込ませて倒れる獣人Aはピクリとも動かない。
「・・・・。」
その様子を見ていた残りの獣人B,C,Dは数秒目配せをしたと思ったら、ノーモーションで背後の木へ跳び登り、そのまま木から木へと森の深くまで徹底していった。
「ありゃ。逃げたか。」
「・・・とりあえず、足退かしたらどうです?」
未だにサラさんの足は盗賊の頭の上にある。哀れ、盗賊A。
「七人、ですか。」
「いやあと倍くらいはいるかもね。この辺、妙な奴等の住み処があるみたいだし。」
「ここが近道なんだ。ここを通らないと、雪山迂回して五日余分に動くことになるからね。」
ジェルさんが、氷のドームの中から出てくる。器用に人ひとりが通れる程度の穴が開いている。これもシミィさんが魔法で操っている事柄なのだろうか。そう考えていると、みるみるうちに巨大な氷は蒸気を上げながら溶けて消えていった。
「お二人ともお疲れ様。ところでアルムくん、先程のあれは?」
「あれ?」
「ええっと、幻術を破ったアレ。
「えっと、ごめんなさい。わかんないです。」
ジェルさんがまじまじと俺を見る。嫌というわけでもないがなんだか居心地が悪い。
「はーい、ここでおしまい。うちの
「いやぁごめんごめん。刀鍛冶くらいわからないかなって思って。気分を悪くしたなら謝るよ。」
そう言って、
「いえ、本当にその辺りよくわからなくって。謝らないでくださいよ。」
「さ、話はいいかい?そろそろこの盗賊どもをどうするか、決めるよ。」
サラさんが、頭を地面にめり込ませてる一人と踞っている一人と頑丈な植物にがんじがらめになっている一人を示す。
・・・悪いが完全に忘れてた。